かぐや様は夢を見たい   作:瑞穂国

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前日談三話目です。引き続きの夏合宿回。

ターニングポイントってやつでしょうか。


かぐや様は知りたい

「かぐやさんって、好きな人はいないんですか?」

 

今まさにベッドへ入ろうとした瞬間、藤原から飛んできた言葉に、かぐやは左へ三メートルほど吹っ飛ぶ心地がした。

 

「な、なんですか、藤原さん。藪から棒に」

 

「いえいえ。やっぱり合宿の夜といえば恋バナじゃないですか!」

 

すでに十時過ぎだというのに、まだまだ藤原のテンションは高い。そもそも、藤原にテンションが低い時などない。底なしのスタミナとすっからかんの頭から繰り出される突拍子もない行動・言動が、いつだってかぐやの周りをかき乱す。

 

初めて会った時は、もう少し真面目な人間かと思ったのだが。

 

「合宿の夜は長いんですから。そんなに早く寝ることもありませんよ」

 

その結果、昨日の夜はカード中に寝てしまったわけである。そのことはすでに、藤原の頭にはないらしい。

 

―――あんな失態、二度とするものですか。

 

今思い出しても、顔から火が出そうだ。いくら眠気が勝っていたとはいえ、公衆の面前で殿方に寄り掛かるなど。ましてそのまま眠ってしまうなど。四宮の令嬢として、否、年頃の女性として恥ずべき行為だ。

 

白銀に迷惑がられていなかっただろうか。今日一日、それが気がかりでならなかった。そのせいか、妙に白銀を意識しまくりだ。変なことでテンパって、その度に頬を熱くして。一体私はどうしたというんだ。

 

「おやおや?かぐやさんもしかして、ほんとに好きな人がいるんですか?」

 

かぐやの表情の変化をどう読み取ったのか、藤原は興味津々という様子で迫ってくる。若干重心を後ろに移し、かぐやはその問いかけに答える。

 

「いませんよ、そんな人。何をどう勘違いしたら、そういう結論になるんですか」

 

「えー、だってかぐやさん、今ちょっと恥ずかしそうにポーっとしてたから」

 

私の恋愛センサーが反応したんです、などと訳の分からないことをのたまう藤原。

 

「本当にいません。第一、そういう・・・好き、とか、よくわからないもの」

 

嘘偽りのない事実だ。こんな本音は、中等部時代からの仲である藤原にしか漏らせない。なんだかんだと、この手のことは、藤原に隠すだけ無駄だ。

 

恋愛というものがわからない。好きという感情を知らない。その手のものは、生まれてこの方十六年間、一切縁のなかったものだ。興味すらなかったというのが、正しいだろうか。

 

昔から、言い寄ってくる男子には事欠かなかった。それが、有り体に言えば「自分はモテる」のだろうということくらいはわかる。ただ、そうやって告白してきた男子に、興味が湧くことはなかった。付き合おうとも、好きになってみようとも思わなかった。

 

周りの女子たちが言う「好き」の意味が、かぐやにはわからない。

 

「・・・『好き』がわからない、ですか」

 

かぐやの言葉を受けて、藤原はうんうんと唸りだした。本能とフィーリングだけで喋る彼女にしては珍しい。何かを言おうとしているのに、それを言葉にできない、そんな感じだ。

 

「私は、かぐやさんのこと、大好きです」

 

前振りなく飛び出した藤原の発言に、かぐやは右へ三メートルほど吹き飛ぶ感覚がした。

 

ほんとになんなのだ、この子は、急に。

 

「かぐやさんと一緒だと、楽しいです。かぐやさんと一緒だと、嬉しいです。かぐやさんとは、ずっとずっと、一緒にいたいです」

 

そういう藤原は、どこか恥ずかしそうに、そして晴れやかに、それはそれは嬉しそうな笑顔を浮かべている。これ以上ないほど優しく目元を細め、両の手で心を掴むように胸を抑える。

 

「かぐやさんと一緒だと、胸がほわほわするんです。だから・・・多分きっと、そういう気持ちを、私は『好き』って言ってるんです」

 

―――・・・いつか。

 

いつか私も、誰かを好きになった時は、あんな顔をするのだろうか。藤原の笑顔に、かぐやはそんなことを思う。

 

そもそも、かぐやが尋ねた「好き」と、藤原の答えた「好き」にはいくらかずれがある気もしたが。おそらく今、それは大きな問題ではない。

 

何より、誰かから「好き」と言われることを、満更でもなく思えるようになったのは、紛れもなく藤原のおかげであった。

 

 

三日目を迎えた夏合宿。今日は朝から飛行訓練である。

 

「四宮先輩、エンジン回してください」

 

操縦席に座り、飛行帽とゴーグルをかけた石上が、かぐやに呼びかけた。

 

かぐやの役割は、藤原家所有の航空機である「千花」の「蓬莱」エンジンに、初動のトルクを与えることである。エンジン脇に差し込んだイナーシャに取り付き、石上の号令に合わせてハンドルを回す。

 

だが、このイナーシャというのは、存外に重い。「蓬莱」エンジンは初動トルクが大きく、結果イナーシャを回す人間にも相応の力が求められるのだ。かぐや一人で動かすのは難しい。

 

ではどうするか。答えは単純にして明快である。回す人間を増やせばいい。

 

「回すぞ、四宮」

 

―――近い近い近い近い近い近い近い・・・っ!

 

耳元から聞こえた白銀の声から、かぐやは顔を背けた。まずい。これは想定外すぎる。これはあまりにも、あんまりだ。

 

ハンドルにかけた手に、力が入らない。まだ朝だというのに、体が火照って仕方がない。顔からは火が出そうだ。上がるばかりの体温と鼓動に、訳の分からない汗が背中を伝う。

 

―――心臓が、どうにかなってしまいそう。

 

白銀と並び、イナーシャを回す。鈍い音とともに、中のフライホイールが動き始めた。白銀と合わせて、徐々にイナーシャの回転数を上げていく。

 

かぐやの細い腕、白い手。その隣に、白銀の手が並んでいる。意外に太くたくましい腕と、大きな手。二人分の手の間に、二十センチも距離はない。同じ止まり木の小鳥のように、仲良く並んでハンドルを掴んでいる。

 

隣の白銀を窺う。額に一筋汗を垂らし、真剣な表情でエンジンを見ている、その横顔を見つめる。

 

これほど何かに真剣に打ち込める人を、かぐやは知らない。普通の人なら仰ごうとすらしない場所に、手を伸ばし続ける人を知らない。

 

―――どうしてそこまで、頑張るのですか。

 

「回転数十分です。クラッチ入れてください」

 

石上のさらなる指示に、今まで回していたイナーシャを抜き、スイッチ操作でクラッチを入れる。エンジン内の歯がかみ合い、機首のプロペラが回りだした。

 

「燃料投入します」

 

本格的なエンジンの始動だ。始動の際には集合排気管から煙と炎が噴出する。かぐやたちは機体から距離を取ろうとした。

 

が、先程までポーっと白銀を見ていたからか、あるいは青々とした芝生のせいか、かぐやは不注意にも足をもつれさせた。後ろ向きに倒れていく感覚。イナーシャを持った手は塞がっていて、とっさにバランスも取れない。

 

「四宮!」

 

倒れる、そう思った時、白銀の声がした。次の瞬間には、温かい何かが、かぐやを包む感覚。完全に倒れこむ前に、何かが支えてくれた感触。

 

振り仰ぐ形になった、青い空。だがそこにあるのは、雲量二の空ではなく、こちらを覗き込む蒼い瞳。覆いかぶさる白銀の顔。

 

白銀がかぐやを受け止めてくれたのはわかった。しかしその格好は、図らずも囚われの姫を抱え起こす、騎士のようになっていた。ついさっきまで一緒にイナーシャを回していた、あの腕が今、かぐやを抱えて支えている。

 

意識してしまったら、もう遅い。かぐやとて年頃の少女だ。色々な感情がない交ぜになって、顔面に血液が集中するのも無理からぬことである。

 

熱い頬をせめてごまかそうと、かぐやは白銀の瞳から目を逸らした。

 

「・・・今回は間に合った」

 

かぐやをそっと起こしてくれる白銀は、かすかにそう呟いた気がした。

 

かぐやの退避を確認して、今度こそ石上がエンジンに燃料を投入した。激しい音とともに排気管から炎が噴き出し、「千花」の心臓が脈動を始める。力強い鼓動を刻み、全霊をもってプロペラを回す。

 

「それじゃあかぐやさん、写真楽しみにしていてくださいね!」

 

「千花」前部の副操縦席に座る藤原が、大きく手を振っていた。その手には一台のカメラ。藤原父の私物を借りてきたのだという。

 

いまだ熱い頬をプロペラ後流で対流冷却しつつ、かぐやは藤原に笑顔で手を振る。

 

石上のゴーサインで白銀がチョークを外し、「千花」は徐々に加速して飛行場を飛び立っていった。

 

 

「合宿、楽しかったみたいですね、かぐや様」

 

合宿を終え、帰り着いた自宅で荷物の整理をしていると、早坂がそんなことを言ってきた。別段否定する理由もないので、かぐやは頷く。

 

「誰かとお泊りなんて初めてだから、とっても楽しかったわよ」

 

「そうですか」

 

それからも早坂は、あれこれと合宿のことを訊いてきた。かぐやは四日間の内容を、専属メイドに話して聞かせる。早坂がかぐやの話にここまで興味を示すのも珍しい。

 

「かぐや様、これは?」

 

かぐやの荷物をほとんど片付け終えた頃、早坂が何かを取り出して尋ねた。その手には写真を入れる白い封筒。旅行鞄の脇ポケットに入れていたものだ

 

「写真よ。皆で撮ったの」

 

藤原が持ち込んだカメラで撮ったものだ。藤原は飛行中に上空から色々と撮影していた。それを現像したものが、封筒の中に入っている。

 

早坂から封筒をもらい受け、中を見る。十数枚がまとまって入っている写真の一番上は、合宿の最後に撮ったものだ。

 

かぐや、白銀、藤原、石上、航空研究会の四人が並んでいる。格納庫の中で撮ったものだ。四人とも、緊張を含んだ笑顔で映っていた。

 

自然と頬が綻んでしまう。誰かと写真を撮るなんて、初めてだ。本家の方針で、基本的に写真撮影を禁じられているかぐやにとって、この写真が忘れられない一つの宝物になるのは明白だった。

 

「・・・かぐや様。航空研究会の皆さんと過ごすのが、本当に楽しいんですね」

 

断定するような早坂の言葉に、かぐやはもう一度頷いた。

 

誰かといることを、このひと夏に思い出を作ることを、初めて楽しいと思えた。それはもちろん、航空研究会の四人のおかげで―――そしてもっと言えば、白銀のおかげなのだ。いつだって引っ張っていってくれる、白銀のおかげなのだ。

 

白銀と一緒なら、これまでも、そしてきっとこれからも、楽しく、喜びに満ちた日々になるのだろう。例えそれが、限りある、ひと時の思い出にすぎなくとも、かぐやの中に永遠に刻まれる、日々なのだろう。

 

だからかぐやは、白銀の側にいたい。許される多くの時間を、白銀と過ごしたい。

 

ふと、かぐやは気づく。似たような話を、最近どこかで、聞かなかっただろうか。確かあれは、藤原の言っていた―――

 

―――「そういう気持ちを、私は『好き』って言ってるんです」

 

「っ!?」

 

一瞬で脳内が沸騰するのがわかった。

 

それは。

 

つまり。

 

まさか。

 

もしかして。

 

「それでは、失礼します、かぐや様。写真立ては後日用意します」

 

「え、ええ。よろしく」

 

ぱたり。早坂の去った扉が閉まるや、かぐやは力なくベッドに倒れこんだ。全身から力が抜けていく。ただ沸き立つ頭脳だけが異様な速さで回転を続け、それに比例して体中が熱を帯びる。

 

本当に、そうなのだろうか。私の中のこの感情は、紛れもなくそういうことなのだろうか。

 

藤原の言葉が何度も頭の中を駆け巡る。同時に、これまでの時間が―――特にこの()()()()の時間が、早送りで眼前を流れる。活動写真のようなその光景には、いつも一人の人物が映っていた。

 

知らない。わからない。この感情の名前を知らない。そんな名前の感情はわからない。今まで出会ったこともない。

 

でも。だけど。

 

手にしたままの写真を見る。笑顔の四人。白銀の隣に立って映るかぐや自身。

 

そこに切り取られた光景の中で、かぐやはありきたりの少女のように、幸せそうな微笑みを湛えていた。




なんというか、はい。やりたかったことを好きなだけやらせていただきました。はい。

一度自覚して、でもやっぱり認められなくて(プライドとか諸々でね?)みたいなことを本編で書いたのでこんな感じ。天使かぐや様が気づいた瞬間を描きました。

一応もう一回、前日談をやってから、航空研究会四人の出会いみたいな話を書こうかと。すでにかぐや様と藤原の出会いは書いてあったりします。
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