ということで、今回はずっとかぐや様のターン。
秀知院学園の文化祭・奉心祭には、例年を大きく上回る見物客が訪れていた。多くの見物客の目当ては、航空研究会による活動記録と、「カササギ」号の展示及びエンジン試運転である。
民航連の支援を受けるにあたり、広報活動への協力を要請された航空研究会は、学内に留まらず、地元の新聞や雑誌などでも度々その活動内容が紹介されてきた。航空愛好家の中で、彼らを知らない者はいないほどである。
そんな航空研究会の機体を一目見ようと、各地から多くの航空機好きが集まった次第であった。
こうして、奉心祭は大盛況のうちに幕を閉じ、
そして、夜が訪れた。
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舞踏会の開始は、午後五時からである。
もちろん、ここで言う開始というのは、一曲目がかかり始める時間のことであり、その時間までに全ての生徒は学内のダンスホールに集まることになる。
文化祭の終了は三時。そこから片づけを終えて三時半。航空研究会の面々と別れたかぐやは今、早坂を伴って、更衣室にいた。
舞踏会は、男女ともに制服での参加が基本である。あくまでこれも授業の一環であり、厳格な秀知院学園の校風は、学生たちが浮つくことを基本的に許していないからだ。
ではなぜ、かぐやは更衣室にいるのか。
答えは単純である。何事にも、例外というものは存在するのだ。
舞踏会には、ホストとゲストが存在する。そして往々にして、一曲目を踊るのはホストの女主人、及び最も位の高いゲストの男性である。
そのしきたりに鑑み、秀知院の舞踏会でも、一曲目を踊る学生が決まっていた。すなわち、学業優秀な、成績上位の学生たちである。
さらに、その中でも特に優秀な、つまり学年十位以内の成績を収める学生は、舞踏会の顔とでもいうべき存在であり、特にドレスなどの正装の着用が許されていた。舞踏会でドレスを着たいがために、勉学を頑張る生徒がいるほどである。
かぐやにはその資格があった。
かぐや自身の成績は学年二位、女子の中ではトップである。さらに、かぐやをエスコートする男子は、学年一位の白銀だ。ここ十年で一番のビッグ・ペアとの呼び声も高い。疑いようもなく、今夜の舞踏会の顔は、白銀とかぐやのペアだ。
だから当然、かぐやはドレスを着ることを選んだ。
決して、白銀に綺麗だと思われたいとか、そんな子供じみた理由からではない。
用意していたドレスを、早坂が着付けてくれる。以前義姉が見繕ってくれたもので、かぐやも気に入っているデザインだ。
着付け終わったドレスを、鏡を見ながら確認していく。腰骨の辺りまでは、ボディラインにぴたりと合わせたシルエット。そして、腰から足元にかけてふわりと緩く広がるデザイン。ごてごてと凝った意匠はほとんどない。裾のフリルと、バラの飾りが胸元に一つ。シックな赤を基調とする色合いが、大人っぽい雰囲気を醸し出す。
「髪もセットしましょう」
少々はしゃぎ気味だったかぐやを落ち着けるように、早坂が鏡の前に座らせる。早坂は、かぐやの髪の一部を、器用に編み込んでいった。
最後に薄く紅を引き、早坂は一歩、かぐやから下がる。
「こちらでいかがですか」
かぐやは改めて、鏡の中の自分を見る。右、左、そして後ろも。全てを確認して、頷く。
「完璧よ。ありがとう、早坂」
かぐやの言葉に、早坂も満足げに微笑んだ。
「きっと、白銀会長も褒めてくださいますよ」
毎度のことながら、一言余計なメイドであった。
時刻はいよいよ、四時五十分になろうとしている。全ての身支度を終えたかぐやは、早坂の誘導で、ダンスホールへと続く廊下を歩いていた。
廊下の突き当りに、やたらと格式高い、木製のドアが見える。あの先が、ダンスホールに続く外通路だ。白銀との待ち合わせは、ドアを出てすぐのところである。
ドアの前で立ち止まる。深呼吸を、一回。
早坂に頷く。一礼した早坂は、ゆっくりとドアを押し開けた。
「いってらっしゃいませ、かぐや様」
かぐやはドアの外へ足を踏み出す。
外通路には、会場入りを待つ生徒たちが列をなす。もうダンスホールは開場しているが、一曲目から踊るわけではない生徒たちは、未だダンスホール外で談笑中だ。その中に、かぐやを待っていた人が、一人。
いつも通りの黒い学生服。すらりとした立ち姿。明るい髪色が、夜の中でも目立つ。質実剛健な彼の性格を表す如く、特に着飾っているわけではない。それなのに、かぐやの目は自然と彼に惹きつけられる。
白銀もかぐやを見る。凛々しい目、その瞳の中に、ドレス姿のかぐやが写っていた。
彼の視線に、心臓が一段と大きく、脈打つ。
―――どうですか、会長。
せっかくの深呼吸も、全く意味がない。外面でどれだけ平静を装っても、かぐやの内面はざわめきで満ちている。
ドレスに自信がないわけではない。義姉のお墨付きだ。早坂も太鼓判を押している。かぐや自身も気に入っている。
それでも、気になるものは、気になる。
何故だかはわからない。うまく説明もできない。だが事実として、白銀がどう思っているのかが、気になる。
「四宮―――」
白銀がかぐやを呼ぶ。
彼は何と言うだろうか。かぐやのドレスに、どんな感想を抱くだろうか。似合っているだろうか。綺麗だろうか。
かぐやは白銀の言葉を待つ。
「・・・行こう。もうすぐ始まるぞ」
だが、白銀がかぐやのドレスに言及することはなかった。
―――な・・・なんでですか!?
外通路をダンスホールへと歩きながらも、かぐやの中でぐるぐるとした思考が渦巻く。
―――一言もなしですか!?「綺麗」とか、「似合っている」とか、せめて「いいな」くらいあって然るべきではないですか!?
かぐやの不満、爆発。
―――一生懸命オシャレしたんですよ!別に会長のためではありませんけどっ!この一週間、ずっと準備してきたんですよ!別に会長のためではありませんけどっ!
訳もなく、頬を膨らます。
別に、期待をしていたわけではなかった。けれども、何も言葉がないというのは、それはそれで不満だ。
それではまるで―――
―――会長、やっぱり私になんて、興味ないんじゃないかしら。
そんなことを考えてしまう。
生徒たちの間を、かぐやは白銀と並び、歩いていく。誰もが白銀とかぐやに目を遣り、そして口々に言う。
素敵。綺麗。美しい。かっこいい。お似合い。どんな言葉もかぐやには響かない。
百人にモテたところで、かぐやには何の価値もないことだ。かぐやが見てほしいのは、褒められたいのは、ただ白銀一人なのだから。
白銀が何も思ってくれなければ、何も意味なんてない。
ダンスホールの入り口に立つ。ふと、そこで白銀が足を止めた。
「四宮」
彼はもう一度、かぐやを呼ぶ。俯いたままだったかぐやは顔を上げ、横に立つ白銀の顔を見た。
白銀の瞳に映るかぐやは、心なしか小さく見えた。
白銀が深呼吸を一つ。
「今日の四宮は、すごく―――綺麗だ」
白銀は真っ直ぐにかぐやを見て、そう言った。
心臓が跳ねる。訳も分からず鼓動が早まり、信じられない速さで血液が顔面に集中する。頭の中身が瞬時に沸騰して、思考はパンク状態だ。
頬が熱い。いいや、頬だけではない。風邪でも引いたように、全身が火照っている。熟れたリンゴもかくやというほどに、顔が赤くなっているのがわかる。
「ドレスも、髪型も、化粧も、よく似合ってる」
白銀はなおも、言葉を続ける。彼自身も耳まで真っ赤になりながら、一つ一つの単語を噛み締めるように、かぐやに伝えてくれる。
かぐやにとってそれは、何よりも欲しかった言葉だ。百の賛辞にも勝る、白銀からの言葉だ。
白銀が似合っていると思うなら、それでいい。白銀が綺麗だと思ってくれるなら、それでいい。
「すまない。四宮があんまり綺麗だから・・・さっきは、言葉が出てこなかった」
照れ隠しのつもりなのか、白銀はかぐやから目線を逸らす。それすらも、今のかぐやには可愛く見えてしまう。
一生分の喜びが、今この瞬間に押し寄せた、そんな心地だ。
白銀が、心からの言葉を、くれるのなら。後のことはなんだって、許せてしまう。
「会長も、今日は一段と、かっこいいですよ」
「・・・普段通りだぞ、俺は」
―――なら、会長はいつも、かっこいいです。
それはさすがに、恥ずかしすぎて言葉にできなかった。
「四宮、手を」
白銀が右手を差し出す。その手に、かぐやは左手を伸ばす。
自分の左手が、緊張で震えているのが分かった。
舞踏会自体、初めてではない。子供の頃から、何度か見てきている。兄や親戚に手を引かれたこともある。
けれども、今日は違う。かぐや自身の意志で、誰かの手を取るのは、初めてなのだから。
そっと、白銀の手に、自分の手を重ねる。触れた瞬間、白銀も微かに、震えている気がした。だがそれを確かめる間もなく、白銀の手がかぐやの手を優しく包み込んだ。
大きく、温かな手だ。誰かと繋ぐ手が、こんなにも安らかなことを、初めて知った。
「会長」
かぐやは白銀を呼ぶ。かぐや自身の願いのために。
「一つ、お願いがあります」
「なんだ?」
「舞踏会の間・・・私の手を、離さないでください」
それがかぐや自身の望みである。この温もりを少しでも長く感じていたい。私の手を離すことなく、連れて行ってほしい。
白銀の側に、白銀の隣に、い続けたい。
白銀は至極真剣に頷き、そしていつかのように不敵に笑った。
「了解」
かぐや様の・・・ターン・・・?ってなんだっけ。
言うまでもなく、かぐや様って自分から仕掛けるときは強気だけど、白銀会長からぐいぐい来られるとめっっっっちゃ弱いですよね。雑魚ちゃんと同等かそれより弱い。
ちなみに作中の会長、恥じらいを捨てたイケイケモード入ってます、見ての通り。奉心祭ですので、ええ。
その辺の話もできたらいいな、とか。
というわけで、次回こそ!踊ります!多分!