【完結】The 5th Survivor   作:河蛸

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虚妄の破顔

(どれくらい経った)

 

 時計も無く、物も無く、ただ椅子に囚われる虚無だけが存在する白亜の部屋。

 ゴーストは脱力したまま、曖昧になりゆく時間の感覚に焦りを覚えつつあった。

 

(隊長たちは生きてるだろうか。いや、死ぬはずが無い。何とか生き延びている。きっとそうだ)

 

 願わくばそのまま脱出してくれないかと、ゴーストは呻く。

 

(俺が死ぬのはいい。最悪なのは、あのクソッたれの変態野郎に嬢ちゃんが捕まることだ。アイツは駄目だ。アンブレラより質が悪い。きっと……口にするのも憚られるくらい凌辱されちまう)

 

 ゴーストはハンクたちの動向を知らない。拘束されたまま定期的に部屋を移動させられるだけで、一切の情報を遮断されているからだ。

 今のゴーストには何も出来ない。装備は全て没収されている。拘束も雁字搦めで、関節を外そうとも脱出できないだろう。

 

(頼む、頼む隊長、嬢ちゃんを説得して()()()()()()()()()()。来ちゃ駄目だ。あの男は一筋縄じゃいかない) 

 

 ハンス・ウェスカー。邪悪な笑顔を貼り付けて、男は高らかにそう名乗った。

 一見、傲慢と慢心に駆られた自尊心の高い男に見える。端的に言えば小物だ。自らのプライドで破滅するタイプの小悪党だ。

 

 だがゴーストにはそう思えなかった。何かが決定的に違うのだ。名状し難い、不気味な違和感を拭えなかった。

 力に酔い痴れるピエロのようで、しかしその裏に強靭な理性が垣間見える。

 ()()()()()()()()()。違和感の正体は、きっとここにあるのだろう。

 

 そもそもの話。何故ハンス・ウェスカーは姿を現した?

 

 ハンスは狡猾で陰湿な男だ。決して表舞台には現れず、影から手駒を動かすタイプで間違いない。

 事実、ハンスはハンクの実力をよく理解していたし、『LISA-001』の価値も十分把握していた。強力な怪物も従え、念には念を入れて動き出した。

 

 そんな男が、いくら戦力が揃ったからといって、戦闘のプロの前に堂々と姿を現すだろうか? 死神の前にわざわざ首を晒す危険を冒すだろうか?

 

 あの手の人間は非効率で不確実な方法を嫌う。陰に隠れたまま暗殺に徹した方が確実だったのに、その絶対的優位を捨てたのは何故だ。

 本当に、ただ慢心しただけの愚か者なのか?

 

(得体が知れねえ。矛盾まみれだ。吐き散らす言葉も嘘だらけ、どれが真実か分かりやしない。あいつの目的は何なんだ? 本当に嬢ちゃんを手に入れたいだけなのか?)

 

 狂気。それ以外に、男を表せる言葉は無い。

 常軌を逸した執念の断片を、ゴーストは仄かに嗅ぎ取っていた。決して底を悟らせないナニカが深い場所に眠っていると、直感的に感じ取ったのだ。

 ロジカルなハンクと違い、未熟ゆえに感覚にも頼るゴーストだからこそ分かる部分と言える。

 

(クソッ)

 

 どうしようもない現状に対し、自暴自棄になりかけていたその時だ。鼓膜へ微かに金属音が届いたのだ。

 椅子に縛られているゴーストは、首だけを精一杯音源に向ける。

 

「ごーすと」

 

 思わず眼を疑った。

 ここに居ないはずの、銀髪の少女が立っていたから。

 

「……嬢ちゃん!?」

「しぃーっ。声、出したら気付かれちゃう」

 

 人差し指を自分の口に当て、ゴーストの発言を制する。

 少女は爪を伸ばすと、ゴーストを傷つけないよう、拘束具のみを器用に切断していった。

 自由の身になったゴーストは、圧迫され痺れかけていた手足の調子を確かめながら、彼女が現れた天井を見やる。

 

「ダクトを通って来たのか……。隊長は? 一人か?」

「うん。わたしひとり」

「どうして! 何故俺を助けに!? 隊長は止めなかったのか!?」

 

 衝動的に肩を掴む。

 少女がビクッと身を震わせて、ゴーストは「すまない」と手を離した。

 

「わたしが言ったの、ごーすとを助けてって。はんくはわがままを聞いてくれただけ。ごめんなさい、見捨てるなんて出来なかった」

「……いや、悪いのはヘマした俺の方だ」

「ううん、無事でよかった。本当によかった」

 

 そう言って、少女は安堵したように抱きつく。思わず潰れたカエルのような苦悶が漏れた。

 相当力を抜いている様子だが、見た目と比例しない腕力に苦笑いを浮かべざるを得ない。

 しかしここは我慢だと、黙って受け止めるゴーストである。

 

 ――そこでようやく、ゴーストは少女の違和感に気がついた。どことなく背が伸びたような気がするのだ。

 

 いや、気のせいではない。目の錯覚でもない。間違いなく、少女は10歳程度から12歳ほどに成長している。

 思えば舌足らずさも消えていた。随分はっきりと喋れるようになっているではないか。

 どういうことだと、ゴーストは困惑に小首を傾げた。

 

 答えを示すように、少女の一張羅には血痕が。

 それは衣服に留まらず、口や喉の周りにも。

 

「っ」

 

 血に気付かれたのを悟ったか、顔色を悪くする少女。

 対してゴーストは取り乱すことも無く、膝を折って目線を合わせた。

 

「大丈夫、ちゃんと分かってる。俺を食わないため……なんだよな」

 

 乾いたばかりの血。拭いきれていない口元の汚れ。肉体と言語能力の急激な成長。

 理解を得るには十分過ぎた。少女がゴーストを食い殺してしまわないよう、血で汚れる覚悟を決めたことを悟ったのだ。

 だから、敢えてそれ以上は触れなかった。

 

「嬢ちゃんが来たってことは、隊長は独りか?」

「……うん」

「不味いな、早く合流しないと。すぐここを出よう。あのサイコ野郎が戻って来る前に」

「ん!」

 

 強く頷く少女。すると、思い出したように「あっ」と口にした。

 ありあわせの布で作ったショルダーバッグを前へ回し、手に入れたショットガンをゴーストに手渡す。

 

「こいつは心強い……!」

 

 装備を丸ごと剥がされたゴーストには、もはや武器も防具も無い。あるといえば拳くらいだ。

 ゾンビとの一騎打ちならいざ知らず、リッカーやイビーのような化け物相手ならまず立ち向かえない。死にに行くようなものだ。

 散弾銃の存在は、暗雲に光が差し込むようだった。

 

 二人は一度顔を合わせて頷くと、直ぐに部屋を飛び出していく。

 左右を確認する。敵影は無いが、右の扉はガラクタの山でバリケードのように封鎖されていた。

 ならば左へ進もうとした、その時。

 

『んっん~、無事に合流できた様子ですねぇ。いやはや安心しました。居なくなった時はどうなることかと思いましたが』

 

 前触れもなく、ガガガガッ! と強烈なノイズが、傍のスピーカーから吐き出された。

 次いで垂れ流される男の声に、二人は全身を強張らせる。

 

『おや? いつの間にか背が伸びてません? ……ははぁ、T型生物の細胞を摂取して急速的な成長を促されたと。さながら両生類の共食いだ。貴重なデータをありがとう』

「ハンス……!」

『はい、そんな怖い顔をしない。もっと笑顔に朗らかに。幸せが逃げますよ』

「サイコ野郎の与太話に付き合う気はねえよ。隠れてないで出て来やがれ、ぶっ殺してやる!」

『望むところですねぇ。しかし簡単に終わってはつまらない。またとない舞台(ステージ)なんです、大いに楽しみましょう。ね?』

 

 無邪気に、心の底から楽しそうにハンスは言った。

 まるで遊園地に来た子供のようなワクワク感に溢れている。血腥い地獄にいるとは思えない狂気に背筋が凍りそうだ。

 

『今、君たちがいるのはNEST深層の格納エリア……言うなれば倉庫の端っこですね。市外から物資を搬入するため、山を刳り貫いて鉄道を引いた場所です。私がいるのはそこから上がった先、列車のターンテーブルになります。我々で取引をしようとしたところですよ、リサ』

 

 わざわざ場所を伝え、挑発的に煽る男。

 語外に、ここまで来てみろと言っているかのようだ。

 

『ゲームをしましょう。辿り着けたら貴方たちの勝ち。負けはシンプルに死です。如何ですか?』

「何がゲームだふざけやがって!! 結局お前は何がしたい!? この子を手に入れたいと言っておきながら、負けたら死だ!? 気でも触れてんのか!?」

『残念ながら私はいたって正気です。そんなに本心を知りたければ、ここまで来て私を口説けばよろしいかと。ささ、ゲームスタート』

 

 問答無用に音声が途切れる。

 訳の分からないハンスの言動に、ゴーストは苛立ちを隠しきれなかった。

 

「ごーすと、どうしよう?」

 

 少女は戸惑い気味に横顔を見た。ゴーストは舌打ちを一瞥して、うんざりしたように言う。

 

「右の道は塞がれてる。アイツはきっと何が何でもゲームに付き合わせたいんだろう。思い通りに動くのは癪だが、進むしかない。どのみち奴は始末しなきゃならないからな」

『ああそうそう。言い忘れてましたが、新兵くんの装備はそこから突き当たって左の部屋にあります。ゲームはフェアにね。ではでは』

「……クソが。俺たちをおちょくって楽しんでやがるな」

 

 嘲笑うかのようなハンスの言動。神経を逆撫でする手腕は相当だと評価せざるを得ない。

 意趣返しにダクトを通ってやろうかと見上げるが、高すぎた。常人離れした身体能力を持つ少女にしか使えない。

 

「大丈夫。はんくに会えば、きっと何とかなるもん」

「ああそうだな。立ち止まってても仕方がない、行こう」

 

 ゴーストたちは、ハンスの掌であえて踊るように進んでいく。

 突き当りを左に曲がるとドアがあった。血文字で「Save Point」と書かれている。どこまでもゲーム感覚を貫くつもりらしい。

 

 半ば呆れつつ、ゴーストはドアノブに手を掛けた。

 しかし、ノブを回す寸前で手が止まる。止めたのは少女だった。

 

「開けちゃだめ。何かおかしい」

 

 ゴーストは一考し、視線を少女とドアノブで行き来させて、素直に手を引いた。

 少女の細腕から金属の爪が飛び出す。一呼吸の一閃が、まるで豆腐でも斬り分けるようにドアを横に両断した。

 もはやただの板と化したドアが落ちないよう掴み、静かに床へ置く。

 

 生まれたスペースから中を覗き、ゴーストは思わず息を呑んだ。

 暗闇の中で点滅する謎の物体が、壁中に取り付けられていたのだから。

 

「動体感知トラップ……危ないところだった」

 

 センサーは赤外線、つまり電磁波である。少女に視えたのが命拾いだった。

 もし安易にドアを開けていたら、即座に罠は発動、無数の破片榴弾に不細工なオブジェへと加工されていたことだろう。

 ゴーストは間一髪を噛み締めて汗を流す。これをゲームだと一笑するハンスの猟奇性に悪寒を覚えずにはいられなかった。

 

「参ったな。装備は諦めるか」

「ううん。わたしがいく」

 

 言うが早く、少女は行動に打って出た。

 猫のように侵入し、まるでダンスをするかのように、のらりくらりと体をくねらせながらセンサーを避けて進んでいく。

 あっというまに部屋の奥まで辿り着くと、これ見よがしに置かれていたゴーストの装備を取り戻してみせた。

 一歩間違えれば少女でも重傷を負っただろうに、ものともしなかったのは胆力が鍛えられた証か。

 

『なるほど、不可視のレーザーを五感として捉えることが出来るのですか。素晴らしい。またもや貴重なデータが手に入った』

 

 取り戻したプロテクターやガスマスクを着けていると、ハンスの声がスピーカーから響き渡った。

 逐次こちらを観察しているらしい。そこら中にある監視カメラは、いわばハンスの眼なのだろう。

 ゴーストたちは無言のままその場を去った。反応すれば喜ぶのは目に見えていた。

 

 罠の脅威を念頭に置きつつ、神経を張りつめながら進んでいく。

 道はほぼ一方通行だ。分かれ道があっても、片方は瓦礫やゴミの山で潰されている。丁寧に血で矢印まで描かれている始末だ。

 

 完全にNESTを遊び場代わりにしている。大勢の同僚が死に、多くの悲劇が生まれただろうに、ハンスはまるで意に介していない。

 奴にとって他人は路傍の石ころ並にどうでもいいのだ。命に対してまるで柵を感じていない証だろう。

 

「趣味悪いぜ。どんなモン食ったらこんな頭になるんだ」

 

 曲がり角を曲がった瞬間、それは視界を埋め尽くした。

 杭のようなもので壁に打ち付けられた、無数の死体のギャラリーだった。

 血脂にまみれ、油断すると転びそうになる赤黒い一本道。血と臓腑で造られた美術館のような光景は、1人の人間が創作したとは信じ難い惨状である。

 

 ――腐臭と死体に紛れ、彼らは足元の存在に気付かなかった。

 

 注視しなければ分からないほどの細いワイヤーが床スレスレに張られていた。歩幅の小さな少女は、それを見事に踏み抜いてしまう。

 

 ザバァッ!! とバケツをひっくり返したような音が爆発した。

 それは天井から息つく間もなく訪れる。通気口のフェンスを押し退ける勢いで、何百という巨大なゴキブリ(ラージローチ)が、スコールのように少女目掛けて降り注いだのだ。

 

「きゃあああああああああああああああっっっ!?」

 

 絹を裂いたような絶叫が炸裂した。全身を這い回り、柔らかな肉へ噛みついてくる虫の群れに動転して、少女は床をのたうち回る。

 瞬間、稲光を伴うほどの大電流が爆発した。バチバチと火花を散らしながら虫の大群は剥がれ落ち、足を痙攣させて息絶える。

 

「ねっ、ねぇ、ごーすとっ、着いてない!? せなっ、背中っ、着いてない!?」

「大丈夫だ。一匹も着いてない」

「うぇっ、うええええええええっ」

 

 涙を滲ませながら、少女は何度も何度もゴーストに確認をせがんだ。

 肌を駆けるカサカサとした感触が取れないのだろう。一匹一匹が成人男性の拳と同じくらいのゴキブリだ。想像するだけで産毛が逆立ち、ゴーストも釣られて身震いしてしまう。

 

 しかも、虫は少女の柔肌にたくさんの噛み傷を残していた。

 もし罠を浴びたのがゴーストだったら、例え生き残っていても感染は免れなかったに違いない。爆弾よりも陰湿な殺意に溢れていた。

 

 ゴキブリを集めるために使われたらしい、もはや白骨寸前と化している人間の頭を脇に退ける。

 

(巧妙に隠されたワイヤートラップだったら嬢ちゃんは見抜けない。俺がしっかりしないと)

 

 緊張の糸を一層張り詰め、注意深く腐肉と血の海を歩く。

 ライトで照らし、よく観察してやっと見分けられるほど巧みなトラップたち。引っ掛かる前に解除するか避けていくが、水面下に潜む脅威というものは、想像以上に神経を擦り減らしていく。

 

 ワイヤー爆弾まみれの階段を上り、赤外線トラップの廊下を潜り抜け、ドアに仕掛けられたギロチンを解除しつつ、ゴーストたちはやっとの思いで、指定のエリアに辿り着いた。

 

「来たぞサイコ野郎! 出てこい!」

 

 罠がないと確認してドアを蹴破れば、そこは真っ暗な世界だった。

 非常灯の蛍光だけが微かに明滅する、ホール状のだだっ広い空間だ。市外から物資を運んできた列車を昇降させるターンテーブルである。

 米国の誇る大企業が手掛けた施設だけあって、まるでSF映画のセットをそのまま持ってきたかのような近未来的様相で埋め尽くされていた。

 

「レディース&ジェントルメン! このまたとなき舞台に役者が揃いました僥倖、主催者として大変喜ばしく思います。よくぞここまで来てくれましたとも!」

 

 暗闇に拡声器越しの声が響く。

 反響し過ぎてどこから聞こえてくるのか分からない。それが狙いだろう。位置を悟らせまいとしているのだ。

 

「ではでは、ご来場いただきましたU.S.Sの新兵くんと悲しき生物兵器『LISA-001』のベストカップルへ、盛大な喝采をもってお迎えいたしましょう!」

 

 闇が一気に晴れていく。

 そこら中から網膜を刺すような光が咲いて、黒に塗り潰されていたターンテーブルの全貌が露わになった。

 

 列車の一両が中央に据えられた円盤状のステージだ。そこかしこに分厚い金属の障害物が散乱しており、ハンスが隠れられそうな場所は山ほどあった。

 

「君は……私の本心が知りたいと、そう言いましたよね?」

 

 けれど、そんなものなど意に介さぬように、列車の上から見下ろす影が。

 ハンス・ウェスカーだ。歯を剥き、獣のように嗤って、ゴーストたちを待ち構えていた。

 

「――――は?」

 

 絶句。呆然。

 言語も、思考も、全て泡のように消えていった。

 

 武装した兵士の前に生身で現れた愚かさに対してではない。

 ハンスが構える金属の物体が、ゴーストを白痴に焼き焦がしたのだ。

 

「どうぞ。これがその答えです」

 

 毎分3000発もの圧倒的連射性能を誇る電動式ガトリング。

 即ち――ミニガンである。

 

 

 

 銃撃と一笑するにはあまりに獰猛過ぎた。

 

 毎秒100発を越える嵐の如き一斉掃射。もはや音が空気を割り、束ねられた6本の銃身からは弾丸と共に炎が噴き出す。

 最悪の兵器が猛り爆ぜた。放たれる弾のスコールは、あまりの連射速度に収束したような錯覚を植えつけ、オレンジ色のレーザーとなって無尽蔵に降り注ぐ。

 

「うおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!?」

 

 紙一重の回避だった。

 砲身が回転するより速く、咄嗟の判断で少女を抱え、ゴーストは遮蔽物まで飛び込んだのだ。

 元居た床が須臾の間に蜂の巣と化す。心臓が痛いくらい脈を上げる。

 頑強なターンテーブルの床すら穿たれるほどの威力だ。あと1秒でも判断が遅ければ挽肉に加工されていただろう。

 

「はぁっ、は、畜生ッ! ミニガン……ミニガンだと!? 脳ミソどっかに置いてきたのか!? あの野郎完璧にイカれてやがるッ!!」

 

 幸い遮蔽物は頑丈だ。衝撃も音も体を貫くように強烈だが、貫通する気配は無い。

 それを計算してハンスは設置したのだろう。簡単には殺さず、じわじわと追い詰めるために。

 

「落ち着け、ミニガンは弾の消費が早い。あと十数秒も持たずに尽きる。やたらめたら撃たせとけば、そのうちただのガラクタに――」

 

 その判断は甘かったと、ゴーストは刹那に改めた。

 カラン、と無機質な音を引き連れて、どこからか転がってきた暗緑色の球体。

 それを手榴弾と認識するより先に、二人は床を蹴り飛ばした。

 

「クソッタレがあああッ!!」

 

 爆発を背にバリケードから炙り出される。手足をバタつかせ、必死に傍の障害物へ身を隠した。

 

「まずい、まずいぞ。あまりにも不利過ぎる! こっちは顔を出す余裕すら無いってのに、あっちは幾らでも攻撃できると来た。しかも掠っただけでミンチだ!? ふざけンのも大概にしろってんだ!!」

「おやおやどうしました? 私、我慢比べは趣味じゃないんですけどねぇーっ!」

 

 B級映画のサイコキラーを思わせる、下卑た笑い声が響き渡る。

 再び手榴弾が投げ込まれた。二度も同じ手にかかるかと、ゴーストは着弾と同時にキャッチする。

 グリップを握って爆発を防ぎ、息を吐いた。

 

 カラン、コロン。

 ゴーストの視界に、さらに2つの爆弾が目に入って。

 

「――――」

 

 声も出さずに駆け出した。

 2人は散り散りに走り、それぞれ別のシェルターへと逃げ込んでいく。

 

(俺は馬鹿だ、あのマッドサイエンティストがミニガンの弱点を理解していないわけがなかったんだ! 対策も万全、地理も圧倒的に有利! あの手この手で俺たちを殺そうと――いや、弄ぼうとしてくる! クソッ、意味が分からねぇ! あいつは嬢ちゃんを手に入れたいんじゃなかったのか!? なんでこんな真似をしやがる!?)

「ごーすと!!」

 

 土砂降りの弾丸の雨音に掻き消されぬよう、少女が精一杯声を張った。

 

「わたしが囮になる! あの人をお願い!!」

「!? 嬢ちゃん待て! いくら君でもミニガン相手じゃ無理だ!!」

 

 制止を振り切って、少女は意を決したように飛び出した。

 駿足を伴う。初速で砲弾の如き疾駆を帯び、そのまま加速を跳ね上げていく。

 幼い肢体から繰り出されるものとは思えない圧倒的スピードは、被弾すれば人体を細切れにする悪夢の雨を潜り抜けることを可能とした。

 

「ははははははははははははははッ!! なんと素晴らしい身体能力! これは今まで観測されなかった貴重なデータとなりましょうッ!! ははははははははははははははッ!! ああ楽しいッ!!」

 

 狂乱した男は止まらない。照準を捕縛対象だった少女へ定め、さらに熾烈な猛撃を与え続ける。

 少女は構わず、列車を旋回するように走る、走る、走る。

 

 すかさずゴーストは身を乗り出し、ハンスを狙撃せんと銃口を向けた。

 だがハンスの背には巨大なバッテリーが背負われていた。遠距離からでは狙い撃てない。これも計算していたのだ。

 

「近づけさえすれば問題ねぇッ!!」

 

 駆け抜ける。振り返られれば命が終わる瀬戸際を、兵士は一直線に立ち向かう。

 瞬間、ハンスが接近するゴーストに気付き、ミニガンの重量をものともしていないかのように軽快に身を翻した。

 銃身が回転する。赤熱した鋼鉄の龍が、死の息吹を解き放つ。

 

 ――迫る死線の中、ゴーストは射線から逸れようともしなかった。

 

 ミニガンが唸りを上げるより早く、全身全霊で腕を振るった。

 ゴーストが拾い上げていた、不発の手榴弾を投擲したのだ。

 

「なッ」

 

 ハンスは咄嗟に背を向ける。次の瞬間、大気を劈く爆発が起こった。

 背中に背負った巨大なバッテリーと弾倉が、飛び散る破片や爆風を受け止める。

 しかし至近距離で喰らった威力は殺せない。たまらず列車の上を転がって、ハンスは壊れた玩具のように呻き声を上げた。

 

「ぐぅ、う、ぅあ、かはっ、ははは、ははははっ、ははははははははははははははッ!!」

  

 その身を覆うは苦痛のはずだ。いくら直撃を避けたとしても、凄まじいインパクトは筋肉をズタズタに痛めつけた。

 それなのに、苦悶ではなく享楽を帯びる、男の顔は。

 

「素晴らしい……!! 素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしいぃぃッ! ()()()()()()() これは、なんという……はははははははははははははは!!」

 

 破顔一笑。ハンスは即座にミニガンを捨て、素早く体勢を立て直した。

 血と汗でぐしゃぐしゃになった髪と眼鏡を正し、ハンスは相対する。

 銃口を向けて立つゴーストを、充血した瞳で睨みつけて。

 

「ありがとう、本当に!! 臆病な私では出来なかったことが、君たちのお陰でようやく叶った!! ああこれ以上に無い成果だ、君たちは本当に最高だ! 分かるか!? 私は今、生まれて初めてこんなにも高揚している! 実にファンタスティックな気分なんだ!」

「寝言は死んでから幾らでもほざけ。お前はここで終わりだ、イカレ野郎が」

「否! ここからが始まりなのだ!!」

 

 歯を剥き、眼球を血走らせ、ハンスはゴーストに突撃する。

 だが、既に決着はついていた。

 

 いくらバッテリーで防いだとはいえ、爆発はハンスへ深刻なダメージを刻んでいた。

 本来なら立つことだって不可能なのだ。どう足掻いても勝敗は決した。

 もはやハンスは、最後の力を振り絞ってもゾンビのように歩けるのみで。

 

 ハンスの凶悪な笑顔は曇らない。

 

 脳内麻薬の過剰分泌が招いた惨事か、もはや苦痛すら感じていないかのようだった。

 ただただ獣が如き笑顔を浮かべ、猛然とゴーストに襲い掛かる。

 

「……どうやら本当にイッちまっただけみてーだな。流石に同情するぜ」

 

 引き金を引いた。

 凄烈な炸薬音が轟き奔る。至近距離から放たれた散弾は、ハンスの胸に狂うことなく直撃した。

 防弾ベストを着込んでいたせいか、貫通はしない。しかし威力は殺しきれず吹っ飛んで、ドロリと赤黒い液体が噴出していく。

 

「ごぼっ、あ、がばっ、がはがっ、カッ、く、ふくっ、はっははははははは……!!」

 

 それでも、笑う。

 全てが喜劇のように嗤う。

 

 膝に手をついて立ち上がる。唇をピエロのような朱に染めて、無数の銃弾をその身に受けながら、臓腑までミンチにされた激痛の中で。

 男は尚、歯を覗かせた。

 

「はァーッ、はァーッ」

 

 倒れない。倒れる気配が無い。

 凄まじい執念で生にしがみつき、バタバタと血を滴らせながら、再びゴーストににじり寄って来る。

 

 流石に動揺を隠せなかった。撃つのを躊躇してしまった。

 確実に急所を破壊したのだ。なのに即死どころか、笑いながら歩み寄ってくるなど、常軌を逸しているにも程がある。

 

「ごぉ、すと。カハッ、はは、っは。れイを、いわせて、く」

 

 亡者の行進を止めたのは、背後から奇襲をかけた少女だった。

 ハンスの胸から赤熱した爪が生える。鉄板で肉を焼くような音が木霊して、ハンスは遂に白目を剥き、事切れるように絶命した。

 

「……」

 

 少女は無言のまま、無造作にハンスを放り投げた。

 胸から左肩に掛けて切り裂かれ、ドチャッ、と水風船が叩きつけられたような音が染み渡って。

 下を視る。自らの血の水溜りに沈んでいくハンスが映った。

 中指を突き立て、「地獄に落ちろ」と唾を吐くゴースト。

 

「最後まで訳の分からねぇ野郎だった。こいつは何がしたかったんだ?」

 

 結局、ハンス・ウェスカーという男の真相を掴むことはなかった。

 言葉も、行動も、何もかもが一致しない。その目的すら不明瞭なままだ。

 初めは狡猾な策士と推測したゴーストだったが、あまりの狂乱ぶりに、ただNESTの地獄が産んだ狂人だったかと認識を改める。

 

 この世のものとは思えない出来事(アンブレラ)の数々が、彼の精神を狂わせたのだろう。

 もはや答えを知ることはない。知る必要もないし、知る気もない。

 

「……よし、気を取り直していこう。早く隊長と合流しなくちゃな。まだ頑張れるか?」

「うん」

「偉いな。じゃあ急ぐぞ」

 

 少女を連れ、大量の薬莢と硝煙を踏みしめながら、ゴーストは再びNESTの奥へと潜っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁン……たスてィっく」

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