鬱陶しい鋼鉄のドアを吹っ飛ばす。
ピリつく熱気が、まんべんなく肌を撫でた。
だがしかし、獣の皮膚より頑強なT-103にとってこの程度、なんら脅威と成り得ない。
「――――」
荒々しく鼻息を散らし、姿の見えない標的に唸る。
小賢しい鼠は間違いなくここへ逃げた。T-103の鋭敏な聴覚は、3つの足音が消えて行ったのを聞き逃していない。
ズン、ズンと、筋骨密度の暴威を重々しい足音によって証明しながら、大岩のような巨体を直進させていく。
このエリアは狭い。なにせ、機械によってほぼ全自動管理されている動力施設だ。
通路はメンテナンスに必要な最低限のスペースに留められており、柱のように聳え立つ中央の制御ユニットをぐるりと囲う一本道しかない。
ゆえに、T-103は沿って歩く。人間のような理論的思考を持たない生物兵器は、敵の隠れ場を原始的に虱潰していく。
――その時だった。
暴君の
「やぁああああッ!!」
「!?」
甲高い咆哮が鼓膜を突いたかと思えば、砲弾と錯覚するほどの一撃が背中へ突き刺さった。
あまりの威力に巨体は揺らぎ、フェンスの外へ押し出され、真っ逆さまに落下してしまう。
重厚な衝撃。抑制された痛覚神経ですら、全身から打撲の鈍痛を感知した。
しかし、たかが数メートルの高さから落ちた程度、路傍の石ころに躓くのと変わらない。
体を起こし、その先に立つ脅威を視た。
小さな小さな童女だった。背丈で言えば、タイラントの膝元にも足らない銀髪の少女だった。
「フーッ、フーッ」
両腕から鈍く輝く刃を生やし、腰を落として迎撃の姿勢をとっている。
他に影は見当たらない。どうやら、たった一人でこの暴君に挑むつもりらしい。
「――……」
T-103に感情はない。
ゆえに撃滅する。目の前のターゲットをただ撃滅する。
相手が子供? 関係ない。脳髄にインプットされた■■■■のためなら容赦はしない。
そも、この
苛立ちは無い。無色の殺意がそこにあった。
殺意を握り、拳を固める。
応じるように、雌雄は咆哮を爆発させる。
「■■■■■■■■■―――――ッ!!」
「しゃあああああああ―――――ッ!!」
高低入り混じる雄叫びが不協和音と鳴り響き、溶鉄プールに波濤を堕とした。
空気の転瞬。少女が消える。小柄な体躯から繰り出される迅雷の機動力を存分に振るい、スピードで劣るタイラントへ果敢に攻め込んだのだ。
暴君の脹脛から裂傷が芽吹いた。鮮血の花弁が舞い散るように飛沫を上げる。
あまりに鋭利な一太刀は、T-103に斬られたことすら知覚を許さないほどだった。
鈍い痛覚も相まって、なぜ足の機能が低下したのか理解することが出来ない。
ただ、原因は把握している。視界をチョロチョロ動き回る、小賢しいネズミの仕業ということは分かっている。
けれど止まぬ、斬撃、斬撃、斬撃。
止められない。T-103のスピードでは、少女の敏捷性に追いつけない。
――知ったことか。
一呼吸のうちに掠り傷が増えようが、命に届くことはない。
ならばと言わんばかりに、暴君の名を冠するアンブレラの最高傑作は、理不尽と唾棄されるほどのパワーを拳に乗せて解き放った。
人体を泥団子に等しく爆砕する、猛獣のようなハンマーパンチ。
だがその矛先は少女ではない。足場だ。溶鉄プールに囲まれた漆黒の足場を、渾身の力で殴り飛ばしたのだ。
信じ難いことに足場が揺れた。局所的地震が巻き起こった。
荒ぶる足場が少女の機動力を一気に削ぎ落とす。小動物のように駆けまわれる弊害か、不安定なフィールドは少女の足首を掴むように歩を遅らせ、致命的な隙を生み出した。
見逃さない。
T-103は、その機会を決して逃がさない。
パイルバンカーに匹敵する拳を解き放ち、もたつく少女を挽肉にせんと殴りかかる。
篠突く、発砲の雨。
予期せぬ衝撃が肩を穿ち、必殺の拳は少女を逸れ、再び鋼鉄の床へと吸い込まれた。
「!?」
「しッ!!」
なぜ拳が外れたのか――逡巡の戸惑いを突かれ、顎に会心のサマーソルトを叩き込まれる。
華奢な足から放たれたとは思えぬほどの剛脚。電柱でフルスイングされたかのような衝撃が顎を伝い、脳髄の奥まで揺れ動かされてしまう。
大きくよろめいたその刹那、またしても背中に痛みが走った。
それも一度ではない。弾丸の大豪雨に見舞われたかのような連続射撃が、息つく間もなく降り注いでくるではないか。
明滅する視界を被弾方角へ向ける。
鴉のような黒染めの兵士が二人、上層と中層でこちらを狙い撃っていた。
ダメージの根源を特定。まずは雑魚から仕留めにかからんと、T-103は脚に力を籠める。
だが少女に脚部を抉られ、跳躍すらままならなかった。
ならば先に少女を屠らんと反撃すれば、またしても精密射撃に阻まれ、ネズミを仕留めることが出来ない。
「……ッ!!」
タイラントに言語能力はない。理論的思考能力も存在しない。
けれどもし、人と同等の頭脳があったなら、「馬鹿な」と叫んだに違いない。
「ゴースト、ポイントCへ移動しろ。頭部へ照準を合わせておけ。私は奴の関節を狙う」
「
「『LISA-001』、左旋回。そのまま機を見て右足を狙え。我々へ意識が逸れたら、右足の傷をさらに抉ってやれ」
「ん!」
鋭敏な聴覚が
T-103を翻弄する、蜘蛛の巣が如き連携を象る知の篭絡。その源流をしっかりと捉えた。
それがなんだ。理解したから、T-103にどうすることが出来ようか。
タイラントシリーズは強靭だ。その皮膚は象皮に匹敵し、筋肉は生きた鎧に等しい。
強度のみならず、銃創すらあっという間に完治させる自己再生能力の前には並の攻撃など通用しない。
しかし、物事には限度というものが存在する。
絶えず止むことのない集中砲火と、B.O.Wたる少女が織り成す阿吽の呼吸。
「――」
おかしいと、幽かな疑問が芽吹いていく。
つい数分前まで追い詰めていたのは、間違いなくタイラントの方だった。
敵は負傷兵と
袋小路に追いこみ、粉砕する。ただそれだけ。
たったそれだけのはずだったのに、なぜこの身が膝を着いている?
「■■■」
T-103に心は無い。あるのは原始的な闘争本能と■■だけだ。
そこに一片の情はなく、あるのは破壊の限りを尽くす無色透明の暴虐のみ。
――透明だったT-103の胸中に、幽かな色彩が花咲き誇る。
真っ赤な、真っ赤な、血に染まったような情動の華。
血を沸かせ、肉を躍らせる激情の大輪。
ヒトは、それを憤怒と呼んだ。
「■■■■■■■■―――――――ッ!!」
ドクン、と。
悪魔の鼓動が、残酷に脈打っていく。
◆
「T-103は並の銃火器で仕留めきれるものではない。ゆえに作戦の要は『LISA-001』、お前にこそある」
「これより各自死角に潜み、奴を待ち構える。T-103は部屋に侵入次第、我々を探し出すため短絡的に通路を巡回するだろう。T-103が背後を見せた瞬間、『LISA-001』は奴を下へ突き落とせ。手段は問わん。一回限りのチャンスを無駄にするな」
「そのまま『LISA-001』は奴を追い、下層で注意を引きつつ立ち回れ。私とゴーストは上層と中層、それぞれのポイントから援護する。T-103のパターン的思考を利用して立ち回れ。『LISA-001』は奴の機動を削ぎ、我々が『LISA-001』への攻撃を阻害しつつダメージを与えていくのが主な流れだ」
「ただし『LISA-001』、お前は深入りするな。仕留めようと考えなくていい。一歩でも踏み外せば溶鉄プールへ真っ逆さまの環境だ、前のように投げ飛ばされたら消し炭だということを忘れるな。優先事項は生存とデコイにあると肝に銘じておけ」
「T-103はその性質上、立て続けにダメージを負うと、肉体の再生を優先して一時的な運動停止に陥る。その隙に溶鉱炉へ突き落とす。くれぐれも油断するな、奴の能力は計り知れん。万一の場合は
「
「以上だ。装備の再確認に移る」
◆
血潮を吹かんばかりの雄叫びが、暴君を爆心地に轟き奔った。
あまりの声圧は大気を殴る。膝を着いた隙を穿ち、溶鉄プールへ突き落とさんと猛進した『LISA-001』が、たまらず耳を塞いでバックステップせざるを得ないほどの大爆音だ。
――『LISA-001』の足が、再び床と接することはなかった。
前触れもなく腹に突き刺さったのは、丸太の如く屈強な怪腕。
地に足がつくより迅く、跪いていたはずの暴君が少女を殴り飛ばしたのだ。
「あぐっ!?」
圧倒的で、理不尽なまでのインパクトが少女をボールのように吹っ飛ばす。紙吹雪のように小さな体が飛んでいく。
不幸中の幸いか中央の柱へ激突し、溶鉄プールに放り出される最悪の事態は免れた。
「げほッ、げほッ! ぜひゅっ、ご、ぼッ」
真っ白な衣服が鮮血に染まる。
瑞々しい口元からとめどなく溢れる赤が、少女の肢体を染め上げていく。
T-103の砲弾のような鉄拳が五臓六腑を叩き潰したのだ。
これで済んだだけマシだったと言える。少女がB.O.Wの強度を持たなければ、今の一撃で原形も留めずに破壊されていたことだろう。
「いゥ、ぁ、い、がふっ!?」
手をつき、必死に体を起こそうとする少女が再び床を転がった。
蹴り飛ばされた。薙ぐような蹴りが突き刺さり、ゴミ屑のように吹っ飛んだ。
反射的に鋼の爪で床を引っ掻き、どうにかこうにか減速する少女。
あと1m減速が遅ければ、溶鉄の海へ真っ逆さまに落ちていたほどの間一髪。
しかし、怪物に情けなど存在しない。
彫像のような肉体が重厚な闊歩を刻んで躍動した。
迫撃砲の如き跳躍。T-103は、そのまま全体重をかけて少女の腹を踏み抜いた。
「カッ、は」
爆音と衝撃、血飛沫の大演舞。
だが流石はB.O.Wの肉体か。これほどの破壊を一身に受けとめてなお、少女は原形を保っていた。
ならばと巨人は踏みつける。
執拗に執拗に繰り返し、目障りな虫を踏み潰す。
踵で蟻を丹念に摩り下ろすように、ぐりぐりと少女の腹を圧し砕いていく。
「ひッッッ――!? ァぁあああああああああああああああッ!? あぐぁっ、いやッ、うァァああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
鉄の骨に亀裂が走り、バキバキと裂けていく悲鳴が聴こえた。あまりの圧力に内臓が弾ける生々しい感触が広がった。
内側から皮膚が裂ける。鼻腔が鉄臭さに覆われる。眼球の毛細血管がバツンと破れ、視界が真っ赤に染まっていく。
激痛が稲妻の如く蹂躙した。頑丈過ぎる肉体を呪うほどの痛みが永遠のように襲い掛かり、少女は声帯が千切れんばかりの絶叫を張り上げる。
「隊長、不味いぞ! あの野郎どれだけ撃ってもビクともしない!! 何が何でも止めを刺す気だ、このままじゃあの子が殺されちまう!!」
「放電しろ! 『LISA-001』!」
混濁する自我をハンクの言葉が呼び戻す。苦痛で歪んだ少女の瞳に、意思の灯火が舞い戻る。
少女は千切れかけた腕を引き抜き、電熱を宿したブレードを暴君の足に突き刺すと、そのままありったけの大電流を暴走させた。
火花が散る。雷撃が神経を焼き焦がし、T-103を弾き飛ばす。
「げほっ、えほっ、えぅぅぅ……!」
「よかった、生きてる!」
「集中を乱すな、頭を狙い続けろ。私は『LISA-001』を回収――――ッ!?」
背筋を凍らせる、残酷な重低音と振動。
それは、ハンクがいる上層まで、一息に暴君が飛び乗ってきた証左だった。
T-103にとって煩わしさの根源――
怒りを滲ませ、顔貌に深く皺を刻む怪物。
浮きあがった毛細血管が皮膚を朱の鬼が如く変貌させ、刻まれた無数の傷が治癒と共に盛り上がり、巨体がさらに膨張していく。
爪は未だ短いながら、肉食獣を彷彿させる鋭利なものへ。
(……データにあった変異か。生命危機に陥ったタイラントシリーズが、急速再生と共にさらに驚異的な進化を遂げるという)
それはスーパータイラントと呼ばれる、いわば一種の暴走状態。
アークレイ研究所にて確認された究極生物の真骨頂。T-ウィルスがもたらす、自然の理を越えた災いの進化。
その身体能力、耐久性、戦闘能力は覚醒前の比ではない。
現に『LISA-001』は成す術もなく弄ばれ、ハンクたちの持つ火器類さえ一切通用しなくなった始末。
この状態になったタイラントは、暴君の名に恥じぬ攻撃性を惨たらしいまでに発揮するのだ。
あまりに凶悪過ぎるがゆえに、運用時は暴走を抑える特殊なスーツを着用させるほどに。
しかし、この個体は拘束具を初めから着けていなかった。
理解する。怪物の進化は、きっと手榴弾を喰らわせた時から始まっていたのだと。
(変異前に一時的な休眠状態に陥るはずだったが……アテが外れたな)
それでもなお、兵士は一滴の絶望も呷らず。
振り上がる拳が落ちるより先に股下へ滑り込み、そのまま全速力でフェンスを越えて飛び降りた。
(奴はまだ変異を終えたわけではない。いわば羽化途中の蛾、最も不安定な状態だ。むしろ叩くなら今が好機か)
中層へ着地し、流れるような手さばきでゴーストへ物体を投擲する。
受け取ったゴーストの手には栄養剤が握られていた。少女の元へ持って行けという意図だろう。
頷き、下層へ降りて行ったゴーストを見届け、ハンクは視線を背後へ向ける。
死が降りてきた。
時を経るごとに増していく筋肉と骨組織の重みを、足音という形で体感しながら、暴威の化身と相見える。
「……」
たった10mにも満たない至近距離。ゆえに、機動力に欠けるLE5は使わない。
死神が握るは、ただ一振りの刃と白銀の拳銃。
「いいだろう」
ハンクはただの人間だ。T-103の猛攻を受けながら原形を留められた、『LISA-001』のような強度は無い。
一撃でも喰らえば死に至る白兵戦は、溶鉄の熱気すら掻き消すほどの寒気を招く難業だろう。
「来い」
しかし。
力も、肉体も、命の強度さえも。何もかも劣る身でありながら。
死神は、一歩たりとも死線を退かず。
「■■■■―――ッッ!!」
魍魎は叫ぶ。仇敵を前にした怨霊が如く。
死神は撃つ。命脈へ鎌を喰ませるが如く。
雄雄しき炸薬の絶叫。音速の1.5倍で解き放たれた13mmの凶弾は、空気を引き裂き暴君の右胸を抉り抜いた。
怯みもしない。頭蓋すら吹っ飛ばすマグナム弾を喰らっても、ほんの少し仰け反るだけだ。
どころか、弾丸は厚く強靭な胸板に阻まれ、急所たる心臓まで辿り着かない始末。
無貌の怪物は静かに歩を進め、大岩の拳を振りかぶる。
大振りだが、豪速を連れたハンマーパンチ。ハンクは後ろへ跳んで躱し、再度右胸の傷を狙い撃った。
間髪入れずミサイルのような前蹴りが吹っ飛んでくる。半身を捻ってやり過ごし、精密機械のような技量で、傷を深めるよう狙っていく。
(残弾4発、3発――堅いな。
猛烈なラッシュを掻い潜る。
掠るだけでも致命に至る接戦を、紙一重の均衡で乗りこなす。
バレルが唸りを上げる。5発の凶弾が硝煙と共に吐き出され、ようやくと言うべきか、覚醒したタイラントの胸に大仰な穴が刳り貫かれた。
だが浅い。上辺の肉を吹っ飛ばしただけだ。監獄の檻のような肋骨が僅かに顔を覗かせただけ。
しかも傷が見る間に再生し始め、直ぐに埋もれて消えていくではないか。
――ハンクは、この瞬間を待っていた。
「撃て!」
号令と共に、下層から無数の弾丸が到来した。
全てT-103の巨大な背中へ吸い込まれる。しかし、ライトニングホークですら至近距離で5発も叩き込まなければ怯まない堅牢ぶりだ。遠距離からのサブマシンガンでは火力に欠ける。
それでいい。与えるダメージは重要ではない。
ほんの一瞬、コンマ数秒だけ意識を逸らせればそれでいい。
T-103の視線がちらりと泳いだ。耳元で騒ぐ蚊を鬱陶しく感じるように、横槍を入れたゴーストへ意識が向いたのだ。
ハンクは、その須臾の時を見逃さなかった。
「餞別だ。くれてやる」
僅か砂粒ばかりの虚を穿つ。再生途中の傷口へ、渾身の力を込めて白銀のナイフを捩じり込む。
深く、深く、刃は肉を掻き分け抉る。
しかし、あと数センチで心臓に届くというところで、ハンクはおもむろに手を離した。
「■■■■ッッ……!!」
暴れ狂うT-103。
腕を振るい、怪物は駄々をこねるようにのた打ち回る。
喰い込んだナイフは肉の再生に巻き込まれ、柄だけを残して取り込まれてしまった。
否、取り込まれたのではない。高い再生能力を逆手にとり、あえて体内に残したのだ。
「今だ『LISA-001』!
――溶鉄の焔を引き裂くような、眩い稲光が迸った。
ゴーストが与えた最後の栄養剤は、少女に申し分ない燃料を注いだ。
ぐちゃぐちゃだった肉体の再生を終え、再び兵器として立ち上がった少女。
彼女が放つは、大気の抵抗値を破り捨てるほどの大雷撃――ではなく。
腕に電流を纏い、己が鉄骨を磁界の要とした、磁力の津波とでも言うべき波動だった。
それが果たして何を招くか。
答えは、刹那の間に訪れた。
かつてハンクから弾薬を盗んだ時と同じように――否、そんなものは稚戯に等しいほどの磁力爆発は、一瞬だが周囲の磁性体をブラックホールのように引き寄せた。
「ッ――――」
怪物は苦痛を意に介する暇すらなかった。
水入りの風船を思い切り叩きつけたような破裂音と共に、T-103の背から、ナイフが血肉を引き連れて飛び出したのだ。
赤く、温かな液体が間欠泉のように噴き出していく。不屈の巨体が、支柱を抜かれたジェンガのように揺れ動く。
尋常の出血量ではない。まるで破裂した水道管のような、全ての血液が流れ出らんばかりの凄まじい勢いだった。
無理もない。ハンクが残したナイフが心臓を穿ち、そのまま体を貫いたのだから。
強靭なタイラントの肉体を人力で破壊することは出来ない。銃も、ナイフも、骨と筋肉の鎧に阻まれ無効化される。
だからハンクはアプローチのベクトルを変えた。『LISA-001』が生み出す莫大な磁力を利用して、心臓を内側から破壊した。
このために、ハンクは金属装備をゴーストたちから外させたのだ。
「ゴァ、ア、■■■■……!!」
それでもなお即死せず、フェンスに凭れかかりながらもしぶとく生きるT-103は、やはり真正の怪物か。
しかし、死神はこの好機を絶対に逃さない。
全力のソバットを叩き込む。体幹を失ったT-103は、あっさりとフェンスから突き落とされた。
頭から下層へ激突する。赤い血だまりが広がっていく。
いいやまだだ。まだ死なない。T-103は不死性を存分に振るって立ち上がり、標的を滅ぼさんと鬼神の雄叫びを張り上げた。
「総員、構え」
悪あがきを見せる暴君へ、立ち塞がるように集う3つの影。
生物兵器たる幼き子。亡霊の銘を刻んだ兵士。
そして、黒ずくめの死神が。
「――かかれ」
撃った。撃った。撃った。
ライトニングホークを。LE5を。拳を。蹴りを。電熱の刃を。
油断はない。容赦もない。そんなものが許されるわけがない。
最後の力を振り絞り、ハンクたちを抹殺せんと牙を剥く暴虐の王に終止符を。
持てる力全てを駆使し、一気呵成に畳みかける。
「ガッ、ゴ、オオ、オオオオオオオオオオオオ……!!」
T-103が近づこうとすれば『LISA-001』が足を止める。『LISA-001』を払おうとすればさらに弾丸が撃ち込まれていく。
胸から血の塊を吐き出しながら、T-103は死の淵まで後ずさる。
「■■■■■、■■■■■■■■■■■ッッ――――――――――――――!!!」
それは果たして断末魔か。それとも怨嗟の咆哮か。
心臓を刳り貫かれ、無数の銃撃と斬撃を浴び、それでも死なず、溶鉱炉の端まで追いやられた暴君は、
「忘れ物だ」
顎へ突き立てられた血濡れの刃と共に、劫火の沼底へ消えていった。