絶賛かぐや様ロスの作者、十二話の無限ループが止まらない。
というわけで。本編終了しましたが、書ききれなかった話というか、幕間でこんな話あったよというか。
以下注意点です。
・この先は、アニメでやっていない話のネタバレが結構あります。
・
かぐや様は誘われたい
私立秀知院学園は、歴史ある、由緒正しい学園である。
元は貴族階級の子息令嬢のための教育機関であり、階級制度廃止に伴って一般市民に門戸が開かれた今でも、その頃の面影を色濃く残している。
例えばそれは、厳格な校風であり。
例えばそれは、多額の寄付金であり。
はたまた、例えばそれは、生徒対象の舞踏会である。
貴族たちの社交場、舞踏会。それは、貴族階級に産まれた者であれば、決して避けることのできない場所である。そして階級制度がなくなった今も、舞踏会は富裕層にとって重要な交流の場であることに変わりはなかった。
この国では、多くの場合、貴族は十八歳から二十歳にかけての間で舞踏会―――すなわち社交界へのデビューを果たす。それまでは、親戚間でのお茶会などを通して、紳士淑女のマナーを学んでいくのが習わしであった。
貴族階級の学校、秀知院学園でも、当然この舞踏会に向けた授業が行われていた。中等部から授業の中に「社交ダンス」が組み込まれており、合わせて社交界でのマナーも学ぶ。それらを実践する機会として設けられたのが、学内での舞踏会である。
参加できるのは高等部以上の生徒のみ。学年ごとに開催時期が分かれており、一年は体育祭後の十月、二年は十二月の奉心祭、三年は三月の卒業式となっている。
そして当然であるが、ダンスには相手が必要である。エスコートする男子と、エスコートされる女子。舞踏会の際には、必ず男女のペアを作ることが定められていた。
カリキュラムに組み込まれた、義務的な行事とはいえ、そこはうら若き男子と女子である。ペアを組むことには、多少なりと意味が―――下心と二人の親密さが如実に表れる。気になる異性と、一夜を共にしたいというのは、実に素直な、そしてごくごく当然の欲求である。
舞踏会でペアになった男女は結ばれる。それは学園のジンクスでもなんでもなく、むしろ必然と呼んで差し支えないことであった。
♂♂♂
秋が過ぎ去っていくばくか経ち、そろそろ冬と呼んでも差し支えなくなってきた、十二月の初旬。
「そろそろ奉心祭ですけど、会長は誰と踊るんすか?」
航空研究会の活動場所となっている倉庫で、白銀は石上と並び、航空機の模型を製作している。主翼を作り終わったところで、石上がそんな話を振って来たのだ。
白銀は一瞬言葉を詰まらせる。何しろ、白銀が今最も思い悩んでいる話題だったからである。
「いや・・・まだ、決めてない」
「そうなんすか?」
胴体パーツの嵌めあいを確認しながら、石上が言う。
「会長、モテますし、もう相手も決まってるのかと」
実際、石上の言う通りではある。
奉心祭を前にして、高等部二年の間では、ダンスの相手探しが活発化していた。男女ともに、踊りたい相手に声をかける。それは、恋人同士であったり、あるいは友人同士であったり、はたまた家が決めた許嫁同士であったり。
だが中には、勇気を振り絞り、あまり関わりのない、しかし気になっていた相手に声をかける者もある。
学年一位かつ航空研究会会長と、学園内では有名な白銀は、それなりに人気のある男子である。そんな白銀に声をかけてくる女子は確かにいた。
だが、白銀はその誘いを、すべて断っている。
理由は言うまでもない。白銀にとって、ダンスを踊りたい相手はただ一人、四宮だけである。
どれだけモテようと、肝心の四宮から誘われなければ意味がない。
白銀は手を止め、天を振り仰ぐ。とは言っても、そこにあるのは倉庫の天井であり、今日の青空を見ることはできない。
「・・・正直、女子をどう誘えばいいのか、わからん」
それは白銀の偽らざる本音である。
普段、いかにして「四宮に告白させるか」を考えている白銀であるが、こと今回に関しては、そうもいかないことを理解しているつもりだ。
舞踏会で、男子が女子をエスコートするのは、絶対のルールである。であれば当然、ダンスの誘いも、男子から誘うのが貴族階級のルールだ。それぐらいは、一般階級出身の白銀にも理解できる。まして相手は、四大財閥・四宮家の令嬢、四宮かぐやである。
深窓の令嬢と呼ぶに相応しい、秀知院学園でも随一のお嬢様。おそらく彼女の中に、「白銀をダンスに誘う」という選択肢はない。四宮にとって、ダンスとは「誘われる」ものだ。むしろ、自分から「誘う」ことは、はしたないとさえ思っているかもしれない。
今回に限っては、四宮から誘ってくることは絶対にない。それが白銀の結論である。
ゆえに、白銀がもし、四宮とペアを組みたいのであれば、白銀から誘う以外の選択肢はない。
「まあ、そうですよね」
よくわかる、というように、石上は何度も頷いていた。
石上も十月に、一年の舞踏会に参加している。その時の、彼のペアは確か―――
「石上は、子安先輩を誘ったとき、何て言ったんだ?」
隣で、石上がドキリと、肩を震わせた。
石上が、高等部三年の子安つばめを憎からず想っているのは、航空研究会全員が知るところである。
一年の舞踏会、石上は自分のペアに子安を誘い、そして見事ダンスを踊ることに成功したのだ。彼が飛び上がるほど喜んでいたのを、白銀は知っている。
その石上が、どうやって子安を誘ったのか、白銀も気になるところである。
一旦手を止めた石上は、どこか気恥ずかし気に頬を掻く。
「特別なことは、何もしてないですよ。ただ『一緒に踊ってください』って、お願いしただけです」
「・・・そうだったのか」
石上は珍しく、微かな笑いを浮かべていた。
「四宮先輩に言われたんです。あれこれ考えるより、結局真っ直ぐに言う方がいい、って」
「・・・四宮が、そんなことを」
「はい。だから、まあ、僕がつばめ先輩と踊れたのは、四宮先輩のおかげです」
まだちょっと怖いですけど。そんなことを呟いて、石上は再び模型製作に取り掛かる。
―――結局は、俺の問題だよな。
白銀は思う。四宮をダンスに誘うのが、純粋に気恥ずかしいのだ、と。
だからこそ、これは白銀の問題だ。四宮とダンスを踊りたいという、白銀自身の願いを叶えたいのであれば。やはり白銀は、自らの声で、四宮を誘わなければならない。それが礼儀であり、誠意だ。
「ありがとな、石上。なんか勇気出た」
まだ少し頬の赤い後輩に、お礼を言う。それから白銀は、再び模型製作に戻った。
♀♀♀
時間は朝まで遡る―――
「会長がダンスに誘ってこないのよっ!」
朝の身支度を粛々と整えながらも、かぐやの内心は荒ぶっていた。
奉心祭までもう一週間ほど。周りは誰と踊るだの、誰を誘っただのといった話題で持ちきりである。
当然、かぐやのもとにも、男子からのお誘いは来ていた。四宮家の令嬢であり、学業、芸事、運動、何でもござれのかぐやは、学園でも一目置かれる存在であり、男女を問わず憧れの的である。そのかぐやをダンスのパートナーにしようという不敬の輩は数多存在した。
無論、かぐやには、そもそも舞踏会に参加しないという選択肢もある。事実去年は、四宮家の意向という形で、かぐやは舞踏会に参加していない。
だが今年、かぐやにその選択肢を取るつもりは、毛頭なかった。
とはいえ、かぐやもそこいらの雑草と踊るのはご免である。よって、これまでの誘いはすべて、丁重にお断りしていた。
かぐやの踊りたい相手はただ一人、白銀のみである。
しかし、その肝心の白銀からは、いまだにダンスの誘いが来ない。
業を煮やしたかぐやが、あれこれ仕掛けてみても、白銀からはダンスの「ダ」の字すら出てこない始末。
―――舞踏会は男子の方から誘ってくるのが礼儀でしょうっ!?
そんな不満が、かぐやの中に募り続けている。
「まーたその話ですか」
そんなかぐやの言葉を、心底どうでもいいと言うように、鏡の向こうから早坂が見ている。
「毎日その話ばかりじゃないですか。もういっそ、かぐや様から誘ったらどうですか」
「そ、そんなこと・・・できるわけないじゃないっ」
思わず張り上げた声に、早坂がうるさいですと言わんばかりに耳を塞いでいる。だがそれには構わず、かぐやはさらに言葉を続けた。
「それじゃあまるで、私が会長とダンス踊りたいみたいじゃない」
「どこかに間違いありますか?」
一か所も間違いはない。
「・・・自分から男子をダンスに誘うなんて、はしたないことよ」
「いつの時代ですか。貴族階級もなくなって久しいんですよ。今は女子から男子を誘ったって、別にはしたなくありませんって」
ぐうの音も出ないほど、早坂の言う通りである。だがそれでも、かぐやは白銀を誘えない。
―――会長から誘われたい。普通の女の子みたいに、私も会長に誘われて、会長のエスコートでダンスが踊りたい。
それこそが、偽らざるかぐやの本心である。
かぐやがこの手を委ね、全てを任せてもいいと思えるのは、ただ一人、白銀だけだ。その白銀に誘われ、彼の手を取って踊るダンスは、どれほど素敵だろうか。
結局はかぐやのわがままだ。それが自らの願いの本質だと、かぐや自身も理解している。
「・・・まあ、それはかぐや様の勝手ですけど」
かぐやの内心を知ってか知らずか、早坂はそれ以上何も言わず、けれどいつもより入念に、髪を梳かしてくれた。
*
航空研究会の活動を終え、白銀とかぐやは倉庫の手仕舞いをしていた。
藤原と石上は一足先に帰っている。残っているのは白銀とかぐやだけだ。
倉庫内に誰も残っていないことを確認し、電灯を消す。大きな引き戸を閉めて、白銀が南京錠をかけた。
―――結局今日も、誘われなかったな・・・。
白銀と並び、倉庫から立ち去りながら、かぐやはそんなことを考えていた。
今日も成果なしである。白銀からは、かぐやをダンスに誘う言葉は出てこず、無為に一日が過ぎていった。
―――会長は私と踊りたくないのかしら。
そんな、マイナスな思考をしてしまう。
白銀は、かぐやとは踊りたくないのではないか。かぐやが知らないだけで、もうすでに、別の誰かと踊る約束をしているのではないか。
それを咎めることはできない。
もういっそ、自分から誘ってしまおうか。そんな思考が何度もかぐやの頭をよぎる。その度に、かぐやは内心でかぶりを振った。
できない。かぐやには白銀を誘えない。
白銀が何と答えるかわからない。それが怖い。
何より、かぐやは知らないのだ。こういう時、どうやって男子を誘えばいいのかなど、知らないのだ。
どうしたらいいのかなんて、わからなかった。
―――お願い、早坂。どうしたらいいの、私。
胸の辺りが締め付けられるような心地がする。わからないということが、言葉にも行動にもできないことが、こんなに苦しいことを、知らなかった。
校門の前で、迎えの車を待つ。ほんの数分後に、車の音が聞こえてきた。白銀とはここでお別れだ。
「では、会長。また明日」
「ああ、また明日」
できるだけ平常心を保ち、かぐやは白銀と挨拶を交わす。到着した車から早坂が降り立ち、ドアを開ける。
「なあ、四宮」
だが、かぐやが車に乗り込む前に、白銀が引き留める。その声に、かぐやは白銀を振り向いた。
夕陽の中、白銀が真剣な瞳で、かぐやを見つめていた。
「四宮に、お願いがある」
その瞳に、かぐやも真っ直ぐ応える。
「・・・はい」
「舞踏会で、俺と・・・俺とペアで、踊らないか」
「・・・っ!」
ドキリ。心臓が跳ねる。
ドクリ。血管が脈打つ。
心がこれまでになく高鳴る。
「俺とペアになれ、四宮」
白銀の顔を見る。彼の目が朱に染まっている。白銀の顔が耳まで赤いのは、きっと夕陽のせいなんかじゃない。
かぐやの頬が、燃えるように熱いのも、きっと気のせいじゃない。
こんなにも、嬉しいのか。ただ白銀に、ダンスに誘われただけなのに。まだダンスを踊ってすらいないのに。白銀の言葉が、こんなにも、かぐやの気分を高鳴らせる。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。その気持ちが溢れて止まらない。
「会長」
かぐやは白銀を呼ぶ。白銀からの誘いに、応えるために。
「お誘い、ありがとうございます。―――ええ、喜んで、お受けします」
スカートの端を持ち、かぐやは膝を折る。数秒の礼の後、かぐやは白銀に微笑んで、車に乗り込んだ。
車がゆっくりと走り出す。そのエンジンの音と同じように、今もなお、かぐやの心臓は早鐘を打っていた。
「よかったですね、かぐや様」
そんな早坂の言葉に答える余裕すら、今のかぐやにはなかった。
―――本日の勝敗。かぐやの勝ち。
はい。というわけでこういうゆるーい(?)お話で進めていこうかと。
今回は原作でもまだやっていない社交ダンス回になります。本作の設定的に、一番入れやすいというか、妄想しやすいお話でした。
次回は舞踏会編ですね。お楽しみに。
以下、メイキングの話を久しぶりに。
今回の会長のセリフ「俺とペアになれ、四宮」ですが、結構悩みました。
最初は「なってくれ」、だったのですが・・・。それって、白銀的には、乞い願うことになるんだと思うんですよね。
UR回でも、「来てくれ」ではなく「来い」だったので、今回は「俺とペアになれ、四宮」というセリフになりました。
・・・こんなメイキングの話、どこに需要があるんだ。
ともあれ、これからも気まぐれに投稿していきますので、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。