ほんの少し先の未来で、『エヴリン』という名の少女が誕生する。
正式名称をE型被検体。真菌由来の生物兵器を自在に操る、幼子の姿をした黒い悪魔。
彼女は家族に対する強い執着を抱いていた。抱いていたがゆえに、恐怖に濡れた忌まわしい事件を引き起こし、果てに短い生涯を終える。
そんな『エヴリン』が、ただの童女で終われなかった理由を語るにおいて、背後に絡み付く歪みきった
人と変らぬ知性を持つ『エヴリン』だったからこそ、幼き彼女は愛に餓え、渇き、狂うまでに至ってしまう。
彼女の人生は、金儲けに溺れたエゴイストに食い潰された茨の道だった。ある意味、『LISA-001』が辿ったかもしれない、もう一つの可能性とも言える道だ。
その可能性を変えたのは、『LISA-001』と『エヴリン』の決定的な違いーー教育にこそあったのだ。
とある組織に造られた『エヴリン』は、組織が編んだマニュアルによって育てられた。
機械的に、消費的に、ただ自我と力を持つだけのモノとして扱われた。
『LISA-001』はその真逆だ。彼女はただのいち研究者の独断専行によって生み出され、組織ではなく一人の人間に育てられた。
ここが、大きなターニングポイントだったのだ。
少女を作った研究者は非人間だった。
昇進を目論み、野心と好奇に溢れ、己の目的を達成するためなら禁忌を侵すことだって躊躇わない外道だった。
けれど、だからこそ、少女の母は
研究と昇進以外に価値を抱かない女だったからこそ、子育てなど眼中にない女だったからこそ、まるで第一子をもうけたばかりの妊婦のように、今まで学ぼうともしなかった知識を補うため、まっとうな教育資料へ手を伸ばした。
組織のバックアップ無しに生物兵器を懐かせつつ育成するにあたり、己のポケットマネーが許す範囲でしか動けなかったという裏もある。しかし、それがかえって功を奏したという他ない。
猛獣を手懐けるため、容易に手に入る絵本や玩具を与えた。仮面の上からでも偽物の愛を与えた。
いつしかそれが、知らず知らずホンモノへとすり替わっていくほど、念入りに本格的に。
そんな環境は、怪物を少女に作り替えた。
歪んだ家族の果てに怪物と化した『エヴリン』とは違う、怪物でありながらヒトとしての在り方を持つに至ったのだ。
けれど、初めから『LISA-001』は人間だったわけではない。
むしろ、初めは紛うことなき怪物のソレだった。
ずっと、ずっと、母親を観察していた。
生体電気から精神状態を読み取るシックスセンスを持つ少女は、常に母親の感情と行動を把握し、本能的に計算しながら動いていた。
この『親』とどう接すれば玩具や絵本が貰えるのか。この『親』にどう応えれば食べ物が貰えるのか。
狡猾な雛鳥は原始的欲求を満たすため、無垢の道化を本能レベルで演じていたのである。
それがホンモノに変わったのは、非人間から母となった
暖かいと思った。打算では得られないものだと知った。失い難いものだと強く感じた。
己を快適に生存させるための
道徳の萌芽。倫理の獲得。親愛の構築。
あらゆる奇跡が積み重なって、『LISA-001』は『リサ』へと進化を遂げる。
ただし、全てがプラスばかりではなかった。
まっとうに育った弊害として、ヒトの持つ悪意や敵意、嫌悪といったマイナスな感情に対し、人一倍敏感になってしまったのだ。
母に秘密裏の協力者が増え、準じて『LISA-001』の接触する人間が増えたころ。少女の第六感は、あらゆる汚濁を生々しくも感知した。
笑顔の裏で生物兵器たる少女を嫌悪する者がいた。幼く可憐な肢体に異常な情欲を抱き、胸中で舌なめずりする者がいた。
少女は初めて、純粋な恐怖というものを抱いた。
粘ついたどす黒い感情に対するトラウマは、無条件に信頼できる母への依存を強めていく。
それは同時に、親離れがより困難になったことを示していた。
嫌いなものが生まれたのだ。マイナスの感情と親しき者との離別。是が非でも避けたいものが生まれたのだ。
だから、母親がウィルスに感染し、少女を冷凍睡眠させた時、どうしようもなく深い傷を負ってしまった。
ただひとり信じられた母の喪失が、他人に対して臆病になるほどの傷と不安を刻み込んでしまったのである。
――それを拭い去ったのが、皮肉にも天敵にあたるはずのハンクだったのだ。
ハンクは一切の感情を向けなかった。ただただ実直に任務に準じ、必要とあらば少女を教え導いた。
傷心していた少女にとって、彼のプラスでもマイナスでもない、凍った水面のような無貌の心が、かえって傷を癒す時間をくれた。
ハンクは少女を尊重しないが、蔑ろにもしなかった。必要であれば褒め、必要であれば諫め、必要であれば命令を下し、必要であれば救った。
淡白で、波風ひとつない彼の対応は、逆に少女へ安心感を与えていった。
奇妙なことだが、師弟に近い信頼を芽生えさせていたのかもしれない。
故に、無垢の子は憧れた死神に応えんと尽力する。
その先に待つのが、アンブレラへの隷属という、どうしようもなく救いのない未来に繋がってしまうとしても。
◆
叩く音がした。叩く音がした。叩く音がした。
理性の片鱗など聴こえない。邪魔な障害物を殴りつけ、退けようとする獣性だけが伝わってくる。
ヒトではない。ゴーストも少女も、寸分の相違なく確信する。
「ここで待ってな」
「ん」
コンバットナイフを抜き、忍のような足取りで詰め寄るゴースト。
ドアノブに手を伸ばし鍵を外す。
タイミングを見計らうと、思い切りドアを開け放った。
瞬間、ドアの向こうから影が落ちた。肉を強打する鈍い音が散らばる。重心の在処を失った感染者が、奇声と共に転がったのだ。
頭部へ間髪入れずストンプを見舞う。二度、三度と、一切の加減も躊躇もなく頭蓋を踏み砕く。
バギッと寒気の走る音がした。頑強な頭蓋骨がようやく蹴り割れたらしい。
新米だろうと、ゴーストはU.S.Sに配属された屈強な兵士だ。たったひとりの感染者相手に、白兵戦で後れを取ることはない。
(敵影はこいつだけみたいだ。……しかし奇妙な風貌だな。まるで蝋の池にでも突き落とされたかのような)
ヒトの面影を失いつつある、異様な姿をした感染者だった。
粘質な白に染まっている。皮下組織の脂肪だけが剥き出しになったかのような、光沢と滑りを帯びた白濁が頭頂からつま先まで覆っていた。
頭髪はない。白塗りの
「もう大丈夫だ。けど長居は危ない、隊長を連れてさっさと移動しよう」
「!? ごーすと、うしろ!!」
「え? ――がっ!?」
猛烈な圧力が、ゴーストの頸椎へ何の前触れもなく襲い掛かった。
混濁する思考に反し、原因はこれまでになく明瞭だ。
感染者だった。頭蓋骨を蹴り砕き、唯一の弱点である中枢神経を破壊したはずの、白蝋のような感染者だった。
「ばっ、がぐ、馬鹿な、頭を破壊したのに何故……!?」
「アアァァアアアァアア―――――ッ!!」
「離せ、このっ!!」
ゴーストを押し倒し、嗄れた老婆のような濁声を這いずらせながら肉を啄まんと食いかかる白い怪物。
感染者の筋力は強大だ。ウィルスにリミッターを外された肉体は、ただの腕力だけで脅威となる。
加えてこの感染者はただのゾンビではない。突然変異を起こした亜種だ。その力と自己再生能力は、通常のソレを遥かに上回っていた。
辛うじて牙を凌ぐのも、限界が近くなるほどに。
「ごーすと!!」
「来るな、来ちゃ駄目だ! 大丈夫だから!」
すかさずナイフを叩き込む。金属が肉を裂き、頚椎に押し入った感触が生々しく手首へ伝わってくる。
捻る。首の骨を、鶏を屠殺するように折り砕く。
断末魔を張り上げた感染者は、そのまま力なく被さるように倒れ込んだ。
蹴り上げ、立ち上がるゴースト。
手早く全身を確認する。幸い噛まれてはいないようだ。
「な、何なんだこいつは!? 頭を割ってくたばらないなんて聞いてな、……ッ!?」
驚愕のあまり、ゴーストは今度こそ言葉を失った。
だって、こんなの、驚くなという方に無理がある。
白妙の幽鬼がまたも立ち上がっていた。
ゆらりと。ブルブルと。全身を微かに痙攣させながら、折れ曲がった首を整えて。
蘇る。急所を破壊されたはずの人体が、目まぐるしい速度で蘇生していく。
――そんな奇跡とさえ呼べる悪夢も、瞬きの間に終わりを告げた。
首が落ちたのだ。さながら風に吹かれるボールのように、胴を離れた真っ白な首が、赤黒い軌跡を残しながら転がっていた。
前触れなどない。予兆なんてどこにもなかった。
ただ、血を噴く悪趣味な噴水の傍には少女がいた。ほんの数秒前までゴーストの背後にいた少女が、頭を失った体の傍に立っていた。
「な、ん」
見間違いかと疑った。ついに眼がイカれてしまったのかと、ゴーストは混乱に濁る声を吐いた。
疑って然るべきなのだ。ゴーストの背後からすっ飛んできた少女が、まるで草刈の如く首を刎ね飛ばした光景など。
ましてや、彼女の細腕から
「君、その腕は」
「……」
「なんだそれは。なんなんだ。君は一体、何者なんだ」
ぐらぐらと脳を揺らす混乱の隅で、パズルのピースが嵌っていくかのような錯覚を得る。
道中、違和感のようなものは感じていた。
浮世離れした雰囲気。ゴーストを越える健脚。エレベーターの謎の回復。あのハンクが護衛対象としたアンブレラに属する子供。
そして、目の前で腕の中に収納されていく鋼の爪。
まさかとは思っていた。そんな馬鹿なとも思っていた。
何の変哲もない、小さく無害なこの子供が、そこに寝転がる怪物と同類などと。
「……ごーすと」
「動くな!」
反射的に銃口を向けていた。己を守る防御姿勢をとっていた。
心配そうに手を伸ばす少女の額に照準を合わせ、そのまま後ずさっていく。
「頼むから、今は来ないでくれ。ああくそ、畜生、頭がミキサーで掻き混ぜられたみたいな気分だ。俺は一体、何を信じればいい!?」
ゴーストの推測が正しければ、少女は人間ではない。きっとウィルスで造られたB.O.Wの一種だ。
それも相当高品質な、傑作とすら呼べる代物だろう。もはや人造人間と呼んでも差し支えない。
ここまで高い知能と人目を欺く容姿をしているなら、本部が極秘裏に回収命令を下していても不思議ではない。冷血漢のハンクが子供を守っていた理由も説明できる。
つまり、この子供は紛うことなく怪物だ。
いくら幼い容姿をしていても、人間の首を簡単に斬り落とせる力を持った怪物なのだ。
怖くないわけがない。これまでの過程がどうあれ、さんざんB.O.Wの脅威を味わってきたゴーストが、同じ化け物である『LISA-001』に恐怖を抱かないわけがない。
けれど。
照準器から覗く彼女の顔は、酷く悲しそうな色を湛えていた。
それはひとえに、少女にはゴーストの心が分かってしまうがゆえに。
「ごめん、なさい」
怪物なんて言葉じゃ括れない、悲痛を孕み上ずった声で、少女は絞り出すように言った。
「ごめんなさい。ごーすと。ごめんなさい。きらいにならないで。ごめっ、ごめん、ごめんなさい」
「……!」
唇を震わせて、目尻に涙を溜め込んで。友人から絶交を宣言された子供のように、今にも泣きだしそうな懇願をする少女。
目にした瞬間、ゴーストは胸の『恐怖』が、どうしようもない過ちだったと気が付いた。
(……クソったれ。そうだよな。信じるべきものなんて初めから決まっていたじゃないか。ああそうだ。
バーキンを撃った時と同じ間違いを繰り返すところだったと、引き金から指を遠ざけていく。
「う、ぅ」
「すまなかった。大丈夫、もう大丈夫だ。俺が悪かった。俺を助けてくれた君を、少し変わってるだけで嫌うなんてサイアクだった」
銃口を下げ、傍について膝を折り、少女の手を安心させるようにそっと握る。
「ただ、そうだな。分かる範囲で良い。話せるところまででいいから、君のことを教えてくれないか」
「……」
「君が何者か知りたい。それが分かれば、俺はきっと君が何者だろうと守ることができる」
「……わたし、は」
――少女が言い終えるよりも速く、事態は急転直下を迎える。
部屋の換気扇が突如として悲鳴を上げ、ファンの亡骸がズタズタに引き裂かれて落下したのだ。
瞬きをする暇すら切り裂き、邪悪な脅威がやってくる。剥き出しの肉と脳組織、刃物の如く鋭利な爪と槍の舌を携えた醜い獣が。
ゴーストは間髪入れず嵐を見舞った。音速の三倍で解き放たれた弾雨はリッカーの背を打ち抜き、悲鳴と共に撃墜させる。
だが獣は止まらない。致命を与えるには中枢神経を破壊する必要がある。
唸り、牙を剥き、視覚を失った爬虫類のような怪物が血肉を貪らんと飛びかかった。
後ろへ倒れこむように躱すゴースト。上を飛び越えていくリッカーを、床から蜂の巣に加工した。
ガラスを引っ掻いたような断末魔が空気を叩く。鮮血を噴き出しながら壁に激突し、崩れ落ちたリッカーの脳を粉微塵にすることも忘れない。
「どうやらさっきのボヤ騒ぎを嗅ぎつけたようだ。すぐにもっと大群が押し寄せてくる。ここはもう駄目だ、ずらかるぞ」
「うん」
「隊長は俺が運ぶ」
意識不明のハンクを起こし、器用に背負うゴースト。
しかしそのせいで両手は塞がり、無防備な有様となっていた。
「けど、これじゃ感染者に襲われたらひとたまりもない。だからお嬢ちゃん、恥を忍んで君に護衛を頼みたい」
「!」
「君が何者なのか、少しずつだが分かってきた気がする。隊長が重傷を負っても生き残れたのは、きっと君の力のお陰に違いない。だから、それを見込んで頼みたい。隊長を安全な場所へ――医務室に運ぶまで、脅威を退けて欲しいんだ」
「……ん! わかった」
強く頷き、少女はゴーストと共に部屋を出る。
案の定、銃声を聞きつけた感染者たちが集まりつつあった。
呻き声を吐き、汚水の泡のように白濁した眼球で食料を見定める亡者たち。
両手を伸ばしながら、ゆっくりと距離を殺し始めた。
「……行くしかない! 全力で突っ切るぞ、お嬢ちゃん!」
「まかせて、ごーすと!」
腕から伸びる二振りの刃が、仄暗い電灯を反射した。
威力と引き換えに多大なエネルギーを消耗する電熱は纏わない。鋼の爪だけで活路を開くと、少女の瞳が覚悟を決める。
視線を交差させた二人は、頷き、強く一歩を踏み出した。
二つの足音が、闇と屍の中を駆け抜けていく。
◆
「隊長のためにもひとまず医務室を目指す! もと来た道を戻るぞ!」
「うん!」
今までどこに隠れていたのかと疑うほどの感染者たちが、四方八方から押し寄せてきた。
下半身がないもの。腕を失ったもの。まだ腐敗が浅いもの。そして先の
千差万別の屍喰鬼どもが水銀灯に吸い寄せられた羽虫の如く集合し、痩せた狼の唸り声より背筋を凍らせる雄叫びで歓迎してくる地獄の中へ突っ込んだ。
動きの鈍いゴーストへ食いかかる感染者は少女が退け、化け物の群れの中から蜘蛛糸のような道を切り拓いていく。
「ええい次から次へと! こいつらどこから湧いて出るんだ!? ゴキブリの方がまだ謙虚さがあるってもんだ!」
「……! ごーすと、しゃがんで!」
少女のセンサーが、一際巨大で邪悪な存在を感知した。
頑強な壁をスチロールとでも言わんばかりに殴り砕き、硝煙と共に現れたのは振り切ったはずの
ゴーストの頭を叩き潰さんと薙ぎ払われた丸太のような腕を屈み躱し、脇を抜けて走り切る。脚力のギアをさらに引き上げ、少女と兵士は死の廊下を全身全霊で疾走した。
襲い来る感染者は少女の刃が始末する。
だがそれも前方だけだ。背後から重厚な足音を連れてやってくるタイラントまでは撃退できない。
「駄目だ! このままエレベーターに乗っても前回の二の舞になる! 階段で上るしかない!」
「――いいや。下へ向かえ」
ゴーストの判断に異を唱えたのは、冷たく重い男の声だった。
背の負担が軽くなった。それが引き金となり、ゴーストは
振り返れば、少し苦しそうではあるものの、平常時のように凛然としたハンクが、自らの足で直立しているではないか。
「はんくっ!」
「隊長、お目覚めに……!」
「無駄話は後だ。着いてこい」
労いも再会の感動もなく、ただただいつものように命令を下すハンク。
無論、語らい合っている場合でないことはゴーストでも分かっている。そんな些事は、この災禍を生き残った後でいい。
問題なのはハンクのコンディションと、言葉の真意を汲み取ることができない点だ。
「ですが隊長、あなたはまだ十全じゃないはずです。治療できる場から離れるのは危険では?」
「口の前に足を動かせ」
目覚めたばかりのはずなのに、生存していたゴーストに対する驚きや、無数の感染者と生物兵器に追われている現状への悪態など微塵もなかった。
しかしだからこそ、黙々と任務を遂行する死神が戻ってきたのだと、ゴーストは一握の安堵すら感じられたと言っていい。
「どこへ向かっているのですか?」
「地下の動力部だ」
負傷を感じさせない足取りで階段を下るハンクから必要最低限に告げられた言葉を脳裏で反復しつつ、ゴーストは施設の地図を思い浮かべる。
NESTの地下にある動力部ともなれば、それは溶鉄の熱を電力に変換させているNESTの心臓をおいて他に無いだろう。
「溶鉱炉ですか? そこで何を――」
「始末をつける」
階段を降り切り、無骨な金属製のドアを蹴り開いて、サーチライトで慎重かつ迅速に敵影を確認しながら、剥き出しの電子機器と金網の領域を進んでいく。
「T-103はこちらを明確に敵視している。我々の息の根を止めるまでどこまでも追跡し続けるだろう。ヤツの存在は任務の大きな障害となる。だから手を打つ」
「手を打つって、たった2人でタイラントと戦うつもりですか!? 奴のスペックは戦車並だ、通常火器で勝てる相手じゃない! それは隊長も、いいえ、隊長だからこそよく分かっているはずでしょう!?」
「少しは頭を使え」
曲がり角から飛び出してきた作業着の感染者を蜂の巣に変え、蹴り飛ばすハンク。
かつて停電を直すためにヒューズを組み込んだメインシャフトを通り過ぎ、さらに地下へと続く階段へ。
「撃ち殺す必要は無い。ここにはもっと有用な手段がある。我々の数少ない物資でも、奴を確実に死に至らしめられる方法が」
重々しい、二重のバルブで施錠された扉を開く。
途端に熱気が肌を薙いだ。戦闘服の上からでもはっきりと感じ取れるほどの、まるで太陽と相見えたかのような膨大な熱波が。
「うぅ、あつい……」
汗腺が悲鳴をあげ、怒涛の勢いで汗が吹き出す。生物兵器の『LISA-001』でも流石に堪えるのか、顔を顰めて嫌悪を示した。
しかし眉を曲げたのは気温のせいだけではない。床の温度もだ。流石に焼けるほどではないが、裸足の少女には苦痛を強いられる熱さではある。
心配したゴーストが、ポーチから厚手の包帯とテープを取り出し、幾重にも足へと巻きつけた。即席の靴だが、無いよりはマシだろう。
「まさか隊長、手段ってのはひょっとして……?!」
「ここに奴を沈める」
柵から顔を覗かせる。
煮えたぎる鉄の海が視界を占領した。ボコボコと唸る1500度の魔物に囲まれた円盤状のエリアも見える。
そこへ降りる手段を模索しながら、ハンクは端的に告げた。
「2人で挑むと言ったな。不正解だ。我々3人で奴と戦う」
その時。施錠した背後の扉から、重機が衝突したかのような炸裂音が轟いた。
語るまでもない。タイラントだ。ハンクたちに追いついたらしい。
ドアの開閉を理解しない暴君が、石壁も殴り抜けるパワーをもって、金属の障壁を叩き壊そうとしている音だった。
しかし、死を告げる鐘の音に臆することもなく、漆黒の兵士は、凍土のように平坦な口調で言った。
「作戦を伝える」