かぐや様は夢を見たい   作:瑞穂国

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社交ダンス編ラスト!今回こそ踊ってます。

なお、糖分の過剰摂取に関しましては、作者の方で責任は負いかねますので、悪しからず。


かぐや様は踊りたい

秀知院学園のダンスホールは、いわゆるアール・ヌーヴォーと呼ばれる建築様式である。

 

先の戦争前に建て直された二階建ての建物であり、最新流行のアール・デコには取り残されている形であるが、装飾豊かな、一時代昔の雰囲気を感じられる。ダンスホールのデザインとしては、よくマッチしていると言えた。

 

曲線を主体とし、自然から発想を得たデザインが至る所に施され、窓の縁までも豪華な装飾で彩られる。気分はさながら、一世紀前の貴族たちの舞踏会である。

 

かぐやの気分も、一番の最高点に達している。これほどの興奮は、およそ十七年の人生において、全く経験がない。それは、荘厳なダンスホール雰囲気のためか、あるいは手を引いてエスコートする白銀のためか。おそらくはそのどちらもだ。

 

―――ダンスの前に、心臓がどうにかなってしまいそう。

 

それでも、この心臓の高鳴りは、決して悪いものでないと思った。

 

舞踏会の会場である大広間は、ダンスホールの二回だ。そこまでは、大きくカーブした、絨毯敷きの階段が続いている。

 

階段を白銀と登っていく。ゆっくりと、一段ずつ、白銀はかぐやの様子を気にしながら、進んでいた。大切に、まるで宝物を扱うように、白銀は真剣で、慎重だ。

 

その横顔に見入ってしまう。惚けているのは自覚しているつもりだ。だからといって、表情の緩みは治らない。治せない。

 

度重なる喜びの波状攻撃により、かぐやの理性(最終防衛線)はすでに崩壊寸前だ。もはや思考力は蒸発し、霧散している。されるがまま、白銀に手を引かれるまま、かぐやは歩いているに過ぎない。

 

階段を最後まで登り切る。目の前に、会場となる大広間が現れた。二百人の生徒と音楽隊が入るだけあり、かなり大きな空間が取られている。

 

舞踏会の演奏を担当する管弦楽部の学生は、すでに準備を始めていた。バイオリンやビオラ、チェロといった楽器を手に、一、三年の生徒たちが音合わせをする。

 

また、最初にダンスを踊る学年上位の生徒達も、すでに全員が集まっている。他にもまばらに生徒が入っており、舞踏会の開始を待っていた。

 

やがて、音楽隊の音合わせが止まる。時計を見れば、あと五分もせずに、長針が十二に合おうとしていた。

 

間もなくして、時計が五時を示す。全ての生徒が集まったところで、舞踏会の開始を告げる鐘が鳴り響いた。

 

学年主任が登壇し、短い開会の挨拶をする。

 

それに続いて、舞踏会の開始を告げるのは、校長の役割だ。

 

「それデハ皆さん、楽しんでクダサーイ」

 

高貴な雰囲気には似合わない、とても陽気な調子で校長が宣言し、一曲目の演奏がスタートした。

 

♂♂♂

 

白銀御行は、何でもソツなくこなす―――というイメージが定着していることを、白銀自身も把握している。

 

だが実際は違う。白銀にも当然ながら不得手なことはある。むしろ常人より多いほどだ。才覚に恵まれた人間の多いこの学園に入学したことで、白銀はその事実をより強く痛感することとなった。

 

だが、不得手なことをそのままにしておかないところが、白銀の白銀たる所以である。

 

今回の社交ダンスにしてもそうだ。中等部、あるいはそれよりも前からダンスに慣れ親しんできた純院の生徒たちとは違い、一般階級出身の混院である白銀には、ダンスの経験などない。そもそも、音楽全般にあまり馴染みがなかった状態である。

 

当然のことながら、まともにリズムを取ることも、ステップを踏むこともできなかった。

 

その様子は、あの藤原をして曰く、「断末魔のナマコ」、「むしろナマコと踊った方がマシ」と言わしめたほどである。それが一年の九月のこと。

 

では、白銀はどうしたか。

 

彼のやること―――やれることは、常に決まっている。練習あるのみ、である。

 

結果として、白銀は見事社交ダンスを習得し、一年の舞踏会にも参加できていた。付け加えるとすれば、その習得には、藤原による特訓の日々が欠かせない要素として挙げられる。

 

そして当然のことながら、白銀は一度覚えたことを忘れない。さらに、かぐやとペアになったことを想定し、粗相のないよう、去年よりもさらに磨きをかけている。今の白銀は、ワルツに限らず、フラメンコやタンゴ、コサックまで、なんだって踊ることができる。

 

―――だが。

 

だが、ここにきて、計算違いが一つ。

 

舞踏会のダンスといえば、最近はいわゆるワルツダンスのことである。その基本的なスタイルは、男女が向かい合うクローズドスタイルだ。

 

このスタイル、結構密着度が高い。もちろんダンスであるから、完全にくっついているわけではないが、普段からは考えられないくらい男女の距離は近い。さらに男性は、右手を女性の背中に添えるのである。

 

結果。

 

―――近い・・・っ!四宮が、近い・・・っ!

 

今日の―――ここ一週間の白銀は、結構な無理をしている。

 

ただでさえ、容姿端麗な四宮である。誰もが認める美少女の、四宮である。

 

その四宮と、ペアでダンスを踊る。彼女を誘ったときから、緊張の連続であった。

 

そして、先ほどのドレスである。

 

眉目秀麗な四宮は、おそらくどんな服を着たって似合うことだろう。ましてドレスともなれば尚更だ。だから白銀は、ある程度の覚悟を決めて、四宮を待っていた。

 

だが、その覚悟を、四宮はあっさりと打ち砕いてきた。

 

重厚なドアの向こうから歩み出た四宮は、この世の住人とは思えないほどの美しさと気品をたたえていた。さながら、おとぎ話の世界から出てきた、どこかの国の皇女。やんごとない身分を証明するような優雅さが、彼女から漂っていた。

 

四宮と視線がぶつかった時、白銀は自らの脳が強制的に活動を止められたのを感じた。

 

頭が回らない。声が出ない。瞬きすら忘れて、四宮に見入ってしまう。

 

髪を編み込んで、高い位置でまとめた髪型。いつも通りのリボンが、結び目に添えられている。上品な赤を基調とするドレスは落ち着いた雰囲気で、かぐやの静かな美しさを際立たせる。

 

その姿から、目が離せなかった。魔法にでもかけられたように、白銀は動けなかった。

 

言葉など出てこなかった。この美しさに相応しい言葉など、白銀は知らなかった。

 

―――「今日の四宮は、すごく―――綺麗だ」

 

やっとの思いで絞り出した感想も、心臓をバクバク言わせながらのものだ。

 

四宮の手を―――柔らかく、そして想像よりずっとか細く、小さかった手を引いている間も、幸せで胸が一杯だった。

 

そこに来てのクローズドスタイルである。

 

目線のすぐ下に、四宮の顔がある。彼女からは、得も言われぬいい香りが漂っていた。それが香水なのか、はたまたシャンプーなのか、白銀には判別がつかない。

 

そして、右手。背中に回した手のひらに、柔らかな四宮の感触が伝わる。さらに四宮の左手が、白銀の右腕を優しく掴んでいるのだ。

 

頭がくらくらする。気張っていなければ、魂が口から飛び出てしまいそうだ。

 

だが、そんな白銀の内心など露知らず。音楽隊による演奏が始まった。

 

白銀と四宮は、ともにステップを踏み出す。四分の三拍子のテンポに合わせ、タイミングを取り、足を運ぶ。

 

四宮の息遣いを感じる。それに合わせ、白銀も呼吸を整えていく。二人で息を合わせ、一緒にステップを踏む。大広間を、ゆったりと時計回りに、踊っていく。

 

―――踊れてる。四宮と一緒に、踊れている。

 

頭半分ほど下にある、四宮の顔を窺う。彼女もまた、見上げるようにして、白銀を見ていた。

 

一瞬目が合い、しかしすぐに、四宮は俯いてしまう。この近さだと、彼女が耳まで赤くなっているのがわかった。

 

―――もしかして、照れてる・・・?

 

四宮も同じだったのだろうか。パーソナルスペースを完全に無視した距離感に、四宮も白銀と同じく、悶々としていたのだろうか。

 

それが嬉しくもあり、やはり恥ずかしくもあり。ただ、白銀は先程までよりも、幾ばくか穏やかな心地で、リズムを取り続ける。

 

エスコートすると約束したのだ。今夜だけは、白銀が四宮を導く役目である。四宮の手を引くのが、白銀の役目である。

 

優雅な音楽に合わせ、男女のペアが大広間を舞う。今宵の舞踏会は、まだ始まったばかりであった。

 

♀♀♀

 

白銀の顔を、直視できない。

 

―――なに・・・どうして・・・?

 

クローズドスタイルは、ダンスの形としてはとても一般的なものだ。淑女の教養として、かぐやも知っているし、中等部の時には授業の一環で踊ったこともある。

 

だが、今日は違う。今までのダンスとは違う。

 

白銀が、かぐやを支えるように、背中に手を回している。つい先程まで、かぐやの左手を引いていた白銀の手が、かぐやの背中を支えている。

 

一つ、かぐやが息を吐けば、それすら白銀に届きそうな距離。お互いの呼吸と、心音まで、聞き取れそうな距離。

 

―――早く、始まって。

 

そうすればきっと、このドキドキとときめきを、ダンスと音楽のせいにできる。

 

かぐやの願いを聞き届けたのか、程なく演奏が始まった。

 

かぐやは、白銀とともにステップを踏み出す。白銀に引かれるように、あるいは合わせるように、二人でテンポを取り、足を運ぶ。穏やかな曲調に身をゆだねる。

 

ふと、かぐやは白銀の顔を窺った。

 

かぐやよりも頭半分ほど高い位置にある、白銀の顔。お互いの距離が近いせいで、自然とその顔を見上げる形になった。

 

シャンデリアの光に照らされる、白銀の顔。きりりと引き締まった目元は、真剣そのものだ。

 

強い決意の宿った瞳が、かぐやの方を見た。明るい瞳がかぐやを真っ直ぐに捉え、優しく笑ったように見えた。

 

頬が過熱する。白銀の瞳を見つめていられない。たまらず、かぐやは目を伏せていた。耳の先まで、熱が伝わっているのがわかる。

 

―――これじゃあまるで、私が照れてるみたいじゃない。

 

そんな抵抗を試みても、大して意味はない。顔全体の温度は、むしろ上がる一方だ。

 

この感情の名前を、かぐやはまだ知らない。この熱の正体を、かぐやはまだ理解できない。

 

―――でも。

 

せっかく、白銀と一緒なのだ。白銀が勇気を出して、誘ってくれたダンスだ。白銀がその手で、エスコートしてくれたダンスだ。

 

かぐやだって、白銀と一緒にいたいのだから。

 

「・・・会長、ダンスお上手ですね」

 

なけなしの勇気を振り絞り、かぐやはもう一度顔を上げる。けれども、真っ直ぐに白銀の瞳は見れない。口元に目を合わせるのが精一杯だ。

 

「そうか?」

 

「ええ、はい。会長のリードは、安心して踊れます」

 

「・・・なら、よかった」

 

答えた白銀が、笑った気がした。

 

背中に回した白銀の手に、先ほどよりも少し、力がこもる。併せて、二人の距離がわずかに、近くなる。たったそれだけの動きに、ドキリとしてしまう。

 

だが、一つ気づいたこともあった。思えば、ダンスが始まったばかりの白銀には、隠し切れない強張りがあった。

 

背中に添えられた手に、余計な力が入っていた。

 

窺った表情に、シャンデリアの光とは違う色が差していた。

 

―――もしかして、意識してる・・・?

 

白銀だって、きっとかぐやと一緒だった。緊張して、強張って、余計なところまで気を張って。

 

それでも、かぐやを離さずにいてくれる。

 

―――それなら、私も。

 

それなら、かぐやも離れはしない。

 

二人で一つのステップを踏む。二人で一つのリズムに乗る。

 

お互いに手を取り、お互いに預け合い、お互いに支え合い、二人で一つのダンスを踊る。。

 

ささやかな願望も、きっと、白銀とかぐやで一つだ。

 

それでいい。ちょっと特別な、普通でいい。

 

 

 

一曲目を終えた白銀とかぐやは、バルコニーで夜風に当たっていた。

 

十二月ともなれば、夜は随分冷え込む。陽が沈んで間もないとはいえ、強い風が吹けば肌に寒さが刺さった。

 

それでも、火照った体を冷やすには、ちょうどいい。

 

ダンスが終わった後、白銀に手を引かれるまま、ここへやってきた。お互いに会話らしい会話はない。先のダンスを消化するのに、今しばらく時間がかかりそうだからだ。

 

―――でも・・・!

 

だが、かぐやの内心は、それどころではなかった。

 

自らの左手を、ちらりと見る。そこにはいまだに、白銀の手が繋がれている。全身冷える中、左手だけが、まったく温かさを失わずに、体の芯まで熱を伝えてくる。左手だけが、いまだにダンスの火照りを忘れさせてくれない。

 

「冷えてきたな」

 

「え、ええ」

 

「戻るか」

 

白銀の言葉に頷く。バルコニーから大広間に戻るときも、白銀は変わらずに、かぐやの手を引いている。

 

「あの、会長、」

 

白銀の意図を確かめようと、かぐやは彼を呼ぶ。だが、かぐやが何かを問いかける前に、白銀が答えを返した。

 

「・・・今日は、離さない」

 

その言葉にハッとする。「手を離さないで」、そう言ったのはかぐやではないか。白銀はただ実直に、いつもと同じように、彼のできる精一杯で、不器用な優しさで、応えようとしてくれていた。

 

はい。その短い返事が出てこない。声を忘れてしまったように、何も答えられない。

 

代わりに、かぐやは左手に少し力をこめることで、白銀の想いに応える。

 

繋いだ手に、二人で一つの想いを込めて、白銀とかぐやは大広間へと戻っていった。

 

 

 

―――本日の勝敗。両者勝利。




ゴフッ(血を吐く音)

ええ、ええ。違うんです、これでも一時期より砂糖控えめにしてるんです、本当なんです。

というわけで、今回で社交ダンス編は終了になります。

本家奉心祭のURとはまた全然違う感じですが、これぐらいなら許される・・・はず!

それと、今後に関わるので一つ宣言しておきたいのですが、

作者はつばめ先輩派ですキリッ(爆弾投下)(炎上不可避)
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