前回のあの引きなので、今回はそういう話です。ちょい短め。
「ねえ、早坂」
家に帰り着いたかぐやは、制服から着替えるとすぐ、自らの専属メイドを呼び止めた。制服や取り外した襟を片付けていた早坂が、くるりと振り向く。
「何ですか?」
「相談があるのだけれど」
早坂は一瞬首を傾げた後、頷いてかぐやの前に立つ。
「実は、」
口を開くが、かぐやはその先を言い淀む。
早坂とは幼少からの付き合いであるし、かぐやにとって相談をする相手と言えば、たいてい彼女である。特に、ここ半年間の相談の量は凄まじいものであったと、かぐやも自覚しているつもりだ。
だがそれでも、今回の相談には、二の足を踏んでしまう。
かぐやの内心を知ってか知らずか、早坂は特に急かすこともなく、かぐやの言葉を待っている。その厚意に甘えて、かぐやは一回の深呼吸を挟んだ。
「・・・今度の日曜日に、お弁当を作ろうと思うの」
「白銀会長に?」
遠慮なく切り込んできた早坂に、かぐやは一瞬言葉を詰まらせる。
「違うからっ!み、みんなで食べるのっ!別に、会長のために作るわけじゃないからっ!」
沸騰しかけの頭で、それだけは否定する。納得していない様子の早坂が半目でこちらを見ているが、一先ずそれ以上の追及はなかった。
次の日曜日は、航空研究会の集まりがある。月二回ほどのペースで行われる、白銀と石上の飛行訓練の日だ。藤原家の飛行場で、午前中はエンジン整備の講習、午後からは二人の飛行訓練の予定である。
かぐやはその日に、手作りのお弁当を持っていこうと考えたのだ。
「お弁当を作るのは構いませんが・・・またどうして、急に?」
核心を突く早坂の問いかけに、再びかぐやは黙ってしまう。
かぐやは決して、料理ができないわけではない。むしろ得意な部類である。普段あまりする機会はないが、花嫁修業の一環として、一通りの手解きを受けてきた。
ただ、四宮家にはかぐやの食事を専門で用意する料理人がおり、朝昼晩の三食はすべて彼らが用意している。こうした日曜日の活動の際も、昼時にお弁当を届けてくれるのだ。それが、これまでのかぐやである。
では、今回どうして、かぐやが自らお弁当を作ろうと言い出したのか。そこに早坂が疑問を呈するのは、もっともというところだった。
言い逃れはできない。こういう時の早坂は、絶対にかぐやを逃してはくれない。
「・・・この前、会長が私に、お弁当のおかずを分けてくれたの」
「ほほう?」
顔を近づける早坂の顔には、明らかに「何ですかその面白い話」という本音が張り付いていた。
「そのお弁当、会長の手作りだったの」
「なるほど」
「このままだと、会長に借りを作ったままになるじゃない。四宮家の者として、そんなことは許されません。作った借りはできるだけ早く返したいの」
かぐやはそこまで言い切って、そっぽを向く。まったくこのメイドは、主人に対する遠慮というものが微塵も感じられない。
かぐやをじっと見つめ続ける、早坂の視線を感じた。何かを見定めるような瞳が、静かにこちらを向いている。
「・・・それだけですか?」
「そ、それだけよ」
嘘である。
かぐやにはもう一つ、大きな理由があった。むしろそちらの方が、本来の理由である。
かぐやがタコさんウインナーを食べた時の、白銀の顔が浮かぶ。満足げなあの顔が浮かぶ。
自分の作ったものを、白銀が食べて喜んでくれたら、きっと嬉しいはずだ。
「ま、そういうことにしておきますか」
意味ありげな呟きを残して、早坂はそれ以上の質問を打ち切った。代わりに、芝居がかった頷きを二、三。
「なかなかいい考えとは思いますよ。男性が伴侶を選ぶ際、料理のスキルは大きな判断材料となりえます。まずは胃袋を掴む、という言葉があるほどですから」
「ほ、ほんと?私の料理でかいちょ・・・じゃなくて、男子の胃袋を掴める?」
「・・・よくそのボロの出し方で、今までやってこれましたね。ええ、かぐや様の料理スキルなら、白銀会長もイチコロです」
「い、イチコロ・・・」
そこでかぐやは、ハタと気づく。
「だ、だからっ!別に会長のためじゃないからっ!」
かぐやの叫びも、「うるさいです」と言いたげに耳を塞いだ早坂には届かない。
ともあれ、こうしてかぐやは、お弁当を作ることとなった。
◇
飛行訓練の日。
朝早く起きたかぐやは、愛用のエプロンを引っ提げ、使用人用の厨房に立っていた。主に早坂たちが、お茶を飲んだり、軽食を取るために使っている厨房である。ここであれば、まだ皆が寝静まっている間から使っても、迷惑はかからない。
「・・・あの、かぐや様。私、まだ寝ていたいんですけど」
ただ一人、早坂だけは起きて、厨房に立っていた。本来ならまだ寝ていてもいい時間であり、眠そうな目を擦っている。
「何をお手伝いすればいいんですか」
諦めが多く混じった早坂の言葉に、かぐやは首を振る。
「早坂は手を出さないで。私だけで作るから」
「・・・それなら、ベッドに戻ってもいいですか」
「それはダメッ」
「ええ・・・」
明らかに「面倒くさい」という顔で、早坂がかぐやを見る。
「お弁当を作るなんて、初めてなの。だからアドバイスして」
「アドバイスも何も、サンドイッチを作るんじゃないんですか?」
早坂が目線だけで示す。彼女の言う通り、かぐやはサンドイッチを作るつもりで、材料を用意していた。卵やチーズ、ハムにベーコン、玉ねぎ、トマト。調理台の上には、プルマンブレッドが一斤、ドンと乗っている。
だがかぐやは、そこで目を伏せる。
「・・・わからないのよ。これで合ってるのか」
かぐやにとって食事とは、基本的に誰かが作ってくれるものである。誰かが作ったものが並び、それを自分が食する。一度としてその立場が逆になったことはなかった。
ゆえに、かぐやはこの歳まで、自分以外の誰かに食事を作るという経験がなかった。
だからこそわからなくなる。何をすればいいのか、何が正解なのか、どうすれば白銀が喜んでくれるのか。その答えも、解答にたどり着く方法も、かぐやは何も知らないのだ。不安で不安でたまらない。
「・・・はあ」
漏れ出た早坂の溜め息は、先程よりもかなり柔らかいものだった。
「そんなの、私に訊かないでください。白銀会長のことは、
断定する早坂の言葉に、かぐやは顔を上げる。専属メイドの目は本気だった。真面目に、かぐやの質問に答えてくれている。
「白銀会長を喜ばせたいのなら、それだけを考えて作ればいいんです」
「・・・そんな、抽象的な」
「ええ、抽象的ですよ。でもそれ以外にできることがありますか?それ以上にできることがありますか?」
かぐやは答えない。そんな答えは持ち合わせていない。
「栄養を考えることも、献立を考えることも、誰にだってできます。でも、喜ばれる料理というのは、相手を喜ばせたいと思わない限りできません」
そこまで言い切って、早坂は口を噤んだ。これ以上の言葉はいらない。これだけヒントを出せば十分でしょうと、そう言っている気がした。
まったくもって、早坂の言う通りなのかもしれない。結局これは、かぐや自身の問題であるのだから。
白銀に喜んでもらいたい。かぐやの作ったお弁当を食べて、笑顔になる白銀が見たい。それが、かぐやが初めて、他人に対して抱いた願いだ。
エプロンの腰紐を締めなおす。肚が座った、やることが見えた、気がする。
「・・・わかった。やってみる」
かぐやの返答に、早坂は満足げに頷いて、欠伸を一つしていた。
かぐや様がチャーハン作る回ありましたね。あれすっごい好きです。ぜひアニメ化してほしい(気が早い)
先週の最新話更新がなくてそろそろ禁断症状が末期を迎え始めました。お願いだから赤坂先生、迷える我らを救いたまえ・・・
はい。そういうわけで、次回は再びのお弁当回になります。