かぐや様は夢を見たい   作:瑞穂国

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過去編最終回です。


かぐや様は告らせたい(夢)

夏休みが明け、秀知院学園は二学期に突入した。

 

夏休みという、一年で最も長い休業期間。それは、一年の間で最もイベント事の多い、濃密な期間でもある。旅行、夏祭り、合宿、海に山にと、やれることは盛りだくさんだ。そうした経験を通して、人間関係が大きく移ろいゆく期間でもある。

 

だが、何はともあれ、これまでと変わらないいつも通りの日常が、かぐやにも戻ってきた―――わけではなかった。

 

「おはよう、四宮」

 

送迎の車から降り、正面玄関を学舎へと向かうかぐやに、背後から声をかける者がいた。この数か月で随分と聞きなれた声に、かぐやはドキリと肩を跳ねさせる。自転車にまたがり、颯爽と現れたのは、当然のことながら白銀であった。

 

「おはようございます、会長」

 

いつも通りのやり取りだ。クラスこそ違えど、同じ学年で、同じ研究会に所属している二人。もちろん、学内で会えば挨拶はするし、雑談をしながら登下校することも多々だ。こんな朝のやり取りだって、これまで何度も交わしてきた。

 

だが。

 

自転車を降りた白銀が、それが当たり前のようにかぐやの隣に並ぶ。ただそれだけだ。いつかより縮まったとはいえ、両者の距離はまだ六十センチの隔たりがある。ただそれだけなのに、動悸がしてしかたがない。残暑のせいか、頬が火照ってきてしまう。

 

・・・その理由に、心当たりはある。合宿中に、藤原から言われたこと。誰かを好きになるということ。

 

―――私は、会長のことが・・・。

 

その先を考えることはできない。それを認めることはできない。いいやそもそも、それが本当に「好き」という感情なのかがわからない。

 

だから、かぐやはただただ、白銀の顔を直視できなくなる。熱い頬と渦巻く思考をごまかして、学舎までの道を歩いていく他なかった。

 

「夏休み明けで、賑やかだな」

 

登校する生徒たちを見ながら、白銀が言った。夏休みが明けたばかりで、久しぶりに顔を合わせる面々もいるのだろう。夏休み前よりも、生徒たちの会話は多く、そのトーンも二段階ほど高い。正面玄関から下駄箱、廊下、教室まで、朝とは思えない喧噪で満ちていた。

 

気を紛らわせようと、かぐやも周囲に目を移す。

 

「四十日ぶりですから。積もる話もあるのでしょうね」

 

「それもそうか」

 

そこで薄く、白銀が微笑んだ。

 

「しかし、あれだな。四宮とは夏休み中もしょっちゅう一緒だったから、久しぶりな感じがしないな」

 

白銀の言葉にはっとする。

 

かぐやに夏休みの思い出などない。語るべき友人もいない。それが、去年までのかぐやにとっての、新学期初日である。故に一人、この喧騒に取り残され、教室へと歩いていた。

 

だが今は違う。航空研究会の四人と過ごした思い出がある。それを語り合い、共有できる友人がいる。それは何よりも嬉しいことではないか。

 

―――ええ、本当に。

 

人生()()の夏休みが、今年でよかった。人生()()の夏休みが、今年でよかった。かぐやは心の底からそう思える。

 

白銀との距離、六十センチ。変わらないようで、けれど少しばかり意味合いの違う距離感。それに少しずつ感覚を合わせ、慣らしながら、教室を目指す。

 

今日はまだ、新学期の初日だ。

 

 

 

 

「行くぞ、四宮!」

 

勢いと緊張を多分に含んだ白銀の声がする。

 

いい景色だ。学園の裏山から眺める景色は「最高」の一言につきた。山肌を吹き上げる風がかぐやの髪を撫でる。緑の気配を感じて、かぐやは眼下の様子を見つめていた。

 

否。かぐやの目線が落ちているのは、それだけが理由ではないわけだが。

 

「いいですよ会長」

 

風の様子を見ていた石上がゴーサインを出す。それに合わせて、白銀とかぐやは駆けだした。山肌の淵、崖の向こうへと。

 

ふわり。かぐやの体が宙に浮く。一瞬、重力がゼロになったような感覚に襲われる。初めての感覚に、さすがのかぐやも驚いて、目を閉じた。

 

だがそれも一瞬のことだ。背中に広がる翼が風を掴み、かぐやの体はそれ以上落下することなく、風の中に漂い始める。

 

航空研究会、今日の活動は久しぶりにグライダーを飛ばすことになった。かぐやが入会してからは、グライダーを飛ばしていない。季節柄、風の具合がよくなかったり、雨が多かったりしたからだ。それに、夏になってからは、航空機制作の下準備が多かった。結果かぐやは、今まで一度もグライダーに乗っていない。

 

―――「今日は風の調子がいいですよ」

 

昼休み。昼食中のかぐやたちのもとを訪れた石上の言葉に、白銀は二つ返事でハンググライダーを飛ばすことを決めていた。

 

―――「四宮も飛んでみたいだろ?」

 

かぐやの思考を読んだように、白銀はそう聞いた。

 

事実だ。かぐやも一度、グライダーには乗ってみたいと思っていたのだ。かぐやにとってグライダーは、航空研究会に入るきっかけになった、思い入れのある物でもある。

 

課業が終わるや否や、倉庫に集まった四人は、さっそくグライダーを引き出し、裏山へと登ってきたのだ。グライダーは石上が操作する小型自動運搬車で運んでいる。

 

グライダーを操作するのは白銀だ。かぐやには、当然グライダーを操縦した経験などないし、皆目見当もつかない。かぐやは操縦者の白銀に安全ベルトで繋がれて飛ぶことになる。

 

この安全ベルトの固定、当然といえば当然なのだが、白銀とガッチリ、身動きが取れないほどに固く縛り付けられる。かぐやは今、その身を完全に白銀に任せていた。

 

「四宮、どうだ?」

 

すぐ後ろから、白銀の声が聞こえる。グライダーを操作しながらの、真面目ではきはきとした声だ。ただ純粋に空を飛ぶ者、ただ純粋に空を目指す者の声。

 

ゾクリ。何とも言えない鼓動が全身に響く。閉じた目はいまだ開けられない。研ぎ澄まされた感覚が、吹きつける風を、交じる晩夏の香りを明確に伝えている。

 

「いい景色だぞ」

 

白銀がもう一度、こちらへと呼び掛けてくる。どことなく優しい声音は、かぐやが目を閉じていることに気づいているからだろうか。

 

それは何だか、悔しい。別に怖くて目を閉じているわけではないのだから。多分。

 

かぐやはそっと、ゆっくりゆっくり、目を開ける。うっすらと開いた瞼の間から、霞んだ光景が映り始めた。

 

上昇気流を掴んだからか、グライダーは随分と高い位置まで登っていた。見えたのは、学園の校舎。普段なかなか立ち入れない屋上の様子が、ここからだとはっきり見て取れた。さらに、学園周りに広がる森や、たった今登っていた裏山も眼下に広がる。

 

息を飲む。と同時に、夏の色を残す空気を肺一杯に吸い込んだ。体が内側から洗われるような、そんな感覚だ。透き通った何かが、頭から足の先まで通り抜けていく。

 

初めて空から世界を見た。それはもちろん、初めての体験で、初めての感覚だ。味わったことなどない、形容するものなどない。ただ言いようのない高揚と、不気味なまでの安堵がある。

 

空を飛ぶとは。人の大地を離れるとは。こういうことなのか。白銀御行が目指したものとは、こういうことなのか。

 

小さな鳥がグライダーの側に寄ってくる。仲良く飛ぶ二羽は、もしかして夫婦の鳥なのだろうか。チチチと楽しげなさえずりを交え、ひとしきりグライダーの周りを飛び交った小鳥は、そのままどこかへと飛び去って行った。その奔放な、しかしありきたりな幸せを謳歌する姿に、不思議と笑みが漏れる。

 

「いいだろう、空は」

 

まるで自慢するように、そして心底嬉しそうに、白銀は言う。

 

その声にふと、かぐやはずっと思っていた疑問を口にした。

 

「・・・会長は、どうして空が好きなのですか?」

 

「?どういうことだ?」

 

「会長はどうして、空を目指すのですか?」

 

ずっと聞きたかったことだ。

 

空や飛行機に興味を持つ人間は、この国では珍しくない。それこそ何千何万といる。だが白銀ほどの情熱をもって、飛行機と空に向き合う人間はどれほどいるのだろうか。自らの力で飛行機を飛ばそうとする人間がどれほどいるのだろうか。

 

彼の情熱は、どこから来るのだろうか。

 

「・・・わからん。自分でもこれという理由がないんだ」

 

白銀の答えは端的だった。ごまかした様子はない。困ったような、焦ったような声が、それが紛れもない白銀の本音だと語っている。

 

「気づいた時には、空を飛びたいと思った。不思議と、それが自分の、使命のような気がしてな」

 

そこで白銀は、不敵に笑う。

 

「まあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。出会ったものは変えられないからな」

 

諦めたような言葉なのに、その声音は力強い決意を帯びている。「仕方がない」という言い草には全くもって似つかわしくない。

 

かぐやの中に白銀の言葉がストンと落ちた。何を納得したのか、何が自分の腑に落ちたのか。わかるようでわからない。明確にはできない。

 

ただ、言えることが一つ。

 

空を見つめ続ける白銀の横顔は、傾きだした陽の光を浴びて黄金色に輝いていた。

 

―――私は、もしかしたら・・・。

 

 

四宮の人間に、恋愛など許されていない。誰かを好きになるなど、愛するなど、許されていない。恋は瞳を曇らせる。愛は思考を曇らせる。ずっと教え込まれてきたことだ。

 

だから、かぐやは人を愛せない。いいや、四宮家の教育方針を言い訳にするつもりはない。元より、かぐやには人の心がわからず、だから誰にも愛されない。故にかぐやも他人を愛せない。ただ、それだけの話だ。

 

人を見れば、その存在価値を図る。どれほど優秀な人間か、どれだけ自分に役立つか。そういう物差ししか持ち合わせていなかった。

 

持ち合わせていないと、思っていた。

 

思い出したことがある。白銀御行という男子生徒を知った時のこと。自分という殻に閉じこもり、他人を避け、傷つけてきた四宮かぐやが、初めて()()()時のことを。

 

あの日から何かが決定的に変わった。私の殻を壊したのは、力づくでこじ開けたのは誰なのか。周りの人間の顔を見ようと思ったのは、随分と久しぶりであった。

 

そうして眺めた久しぶりの世界は、かぐやが思っていたものとは、随分と違っていた。光に溢れたその中に、その男は立っていた。

 

あの隣に立っていたい。彼と同じ光の中で、語り合い、笑い合えたのなら、どれほど素敵だろうか。だからこそかぐやは、手を伸ばす。彼のいる場所に、優しくあろうとする人の隣に。

 

―――「認めましょう。私は白銀御行が好き」

 

―――「認められない。私は人間を愛せない」

 

かぐやの中で、二つの声がする。この感情の正体を、衝動の原因を、誰も答えとして与えてはくれない。いいや、誰もが抱くこの感情を、しかし誰も言葉にはできないのだろう。

 

だからこそ。その答えをかぐやに与えてくれるのは。燻り始めたかぐやの願いを叶えるには。

 

四宮かぐやが、白銀御行の側にい続けるには、絶対に必要なことはなんなのだろうか。

 

その方法は一つしかないように思われた。

 

故に、四宮かぐやは決意した。否、正確には願ったのだ。

 

 

 

白銀御行に告らせたい、と。




というわけで、本作内でのかぐや様過去編?こんな感じです。かぐや様が会長への好意を自覚するまででした。

次回からは航空研究会メンバーの出会いになるかと。最初は藤原さん編かな。

(以下久々の雑談)

原作の方はもう行くところまで行ってくれてほんとにもう木曜日は見事に一日悶えて死んでました。それでいいんだよ・・・いいんだよ・・・。もう泣くしかない・・・。
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