かぐや様は夢を見たい   作:瑞穂国

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どうもです。引き続きの前日談的な何かになります。

前回が梅雨だったので、夏休み中の話をば・・・ば・・・。


かぐや様は泊まりたい

夏休みである。

 

秀知院学園の夏休みは、七月下旬から八月にかけてのおよそ四十日間。その間、特別に登校日等もなく、生徒たちはそれぞれの青春を謳歌することになる。

 

友人たちと遊ぶもの。避暑地の別荘へ出かけるもの。山や海のスリルを堪能するもの。趣味嗜好はそれぞれであるが、若さゆえの探求心と好奇心を満たす点は共通だ。

 

そんな夏休みが始まって―――半月が過ぎた。

 

その間、かぐやの身には、これと言って特に何もなかった・・・などということはなく。彼女は、これまでで最も、青春を謳歌する夏休みを過ごしていた。それは当然、航空研究会があったからである。

 

課外活動会である航空研究会は、夏休み中も積極的に活動を行っていた。最終段階に入った自主製作航空機の設計、部品類の買い出し、民航連関係の催しへの参加等々、相も変わらずその活動は多岐にわたる。おかげで、かぐやは夏休みの半分近くを、航空研究会の三人と過ごすことができた。

 

夏休みの思い出、まして友人との思い出などなかったかぐやである。彼女には、白銀たちと過ごす夏休みが、この世の春のように思えてならない。季節は夏であるが。一日一日が楽しくて仕方がない。活動のない日まで、次にみんなで集まる日を指折り数えるほどだ。

 

そうして半分ほどが過ぎていった、()()()()()夏休み。そんな中ついに、今夏最大のイベントの日がやってきた。

 

すなわち、夏合宿である。

 

♀♀♀

 

早坂が開け放ったドアからは、夏らしい日差しが降り注いでいた。眩しい太陽に目を細め、かぐやは車外に出る。じわじわとした暑さが体にまとわりつき、かぐやは陽を避けて麦藁帽を目深にした。

 

空は見渡す限りの青だ。雲一つない、快晴である。まさに航空研究会の活動日和であった。

 

「かぐや様、お荷物です」

 

早坂が車内から旅行鞄を取り出す。買ってはいたものの、今まで一度も使ったことがないものだ。中は四日分の着替えと作業着。

 

「お持ちしなくて大丈夫ですか?」

 

「大丈夫よ。一人でできる」

 

早坂から鞄を受け取り、かぐやは笑う。普段なら、専属メイドである早坂がかぐやの荷物を持つが、今日は自分で持っていきたい気分だった。何しろこれは、かぐや自身の合宿なのだから。

 

「わかりました。それでは、行ってらっしゃいませ」

 

一礼する早坂に軽く手を振って、かぐやは歩き出した。

 

航空研究会が泊まり込みで合宿をするのは、藤原家所有の飛行場に併設された、パイロット向けの宿泊所だ。元々、宿泊所とは名ばかりで、休憩所として利用されることが多い。今日から数日間も宿泊する人はいないとのことだった。

 

旅行鞄を抱えるようにして、宿泊所の建物を目指す。

 

「かぐやさーん!」

 

宿泊所の二階から、藤原が大きく手を振っていた。すでに到着して、荷物を運びこんでいたのだろう。かぐやも彼女に応えて、手を振り返す。

 

三泊四日、ドキドキ男と女の夏合宿が始まった。

 

 

この夏合宿を最初に提案したのは、藤原である。

 

夏休み中にもやりたいことが色々ある。七月頭の活動でそう発言した白銀に、「だったら合宿しませんか!?」と藤原が手を挙げたのだ。

 

連続した日程、それも泊まり込みでの活動は、何かと都合がいい。一日にあらゆる活動を詰め込む必要がなく、余裕を持って動ける。三食寝床付きだという藤原の提案に、全員異議なしとなった。

 

それに、泊りでの活動ゆえに、夜までワイワイできるのも、合宿の魅力だ。カードやボードゲームをやりながら、いつもより少し遅い時間まで起きている。眠い(まなこ)をこすりながら、他愛無い会話に花を咲かせる。かぐやにとって、かつてない思い出になることは明白であった。

 

そんな夏合宿の一日目は、午後からのモールス信号の講習から始まった。

 

モールス信号は、飛行機を飛ばすのに直接関わる技術ではない。どちらかといえば、陸上で飛行を支援する人間、すなわち管制官などに求められる技術である。

 

航空研究会で、陸上からの支援を担当するのは、主にかぐやと藤原である。だがその役割は、離陸時の補助や着陸時の誘導がほとんどだ。管制は行わない。

 

それでもモールス信号を学ぶのには理由がある。発端は石上の要請であった。

 

航空研究会で会計を担当する石上は、持ち前の知識と処理能力を活かし、予算の圧縮に成功していた。結果浮いたお金で、石上は一つの提案をする。空中の飛行機と、陸上の支援員を結ぶ、無線の搭載だ。モールス信号を用いるものであれば、比較的安価に入手できるという。

 

飛行中に陸上とやり取りができるのは、非常に便利だ。無線通信や電気機器系に明るい石上からの提案ということもあって、白銀もすぐに了承していた。

 

国際モールス信号の符号を確認し、実際に電鍵を使って信号を打つ、あるいは読み取る。三級電通資格を持つ講習員の指導を受け、かぐやたちはモールス信号を扱えるようになった。

 

そうして半日が過ぎ、かぐやは合宿一日目の夜を迎えていた。

 

 

 

「皆でカードをやりましょう!」

 

ラフな寝間着に着替えた藤原が、持参したカードを片手に元気よく言った。

 

時刻はまだ午後九時を回ったばかりだ。眠るにはいささか早い。合宿のテンションも相まって、四人とも目が冴えきっている。

 

「ほう、カードか」

 

本をかたわらに、何やら石上と話し込んでいた白銀が、顔を上げる。瞳の奥が「面白そうだ」と言わんばかりにきらめいた。

 

「面白そうですね。何やりますか?」

 

石上も珍しく前のめりに反応する。そう言えば彼は、無類のゲーム好きであった。藤原の自作したゲームによくダメ出しをしている。

 

「まずはババ抜きですよねー。時間はたっぷりありますから、色々やりましょう!」

 

藤原はそう言って、おもむろにカードを切り、全員の手元に配り始めた。五十二枚足すジョーカー一枚。随分と慣れた手つきで四人分の手札を配り終え、藤原は笑顔で着席する。

 

「いいだろう。これでも、家で一番強い」

 

「玩具会社の息子としては負けられませんね」

 

配られた手札を一瞥して、男子二人が闘志に火をつけた。場の温度が上がったように感じられたのは、風呂上がりのせいではあるまい。

 

「かぐやさんもやりましょっ」

 

すでにペアのカードを捨て始めている、気の早い藤原が急かす。

 

思えば、誰かとカードをするなど初めてだ。家にやる相手なんていない。早坂は相手をしてくれるが、二人では何も面白くない。

 

かぐやは自分のもとに配られた手札を見る。数字のカードと、まばらに混じる絵札。それから―――ジョーカー。

 

うっすら浮かびそうになった微笑みを抑えつつ、かぐやはペアのカードを捨てていく。残ったのは六枚のカード。

 

―――四宮の名に懸けて、負ける訳には参りませんね。

 

男子たちほど露骨ではないものの、かぐやも内心で闘志を燃やす。こと、このメンバーでのカードであれば、本気で挑むのもやぶさかではない。

 

「では、俺からだな」

 

隣に座る白銀が、かぐやの手札に手を伸ばす。

 

更ける夜。行き交うカード。散る火花。心地よい頭脳戦に、かぐやは初めての幸福感を味わっていた。

 

♂♂♂

 

白熱した頭脳戦に、脳が穏やかな疲労感を訴えている。クイーンを場に出して富豪でのアガリとなった白銀は、糖分を求め始めた脳を休める意味も込めて、一息を吐いた。傍らのコーヒーを啜りつつ、時計を見遣る。いつの間にやら、時間は十二時に迫ろうとしていた。

 

「会長とかぐやさん強すぎます~」

 

石上と下位争いをしながら、藤原が拗ねた声を出す。確かに、このゲームが始まってから、勝つのは大抵白銀か四宮だ。むしろこの二人で、大富豪争いをしているといっても過言ではない。石上と藤原は搾取される側である。

 

今回も、真っ先に上がったのは四宮だ。しかも「二」の三枚持ちという豪運つき。ジョーカー二枚持ちの白銀も食い下がったが、力及ばずというところだ。

 

その四宮は、今も余裕の表情でゲームを見守っている―――なんてことはなかった。

 

ふわり。こくり。ふと、白銀の肩に何かがかかる。甘い香りが鼻を衝く。右肩がくすぐられる感覚に、白銀はそちらを見た。

 

ふわり。こくり。―――ことり。

 

―――ことり?

 

何かが肩に乗る。重さにしておよそ五キロといったところだろうか。一体何が乗ったというのだろうか。

 

否。気づいていたが、白銀の脳がそれを理解するのに十数秒を擁していた。

 

白銀の肩に乗っていたのは、穏やかな四宮の寝顔だったのだから。

 

「っ!?」

 

あまりの衝撃に、叫び声と心臓が飛び出そうになる。

 

白銀の肩に頭を乗せた四宮に、目を覚ます様子はない。わずかに開いた唇の間から、穏やかな寝息が漏れる。呼吸に合わせてかすかに上下する肩と胸に、自然と目がいった。

 

―――なんっ・・・えっ、なん・・・だっ!?

 

白銀の衝撃は言うまでもない。結局身動きが取れず、白銀はその場で固まってしまう。自分は枕であると、心の中で言い聞かせながら。

 

「・・・あ、かぐやさん、おねむですね」

 

大貧民が決定した藤原は、声を潜めてそう言った。聞けば、四宮は普段からロングスリーパーで、十一時くらいには寝ているのだという。カードで頭も使い、眠ってしまったのだろう、と。

 

―――それにしたって、これは・・・!

 

白銀と四宮の椅子の距離は、およそ八十センチ。いや、肩に乗ってるのだから、どう見たって零センチである。白銀は己の理性を保つので精一杯であった。

 

すー。すー。穏やかな呼吸が聞こえる。長い睫毛が電灯の光を反射する。細い睫毛の一本一本に、目が吸い寄せられる。

 

―――綺麗だ。

 

四宮かぐやは、有り体に言って美人だ。それは学園の誰もが認めることである。百人中百人が美人と答えるほど、眉目秀麗な少女である。

 

この三か月ほどで、その美しさにある程度耐性はつけたつもりだ。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。可憐さが気品という服を着ているかのようなその姿を、直視して挨拶を交わせる程度には。

 

だがこれは想定外だ。反則だ。この()()()の努力を全てまとめて吹き飛ばすほど、その魅力の破壊力は凄まじい。

 

―――まだ、慣れない。

 

四宮かぐやとの距離を詰めたい。才色兼備、何でもできてしまう彼女と、いつの日か並び立ち、対等になることが白銀御行の願いだ。

 

だが、その距離に慣れないのもまた、事実である。近づけば近づくほど、その魅力を認識せざるを得ない。

 

それはもちろん、四宮の容姿に限った話ではない。

 

「今日はこれでお開きですね。私、かぐやさんを部屋に連れていきます」

 

立ち上がった藤原が、四宮の肩を揺する。寝ぼけ(まなこ)をこする四宮は、白銀の肩に頭を預けていたことには気づいていないらしい。

 

「片づけはやっておきますね」

 

石上がカードを片付け始める。それに頷いて、藤原が笑顔で手を振った。

 

「それじゃあ、また明日。おやすみなさ~い」

 

藤原に手を引かれるようにして、かぐやも寝室へと戻っていく。一瞬振り向いた彼女は一言、

 

「かいちょう、おやすみなさい」

 

呟いて、見たことないほどふやけた笑顔を見せていた。




夏合宿です。夏合宿です、はい。

多分次回も夏合宿です。あと、もう一、二話過去篇思いついているので、この前日談シリーズは四話構成ぐらいになるかもです。まだ書いてないので未定。

原作本編の展開があれすぎて、心が砕けそう。今回は会長じゃなくて、かぐや様が頑張るターンっぽいですね。頼むかぐや様・・・!会長を救って・・・!

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