早坂愛に愛されたい   作:年中有給

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第一話 プロローグ

(あーなんのやる気もでない……)

 

 高校二年生の一学期もある程度が過ぎ、ボクが通う秀知院学園にも待望の大型連休がやってきた。それがだいたい一週間前、今日が連休ラストだ。連休中、ボクは特に何をすることもなく無気力に過ごしていた。というより、何をする気にもなれなかった。休みに入ってからずっとこんな感じだ。いい加減部屋も汚れてきているし、洗い物も溜まってきている。どうにかしないと思うけど、体を動かす気力がない。こうなった理由は見当つく。

 

(席替えねぇ……なんでそんなものがあるんだ)

 

 みんなが新しいクラスに馴染み始めたぐらいの時期、ボクらのクラスにもそれはやってきた。席替えである。席替え程度でこんなに気を病むのか、と思うかもしれない。もちろん、これには理由がある。というのも、ボクは早坂さんに片思いをしている。ボクの名前は林田だ。そしてボクのクラスではこれまで一度も席替えをしていなかった。つまり何がいいたいのかって言うと、ボクの前の席に早坂さんが座っているってことだ。

 

 早坂さんとは一年のときも同じクラスだったけど、特に何の進展もなかった。毎日、彼女の姿を脳内フォルダに保存していたら、気づいたときにはもう一年経っていた。彼女がボクの好みに合いすぎているのが悪いのである。や、言い訳はよそう。進展がなかった理由は単純明快だ。単にボクの勇気が足りなかっただけである。嫌われたらどうしようとか、恥ずかしいとかそんな考えが重りになって何もできなかった。

 

 春休みに死ぬほど後悔して、二年生も同じクラスになれたら悔いのないようにやろうと決心した。その甲斐もあって、それなりに話をする程度の仲まで進展することができた。お互いに親しい友人が違うクラスにいて話し相手がおらず、一年生のときに同じクラスだったという共通点があるのがでかかった。

 

 早坂さんとここまで仲良くなれたのは偏に席が近かったためだ。お互い座ったまま喋れるっていうのは大きい。でもそれももう終わりだ。休みが明けたら席替えが始まる。異性の席まで移動して話すとか今のボクにはハードルが高い。……あくまで「今の」ボクにとってはだ。未来のボクならできるはずだ……きっとたぶんおそらく。

 

 そもそも後悔しないように行動するんだから、普通に話しかけに行けばいいと思うかもしれない。ボクは早坂さんとのお喋りが楽しかった。生きがいだったと言っても過言ではない。でも、早坂さんは違うだろう。ボクのことは暇つぶし相手程度にしか思っていないはずだ。そんなやつが自分の席まできて話しかけてきたら、気持ち悪いと思うだろう。もしも早坂さんに気持ち悪いだなんて思われたら終わりだ。早坂さんに嫌われるくらいなら彼女を殺してボクも死ぬしかない。

 

(まあ、何はともあれ行動しないことには始まらないか)

 

 寝転がった体を起こす。体中からポキポキと音がした。仕送り分が入った封筒を手に取り、久々に出かける準備をする。行き先は近所の神社。神頼みである。

 

 その後神社まで行って、賽銭箱に有り金全部入れてきた。別に全財産入れる必要なんてないかもしれない。まあ、これはボクの気持ちの問題だ。

 

 これで近くの席にならなかったらどうしようか。そうなったら、そのときに考えよう。幸福で完璧な未来のボクに任せよう。や、そもそも、ならなかったときのことなんて考える必要もない。生活費を考えずにお金を犠牲にしたのだ。なってもらわないと困る。

 

 さあ、これで人事は尽くした。あとは天命を待つのみだ。食事については次の仕送りまで、石上君にたかればいいだろう。

 

 

「……それで僕に飯をたかりにきたんですか?」

「ご馳走になるよ、石上君」

 

 正面に座る石上君に財布をひっくり返しながらにこりと言う。もちろん財布からは一円たりともでてこない。

 

 願掛けをした後、お腹がすいたので石上君にご飯を食べようと誘った。ご飯を食べ終わり会計をしようとするところで、ボクは無一文であることを切り出した。好きな人がいて、その人と一緒になるために身代を投げ捨てたのだとも伝えた。

 

「後輩に奢られる先輩って構図、めちゃくちゃカッコ悪くありません?」

「もちろん返すさ。次の仕送りまで頼むよ」

「まあ正直、好きな人と一緒になるために全財産投げ打つっていうのはちょっとかっこいいかなぁって思いましたよ。でも、生活費も残さないのはどうなんですか? 先輩実はバカでしょ?」

「バカって言うやつがバカなんだぞ」

「うわ、すごいバカぽい発言」

「ボクがバカかそうじゃないか、そんなわかりきった命題は置いといてさ。正味な話、頼れるのが石上君しかいないんだよ。ほら? 白銀君にこんなこと言えるわけないだろ?」

 

 もちろん、命題の答えはバカじゃないだ。

 

「先輩、友達少なそうですもんね。あと確かに会長には言いづらいっすね」

 

 ボクの友達である白銀君は人がいい。困ってる人に手を差し出すことができる人格者だ。でも彼は有り体なく言うと貧乏なのだ。そんな彼にご飯をたかるなんてできるわけがない。彼の人のよさに付け込んでいるみたいで、ボクの良心が痛む。

 

「その点、君ならボクの良心にノーダメージだ。なんたって玩具会社の社長の子だもんね。お小遣い沢山もらってそうだもん」

「本当に最低って言う言葉が歩いているような人ですね。言っときますけど、そんなにお小遣いもらってませんからね? 大体まず親に頼んでみたらどうですか?」

「その正論の連打はやめてくれ、ボクに効く……正直すまんかった。でも親には言えません。恥ずかしく死んじゃいます」

 

 観察力のある石上君に最低と言われると、結構ダメージでかい。

 

 石上君にしてみると、ご飯に誘われたら急に2人分の食事代を出す羽目になったのか。なんだそれは。控えめに言っても最低なやつだな。死ねばいい。誰だよ。ボクだよ。……次は生活費ぐらい残そう。

 

「まあそうなりますよね、言ってみただけです。話変わりますけど、先輩、僕が言うのもなんですけど好きな人がいるならもう少し身なりに気を使った方がいいですよ」

 

 身だしなみを整える気力もなかったので、そのまま出掛けたのだ。

 

「や、石上君だからいいかなって。ああもちろん、ボクだって必要な場面ではしっかりするよ?」

「それはアレですかね? 僕如きに身なりを整える必要性が感じられないっていう……。すみません、当たり前のことでしたね。何言ってんだろう僕……」

「ちがうちがう、身なりを気にする必要がさほどない間柄っていう意味だよ。連休入ってから無気力すぎて、身だしなみに気を使う力すら湧かなかったんだ」

 

 石上君は過去の出来事にせいで時たま過度にネガティブになる傾向がある。ぶっちゃけめんどくさいが、それを補ってなお余る魅力が彼にはある。

 

「なんだそういう理由だったんですね。安心しました。だから、ゲームの方にも全然オンしてなかったんすね。ハーサカのやつが気にしてましたよ」

「そうか、それは悪いことをしたな」

 

 ボクと石上君の関係は同じ生徒会メンバーという他に、ゲーム仲間という共通点がある。最近はオンラインゲームをやっていて、ハーサカというのはそのゲーム内でのフレンドだ。

 

「それで先輩、好きな人ができたんですね」

「まあな」

「ならやっぱり、一層身だしなみには気を使った方がいいですよ。今の時代、どこに人の目があるかわかりませんから。先輩のそのみすぼらしい姿を誰かに撮られて、SNSにあげられたらもうお終いですよ? 特に女子なんて、すぐに情報が伝わりますから」

「なにそれコワイ」

 

 ……その可能性は考えていなかった。これからは身なりを整えてから外に出よ。今のボクの姿が早坂さんに見られたら、きっと「林田君ってキモイね」とか言われるのだ。そうなったら、早坂さんを殺してボクも死ぬしかなくなる。好きな人に嫌われるぐらいなら誰だってそうするだろう。

 

 少しばかり絶望していると、石上君の方からシャッター音が聞こえた。

 

「……い、石上君、今のってカメラのシャッター音だよね?」

「はい」

「り、理由を聞いてもいいかな?」

「保険です。今回は仕方ないので僕の方でお代を払いましょう。先輩、踏み倒せるとは思わない事です。情報というのは簡単に広がりますから」

「はい、しっかり払わせていただきます」

 

 その後、ボクたちは店の外に出た。外はもう暗くなりかけていた。ボクの心は暗くなっていた。

 

「……先輩、もしも僕が2人分の食事代を持っていなかったらどうしてました?」

「ああそのときはトイレに行くふりをして、そのまま帰ろうかなって」

「……」

「石上君……? なんでSNSを開いて、さっきの写真にチェックをつけて送信ボタンを押そうとしているのかな?」

「ああ、すみません無意識でした」

 

 ……できるだけはやく食事代を返そう。白銀君におすすめのバイトでも聞くか。でもまずは家に帰って身なりを整える必要があるな。その後は家の掃除だ。

 

 石上君と話をしたおかげか、あの虚無感はどこかに消えた。気持ちは暗いが、無ではない。急な呼び出しに付き合ってくれた上に、ご飯まで奢ってくれたんだ。とりあえず石上君には言うべきことがあるな。

 

「石上君、今日はありがとうな」

「……いいっすよ、別に」

 

 帰り際に石上君から諭吉さんを貰った。なんだただのイケメンか。切り詰めれば次の仕送りまでギリギリ持つかもしれない。持つべきものは友である。や、友より恋人の方が持ちたいわ。

 

 そんなこんなで連休が終わり、ボクのクラスでは予定通り席替えが行われた。朝のHRでくじを引き、そこに書いてある席に座る。

 

 どうやら神様は――いるようだ。

 

 

「早坂さん、また近くだったね」

「あ、林田君だぁ~。よろしくね!」

 

 席替えの結果、早坂さんの席は廊下側の一番後ろの席、教室の後ろ端だった。ボクはその隣である。また早坂さんの近くの席だ。やったぜ。今なら駅前の胡散臭い募金活動にだって笑顔で札束を入れられる気がする。

 

 後どうでもいいけど、同じ生徒会メンバーの四宮さんは早坂さんの2つほど前の席だ。

 

「林田君は連休中なにしてたぁ?」

「家でゆっくりしてたよ。しいて言えば、生徒会の後輩と一緒にご飯食べに行ったぐらいかな。早坂さんは?」

「ウチはバイトかなぁ~。白銀君は誘わなかったのぉ?」

「後輩に用事があっただけだからね。白銀君は誘わなかったんだ。それに彼は連休中もバイトと勉強で忙しいだろうし」

「ふぅ~ん、じゃぁさ、白銀君も連休中なにもしてないんだぁ~」

 

 声音を変え、声を少し大きな声で早坂さんは、まるで誰かに知らせるようなそんな口調でそう言った。声の大きさが大きくなったといっても、本当に気持ち大きくなったという程度だ。不自然だと思うほどでもない。声音の方もそうだ。四六時中、早坂さんを観察していたボクでないと見逃してしまうほど些細な変化だ。もちろんボクがそれについて早坂さんに何か言うことはない。理由はわからないけど、秘密にしたいからこのような方法をとっているのだ。なら知らないふりをするというのが、できる男というものだ。

 

「遊びに行ったとかはないと思うよ。そういえば、早坂さんっていつもバイト忙しそうにしてるけど何しているの? 飲食店で給仕とか?」

「そんな感じのこともやったことあるけど~、今は子守みたいなことをしてるよ~」

「子守? 珍しいバイトもあるんだね」

「ママの知り合いの子なんだけどね~。その子の親が忙しいから、代わりに面倒みてあげてるんだぁ。結構時給いいんだよぉ?」

 

 早坂さんは子守のバイトをしているのか。なんか意外だ。早坂さんはアクセサリーをつけたり、制服の上着を腰に巻いたりする女の子だ。子守みたいなあんまりイケてないバイトをするとは思わなかった。

 

「意外だ。実は早坂さんって結構真面目?」

「実はってなんだし! 実はって! 普通に真面目だしッ!!」

 

 早坂さんはややテンション高めで突っ込んだ。ボクは突っ込まれた。いつか逆の立場で同じことヤリたい。もちろんボケと突込みっていう意味だよ? 本当だよ?

 

「ごめんごめん。早坂さんはそういうバイトはあんまりしないかなって思ってたよ。見た目的に」

「いや別に見た目は関係なくない!?」

 

 この打てば響くようなテンポが楽しくてしょうがない。

 

「そっか、早坂さんは子守をしているのか。でも子どもの面倒みるのも大変じゃない? わがままそうだし」

「うーん、確かにわがままで世間知らずで手のかかる子だけど、かわいいところもあるよぉ?」

「手の掛かる子ほどなんとやらってやつか」

「あ! それそれ! そんな感じ!」

 

 早坂さんは思わずといった具合に手を叩く。相変わらず無駄のない動作だ。人からどう見られているのか知っている動きだ。ギャルみたいな見た目からは想像できない。早坂さんの浮かべる表情、仕草、声のトーン、匂い、雰囲気、どれをとっても洗練されている。ボクは彼女に惚れた理由はここにある。早坂さんを構成する数字はどれも美しいのだ。黄金比のような美がある。次点で四宮さん――本名、四宮かぐや――だが、早坂さんと比べると月とすっぽんだ。彼女の前ではかぐや姫も爬虫類である。

 

 結果には過程がある。早坂さんがどのような事情で、あのような数をはじくようになったのか興味が尽きない。いつか彼女の口から聞きたいものだ。それから、機械のように算出されるあの数字をぐちゃぐちゃにしてやりたい。そのとき彼女はどのような表情をするのだろうか。




ギャルっぽい口調、難しい

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