ほぼ半年ぶりの更新…
言い訳をさせていただくと、コミケの原稿とか、他の作品とかちょこちょこ書いてました。白かぐも、二本ほど、考えていたお話を書いてたり…
はい…許して…
と、ということで!二期も決定したことですし!まったりゆっくり進めていこうと思います!とりあえず、航空研究会の過去編は年度内に終わらせたいですね
運命の出会いというものには、二つの種類があると思う。
一つは、出会ったその瞬間に、それが運命だとわかるもの。
そしてもう一つが、後から思えばあれこそが運命の出会いだった、と思うもの。
でもって、世の中大抵の場合は、後者の出会いだ。どう転ぶかわからない人生の中で、たった一つの出会いがもたらす影響なんて、計ることはできないのだから。
ただ、幸運なことに。少なくとも俺にとって、
忘れることはない。忘れられるものではない。あの春の一瞬は、白銀御行の人生に、決して消えることのない強烈な印象を植え付けていった。
泥沼に落ちた少女。誰もが躊躇する中、俺の横を駆け抜けた
沼から上がった
けれど、その横顔は、何物にも例えがたいほど、美しかった。
元々、
以来、俺は気づくと、
◇
張り出された中間試験の結果を見つめる。眉間に皺が寄っているのは、我ながらよくわかった。
秀知院学園といえば、この国に四つある学園の一つ、超がつく名門校だ。実施される定期試験の内容も、競い合う同期のレベルも、尋常でないことは容易に理解できた。まして、そんな秀才たちの中で、学年一位を取ろうと思ったなら、なおさらだ。だからこそ俺は、これまでの人生で一番、勉強をした。
だが、結果は目の前に張り出された通りだ。
「九位かー。おしいな、白銀」
隣で同じようにしていた風祭豪が、特に慰める様子もなく背中を叩く。同じく外部入学生の彼も、十六位と十分上位につけていた。
「そもそも、初っ端から一桁台って方が珍しいんだ。混院だと初めてなんじゃないか?」
反対側からは、豊崎三郎がそうコメントした。彼は俺のすぐ下、十位だ。豊崎からは若干の労いを感じなくもない。
「やはり、並大抵じゃいかないな」
入学後、ほぼ唯一と言っていいほど親しくしている友人二人に、率直な感想を漏らす。簡単でないことは理解していたつもりだった。だがどうやら、俺の認識は甘かったらしい。秀知院学園の壁は、想像以上に厚くて高いものだった。
「けど、一桁台なら十分だろ。白銀の目的のためには」
風祭がさらっとそんなことを言う。
この学園の試験で、一位を取る。特待枠で入学した自分が成績上位を維持しなければならないのは当然だが、それ以外にも俺が一位を狙うには理由がある。その目的についても、親しい二人には話していた。
「新しい課外活動会の創設、か。考えたこともなかったな」
豊崎が呟く。
課外活動会は、放課後を中心に活動する学生団体の総称だ。秀知院学園には、テニスやゴルフ、ポロといったスポーツ、あるいは管弦楽やピアノ、絵画のような芸術、幅広い分野で課外活動会が存在する。上流階級の教養の一環として学園も活動を奨励していて、多くの学生が何かしらの活動会に所属していた。
学生団体であるから、要望があると新しく作ることもできる。だけど当然、そこにはそれなりの基準があった。活動会の創設を望む学生は、相応の成績を収めなければならない。学業を第一とする、秀知院学園らしい基準だ。
俺は新しい活動会の創設を望んでいる。子供の頃からの夢であった、自分で飛行機を作ること。そのための活動会―――いわば航空研究会とでも呼べるものを、作りたい。
活動会の予算が豊富な秀知院学園でなら、二年ほどあれば飛行機一機くらい作れる。子供の頃からの夢を叶えるチャンスだと考えたのだ。
だから学年一位を取りたい。誰もが認める、歴然たる成績が欲しいのだ。・・・と、二人には説明している。
だけど、本当はそれだけじゃ、ないはずだ。
「まあ、風祭の言った通りだろ。九位なら十分だって。前にも言ったけど、うちの学年で一位を取るのは難しい。ていうか無理だ」
どこかのん気に言って、豊崎が視線を移す。彼が見つめる先を、俺と風祭も見遣った。
張り出された順位表を見る、学生たちの群れ。その中に、まるで見えない壁でもあるように、ぽっかりと空間が開いている。人間を寄せ付けないその只中に、女子学生が二人、立っていた。
その容姿を、俺が見間違うはずなんて、ない。
「かぐやさん、また一位ですかー。相変わらずすごいですね!」
明るい髪色の女子学生―――藤原という同じクラスの女子が、もう一人へ話しかける。黒く艶やかな長髪を揺することなく、ぴんとした睫毛の切れ長な目を細めて、もう一人の女子学生は答えた。
「当たり前のことですよ」
さして興味はない。そう断言するように、女子学生―――四宮かぐやは、その場を後にしていった。
「・・・氷のかぐや姫には、誰も勝てないよ。小等部から、試験はいつも彼女が一番。四条眞紀が二番。誰一人勝ててない」
溜め息交じりの豊崎もまた、彼女たちに敗れた一人なのだろう。
四宮かぐや。学年一位を不動のものとする、正真正銘の天才。俺なんかでは到底かなわない秀才。その事実を、改めて突き付けられた気持ちだ。
・・・白状してしまえば。彼女に勝ちたいというのが、俺の本音だ。
あの日、
四宮かぐやを振り向かせたい。だけど俺には何もない。彼女の隣に立てるものがなにもない。彼女に勝るものも、誰かに誇れるものも、何一つとしてなかった。才能に溢れ、国に将来を嘱望された少年少女ばかりが集まるこの学園の壁は、想像よりもずっと厚く、高かった。
ただもし、俺の中に何か一つ、彼女と戦えるものがあるのなら。それは―――勉学しかないと、悟った。非凡とは程遠い俺には、もう、勉学しかない。
もしも、不動の学年一位であった彼女から、その椅子を取ることができたのなら。彼女は、俺の方を振り向いてくれるかもしれない。白銀御行の名前を、彼女の記憶に刻めるかもしれない。そんな、淡い希望だ。
もちろん、風祭や豊崎に説明した、課外活動会創設の話も本当だ。だけど、よりどちらの理由が強いかといえば・・・多分、彼女のことの方が強かった。
そんなわけで、俺は学年一位を目指している。もっとも今回は、彼女どころかその他七人に負ける大惨敗という結果だったわけだが。
目標にはまだまだ遠い。だが次こそは。そう心に誓って、俺は教室へと戻った。
◇
学期末試験を四位で終えた俺にも、夏休みがやって来た。
期末試験前。目元に隈ができるほど勉強した。それでも学年一位の壁は高かった。
・・・まだだ。まだ、足りない。こんなものでは届かない。少なくとも、彼女に並び立つためには、これしきの努力じゃ足りないんだ。その事実を、中間試験に続いて突き付けられた。
課外活動会に所属していない俺の夏休みは、特別やることもない。やることといえば、これまでの復習と次の試験へ向けた勉強、家にお金を入れるために近所の喫茶店の手伝い。それから、図書館で航空機設計に関する本を読み漁ることくらいか。
それは今日も変わらない。何の変哲もない、変容もない毎日。勉強をして、図書館へ行き、喫茶店で働く。ただそれだけを繰り返す、本当に代り映えのしない日々。鮮やかな太陽とは裏腹に、どこかくすんだ色の毎日だ。
コーヒーの香りが漂う喫茶店で、俺はぼうっと店内を見回している。客の数は五人ほど。休日昼下がりのこの時間でも、客の入りはこの程度だ。
談笑の声とともに、マスターが豆を挽いている。
一方の俺はといえば、オーダーや給仕が終わって手持無沙汰だ。空いた机を拭いたり、コーヒーカップを洗ったり、見つけた仕事に手を出してもすぐにやりきってしまう。
そんな時は決まって、マスターが話を振ってきた。「無言で豆を挽いても楽しくない」がマスターの口癖だった。
最近読んだ本の話が弾んでいた時だ。チリリンとドアチャイムが鳴った。反射的に、新しいお客さんへ顔を向ける。
「いらっしゃい」
渋いマスターの声に、ぺこりと頭を下げたのは、二人の少女。恐らく、俺と同い年くらいだろうか。
「ね、いい雰囲気のお店でしょ?コーヒーも最高なんですよ」
・・・いいや、この声、どこかで聞いたことがある。
メニューを持って、たった今席に着いた彼女たちのもとへ足を運ぶ。陽避けの傘を畳んだ彼女たちと、目が合った。
「あれ、白銀くんじゃないですか」
少女の一人―――藤原千花が、俺に気づいて声をかけた。
「藤原、さんと―――四宮さん」
ああ、そうだ。最初から気づいていた。店に入って来た時から、彼女だけは纏う雰囲気が違う。視線が、自然と、彼女へ吸い寄せられる。
氷のかぐや姫は、俺が名前を知っていたのが意外だったようで、珍しく目を見開いている。
藤原が不思議そうに首を傾げた。
「かぐやさん、白銀くんとお知り合いですか?」
「いえ・・・知らないけれど」
・・・ああ、それはそうだ。俺が一方的に、彼女のことを意識しているんだから。何者でもない俺のことなんて、彼女の眼中にはない。
だから、心が痛むのは、俺の自業自得だ。
「えっ、もしかして、白銀くん、」
ラヴですか、などと見当違い(いや別に見当違いではないが)なことを目線で尋ねる藤原を遮って、俺は口を開く。
「四宮さんは学年一位なんだから、名前くらい知ってるよ」
「なあーんだ、そうだったんですか」
藤原が単純な脳みそをしていてよかった。
「白銀くん、学年一位を狙ってるんですよ。かぐやさんのライバルですね!」
理由はともかくとして、俺が学年一位を狙っていることは、同じクラスの生徒なら大体知っている。だからこそ、藤原は何でもないことのように、四宮へ向けて笑った。
「・・・学年、一位を」
だが、四宮は違ったみたいだ。無表情で有名な彼女が、ほんの一瞬、細い眉を跳ねさせた。わずかに垣間見えたその表情が、何かを拒絶するように険しくなる。
「・・・それは、無理ですよ」
メニューを見ながら四宮が呟いた言葉は、俺にはそう聞こえた。
コーヒー二つとサンドウィッチの注文を受けて、厨房へ戻る。コーヒーを挽くのはマスターの仕事、サンドウィッチの準備は俺の仕事だ。
薄く切ったパンに、マーガリンとマスタードを塗る。マスターが育てたというレタスと、近所の肉屋で仕入れたハム。薄くスライスしたチーズも一緒に挟んで、軽く押さえつける。
それから、卵とフライパンを取り出す。何と言っても、うちの自慢は厚焼き玉子のサンドウィッチだ。厨房を任されるにあたって、マスターからは随分と手解きを受けた。
自慢ではないが、元々、料理はできる。家で朝夕のご飯を作るのは、俺の役目だ。だから、おいしい厚焼き玉子の作り方も、それほど時間をかけずに習得できた。
フライパンをよく熱して、バターを敷く。フライパン全体にバターを馴染ませてから、生クリームを加えた卵の液を回し掛ける。そのまま素早くかき混ぜて全体に火を通し、表面の液体っぽさが無くなったら奥から手前へと大雑把に巻いていく。
この工程を三度繰り返す。こんもりと大きくなった玉子が焦げない程度に表面を焼き、お皿へ。アツアツの内に半分にして、パンに挟めば完成だ。
二種類のサンドウィッチを半分に切って、お皿に盛りつける。丁度、マスターもコーヒーを淹れ終わったらしかった。
「お待たせしました」
四宮たちのところへ、コーヒーとサンドウィッチを運ぶ。俺の仕事はそこまでだ。
「御行くん、スコーン出してくれるかな」
マスターからオーダーを伝えられて、俺はすぐに厨房へ戻った。紅茶を注文したお客さんへ、セットで出すのがスコーンだ。
焼いておいたスコーンを取り出しつつ、俺は四宮たちの席を窺った。
談笑、というよりは、藤原が一方的に喋っているような。藤原は、それはそれは楽しそうに話を進め、それに四宮が二、三と頷き、相槌を打つ。コーヒーをすするその横顔は、相変わらず氷のような無表情―――
・・・いや。
スコーンを皿へ移しながら、俺はその考えを改めた。少し違う、そう思った。四宮の口の端に、極々わずかに―――それこそ、よく見ていなければわからないくらいに、変化を認めたからだ。
四宮かぐやは笑わない。その目はいつも鋭く、口から出るのは氷柱のような言葉。たまに見せるのは、迷惑そうな眉間の皺だけ。深謀遠慮を秘めた彼女に感情と呼べるものはなく、常に他者を睥睨するようなその姿勢を、いつからか「氷のかぐや姫」と指差されるようになった。
そんなわけがない。そんなわけがないんだ。
利己のために生きる者が、他者を顧みない者が、計算の上に動く者が、誰もが躊躇することを成し遂げるものか。たまたま遭遇しただけの溺れる者のもとへ、迷いもせず飛び込めるものか。
無表情な奴が、感情を持たない訳じゃない。氷のように冷めきった心を持つわけじゃない。
四宮かぐやは笑っている。顔には出ずとも、その心が笑っている。藤原の話を、恐らくはこれ以上ない笑顔で、聞いているのだ。ただそれが、表に出ていないだけで。
なぜだ。初めて見た彼女の姿と、普段見ている彼女の姿、あるいは生徒たちが語る彼女の姿が、あまりにもかけ離れている。それは一体なぜなんだ。
感情を隠す無表情は、何のためなのか。
貼り付けた氷の仮面は、何のためなのか。
彼女
今一度、二人の席を窺う。丁度、四宮がサンドウィッチをかじったところであった。
最新話の会長やばすぎて語彙力がやばい。やばい。お可愛い
さて、お察しの方もいるかもですが、これ、続きます。次に書く予定なのは「白銀御行と藤原千花」ですね。会長の決意とか、その辺書いていきたいです。
こちらの世界線で、会長がどうやってかぐや様を振り向かせるのか、ぜひご期待ください。