文字数がいつもより多いけど急展開だから許してください!
(3月16日、サブタイトル変更しました)
一大行事であった文化祭は、無事に終了を迎えた。
今年は例年以上に大盛況となった。そこには、航空研究会の存在が大きく関わっている。
新聞などにも時折取り上げられ、ある程度知名度のあった航空研究会の展示が決まった時、その機体を一目見ようと、多くの飛行機ファンが訪れたのである。
寒い冬の日の、暖房器具などない倉庫での展示であったにもかかわらず、多くの見物客が列をなして訪れていた。教室での展示も、長蛇の列である。この国の飛行機好きが、ここに集約されているような気がした。
会長である白銀も捕まり、多くの時間を見物客の対応に追われていた。おかげで文化祭をゆっくり見て回る時間などなかった。
が、とうの白銀は、飛行機好きと話ができて、終始楽しそうであった。それはそれで、かぐやは喜ばしいことだと感じている。
そんな文化祭が終わり、秀知院学園には冬期休暇に向けて、まったりとした空気が流れていた。中には、クリスマスや年末年始をどう過ごすかなどといった、休み中の予定を立てる声も聞こえる。
だが、そんな校内の雰囲気とは対照的に、航空研究会の忙しさはピークを迎えていた。何しろ、文化祭の最終日から、初飛行の日までは、三日しかなかったのだから。
展示品を片付けた後、初飛行に向けての準備が始まる。やることはいくらかあるが、一番の大仕事は「カササギ」号の移動である。今格納されている学園の倉庫から、初飛行を行う藤原家の空港へ移さなければならない。
一度組み立てた機体を、運搬できるサイズまで解体し、空港でもう一度組み立てる。初飛行にはこの行程が必要不可欠だった。
文化祭が終わった翌日から、解体作業は始まった。基本的には、機体部分と主翼、エンジンブロックに分けることで運搬を可能にする。複座機とはいえ、元々それほど大きい機体ではない。これだけ分ければ、トラックで十分運ぶことができた。
運び込んだ空港の格納庫で、機体を組み上げて、各部の最終点検を行う。突貫作業にはなったが、何とか「カササギ」号の準備を終え、その日を―――十二月二十五日を迎えた。
◇
・・・その日は、生憎の雨であった。
神様、特に天気の神様というのは、非常に気まぐれで、意地悪である。体育祭、修学旅行、晴れてほしい日に限って雨であり、かと思えば一か月近く雨がないときもある。
今日という日も、そのご多聞に漏れず、天気の神様は雨を降らせたのであった。
「雨、まだ続くみたいです。もしかしたら雪になるかも、だそうで」
空港の管制室に問い合わせていた石上が、戻ってくるなりそう告げた。飛行予定の十五時まで、あと一時間。晴れたら飛べるかもと、四人とも思っていたが、それは難しそうだ。
「雨では・・・飛べませんね」
残念そうに眉を下げる四宮の言葉に、白銀は頷く他なかった。
「カササギ」号には、風防などという便利な設備はない。操縦席は露天だ。各種機器に防水加工はしているが、雨に降られながら飛ぶことは想定していなかった。
だから、雨が降れば、「カササギ」号は飛べない。それはわかっていたことである。
「・・・今日は、もう、難しいですよね」
藤原もまた、しゅんとした様子でうつむく。心なしか、頭のリボンもしおらしい感じだ。
あれだけ頑張って準備をして来たのだ。期待が大きかった分、残念に思う気持ちも大きい。それは仕方のないことだ。むしろそれだけ、本気でやってきたという証明でもある。
いつまでも引きづっているわけにはいかない。頬を張り、白銀は三人の方を振り向く。
「今日は残念だったが・・・『カササギ』号が飛べなくなったわけでもない。次の日を決めてしまおう。新しく飛行申請をするとなると、次はいつになる」
答えるのは、申請書類の作成を引き受ける藤原だ。
「んーと、年内は難しいですね。多分、一月二日になると思います」
「それじゃあ、次はその日にしよう」
それでいいな。白銀の確認に、藤原と石上が頷く。
ただ、四宮だけは、格納庫から雨の降る滑走路を見ていた。どこかぼーっとした様子が、いつかの機上の彼女を思わせる。
しとしととした雨のせいか。霞んだ景色のせいか。あるいは四宮自身のまとう雰囲気のせいか。浮世離れしたその様子に、白銀は一瞬息を詰まらせる。
「四宮・・・?」
呼びかけるのが躊躇われた。白銀の声に、四宮は薄く笑って頷く。
「ええ。わかりました」
♀♀♀
次の飛行申請を提出するために、藤原が格納庫を去っていった。付き添い、というよりも送迎係として石上がついていく。彼はサイドカー付きのバイクを所有していた。
格納庫に残ったのは白銀とかぐやの二人。飛行の準備をしていた「カササギ」号の手仕舞いも完了しているので、もうやることはなかった。
ふと外を見たかぐやは、雨に代わって別のものが降っていることに気づく。
雨はいつの間にやら、雪へと変わっていた。地面を打っていた雨音はすでに聞こえず、蛍のような雪が深々と舞う。いくらか霞も晴れ、透き通った空気の中に、雪の光が淡く反射していた。
「会長、雪ですよ」
機体にシートをかけている白銀を呼ぶ。顔を上げた白銀からは、感嘆に似た声が漏れた。
「初雪、だな」
「ええ、そうですね。ふふ、なんだか、心がはしゃいでしまいます」
かぐやが微笑むと、白銀も「うむ、そうだな」と、悪戯っぽい笑みを返してくれる。不思議なもので、雪が降っているだけだというのに、心はこんなにも弾むのだ。
―――さてと。どうしましょうか。
ここでやることはもうない。「カササギ」号が飛ばなかった時点で、かぐやの計画は破綻している。だから今日は、大人しく帰る他ない。事前準備の足りない計画を実行するのは危険だ。これまでのかぐやの経験が、そう告げている。
けれども。頭の中で自分が告げる。「それでいいのか」、と。「あきらめてしまうのか」、と。
同じように、もう一人の自分が告げる。「これでいいのだ」、と。「あきらめたのだから」、と。
どちらもがかぐやの本音である。だからこそ今、かぐやは動けない。何もできない。
・・・いいや。実際にはそこまで難しい話でもないのである。計画を全てすっ飛ばして、ただ一言、確認すれば済む話なのかもしれない。
だがそれではダメなのだ。それでは意味がないのだと、かぐやも理解している。
「・・・なあ、四宮」
かぐやを白銀が呼ぶ。彼の目を真っ直ぐ見て、かぐやは振り返る。
「無理にとは言わん。だがよければ、一緒に来てくれないか」
それはかぐやが、一番言ってほしい言葉であった。
白銀の息遣いが、すぐ後ろから聞こえてくる。流れる雪と景色。響くのは軽い機械の音。
かぐやは今、白銀の自転車に揺られている。後輪上の荷台に腰かけ、白銀にすべてを委ねていた。
白銀がどこへ向かっているのかは聞いていない。白銀のお願いには、例えどんなものだろうと、無条件で「はい」と答えるのがかぐやである。
ただ、周りの風景、街並みで、どの方向へ向かっているのかは何となく察しが付く。おそらく、目的地は秀知院学園だ。
「問題ないか、四宮」
時折、白銀は後ろを振り向いて、かぐやに尋ねる。かぐやはそれに、「快適ですよ」と答える。そんなやり取りを、何回か繰り返して、自転車は目的地までたどり着いた。
白銀が自転車を止めたのは、学園の裏山であった。
学園の所有している土地の一部であり、その中腹には天文台がある。なだらかな傾斜の山で、高さは八十メートルほど。山道も整備されていた。
山腹に沿って上昇気流が発生しやすく、航空研究会ではそれを利用してグライダーを飛ばしていた。かぐやが白銀と出会ったときも、彼はこの山からグライダーで滑空してきたのだ。航空研究会にとっては馴染みの深い場所でもあった。
眼下には、学園の校舎を一望できる。航空研究会の部室である倉庫も見えた。
「四宮、こっちだ」
だが、白銀がかぐやを招いたのは、学園とは反対側、市街を見渡せる方である。
時刻は十五時を三十分ほど回ったところ。もし晴れていたら、今頃は白銀とかぐや、二人で空の上だったはずである。
雪のせいだろうか、市街は妙に静まり返っているような気がした。普段この時間なら、街はまだ昼間の忙しなさを残している。夜の雰囲気に染まるのは、日も傾いた十七時以降だ。
雪を降らせる厚い雲が、少し早く、夜の訪れを感じさせているのだろうか。
「なんだか、静かですね」
「ああ、そうだな」
同じように市街を見下ろす白銀が、チラリと左腕の方を見た気がした。
「時間だ」
白銀の呟きは何のことだったのか、次の瞬間にはわかった。
静かな市街の真ん中で、一斉に明かりが灯った。ガス灯の一様なオレンジではない。淡いピンクや緑、白といった色も見える。さっきまで無機質だった市街が、一瞬で鮮やかなドレスをまとったかのようだ。
明かりに合わせて、街が賑わいを帯びたように感じられる。きっと誰もが、この明かりを待って、固唾を飲んでいたのだろう。さっきまでの静けさの意味が、理解できた気がした。
「クリスマス限定の試みらしい。イルミネーション、というそうだ」
白銀が軽く説明をしてくれる。なんでも、ガス灯ではなく、電灯を使っているのだとか。
雪景色の中に、淡い光が輝いている。結晶に反射しているのか、光は散乱して、どこか朧気だ。それが益々、街の幻想を加速させる。
例えるものが思い浮かばない。どんな絵画とも違う。どんな写真でも体感できない。今ここでしか見れないという特別感が、この感情の正体だろう。
「・・・本当は、空から見せたかったんだ」
白銀は何でもない風に呟く。主語も、目的語も足りない、不完全な呟きだ。
だけど。
―――それは、私に、と思っていいんですか?
空からは見せられなかった。だから白銀は、時間までに行くことができる、この高台にやって来たのだろうか。
そう思って、いいのだろうか。
もう、今更それを、確かめようとは思わない。
「綺麗な景色ですね」
かぐやもまた呟く。そこが精一杯だ。白銀が連れてきてくれたこの場所を。白銀が見せてくれたこの景色を。今は少しでも、心に焼き付けたい。
「ええ、ほんとうに。きっと忘れません」
かぐやの言葉に、白銀は薄く笑みを浮かべていた。
かぐやの家までは、白銀が自転車で送ってくれた。
もはや日もほとんど沈んでいる中、ガス灯の下を、二人乗りの自転車が走っていく。白銀もかぐやも、特に言葉はない。白銀は前を見てペダルを漕ぎ続ける。かぐやは白銀の背中に全てを預ける。
学校からは二十分ほど。たったそれだけの時間だ。気付けば、かぐやのよく見知った家の前にたどり着く。
「四宮、ここでいいのか?」
自転車を止め、白銀が確認する。名残惜しく思いながらも、かぐやは頷き、地面に降り立つ。
ここでさよならだ。
「ありがとうございます、会長。ここまで送っていただいて」
「当然だ。付き合わせたのは俺だしな」
答えた白銀の口から、白い息が漏れる。気温は下がる一方だ。雪が降っているだけあって、コートを着ていても寒さが刺さる。
万が一、白銀が風邪を引いたら大変だ。
「お気をつけて、帰ってくださいね。今日は冷えますし」
「ああ、そうするよ」
白銀はペダルに足をかけ、漕ぎだす。
「じゃあな、四宮。また一月二日に」
去っていく白銀に小さく手を振り、かぐやは彼の背中を見送り続ける。その姿が、雪景色の中に消えていくまで。
もうそこに、手は届かない。
◇
年が明けて一月二日である。
今日こそは快晴。雲量一、風も穏やかな飛行日和である。「カササギ」号の初飛行にはまたとない天気であった。
・・・だが、そこに四宮の姿はなかった。
飛行予定の十二時を過ぎても、一向にその姿は現れない。黒い四宮家の車は、待てど暮らせど来なかった。
「かぐやさん、何かあったんでしょうか」
藤原が心配そうに呟く。白銀も石上も同じだ。あの四宮に限って、時間に遅れるなどありえない。
白銀が、石上のバイクで四宮家に向かおうかと考え始めた、その時だ。
「!あっ、かぐやさん!」
藤原が言った通り、いつもの黒い車が、空港の横にやって来て止まる。一時間遅れだが、ようやく四宮が到着した。
ドアが開き、四宮の専属メイドが降りる。早坂という金髪の少女で、白銀も何度か面識があった。
そこで、いつもとは違うことが起きた。早坂が、そのままこちらへと歩いてきたのだ。
普段なら、早坂が車のドアを開け、そこから四宮が降りてくるのだ。だが今日の早坂は、四宮を降ろすことなく、そのまま真っ直ぐに、こちらへ歩いてきた。
車の方に新たな動きはない。四宮が自分でドアを開けて降りてきたりはしない。不気味なまでに静かに、空港の脇に停まっている。
早坂が白銀たちの前に立つ。どこか冷めた印象を受ける瞳が、白銀、藤原、石上と順に見ていた。
「かぐや様の専属メイド、早坂と申します」
ペコリ。彼女は丁重なお辞儀をする。誰も、何も言えない。目の前の状況に、三人とも困惑するばかりだ。
だが、聞かない訳にはいかなかった。
「早坂さん、四宮はどうしたんですか?何か、あったんですか?」
代表して口を開いた白銀に、早坂は沈黙で応える。水色の瞳が、何かを見極めるように―――あるいは見定めるように、白銀の表情を覗き込んでくる。
それは、随分と慣れた仕種のように、白銀には感じられた。
「単刀直入に申し上げます」
ようやく口を開いた早坂は、感情のこもらない声で、白銀たちの疑問に答える。
「かぐや様は、今日ここには来ません。この先も、皆さんに関わることはありません」
白銀は、人生で初めて、言葉の意味が理解できないという感覚を体験した。文字の羅列が頭に入って来ても、それを理解することを、脳が拒んでいる。
「それは、どういうこと、なんだ」
結局、ありきたりな言葉を絞りだすだけで、精一杯だった。
早坂はなおも答える。はっきりと、明確に、解答を口にする。
「かぐや様は天使だからです」
明かされるかぐやの秘密。
この国の、そして四宮家の過去。
「天使の国」が目指す先。
全てを知ってなお、白銀は決断する。
彼女の答えを聞くために。
次回「白銀御行は連れ出したい~前編~」
(以下雑談)
今週も楽しかった告radio。リスナーの料理スキルが披露されてるのほんと面白い、料理番組だったっけ?
そして何と言っても、今夜は風邪回!かわいいかわいいかぐや様が見れるに違いない!あと、神経衰弱回の石上くんも楽しみですねー