次回予告っぽい後書きが次回予告の役目を果たしていたのか怪しいですが、ともかく今回はそういう回になります。
「天使の国」と呼ばれる国があった―――
天使というのは、本来架空の存在である。その在り方は宗教、あるいは国によって多種多様で、与えられた権能も様々だ。
神に使える者。天国への使者。人間の裁定者。そのどれも、天使の一側面である。彼ら彼女らの本質を見極めるのは、人間には不可能というものだ。
この国における天使は、天女とも同一視される。天界に住む神話上の存在。人間とともにあったが、遥か遠い昔に袂を分かち、生きる世界を別離した幻想上の生き物。人魚と同じく、人類に最も近しかった種族。
天使には翼があった。空を飛ぶための翼だ。その翼で天使はどこへでも行けた。
そして天使は、自由を愛した。
人間には好奇心があった。知識を得たいという欲求だ。その好奇心で人間は大地を拓いた。
そして人間は、幸福を愛した。
両者がいがみ合うことは無かったが、真に理解し合えることもなかった。先に気づいたのは天使で、後になって人間も理解した。
人間の好奇心は大地に留まらない。大地を隅々まで拓いてしまえば、人間の興味は海へ、そして空へと向かうだろう。その時、空を飛べる天使に、人間は必ず目をつける。
だから天使は、人間のいる世界から立ち去ることを選んだ。
―――「あなた方が、いつか翼を手に入れたとき」
そんな言葉を残して。
それが、この国における天使の伝説。伝承、逸話、そんな類のものだ。
果たして、ただの伝説だろうか。
多くの伝承、特に地域や小さなコミュニティーで継承されてきたものには、何らかのモデルが存在する。それは自然現象であったり、あるいは何らかの生物であったりする。
天使はどうだったのだろうか。
翼を持つ者。それは人間の空想が生み出したのか、あるいはモデルが存在するのか。
「天使の国」は、狂ったように空を目指す人々を天使と揶揄したものではなく。天使が実在したからこそ、「天使の国」と呼ばれるようになった。
この国の人々は、天使が立ち去った先の空を、いつまでも見つめていたのだ。
翼を広げたその背中に手を伸ばし、追いかけ続けたのだ。
いつの日か自らも、天使との約束を果たし、その高みへ至るため。
なぜそこまでして追いかけたのだろうか。
なぜそこまでして手を伸ばしたのだろうか。
・・・その答えは、単純にして明快であるはずだ。
遥かな高みにいる
遥かな高みにいる
遥かな高みにいる
言うなればそう。
◇
「四宮家には天使の血が流れています。四宮家に産まれた女児は、一人として例外なく、天使としての形質を受け継いでいます。子供の時分は封印されていますが、大人になるにつれて徐々に、天使としての権能が表に現れるようになります」
まるでおとぎ話のような話を、感情なく淡々と語る早坂。いいや、おとぎ話というにはことが大きすぎる。
説得力を持たせようともしない話し方が、逆に早坂の話を裏付けている気さえした。
「天使の権能は、十七歳を超えると、自らの意志で発揮できるようになります。ですから、かぐや様は十七歳の誕生日を迎えた時点で、四宮家の本邸に引き取られることが決まっていました。それは、天使としての権能を抑え、人として生きていくために必要なことです」
一息に語った早坂は、いまだ真っ直ぐに、白銀を見ていた。
ピクリともしない眉。色すら変わらない瞳。引き締まったままの口元。
早坂は動かない。だから白銀たちも動かない。動けない。
「以上が事の顛末です。この件に関しては、その日が来たとき、必ず、何があろうと、皆さんにお伝えするよう、かぐや様に
白銀たちの沈黙をどう受け取ったかは知らないが、早坂はなおも話し続ける。
「ご想像に難くないとは思いますが、人の世界で天使は生きていけません。人の世界に、天使の求める自由はないからです。天使のままでは、幸福になれません」
光の加減からか、一瞬早坂の瞳がきらめいた。
「かぐや様には幸せになっていただきたい。例えそれが、箱庭の、限られた世界の中だったとしても。人として幸せに過ごしていただきたい。それは私の願いでもあります」
その言葉は、初めて垣間見えた早坂の感情であったかもしれない。
「ですからどうか、皆さんには関わらないでいただきたいのです。このまま、静かに見送って、そして忘れていってほしいのです」
話は終わりと言うように、早坂はそこで言葉を切った。それ以上の言葉が、彼女の口から語られることはない。
白銀の頭を、今までにない速さで思考が駆け巡る。いつもの調子を取り戻した―――いいや、いつも以上の回転を見せる頭が、早坂の言葉を、そして白銀の考えを整理していく。
いつか見た、四宮の笑顔が浮かんだ。
いつも見ていた、四宮の笑顔が浮かんだ。
答えは一つだ。白銀の中で、絶対的な解答が、ただ一つ。
実に。実に回りくどいが。
これは、例えるなら、そう。
四宮の考えを読んで、行動の意味を当てるゲーム、なのだ。
「早坂さん。一つ、確認したいんだけど」
「・・・はい」
たった一つ。そのたった一つを、確かめなければならない。
「今、早坂さんが言ったことは・・・
白銀はただそれだけ問いかける。
「・・・」
早坂は無言を貫いていた。その口は何も語らない。
―――なるほどな。
何より決定的だったのは、
四宮とは中等部時代からの付き合いがある藤原である。四宮の家にも何度か行っているというし、当然ながら早坂とも面識がある。その藤原が、何も答えない早坂に対して、一言も問い詰めない。
藤原はすでに、早坂から解答を得たのだ。
藤原は能天気である。よく言えば素直、悪く言えば脳内お花畑。だが馬鹿ではない。人の機微には、少なくとも白銀よりよく気づく人間であり、その上で計算なく、本能的に動いている。
早坂が、四宮にとってどんなメイドなのかも、きっと藤原は理解していた。だから白銀は、その藤原を信じている。
「・・・四宮は何も言っていないんですね」
「・・・お答えできかねます」
早坂は実に律儀なメイドであった。
「これにてご容赦ください。この後私も、かぐや様と共に、本邸へ飛ばねばなりません」
一礼した早坂は、踵を返し、この場を去ろうとする。
「私が到着次第、かぐや様は四宮家の飛行船で、本邸へと向かいます。くれぐれも、私について来ようとは、お考えにならないでください」
クラシックメイドの背中は、そう言い残して車の中に消えた。
「会長、かぐやさんは何も言っていませんっ!間違いないですっ」
早坂がいなくなるや、藤原が必死の形相で白銀に訴えかけてきた。
「早坂さんは愉快な人です。かぐやさんをおちょくったり、そのために嘘をついたりします。でも、かぐやさんのことで嘘をつけないんです。早坂さんはそういう人ですっ!」
―――やっぱり、そうか。
藤原が黙っていた意味は、白銀の睨んだ通りだった。
早坂の願いというのは、本当だろう。白銀たちには、これ以上四宮に関わらないでほしい。それは彼女の本心であるはずだ。
だが、それは必ずしも、四宮の意志とは合致しない。そして早坂というメイドは、主人の意志に嘘をつけない。
早坂は確かに、四宮かぐやという少女の、専属メイドであるのだ。
「早坂さん、一つも嘘はついてません。全部本当のことを言っています。だからっ・・・だから、その・・・」
藤原の語尾が萎む。
嘘でないからこそ厄介でもある。
早坂は本気で四宮の幸せを願っている。そのために追いかけないでほしいと、言った。もう関わらないでほしいと、言った。
その本心を、簡単に踏みにじっていいのか?答えは否だ。
そもそも方法がない。四宮を連れ戻そうとしたところで、今から早坂を追いかけては間に合わない。四宮家の飛行船が飛び立ってしまえば、もはや打つ手なしだ。
―――だが、四宮の意志を確かめる方法なら、ある。
白銀は「カササギ」号を見、次いで藤原と石上を見た。
白銀の中で、やることはすでに決まっている。
「藤原書記」
「・・・はい」
「早坂さんは、嘘を言っていないんだよな」
「はい。そう、です」
「わかった」
一つ深呼吸をする。熱くなった体の内に、冷たい冬の空気を取り込む。対流冷却で熱を逃がし、白銀は自らのエンジンが最適の状態で動き出すのを感じた。
「なら、やることは一つだ。四宮の意志を確かめに行く」
「で、でも、それは」
「らしくないぞ、藤原書記。
珍しく躊躇する藤原に、白銀は可能な限りいつも通りに、語りかける。
「四宮は、自分で決めたことを、最後までやり切る奴だ。こうと決めたら躊躇しない、絶対に曲げたりしない。自分の意志は、言葉と行動で示すのが、四宮だろう。だけど今回、四宮は何も言わなかった。何も行動しなかった。俺達には一言も、一挙動も、示さなかった。そんなことがありえるのか」
藤原も石上も、首を左右に振る。答えは明らかな否だ。
「藤原書記の言った通りだ。今回の件に関して、四宮はまだ何も決めてない。自分の意志を示していない。
何も決めていない状態で、白銀たちに何かを見せるのが、嫌だったのだろう。プライドの高い、気高い女なのだ、四宮は。
けれども、家の中までそうだったとは、限らない。その行動にポロリと、意志とまでは呼べない本心が漏れてしまったかもしれない。
容姿端麗、博学多才、隙や弱みなど微塵もない完璧超人を地で行く少女が、白銀の知る四宮かぐやである。だが、その姿が、家の中でも白銀の知る四宮かぐやであると思うほど、白銀は愚かではない。人間の外面など、一つや二つではないのだから。
白銀の知らない四宮かぐや。彼女がどこかで、本音を漏らしていたら?口にせずとも、態度に出てしまっていたら?
早坂は絶対に気づいたはずだ。
早坂は、四宮がこの後、飛行船で飛び立つことを教えてくれた。そんなことを、言わなくてもいいはずなのに、だ。
早坂の言葉は、四宮が天使であることを説明した部分以外は、大部分において早坂自身の言葉である。だから、仮に四宮の言葉が語られているのだとしたら、そこ以外に考えられない。
隠した本音諸々はあるだろう。だが非常に端的に、要点だけを要約すれば、白銀には四宮の言葉がこう聞こえる。
―――「会いに来て」
無理難題もいいところである。そも、四宮家が飛行船という移動手段を選んだのは、何物にも介入させないために他ならない。人間は天使ではないから、空を飛んでしまえば誰も邪魔することなどできない。
だが、白銀たちは違う。
「四宮の意志を確かめる。これは俺たちにしかできないことだ。頼む。力を貸してくれ」
藤原と石上に頭を下げ、助力を乞う。この二人もいなければ、成し遂げられない。
意外にも、先に口を開いたのは石上であった。
「そうですね。もし、四宮先輩が本邸に行くことを望んでいるなら、それはそれで僕らも納得できます。ただ・・・もしそれを望んでいないなら・・・その時はどうします?」
「その時は・・・何とかする」
嘘である。この男、無計画である。今も頭の中をフル回転させ、何とか対策を考えようとしている。
石上がそれ以上、問答を続けることはなかった。
「そうっすね。何とかしましょう」
実にあっさりした答えだが、石上の目は覚悟を決めていた。こうなった時の石上は
「・・・楽観的過ぎますよ、二人揃って」
信じられないほど低い声が聞こえてきた。俯いていた藤原が、肩を震わせて、顔を上げる。
「私も行きます。かぐやさんは、親友ですから」
三人の―――三人でやることは決まった。
手を伸ばせば、届くはずだ。
手を伸ばせばまだ、届くはずだ。
「藤原書記、石上会計。―――飛ばすぞ」
天使を閉じ込めた鉄の檻。
誰も触れられない場所に、それでも彼らは手を伸ばす。
唸る「ANGEL」、ついに「カササギ」号は空へ飛び立つ。
彼女に託された心臓は、彼らの想いに答えるのか。
全ては彼女の声を聴くために―――
(以下雑談)
第九話よかった!そして会長はよく頑張った(涙)
ええ、私の意見はきっと来週の石上くんが語ってくれることでしょう・・・
そういえば、次回のヤンジャンは休載でしたね(絶望)