かぐや様は夢を見たい   作:瑞穂国

21 / 27
お待たせいたしました!お弁当回の最終話です。


かぐや様の召し上がれ

晴れた日曜日。かぐやたち航空研究会の面々は、藤原家所有の飛行場にて、全員での活動を行っていた。

 

午前中は、エンジン整備の講習である。駐機場に停められた「豊美」のエンジンカバーを取り外し、ピストン抜きや潤滑油の交換、排気弁の掃除を行う。教官役の整備士の指示のもと、作業着姿の四人で、エンジンのイロハを学んでいた。

 

油の香りが漂う駐機場では、あっという間に時間が過ぎていった。気づけば太陽が中天に登り、合わせて全員の腹の虫が鳴り始める。

 

そろそろ昼食の時間だ。

 

♀♀♀

 

工業用石鹸で入念に手を洗い、こびりついた油を落としたかぐやたちは、飛行場近くの芝の上にシートを広げていた。飛行場を見渡せる、絶好のスポットである。日当たりも申し分ない。

 

「お腹空きましたねー」

 

もう待ちきれないという様子で、藤原が言った。言葉にこそしないものの、かぐやも似たような状況だ。飛行機のエンジンともなれば、整備作業も一苦労である。体は結構なエネルギーを消費しており、その分空腹感も強かった。

 

「腹が減っては何とやら、だな」

 

「人間も補給と休憩が大事ですからね」

 

白銀と石上も藤原に同調し、シートに腰を下ろす。腹ペコが四人集まれば、やることは決まっていた。各自昼食を取り出し、シートの上に広げる。

 

弁当箱を開ける藤原と、バゲットサンドを取り出す石上の二人は、いつも通りの昼食だ。

 

かぐやもまた、お弁当という点ではいつも通りである。だがそれは、いつものように四宮家専属の料理人たちが作ったものではなく、今朝かぐやが早起きをして作ったものだ。中身はサンドイッチ数種類と、付け合わせのポテトサラダ。少し多めに作ったのは、みんなで分けるため―――白銀に食べてもらうためである。

 

そして、今日の白銀はといえば―――

 

「会長、今日は弁当なんですか」

 

白銀が取り出した弁当箱を見て、先日の藤原みたいなことを石上が言う。白銀はこの前と同じように、弁当を持参していた。二つの弁当箱を、白銀はシートの上に並べる。

 

「会長のお弁当、おいしいですからね」

 

「はは、そう褒めるでない」

 

石上の褒め言葉に、満更でもない様子の白銀。石上は、白銀の弁当を見ても、それほど驚いている様子はなかった。

 

学年こそ違うが、非常に仲のいい航空研究会の男子二人である。昼食を一緒に取っている様子もよく目にする。白銀が時たま弁当を持参していることを、石上が知っていても、それほど不思議ではない。しかもあの口調だと、白銀の弁当を食べたことがあるようだ。

 

「あれ・・・でも会長、いつもより量、多いんじゃ?」

 

「あ、ああ、まあな」

 

手元を覗き込むようにしていた石上の指摘に、白銀がわずかに肩を跳ねさせた。その目がチラリと、かぐやを窺った気がする。

 

()()()()()()()()()()()()。よかったら、君らも食べてくれ」

 

そう言った白銀は、弁当箱を開き、四人の真ん中に置く。中にはたくさんのおかず。この前と同じ、タコさんウインナーや卵焼き、野菜炒め。それに加えて、ミートボールと白身魚のフライ。

 

作りすぎたにしては、()()()()()()()量のおかずたち。

 

かぐやはある種の確信を抱いて、白銀の顔を見た。澄ました顔でもう一つの弁当箱を開き、ご飯に箸をつけている白銀。特に明確に、かぐやの方を向かないようにしている、気がする。先ほどは、かぐやの顔を窺ったのに、だ。

 

決して「作りすぎ」ではない。白銀は最初からあの量を作っている。

 

それは何のためか。今のかぐやにはわかる。

 

ご飯を作る目的なんて、たった一つだ。誰かに食べてもらうためである。

 

―――会長も同じ、だったのかしら。

 

自分の弁当を取り出しつつ、かぐやは思う。白銀がかぐやを見た意味は、一体何だったのか。

 

白銀は、かぐやに食べてもらいたくて、お弁当を作ったのではないか。

 

―――なんて、都合がよすぎるわよね。

 

これでは、藤原と変わらない、お花畑思考だ。

 

かぐやは自分の弁当箱を開く。

 

「かぐやさん、いつもとお弁当違います?」

 

藤原が目聡く気づいて、尋ねてきた。

 

「ええ。今日は私が作ってみたんです」

 

「かぐやさんが!?手作りですか!?」

 

驚く藤原に頷いて、かぐやは弁当箱の中を見せる。

 

ブレッドを四分の一にした、小さいサンドイッチが、箱の中に並んでいる。厚焼き玉子、トマトとレタス、ベーコンとスクランブルエッグ、ハムとチーズ。色々な組み合わせで挟んだ、色とりどりのサンドイッチたち。

 

その量は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ただ、やはり普段やらないことですから。どうも勝手がわからず、()()()()()()()()()()()()()

 

かぐやは笑って、白銀の方を見る。

 

「よかったら、皆さんも食べてください」

 

白銀のものと並べて置いた弁当箱を、三人が興味深げに覗き込んでいた。

 

「いただきまーす!」

 

「・・・いただきます」

 

藤原、次いで石上が、かぐやのサンドイッチに手を出す。藤原が取ったのはベーコンとスクランブルエッグ、石上はトマトとレタスのサンドイッチだ。

 

「いただき、ます」

 

そして白銀も、かぐやのサンドイッチを手に取った。たったそれだけの仕草に、軽く心臓が跳ねる。

 

白銀が選んだのは、厚焼き玉子のサンドイッチであった。かぐや一番の自信作である。

 

大丈夫だ、うまくできている。これまでの花嫁修業の、集大成といっても過言ではない、サンドイッチだ。早坂が言っていた通り、これで会長の胃袋を掴める、はずだ。

 

白銀が口を開く。薄い色の唇が、かぐやの作ったサンドイッチを咥えこみ、噛み切って咀嚼する。白銀はいつもの鋭い目のまま、ゆっくりゆっくり、かぐやのサンドイッチを噛み締めていた。

 

かぐやは、自らの顔の筋肉が強張っているのを感じていた。顔だけではない、正座した腿の上では両の拳を握り締めている。どれほどこの緊張感を解そうとしても、できなかった。

 

咀嚼を終えた白銀が、サンドイッチを嚥下する。ゴクリと動く首筋に、目が釘付けとなる。

 

「・・・うまいな」

 

白銀がわずかに口元を綻ばせた。目元をかすかに緩め、白銀は二口目を口に含む。心底おいしそうに呟いた声に、かぐやは全身の筋肉を弛緩させた。

 

―――よかった。

 

内心の安堵を顔には出さず、かぐやもまた、自らの昼食に取り掛かる。狙いはもちろん―――

 

「会長、タコさんウインナー、いただきますね」

 

「ああ、どんどん食べてくれ」

 

それは実にありふれた、弁当の交換風景であったはずだ。だがそれでいい。それで十分だ。

 

かぐやが作った弁当を、白銀が食べる。白銀が作った弁当を、かぐやが食べる。それだけで、これほど嬉しいのだから。

 

 

 

昼食終わりの、腹休めの時間である。

 

藤原は御手洗いに、また石上は最新の天気図を確認に行っており、シートの上には白銀とかぐやのみが残っていた。ほどよい満足感に包まれ、二人は雲量二の空を見上げる。

 

が、先ほどからかぐやはチラチラと白銀の方を窺い、声をかけるタイミングを図っていた。

 

白銀の喜ぶものを作る。早坂のアドバイスを、かぐやもまた真剣に考えていた。その答えがあのサンドイッチである。しかし、それが全てではない。いつでも奥の手を用意しておくのが、四宮かぐやという少女だ。

 

サンドイッチとは別にしておいた、小さなガラス瓶容器が一つ。後ろ手に隠したそれに、意識が向く。

 

だがそれを、どうやって白銀に差し出せばいいのか、わからない。作っていた時にはそこまで頭が回っていなかった、というのが実情である。

 

容器の中身は、言ってしまえばデザートである。だが、一人分しかない。それもそのはずだ、かぐやはこれを白銀のために作ったのだから。

 

―――一体、どうすれば。

 

仮に、そのままストレートに、白銀に渡したとしよう。

 

―――「ほう。四宮は俺のためだけに、このデザートを作ってきたのか?そんなに俺のことが好きか?お可愛い奴め」

 

そんな未来が見える。もはや告白同然の行為。

 

それだけはできない。一方で、白銀にこのデザートを食べてもらいたいのも、かぐやの偽らざる願いである。だからこそ、かぐやは悩んでいる。

 

一体どうすればいいのだろうか、と。

 

いつまでも時間をかけてはいられない。もうすぐすれば、藤原も石上も戻ってきてしまう。そうなっては全て水の泡だ。

 

かぐやは意を決して口を開く。どうしようもないことだが、彼女は彼女の知っているやり方しか、できないのである。

 

「会長、少し見ていただきたいものが、あるんです」

 

「?なんだ?」

 

こちらを向いた白銀に、かぐやは後ろに隠していた容器を差し出す。白銀の顔を見ることは、どうしてもできなかった。

 

「これ、デザートなんです。それで、よかったら、()()してもらえませんか?」

 

一息に言い切って、容器を白銀に押し付ける。白銀の戸惑った雰囲気が伝わってきた。

 

「あ、ああ。わかった」

 

頷いた白銀が、蓋を開ける。「これは?」と問われる前に、かぐやは説明を加えた。

 

「ティラミスです」

 

容器の中には、かぐや手製のティラミスが入っていた。

 

チーズと生クリーム、コーヒーを混ぜたふわふわの生地に、ココアパウダーをまぶしている。アクセントには、砕いたアーモンドと、クッキー。三つに重ねたそれらの層が、瓶の中に綺麗に並んでいた。

 

朝思いついて、その場にある材料で作ったものだ。早坂のアドバイスで工程もいくらか省略して、それでもなんとか納得できる仕上がりとなった。当然、まともに準備などしていなかったから、できたのは今白銀に渡した分だけである。

 

小さな銀のスプーンで、白銀が瓶の中身をすくう。かぐやの積み重ねた層が、そのまま綺麗な形で、スプーンに乗って現れる。

 

パクリ。白銀はためらいなく、ティラミスを口に含んだ。サンドイッチの時よりもさらにゆっくりと、咀嚼している。時折、クッキーやアーモンドを噛み砕く、ザクザクとした音が聞こえてきた。

 

そして、それを見守るかぐやは、固唾を呑むことすらできなかった。

 

おいしいですか。お口に合いますか。甘さの加減はどうですか。そんなありきたりな質問すら、喉の奥から出てこない。何も問いかけることができない。かぐやはただじっと、白銀の言葉を待っている。

 

「甘い。でもって、うまい」

 

ティラミスを一口食べ終えた白銀が、微笑をたたえて感想を述べた。

 

かぐやの脳が、瞬時に沸点を超えて、突沸を起こす。頭から湯気が出るのではという錯覚。益々、白銀の顔を直視できない。

 

―――なに?どうしたの、私は?

 

それ以上その場に留まる勇気はなく、かぐやは腰を浮かす。顔の熱を冷ますために、走りたい気分だ。

 

「それ、一つしか、作れなかったんです。だから、藤原さんと石上くんには、ナイショですよ」

 

人差し指を唇に当て、白銀にそれだけ言い残してから、かぐやはその場を立つ。だがその背中を、白銀が呼び止める。

 

「四宮」

 

返事すら口から出て来ず、かぐやは半分だけ、白銀に顔を向けて応えた。

 

「卵のサンドイッチも、すごくおいしかった。―――よかったら今度、作り方を教えてくれ。家でも作りたい」

 

白銀の申し出に、言いようのない暖かさが、かぐやの中に広がった。

 

「―――はい、喜んで」

 

―――あなたのお願いなら、なんでも。

 

短く答えて、かぐやは今度こそ、その場を立ち去った。

 

 

 

―――本日の勝敗。かぐやの勝ち。




かぐや様的には、「味見」が精一杯だと思うんです。とっても奥ゆかしいので。

余談ではありますが、ティラミスにはちょっとした意味がありましてですね。結構大人な感じの意味なんですがね。かぐや様はもちろん知らないわけですよ。

ただ、早坂はもちろん、ティラミスの意味を把握してました。かぐや様が「ティラミスを作る!」と言い出した際、早坂はその意味を教えるべきか迷いましたが、面白そうなので何も言ってません。

白銀会長がティラミスの意味を知っているかどうかは・・・ご想像にお任せします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。