今回のお話に副題をつけるとすれば、
「作者はラブコメが見たい」
になります
「すまん、四宮!」
見本市の会場を出るなり、白銀は勢いよくかぐやに頭を下げてきた。
「さっきは舞い上がってて・・・俺の独断で、決めてしまった!」
白銀が言っているのは、先ほどの契約―――「ANGEL」エンジンの買い付けのことだ。
決定権は白銀とかぐやに与えられていたとはいえ、元々は研究会内で三つまで絞っていたのである。その中に「ANGEL」は含まれていない。「ANGEL」はカタログに掲載されていない、いわゆる当日持ち込みの品であった。
しかし、白銀は決まっていたことを曲げてまで、「ANGEL」を購入したのである。
金額的には予算内。それも、他の三つより安いくらいだ。
とはいえ、航空研究会の総意を覆す独断を、白銀は良しと思わないのだろう。自分自身で決めた事でも、罪悪感を抱いてしまう、律儀な男なのだ。
「会長、頭を上げてください」
かぐやも、そんな白銀の性格は理解している。だから受け入れられる。白銀に悪気はない。いつだって、最善だと思えることを、白銀は選ぶのだから。
「誰も、会長が悪いなんて思いませんよ。まして責めたりなんてしません。藤原さんも、石上くんも・・・もちろん、私だって」
頭を上げた白銀が、かぐやを見ている。
「会長は、あのエンジンが一番いいと、思ったんですよね?私たちが造ってきた飛行機には、あのエンジンが必要だと思ったんですよね?でしたら、皆わかってくれます」
かぐやは微笑む。偽らざる本心だと白銀に伝えるには、これが一番のはずだ。
帰りの汽車が近づくホームには、人の波が押し寄せていた。
市街の中心にあり、ただでさえ利用客の多い駅である。まして夕方となれば、尚更だ。さらに今日は、見本市の見物客も多い。
その波に飲まれた白銀とかぐやの二人。油断でもすれば、すぐさまお互いを見失ってしまいそうである。
だがしかし、かぐやの内心はそれどころではなかった。
―――か、会長が・・・っ!ち、近いっ!
浜辺の波は、打ち上げれば必ず引くものである。だが、物理世界における波とは、基本的に一方通行、行ったら返ってはこない。
人の波も同じだ。ホームに押し寄せる波が来ることはあっても去ることはない。一方通行の波は改札から入り、出口はホーム、すなわち汽車のみである。
結果、汽車を待つホームには人が溜まっていく。
人間の密集具合を表す指標に人口密度というものがある。単位面積当たりの人間の人数を表しており、人数を面積で割ることにより求めることができる。
今回の場合、分母であるホームの床面積は不変だ。一方、分子であるホームにいる人間の数は増え続けている。
分母が変わらず、分子が増えれば、値は当然大きくなる。すなわち、この駅において、人口密度は増加する一方なのだ。
密度が増えれば、その逆数である人間一人あたりの床面積は小さくなる。すなわち、隣の人間との距離が小さくなる。
かぐやの隣は当然白銀である。両者の距離は十センチもない。時折肩が触れ合うほどの距離。
人間にはパーソナルスペースというものがあり、自らの近くに他者が立ち入ることを不快と感じるものである。そこに踏み込むことを許されるのは、ごく一部の親しい人間に限られた。
かぐやにとって白銀は、親しい人間に分類される。パーソナルスペースへの立ち入りに、不快はない。しかしだからといって、何の感情も抱かないわけではない。
気になる異性の、パーソナルスペースへの立ち入り。緊張と同時に上がる血圧、高まる心拍数。それらが熱となってかぐやに伝わる。
陽も傾き、寒さが増してくる時間。けれどもそれを全く感じない。ホームの雑音に混じって、自分の心臓の音だけが、はっきりと聞こえる
―――だ、大丈夫よね。会長には、聞こえてないわよね。
そんなことを気にするのがやっとで、かぐやは白銀を仰ぎ見る。
「人、多いですね」
「あ、ああ、そうだな」
会話が続かない。いつも通りに振舞えない。そんな自分がもどかしい。
一体、どうしてしまったというのだろうか。
その時、背中に何かがぶつかった。人だとわかった時には遅い。軽いかぐやの体はすぐにぐらついてしまう。
「あっ」
漏れた声に白銀も気づいた。
「四宮っ!」
とっさに白銀の手が伸びる。
かぐやも反射的に手を出した。それは、「このままでは倒れてしまう」という、生物的な本能の反射―――ではなく。
―――会長と離れてしまう。
切実な、乙女としての本能が反射する。
白銀の手が、かぐやの手を取った。
白銀の手が、かぐやの体を引いた。
かぐやは倒れることなく、再び白銀の隣に舞い戻る。たったそれだけの、短い出来事。おそらくお互いに、ただ反射的にしてしまった行動。
理性は常に反射から遅れてやってくる。数秒遅れて、かぐやは白銀と手を繋いでしまったことに気づいた。慌ててその手を放す。
「あ、ありがとうございます、会長」
「あ、ああ。怪我がなくてよかった」
答える白銀の顔を見れない。さっき以上に頬が上気している。こんな顔を見せられない。
「・・・はぐれたら、大変だな。これだけ人が多いと」
―――・・・そうですね。次は本当に、会長と離れ離れになってしまうかも。
今日一日、白銀と過ごした分。加えて、この駅での急接近。容量一杯一杯で、かぐやの脳はすでに機能不全気味である。恥だの意地だの、普段持ち合わせていたものはどこかへ吹っ飛んでいた。今のかぐやには、白銀と恋愛頭脳戦を戦う力はない。
今の彼女にとって、一番重要なことは、この場で白銀とはぐれないことである。
かぐやは手を伸ばす。白銀の制服の袖を、そっと摘む。
「四宮・・・?」
「はぐれたら・・・大変、ですから」
白銀はそれ以上何も聞かない。ただ一言、優しく呟いただけだった。
「エスコートする約束だったな」
数分後、汽車が到着する。
人の混み具合は、駅と大差ない。だからかぐやは、ずっと白銀の袖を摘まんでいる。それはあくまで、白銀とはぐれないようにするためである。
四駅先で降りるまで、白銀はかぐやの身を庇い続けていた。
駅には四宮家から迎えが来ていた。買い物があるという白銀とは駅で別れ、かぐやは車上の人となる。
「かぐや様、楽しかったみたいですね」
隣に座る早坂が、何でもない風に訊いてくる。
この専属メイドの性格を、かぐやはよく知っている。ああ言えばこう言う、どこか意地の悪いメイド。だからこそかぐやは、どう答えたものかを、悩む。
しかしかぐやは、それ以上悩むのをやめた。思えばまだ、うまく思考ができるほど、頭に余裕がなかった。
「まあ、ええ。とても楽しめましたよ」
返答が意外だったらしく、早坂はキョトンとした表情を浮かべていた。彼女の意表をつけたのなら、悪い気分はしない。
「そうですか。何よりです」
早坂はそれ以上何も聞いてこなかった。いつもなら、会長とどうしただの、どうするべきだの、いらぬ詮索と遠回しな罵倒を織り交ぜて小言を言ってくるのだが、今日はそれがなかった。
早坂がゆっくりと口を開いたのは、家までかなり近くなってからだ。
「・・・かぐや様。わかっているとは思いますが、」
「わかっているわ」
かぐやはその先を、反射的に防いでいた。それ以上は聞きたくなかった。たとえ正論でも、今は言わないでほしかった。
「あまり時間はありませんよ」
それでも、この早坂というメイドは、核心を突いてくる。彼女なりの誠意なのだろうが、融通が利かないともいえる。
窓からガス灯の照らす街並みを見る。その上に広がる空と星は、街明かりのせいでまばらにしか見て取れない。
ただ、白い月のみがはっきりと、夜の中に浮かんでいた。
三話を使った見本市回
色々仕掛けてはいるつもり・・・頑張って回収します
こうして五話書いている間にも、合間合間で書きたい話がたくさん浮かんでくるので・・・本編終了してからその辺の話も書く、かも?です
(以下雑談)
チンチン回来ましたね!絶対アニメ化しないと思っていたのでびっくりです。(祖母と)大爆笑しながら見てました
今回のお話もチンチン回見返しながら書いてました(台無し)
あと、告radioに出てきたhalcaさんの「シシシ」っていう笑い方がかわいくて最高でした