かぐや様は夢を見たい   作:瑞穂国

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書き溜めてたので、早かった。

まだまだ続くよ前日談。今度はさらに昔、中等部の頃の話ですね。

妄想と独自解釈が多分に含まれますので、ご容赦を。


【前日譚】航空研究会は出会いたい
藤原千花と四宮かぐや


ずっと音楽が好きでした。

 

自分の言いたいこと、伝えたいこと、そういうものに、音は応えてくれます。私の気持ちを、言葉を、代弁してくれます。

 

だから楽しかったです。まるで昔から親しんだ友人のように、何も隠さず偽らず、ずっとずっと永遠にだって語り合えると思いました。

 

・・・でも、それは必ずしも、皆じゃないんだと知りました。

 

音楽は表現。表現には、心が必要です。誰かに伝えたい想いだったり、届けたい言葉だったり、叶えたい願いだったりが必要です。私はただ、それだけを込めて、心を込めて、演奏をしてきました。

 

だけど。

 

―――「千花ちゃんはピアノが上手ね」

 

―――「指の運びが滑らかだわ」

 

―――「小学生とは思えない技術だ」

 

・・・誰にも、私の言葉は、伝わりませんでした。

 

心を込めて演奏すればするほど。自分の心を音に乗せれば乗せるほど。確かに皆、褒めてくれました。でもそれは、私の技術だったり、才能だったりを評価するもので、誰にも私の言葉を聞き取ってはもらえませんでした。

 

いつしか私は、人前でピアノを演奏しなくなりました。誰にも届かない、その苦しみから逃げるように。音楽を嫌いになってしまう前に。

 

こうして私、藤原千花は、ピアノと疎遠になったまま、秀知院学園の中等部に進学しました。

 

 

秀知院学園には、とても才能豊かな人たちが集まっています。勉強がものすごくできる人。語学に堪能な人。芸術センスが並外れている人。

 

私と同じように、音楽をこよなく愛する人も、いました。それはヴァイオリンだったり、チェロだったり、フルートだったり、オーボエだったり、ハープだったり。そうした人たちは、当然コンクールで顔を合わせたりしていますし、私がピアノを弾けることも知っていました。その噂を聞きつけて、私のところへやってくる人も。

 

―――「藤原さん、ピアノがすごいんだって?」

 

―――「千花ちゃんの演奏聞いてみたい!」

 

そうしたお願いにはできるだけ応えましたし、友達の前で演奏したりもしました。

 

でも、もっと多くの人の前で、つまり全校生徒の前で演奏することだけは、ずっと避けてきました。

 

 

 

その日の私は、授業を終えてから、ほんの出来心で音楽室に足を運びました。そこにあるグランドピアノを弾くためです。人の姿が消えた音楽室で、誰もいない演奏会を開くのが、私の楽しみでした。

 

カバーを開き、鍵盤の前に座ります。何を演奏するかなんて決めてません。その日の思い付きで、三曲ほど。それが私のリサイタルです。

 

音を確かめるために、軽く鍵盤を叩きます。秀知院学園音楽室のピアノだけあって、調律はばっちりです。とても綺麗な音が、音楽室に響きました。こんなにいい音のするピアノは、コンクールでも滅多にお目にかかれません。もしかしたら、何か謂れのあるピアノなのかも。

 

居住まいを正し、ピアノと向き合った私は、もう一度辺りを確認してから、演奏を始めました。

 

一曲目は、ソナタ。特に曲名はなく、有名な作曲家の作という訳でもありません。でも、私がピアノを始めようと思ったきっかけになる、大好きな曲です。

 

曲名はなくても、大抵のことは曲調で分かります。作曲者が伝えたかったのは、報われない恋のお話。届かない言葉と、伝わらない想いのお話。「届かない」「伝わらない」、そんなもどかしさが、演奏する私には理解できます。その曲の中にあるテーマが、はっきりくっきり、私には伝わります。

 

前部で四楽章あるうちの、一楽章を引き終わります。五分と少し、あまり長い曲ではありません。最後の和音に十分余韻を持たせ、私は一回、息を吐きました。形容しがたい興奮と、心地の良い疲労。何より、鍵盤を走る私の指に合わせて、いくつもの音たちが踊るのは、楽しい以外の感想がありません。

 

「次はどうしよう」

 

窓から差し込む夕陽を眺め、私がそんなことを呟いたときでした。

 

カラリ。遠慮がちな音を響かせて、音楽室のドアが開いたのです。想像もしなかった出来事に、私は肩を震わせ、ぎこちなく入り口を振り向きました。一体誰だろう。こんな時間に、音楽室を訪れるなんて。

 

・・・ドアの向こうから現れたのは、夕陽に儚く輝く、美少女でした。

 

いえ、言い方がよくないですね。私ももちろん知っている人です。何か接点があるわけではないですけど、彼女は学年一の有名人ですから。

 

四宮かぐやさん。四大財閥の一つ、四宮家のご令嬢で、「氷のかぐや姫」とあだ名される女生徒です。黒く豊かな髪と、切れ長な目元が印象的な美少女。容姿だけでなく、財閥令嬢に相応しい教養と学力を併せ持った、才色兼備という言葉が歩いているような同級生でした。

 

その四宮さんが、どうして音楽室に?ありきたりな疑問を浮かべると同時に、私はピアノの前で凍り付いてしまいました。このリサイタルは、私だけの秘密です。誰かに聞かれるのは、極力避けていたのに。人のいない放課後を狙って弾いていたのに。

 

丁寧にドアを閉じた四宮さんは、けれどそれ以上、こちらへ歩み寄っては来ません。彼女の立つドアと、私の弾いているピアノは、音楽室の対角線にあります。私たちの間には、十メートル以上の隔たりがありました。

 

「お邪魔します」

 

感情の読み取れない声で、四宮さんが短く言います。それで我に返った私は、先程までのありきたりな質問を、一先ず口にしました。

 

「四宮さん・・・どうして、ここに?」

 

「ピアノの音が聞こえたから。誰が弾いてるのか気になったの」

 

相変わらずの平坦な声です。なるほど、「氷のかぐや姫」と呼ばれる片鱗を、私は何となく感じました。

 

私との距離感も、そう。まるで他人を寄せ付けまいとするように。

 

「私のことは気にしないで、続けて頂戴」

 

・・・いえいえ、気になりますよ、どうやったって。今まであまり関わりのなかった学年一の美少女が、突然現れて私の演奏を聴いているんですから。

 

立ち去る様子は微塵も感じられません。とりあえずピアノに向き直った私は、深呼吸を一つ挟んで、次の曲を悩みます。

 

そうして弾き始めた二曲目は、大衆音楽のピアノアレンジ。「愛しあの人」という民謡を現代風に編曲しなおしたもので、私のアレンジと合わせていわゆるバラードという曲調になっています。原曲よりも気持ちゆっくり、しっとりと聞かせるように、余韻の間隔を計りながら弾いていきます。

 

部屋の反対側にいる四宮さんが、ただじっと私の音に耳を澄ましているのがわかります。長年、コンクールで培ってきた感覚です。客席の様子なんて、見なくてもわかります。

 

六分間の演奏を終えると、控えめな拍手が聞こえてきました。四宮さんが、特に笑顔を浮かべるでもなく、パチパチと手を叩いています。うーん、やっぱり、四宮さんの考えは、よく、わかりません。

 

ただ・・・ただ、何も言わず、四宮さんは私の演奏を聴き届けてくれました。安直な誉め言葉も、技術への称賛もありません。くれたのはただ、小さな拍手だけ。それが・・・堪らなくなりました。

 

三曲目は、打って変わってハイテンポな曲。明るく明るく、ひたすら楽しく。「リンゴの踊り子」という題がついたこの曲は、私の一番のお気に入りです。

 

心の踊るまま。気の向くまま。跳ねる手を止めることなく。体を揺らし、鼻歌や手拍子まで交えて、私の全てで音を奏でます。こんな、信じられないくらいの無茶ぶりをしているのに、ピアノも、その音も、ちゃんと私に応えてくれます。

 

八分の曲を弾ききって、私のリサイタルは終わります。椅子を立ち、客席に―――たった一人の観客に、礼をします。

 

パチパチ。四宮さんが、やはり控えめな拍手を送ってくれます。

 

・・・なぜでしょうか。相も変わらず、四宮さんの表情は変わりません。微笑みからは程遠い無表情。氷のように動かない表情と雰囲気。それなのに、私の胸がキュッとする。初めてピアノが弾けたときのような、暖かい心地がします。鼓動が高まり、頬に熱が集まって仕方がありません。それはきっと、差し込む夕陽のせいなんかではないと思います。

 

「素敵な音色ね」

 

四宮さんは、特に歩み寄るでもなく、ドアの側からそんな感想を寄越しました。

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

「あなたのことはよく知らない。でも今の演奏はまるで―――」

 

視線を伏せるようにして目を閉じた四宮さんに、少し言い淀む間があります。

 

「まるで、あなた自身を見ているようだった」

 

全身に鳥肌が立ちました。その言葉は・・・その言葉だけは、今まで誰も言ってくれなかったことです。どれだけ私が、心を込め、想いを乗せても届かなかったこと。ピアノの音に乗せた、()()()

 

もしかして、四宮さんには、届いたのでしょうか。

 

「どうしたら、そんな音が出るのかしら」

 

・・・彼女になら。音に自らの心を乗せる、私の表現の仕方を、話してもいいと思いました。私が何を思って表現しているのか、四宮さんになら理解してもらえる気がしたんです。

 

「難しいことは、何も。私はただ、自分の言いたいことや、伝えたい想いを、音に乗せてるだけなんです」

 

あ、改めて言うと、照れますね。でも事実ですから。私にとって音楽は、ピアノは、自分自身に等しいものです。心を込めてこその表現なんです。

 

私の答えに、四宮さんは驚いた様子で―――とは、いかず。微塵も動かない氷の表情。心なしか、彼女の周りに漂う空気が、三度ほど下降した気がしました。

 

「無理よ」

 

短いその言葉は、初めて感情らしい感情が―――凍り付いたように冷え切った心が乗っていたような、そんな気がしました。

 

「想いなんて伝わらない。そんな曖昧なものは、決して」

 

息を、飲みます。呆れでも、否定でも、嫌悪でもない。言うなれば、諦めに似た、伏し目。私に向けられたわけでもない目が、しかし凄まじいまでの圧力を発しています。

 

否定したい。けれども私は、何か言葉を出すことが、できませんでした。

 

「お邪魔したわね」

 

それ以上の会話を断ち切るように、四宮さんは踵を返し、ドアを開け放ちます。金縛りから解放された私は、やっとの思いでその背中に呼びかけました。

 

「また来てくださいっ!また私の演奏を、聞きに来てください、四宮さん!」

 

そうしなければいけない気がしました。四宮さんを引き留めなければ。けれど私の言葉を、彼女はにべもなく切り捨てました。

 

「いいえ、二度と来ないわ。絶対に」

 

 

四宮さんが私のリサイタルに現れることは、本当に、二度とありませんでした。どころか、何だか明確に、私を避けているような気がします。

 

元々クラスは違います。けれど同じ学年ですし、会おうと思えばいつだって会えるんです。けれど決して、四宮さんは私に会ってくれませんでした。

 

―――「想いなんて伝わらない。そんな曖昧なものは、決して」

 

四宮さんの言葉が、脳裏に焼き付いて、決して離れません。

 

・・・最初は、私の表現を、否定する言葉なのかと思いました。でもそれは、少し、違うと思うんです。そんなに簡単な話じゃない。それじゃあ、()()()()に説明がつきません。

 

どうして四宮さんは、あんなことを言ったのでしょう。

 

氷のかぐや姫。他人を寄せ付けず、いつも一人でいるという、女生徒。その言葉の意味を、考えてしまいます。

 

可笑しいですよね、私。四宮さんとは、これまで何の関わりもなかったのに。ピアノの前で考えるのはいつも、彼女のことばかりです。

 

―――「まるで、あなた自身を見ているようだった」

 

初めて伝わった。初めて私の音を認めてくれた。私の言葉をちゃんと受け止めてくれた。

 

多分、その言葉に、私は少なからず救われたんです。四宮さんにその気がなかったんだとしても、派手な称賛も讃美もない、たった一言と小さな拍手に、私は救われたんだと思います。

 

・・・そう。四宮さんの言葉で、思い出したことがあるのです。まだ私が、コンクールに出ていた頃。

 

―――「あ、あのっ!藤原さんの演奏、いつもいつも楽しそうで、とっても好きですっ!」

 

演奏を終えた私に、そんなことを言ってくれた、赤ら顔の少女。当時は、それはそれは喜んでいたはずなのに。ついぞ今まで、忘れていた表情。

 

私が気づいていなかっただけで、私の音は、言葉は、心は、想いは、案外多くの人に伝わっていたのかもしれない。そんな、ちょっとだけ楽観的なことを、考えられるようになりました。

 

だから―――だからこそ、私も伝えなければ。今私が、音に込めているのは、伝えたい想いは、四宮さんへ向けたものなのだから。

 

言葉は伝わらない。想いは届かない。それは、そうなのかもしれません。事実私は、そう思っていたのですから。けれど、全てじゃない。伝わっている人もいる。届いている人もいる。伝わらない人ばかり、届かない人ばかりが目に付いてしまうから、そう思ってしまうだけなんだ、って。

 

それは多分、私がやるべきことで、私にしかできないことですから。

 

 

 

「・・・よしっ」

 

今日の課業を終えた私は、気合を入れて呟き、即座に教室を飛び出しました。どこのクラスもホームルームが終わったばかり。どれほど帰りが早い生徒だって、今はまだ学園内にいます。

 

目指した先は、どうやら今、ホームルームが終わったばかりらしい、四宮さんのクラス。

 

「四宮さんっ」

 

走った勢いそのままに、私は教室のドアから中を覗き込みます。授業終わりの喧騒に、響く私の声。すぐ近くの席で振り向いた女生徒が、困惑したように口を開きます。

 

「四宮さんなら、もう帰ったよ・・・?」

 

「っ!ありがとう!」

 

また私は、走り出します。廊下を駆け、玄関を抜けて、正門の方へ。四宮さんはいつも車の送迎があるはずですから、正門へ向かえば会えるはずでした。

 

そして実際、正門には四宮さんがいました。今まさに、車に乗ろうとしている四宮さんへ、私は声の限り叫びます。

 

「四宮さん!」

 

私の声に振り向いた、四宮さん―――と、そのメイドさん。

 

「あなた・・・」

 

何とか車の前までたどり着いて、私は肩で息をしながら四宮さんに向き合います。私の決意を、伝えるため。

 

「私、学内演奏会に出ます」

 

それが私の答えです。

 

学内演奏会は、全校向けに開催される、生徒の音楽会です。演奏者としての参加は自由。歌唱部門、独奏部門、重奏部門のどれかにエントリーするだけです。私は、その演奏会に、出場します。

 

・・・人前で演奏するのは、今でも、怖いです。でも、四宮さんが二度と、音楽室に来ないというのなら。私には、演奏会でピアノを弾く以外、四宮さんに私の想いを伝える方法はありません。

 

「・・・わざわざ、私に言う必要がある?」

 

四宮さんの疑問ももっともです。でも、これは私にとって必要なこと。決意の表明と―――宣戦布告です。

 

「私のピアノを、素敵だと思ってくれるのなら・・・もう一度、音楽室に来てください」

 

じっと、私の言葉を聞いていた四宮さんは、表情を変えるでも、何か頷いたりするでもなく、車へ乗り込みました。

 

「楽しみにしています」

 

車のドアが閉まる直前、四宮さんはそれだけ呟いて、走り去っていきました。

 

 

 

これほどまでに、ピアノと真剣に向き合ったのは、初めてかもしれません。

 

演奏会の当日、ステージ上のグランドピアノの前に座り、私は一つ息を吐きます。客席には、コンクールの日々を思い起こさせる、たくさんの人、人、人。

 

ほんの数週間前まで、自分が再び、これほど大勢の前で演奏をすることなど、考えもしませんでした。いいえ、おそらく、これから先も、こんな形で、人前で演奏することは、ないと思います。

 

チラリと窺っただけの客席に、四宮さんを見つけることは、私の観察眼ではできませんでした。でも、私にはわかります。この会場のどこかで、必ず、彼女は聞いている。これまでの経験で培ってきた私の間隔が、そう言っているんです。間違いありません。

 

最初に謝っておきましょう。ごめんなさい。私は今日、多くの誰かに聞かせるために、ではなく。たった一人、どこかで聞いている()()のために、演奏します。

 

伝えたいことも、届けたいことも、たった一つ、たった一人です。ただそれだけを、私は心を込めて、音に乗せます。

 

そう思った瞬間、周りの全てが、気にならなくなりました。弾き始めた瞬間、脳裏をよぎったのは、いつもの音楽室。いつもと違う()()()()()

 

選んだ曲目は、あの日最初に弾いていた、ピアノソナタ。四宮さんと出会ったきっかけの曲。

 

名前のないこの曲は、実はある曲群の中に収められている曲でもあります。ピアノソナタの作曲者が、生涯をかけて書き続け、でも結局未完になっている曲群の名前は、一説には「理想郷」とも。

 

その中の一曲。恋焦がれる想いと、結ばれぬ悲哀を描く曲。伝わらない想いと、届かない言葉を、想いのままに書き連ねた、もどかしくも美しい曲。

 

鍵盤を叩く。奏でられる音一つ一つに、私の心を乗せていく。四宮さんへの言葉を乗せていく。

 

たった五分間。ただそれだけの音に向き合い。自分に向き合い。そして―――四宮さんの方を向く。

 

これが、私の答えです。

 

これが、私の想いです。

 

演奏を終え、立ち上がります。静寂に包まれていた会場に、無数の拍手が沸き起こりました。立ち上がる生徒たち。

 

スタンディングオベーションの中、黒髪の美少女の姿を、見た気がしました。

 

 

 

夕暮れの音楽室を、尋ねる人がいました。いつかと同じように、控えめに開いたドアから現れた人物に、私は自然と微笑みます。

 

いつも通りの、感情を感じさせない表情。端正な顔立ちと切れ長の目元が、ある種冷たい、近寄りがたい雰囲気を感じさせます。

 

けれど私には、皆が避けて通るような冷たさも、怜悧さも、気になりません。

 

―――「あの人は他人を見下している」

 

―――「あの人は他人と関わりたくない」

 

そんな評判を耳にしたことがあります。でもなんだかそれは、違うと思うんです。うまく言えませんけど―――少なくとも、四宮さんは今日、ここに来てくれました。それこそが、そんな評判は眉唾だという、証拠だと思うんです。

 

「約束、ですからね」

 

そう言った四宮さんは、けれどやはり、私の立つピアノの側には来てくれません。私と距離を取るように―――私に近づかないように。何かを恐れているように。

 

だから。私のやるべきことは、最初から決まっていたんです。

 

「四宮さん」

 

私は迷うことなく、四宮さんの方へと歩いていきます。一歩一歩、躊躇することなく、彼女との距離を、詰めていきます。

 

真っ直ぐ、彼女の顔が見えるところまで。四宮さんが離れていかないところまで。

 

「私と、友達になってください」

 

それが私の言葉です。あの日から、嘘偽りなく心にある、私の率直な想いです。

 

四宮さんは初めて、わずかに目を見開きました。

 

ゆっくりと、その小さな唇が開きます。

 

「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったわね」

 

ああ、そういえば、それもそうですね。

 

「藤原です。藤原千花。千花ちゃんって、呼んでください」

 

「では、藤原さん」

 

・・・まあ、そうすぐに、千花ちゃんとは呼んでくれないですよね。

 

「私は他人との馴れ合いを良しとしません。私は一人でいたい」

 

「それでいいです」

 

私の言葉が予想外だったんでしょう。今度こそ四宮さんは、はっきりキョトンとした顔を浮かべていました。

 

「四宮さんが、どうして一人でいたいのかは、わかりません。多分訊いても、答えてくれませんよね」

 

なんとなく、そうじゃないかなって、思ってることはありますけど。それで素直に言ってくれるような人ではないと思います。

 

「でも、それでも私は、四宮さんと友達になりたいです。四宮さんと一緒にいたいです。だから、四宮さんが何と言おうと、どこへ行こうと、私は四宮さんの側にいます。絶対にはなれません」

 

・・・と、そういう訳ですので。やっぱりこれは、私の決意表明で、宣戦布告なんです。

 

四宮かぐやと、友達になりたい。

 

私をじっと見ていた四宮さんは、一度目を伏せた後、くるりと踵を返しました。ドアを開き、音楽室を出ていこうとします。

 

「・・・好きにしてください」

 

ただ、その一言を。それを聞いた時、私は一つ確信したのです。この人には、私の音が、声が、言葉が、心が、想いが、ちゃんと伝わっていたんだ、って。

 

「はいっ」

 

喜び全開で返事をして、私は鞄を取り、去っていった四宮さんを追いかけます。

 

「一緒に帰りましょう、()()()()()!」

 

「・・・どうして下の名前なんですか」

 

「えー、その方が親友っぽいじゃないですか」

 

「なんですか、その理屈」

 

 

 

こうして、私に一人、かけがえのない親友ができました。




というわけで、自分の考えた藤原とかぐや様の出会いでした。

ソーラン節回の時を参考にしつつ書いてました。そして、氷かぐやに付きまとうには、藤原のあの空気が読めないまでの強引さも不可欠だと思うのです。

次回は会長とかぐや様の出会いになる・・・のかな?

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