かぐや様は夢を見たい   作:瑞穂国

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ほぼ二週間ぶりでしょうか。原作供給のなさに若干燃え尽き気味だった作者です。

しばらく(三回くらい?)、かぐや様と会長の前日談的な話をば。

今回は相合傘回ですね。かぐや様が航空研究会に入って二か月位した頃を想定してます。なので頭脳戦してません。(元々この作品、頭脳戦全然してないけどなっ!)


【前日譚】空と人の距離
かぐや様は差されたい(夢)


季節は梅雨である。

 

芽吹きの春と、暑い夏の合間にある、ひと時の雨の季節。春の終わりと、夏の訪れを告げる時期。

 

一週間のうち、三日ほどが雨。たとえ晴れても、道端には水たまりがいたるところに残り、強く雨の匂いを漂わせる。幼い子供たちと、走り去る車が水飛沫を飛ばし、大人たちはそれに顔をしかめる、そんな季節である。

 

今日も今日とて、天気は雨であった。昼を過ぎた頃から怪しくなりだした雲行きは、案の定すぐに雨を降らせた。課業の終わりを告げるチャイムが鳴った時には、すでに土砂降りと言って差し支えないものになっている。ザァザァと打ち付ける雨が飛沫を散らし、辺りを白く染めていた。

 

昼過ぎからの雨ということもあり、傘を持参していない生徒が多い。かぐやもそのうちの一人である。玄関を出た庇の下で、彼女は途方に暮れていた。

 

こんな日に限って、というべきか。いつも迎えに来てくれる四宮家の車は、エンジンのトラブルで修理中であった。よって、かぐやは徒歩で帰る必要がある。さらに、置き傘などというはしたない真似は、四宮家の令嬢であるかぐやはしていなかった。

 

―――藤原さんの車に乗せてもらいましょうか。

 

こうなっては致し方がない。誰かに借りを作ることを良しとしないかぐやであるが、こればかりはどうしようもないと言えた。ゆえに、かぐやは玄関を出た庇の下で待っている。

 

突然雨がやんだりしないだろうかと思いつつも、それが叶わない願いであることは理解していた。

 

手提げのカバンをパタパタと揺らしつつ、しばらく立ち尽くしていたかぐやに、声をかけるものが現れる。

 

「四宮?」

 

かぐやはその声を振り返る。玄関から出てきたのは白銀であった。二か月ほど前にかぐやが所属することになった、航空研究会の創設者にして会長である。

 

「あら、会長」

 

「おう。にしても、すごい雨だな」

 

そう言いながらかぐやの隣に並んだ白銀は、雨の中に手を突き出す。その手のひらで激しく雨粒が弾けるのを確認すると、すぐに手を引っ込めた。

 

「・・・走って帰るのは、厳しいな」

 

「会長も、傘を持っていないのですか?」

 

「『も』ってことは、四宮もか」

 

お互いに傘を持っていない二人。結局何の発展性もなく、庇の下で佇む人影が一つ増えただけであった。

 

「会長、藤原さんを見ませんでしたか?」

 

「藤原なら、先に帰ったぞ。迎えが早いとかで」

 

裏切者、一人。

 

二人の間に沈黙が流れる。同じ航空研究会に所属するとはいえ、元々それほど接点があったわけではない。クラスも別々であるし、共通の話題があるわけでもなかった。

 

正直、どんな話をしていいものなのか、かぐやにはわからない。

 

これまで、基本的に人を寄せ付けてこなかった。日常的に会話をするのは、メイドである早坂と、付きまとってきた藤原くらいだ。まして男子ともなればなおさらである。

 

気になる男子と、どんな話をしていいのかなんて、知らない。

 

―――な、なにか話してくださいよ、会長っ。

 

だから心の中で、そんな的外れの不満を上げるしかなかった。

 

「・・・そうだ」

 

そこで何かを思い出したように、白銀が柏手を打った。かぐやは彼の方を見る。

 

「研究会の倉庫に、傘が置きっぱなしになってたはずだ」

 

言うや否や、白銀は持っていたカバンを頭の上に掲げた。もしかしなくても、この雨の中、倉庫まで走るつもりだろうか。

 

「ちょっと取ってくる。四宮はここで待っていてくれ」

 

案の定、白銀はそう言い残して、雨の中に飛び出そうとしていた。四宮のために、彼はその身を濡らして、傘を取りに行こうとしているのだ。

 

―――・・・本当に、この人は。

 

そこに何の魂胆も、躊躇いもない。何か計算が合って、白銀はこんなことをしようとしているわけではない。それがわかるくらいには、かぐやは人の機微に聡いつもりだ。

 

「いえ、私も一緒に行きますよ」

 

「いや、待っててくれ。夏服は薄いんだ。濡れたら風邪引くだろ」

 

結局、白銀はかぐやを押しとどめて、走り去る。雨が降りしきる白い景色の中に、白い白銀の背中が解けていく。

 

白銀の言う通りだ。つい先日衣替えを迎え、かぐやは夏服を着ている。その生地は確かに薄手で、しかも半袖だった。雨に濡れたら風邪を引いてしまうという白銀の指摘は、至極その通りである。

 

―――あなただって、夏服なのに。

 

走り去った白銀も、かぐやと同じく夏服だ。半袖白シャツである。

 

胸のあたりがむず痒い。どこか暖かく、穏やかな心地がする。最近、時折感じるようになった感覚だ。それが何なのかを、かぐやは知らない。

 

パタパタとカバンを揺らす。白銀の走っていった先を見つめながら。

 

と、その時。

 

「四宮さん」

 

玄関から出てきた女生徒が、かぐやに声をかける。確か、白銀や藤原と同じクラスの生徒だったはずだ。彼女の手には、小さな袋が一つ。白銀の筆箱だ。

 

「これ、白銀さんの忘れ物なんだけど、四宮さんから渡しておいてもらえないかな」

 

「ええ、いいですよ」

 

女生徒から筆箱を受け取る。

 

ふと、かぐやはあることを思い出す。白銀は筆箱に、ペンや鉛筆以外にも、ある物を入れていた。それは倉庫のカギ。教員以外では、会長である白銀だけが持つカギだ。

 

そのカギが入った筆箱が、ここにある。ということは、今白銀は、カギを持たずに倉庫へ行ったことになる。

 

「っ!」

 

考える暇もなく、かぐやは自らのカバンを頭上に掲げ、走り出した。当然、向かう先は倉庫だ。

 

「四宮さん!?」

 

背後で女生徒の驚く声が聞こえる。だがそれには構わない。

 

運動場を、倉庫へと走る。水分を含んだ芝を踏みしめる度、激しく水滴が飛び散った。革靴の中に容赦なく水が入っているが、それも今は気にならない。ただ今は、ひたすら白銀を追いかけて、走る。

 

だが、慣れないことをするものではない。雨の日はただでさえ足を取られやすいのに、ここは芝生だ。革靴では踏ん張りが利かず、すぐに滑る。一歩踏み外し、立て直そうと踏ん張った足がやはり、滑ってしまう。その時点でもう遅い。かぐやにできるのは、倒れこむ体を両手で支えることだけだ。

 

芝生の上に倒れる。盛大に水飛沫が上がった。全身に走った鈍痛に耐え、かぐやは体を起こす。

 

「四宮!」

 

そんなかぐやを呼ぶ声があった。駆け寄り、膝を折ってこちらを覗き込むのは、白銀であった。

 

「かい、ちょ」

 

「っ!行くぞ!」

 

白銀が手を引き、かぐやを立たせてくれる。そのまま、かぐやは白銀に手を引かれて走っていった。

 

 

 

白銀が引っ張り出した石油ストーブに火が灯る。徐々に熱を放ち始めたその前に、かぐやは腰を下ろし、暖を取る、肩に掛けているのは、白銀が置いていた毛布。

 

「寒くないか?」

 

かぐやの隣に腰を下ろした白銀が、心配そうにこちらを覗き込む。雨の中走って、その上転んだのだ。その心配ももっともだろう。事実、夏前とは思えないほど、肌寒い。

 

冷えた体に、ストーブの熱が染みる。

 

「ごめんなさい。ご迷惑をおかけして」

 

「いや、もとはといえば俺のせいだ。四宮はカギを届けてくれようとしたんだろ」

 

水滴の滴る頭を、白銀が掻く。締まらないよな。弱い呟きが漏れた。

 

二人並んで、ストーブに手をかざす。火が行き渡り始めたストーブは、徐々にその温度を上げている。手に当たる輻射熱が、巡る血液に熱を伝えた。

 

チラリと、隣の白銀を窺う。雨の中を駆けた彼も当然のことながら、かぐやに負けず劣らず濡れている。ツヤツヤの髪からは雫がポタポタと滴り、コンクリートの床にシミを作る。水を吸ったシャツはペタリと体に張り付き、肌色を透けさせている。

 

見てはいけないもののような気がして、かぐやは目を逸らした。しかし時すでに遅し。白銀の太い首筋が脳裏に焼き付いて離れない。

 

白銀とかぐやの距離、実に百センチ。お互いに言葉はなく、今日二度目の沈黙が流れる。聞こえる音は二つ。降る雨が倉庫のトタン屋根を打つ、バラバラという音。コンロにかけられたやかんの、カタカタという音。水と金属が織りなす音に、倉庫の中は支配されている。

 

やがて、やかんの音がにわかに騒がしくなった。中の水が沸騰したのだろう。白銀は何も言わずに立ち上がって、コンロを止める。用意していたマグカップに湯を注ぐと、ほのかに甘い香りが漂い始めた。

 

白銀がマグカップを差し出す。受け取ったその中身は、茶色がかった液体。ココアだ。甘い匂いの正体はそれだった。

 

「冷えた時はこれに限る」

 

そう言って、白銀はココアをすする。

 

かぐやも白銀に倣った。暖かくなったマグカップを両手で包むと、じんわりとした熱が手のひらに伝わる。中の液面に息を吹きかけ、口をつける。ほのかな甘さに鼻孔がくすぐられた。飲み込んだ液体が、体を芯から温めてくれる。

 

雨で冷えた体に、少しずつ、活力が戻っていくのがわかった。

 

「四宮の服が乾いたら、帰ろう。家まで送る」

 

それが自分の責務であるように、白銀が言った。かぐやが濡れてしまったことに、責任を感じているのだろうか。

 

その申し出に頷くことで、かぐやは答えとした。誰かと帰るという経験のないかぐやにとって、白銀の申し出は純粋に嬉しいことだった。

 

再度ココアに口をつける。雨脚はいくばくか、和らいできている気がした。

 

 

 

服が乾き、体も十分温まったところで、白銀とかぐやは倉庫を出た。ドアに鍵をかけ、いまだに降っている雨に目を向ける。

 

「・・・行く、か」

 

白銀はそう言って、傘を開いた。

 

が、かぐやの分はない。白銀が倉庫内で見つけた傘は、この一本だけであった。すなわち必然的に、二人で一本の傘を分け合うことになる。

 

それを、世間一般では相合傘というのだと、かぐやも知っている。その行為が、本来特別な関係にある男女同士で行うことも。

 

かぐやと白銀の関係は、果たしてどうなのだろうか。

 

白銀の隣に立つ。幸い、白銀の差した傘は大きく、二人が並んで入っても十分な大きさがあった。どちらかの肩が濡れるなんてこともない。

 

二人並んで、雨の中へ繰り出す。歩調を合わせ、白い景色の中を歩く。

 

ふと、かぐやは自身の歩調が普段と大差ないことに気づく。それは、白銀がかぐやの歩調に、合わせているからなのか。それとも、かぐやが自然と、白銀の歩調を覚えてしまったからなのか。結局かぐやには、どちらかわからない。

 

二人の距離、実に十センチ。時折お互いの肩が触れる、そんな距離。慣れない距離感が掴めずに、かぐやは終始俯いているしかなかった。

 

四宮別邸まで、徒歩三十分ほど。その時間が、永遠にも、あるいは一瞬にも、感じられた。

 

白銀は本当に、かぐやを家まで送ってくれた。玄関を開け、かぐやは白銀を振り返る。

 

「ありがとうございました、会長」

 

「ああ。また明日な、四宮」

 

「ええ、また明日」

 

挨拶を交わす、百センチ。やっぱりまだ、この距離感がちょうどいい。雨の中へ踏み出して、あるいは手を伸ばして、その距離を縮めることはできない。

 

踵を返した白銀が、雨の中を去っていく。白いその背中に、心臓が鳴る。

 

やはり、この気持ちの正体を、かぐやはまだ知らない。




初心です。ピュアッピュアのピュアです。

なんていうか、無自覚にイチャコラしてる原作の距離感も好きだけど、きっとこういうころもあったんだろうな、多分氷が解けた直後くらいに。

てことで前日談はこんな雰囲気で進めていこうと思います。
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