今日はバレンタインデーらしい。
そう、あの意中の男子にチョコを渡すとかいう嬉し恥ずかしのイベントだ。
いつもなら、男子として少しはそわそわとしていたのかもしれない。
だが、今年はそれどころではないのだった。
高校入試まであと1週間。
畜生、姉貴のように中高一貫校にしておくべきだった。
俺は塾でシャープペンシルを握りながら、自分自身を呪うことしかできなかった。
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やっと終わった。
友人たちと別れ、一人になる。
夜になると店はほとんど閉まってしまって、商店街はゴーストタウンのように不気味だった。
街灯は点いているが、人っ子一人いない。
空を見上げても、曇り空からは星が一つたりとも見えなかった。
こういう雰囲気は、あまり好きではない。
俺が好きな商店街は、ポピパが盛り上げてくれた商店街で。
……香澄さんの顔が脳裏によぎって、今日がバレンタインデーだったことも思い出してしまった。
くそ、と俺は独りごちる。
身を突き刺す寒さにも追われて、今のことは忘れてしまおうと駆け足で家に向かう。
「ただい…」
「おかえりじゅんじゅん!」
おかしいな、家を間違えたのだろうか。
「なんで閉めるの!?」
「いや、家間違えたかと思って……それよりなんでいるん、ですか」
幻覚かと思った。
「それはね、これだよ」
ふふん、と胸を張って何やら色々書き殴られた紙を見せてくる。
「なんだ、これ?」
「ぶれいんすとーみんぐ、って言うんだよ!」
ぶれいんすとーみんぐ。
めちゃくちゃカタコトだった。
「こうすれば新曲のイメージを膨らませられるんだよ!」
「つまり、歌詞作りに来たからうちに泊まると」
「そういうこと!」
「そうですか、じゃあ俺は飯食って風呂入って寝るんで」
父さんも母さんも明日も営業なのでもう寝ているはずだ。
朝型の生活なのはパン屋の宿命だな…。
「ちょっと待ってじゅんじゅん」
「…何?」
「晩ごはん、一緒に食べよ!」
「……まだ、食べてなかったんですね」
もう午後10時半ばだ。
晩飯にしてはずいぶん遅いと思う。
「じゅんじゅんがいつも一人でご飯食べてるって聞いたから」
「…」
香澄さんは、そういう人だ。
人が望んでいることを、分かっていて。
姉貴をバンドに誘ったときだって、そうだった。
「じゃあほら、手を洗ってこよ!
それに…デザートもあるからね、5つも」
え。
「それって…」
「だって今日は、バレンタインさんのお誕生日だからね」
なんか色々違う覚え方してないか、それ…?
「良かったねえ、純。モテモテだよ」
いつの間にか姉貴も香澄さんの隣にいた。
「別に…毎年貰ってるだろ」
「照れるな照れるな」
「だから照れてねえ!」
「またまた、本当は嬉しいくせに〜」
「う、嬉しくねえ!」
…とはいえ、今年は直接もらえるだなんて思ってなくて。
受験と寒さで凍った心が溶けていくようで。
…まあ、あれだ。
今年は特に、感謝しなくもない。
「あ、そうそう!今日の料理ね、私が作ったんだよ!」
「(暫し停止する思考)……………食えんのそれ?」
「ひ、ひどい!」
「コラ!純!」