かぐや様は夢を見たい   作:瑞穂国

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三話目です。どんどん進めていきましょう


かぐや様は出掛けたい

民営航空連合―――民航連という組織が存在する。

 

航空技術全般に携わる企業や団体の内、官営以外の企業が集まった組織である。大きな会社はもちろん、家族だけで経営する小さな町工場まで、多くの企業が参加する組織だ。

 

その目的は、航空技術の発展と普及活動である。何を隠そう、かぐやたち航空研究会に資金的な援助をしてくれているのも、民航連に他ならない。

 

そして、今回白銀が提案した見本市も、主催は民航連である。

 

開催は二日間。参加はチケット制であり、事前にカタログを購入することで二枚を入手することができる。チケットは一枚につき一人が一日の間、見本市に参加できるようになっている。

 

白銀たちの目的、航空機用のエンジンは、二日目のみの出品である。となれば、見本市に行くのは二人。今回、その役目は、白銀とかぐやのものとなった。

 

参加メンバーの決定にあたって、両者によるささやかな頭脳戦が展開されたわけだが、それはまた別の話である。

 

ともあれ、見本市当日。かぐやは当初の待ち合わせ通り、学園から四つ先の駅へとやってきていた。

 

経緯はなんであれ、白銀と二人きりである。これは最早逢引き、デートと言っても過言ではない。それはかぐやにとって、とても純粋に、嬉しいことであった。

 

衝撃的な出会いから半年。かぐやは、白銀御行という男に、少なからず惹かれている自覚があった。恋愛感情というものは、これまで経験がなく、判別はつかない。専属メイドの早坂には「かぐや様、白銀会長のことが好きなんですよね」と真顔で言われるが、素直に頷くことはできない。

 

この気持ちを確かめる方法があるとすれば、それは白銀の方からかぐやに告白してくる以外にない。そもそも、自分から告白するなど、かぐやのプライドが許さない。

 

恋愛は戦だ。常に勝者と敗者が存在する。敗者は勝者に尽くし、搾取される運命が待っている。そして、往々にして、恋愛における敗者は告白した側、すなわち好きになった方である。

 

―――ええ、ですから今日は。

 

白銀に告白させる、絶好の機会。かぐやはそう捉えていた。少なくとも、自分を意識させる、十分な理由になると。

 

学園に通う間、学生は制服の着用が義務付けられる。かぐやも同じだ。白銀とかぐやは、常に制服であり、お互いに制服以外の相手など思い描けない。

 

だからこそ今日である。

 

今日、かぐやは私服。引かれない程度におしゃれをしている。

 

普段、制服でしか会わない相手と、学外で、しかも私服で会う。その特別感が、相手を意識してしまうきっかけになる。制服マジックがあれば、逆制服マジックもまた存在するのだ。

 

―――見ていてください、会長。

 

妙に意気込みながら、かぐやは集合場所の時計台を目指した。

 

目当ての人物は、一瞬で見つけることができた。

 

普段通りの制服で、本を片手にする白銀。だがその、あまりにもいつも通りな様子が、休日という世界にあって逆に特別感を醸し出す。思わずその姿を、見つめてしまうほどに。

 

―――その手がありましたか。

 

かぐやは歯噛みする。逆転の発想。私服で現れると思っている相手の前に、あえて制服で現れることによって生まれる特別感。それもまた効果的な演出である。

 

だが、その手に引っかかるかぐやではない。咳払い一つで動揺を押さえつけたかぐやは、そのまま可能な限り優雅に、白銀へと近づいていく。

 

「お待たせしてすみません、会長」

 

声をかければ、白銀が本から顔を上げる。バッチリ目が合った彼に、笑顔も欠かさない。

 

四宮十技、六の技。待ち合わせにて、先に待っている相手への声のかけ方。計算された言葉、そして仕種。異性との待ち合わせという、ただでさえドキドキなイベントに、更なるスパイスを追加する絶技である。

 

「い、いや。そんなに待ってないぞ」

 

効果は覿面であった。わずかにかぐやから目を逸らした白銀の、頬が赤い。

 

―――お可愛いこと。

 

かぐやの自尊心が満たされていく。早朝から、早坂と共に格闘した甲斐があったというものだ。

 

さらに、かぐやはダメ押しの一撃を加える。

 

「私、こういった催しは、初めてなんです。ですから会長、エスコート、お願いしますね」

 

スキル・甘える。男性は、女性に甘えられる、すなわち頼られることに、快感を覚えるのである。これは人類という種族が地球上に誕生した時から変わらない、本能に他ならない。頼りになるというのは強い者の証であり、強いからこそ頼られる。ひいては異性にモテることを意味するのだ。

 

かぐやは、白銀にエスコートを委ねるという甘え方を選択した。恋人未満に相応しく、かつ普段はまず体験しえない、絶妙な加減の甘え方。これ以上でも、これ以下でも効果は薄い、正しく二次関数の頂点に当たる一点である。

 

どうか私を導いてください。白銀にはそのような意味に聞こえた事だろう。最も男心をくすぐられる甘え方である。

 

「ああ、わかった」

 

白銀は明らかに防戦一方である。照れているのが見え見えであった。

 

 

 

見本市の会場は、大きな格納庫の中である。別会場の飛行場では、試作機や中古品を再整備した機体などの試験飛行が行われているが、そちらには今回用事はない。

 

「入るぞ」

 

入口でチケットを渡し、二人は会場へと足を踏み入れる。

 

格納庫内は、機械油の匂いが充満していた。丁度、航空研究会の倉庫の匂いを、濃くしたような感じだ。

 

各所に並べられているのは、小さい物から大きい物まで含めて、全て何らかの機械である。航空研究会で見たことがあるようなものも、その用途が全く不明なものも、数えられないくらいにある。

 

そして、並べられた機械にこそ及ばないものの、信じられないくらい多くの人間が、格納庫内を行き交っていた。

 

財閥令嬢であるかぐやにとって、人が多く集まる場所というのは、別段珍しくはない。だがそれは、大きなパーティーや舞踏会の場での話であり、そこには明らかな上流階級のゆとりが存在した。例えるならそれは、整然と並べられたフルコースに近い。

 

だが、今目の前にしている光景は、フルコースとはまったく別種のもの。人がごった返すというのはこういうことを言うのだと、かぐやの中の知識が告げている。誰がどこの人間などと区別はつかない。まるで好きなものをひたすら詰め込んだ、煮込み料理のような光景である。

 

「さすがにすごい人だな」

 

感心したように呟く白銀。そこにあまり驚きは感じられない。

 

「日曜市みたいだ」

 

人だかりができることで有名な週末の恒例行事を引き合いに出す白銀。どうやら彼にとって、このような光景はむしろ日常に近いらしい。

 

一方のかぐや、物珍しさが勝って、あらゆるものに興味津々である。

 

もちろん、今日の目的を忘れてはいない。事前に航空研究会で開催された作戦会議で提示された通り、この見本市に参加する最大の目的は、航空研究会製作の機体に積み込む、エンジンの確保である。

 

だが、せっかくなのだから、色々と見てみたい。それがかぐやの偽らざる本音であった。真正の箱入り娘として育てられたかぐやは、常に新しい刺激に飢えているのである。

 

―――それに、色々見て回った方が、会長と長く過ごせますし。

 

そうと決まれば、話は早い。せっかくの、白銀のエスコートである。あちこち案内をしてもらいたい。これもまた偽らざる本音。

 

だがしかし、実際に行動に移したのは、白銀の方が先であった。

 

会場の案内図を読み解いていた白銀が、かぐやへと視線を向ける。

 

「エンジンは一番奥の、(ドーラ)格納庫らしいな。このまま直接行ってもいい、が」

 

かぐやを見る白銀は、いつぞやのように不敵な笑みを浮かべていた。

 

「だが・・・せっかくだ、順に見ていくか。色々見せるって、約束もしたしな」

 

白銀はそう提案してくる。確かに人は多いが、行き来にも困るほどではない。ぐるりと見て回る余裕くらいはありそうだ。

 

あまりに都合のいい話の進み方に、内心キョトンとするかぐや。だがすぐに笑みを浮かべ、答える。

 

「はい、是非」

 

「よし。じゃあ、行くぞ」

 

短い宣言を残して、白銀は歩きだした。かぐやもそれに並んで、会場へと進んでいく。

 

この時点でかぐやは、今日の逢引きに十分満足していた。




少しメイキングの話をば

実は元々、三話は航空研究会内の作戦会議の話にして、かぐや様と会長の頭脳戦を書こうと思っていた(実際書いた)のですが・・・

「話しが長い!」「原作の勢いがない!」「私が書きたいのはこういう話じゃない!」というツッコミが私から入り、三千文字強書いた三話はもれなくお蔵入りとなりました。すまない、昨夜の私・・・

と、いうわけで。あくまでこれは、かぐやの夢の話。恋愛頭脳戦のお話ではございませんので、ご了承くださいませ

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