【完結】The 5th Survivor   作:河蛸

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死神を殺せ

 兵器に心は必要ない。

 兵器は道具だ。人を殺すための道具でしかないのだ。 

 人を思い遣るだとか、情に駆られるだとか、期待に胸を膨らませるだとか、そんな無価値なノイズなど一片たりとも必要ない。

 

(だから壊す。徹底的に、磨り潰すように心を壊す)

 

 死体のように倒れ伏す兵士(ゴースト)。縋りつき、必死に揺さぶりながら泣きじゃくる銀髪の少女。

 

「いやっ、いやぁっ! ごーすと、お願い起きて! ねぇ、目を覚まして!!」

「手遅れだ。高濃度のウィルスを一気に投与した。もう十分理解しているだろう?」

 

 甲高く幼い絶叫に耳を澄ませながら、ハンス・ウェスカーは言葉の凶器で、少女の心に杭を打つ。

 

「嘘だ!! そんなの絶対嘘だッ!!」

「嘘じゃない。散々見てきたはずだ。全てが手遅れなんだよ」

 

 ゴーストの体が痙攣を起こす。少女の血色が死に絶えていく。

 始まった。ウィルスが遺伝子に干渉し、強引な書き換えを行う歪な進化が始まった。

 もう止められない。免疫を持っていようが例外なくヒトではなくなる。全く異なる生物へと生まれ変わる。

 それはもはや、ゴーストではない別のナニカだ。

 

「私に気付くのがもう少し早かったら、結果は違っていたかもしれないな」

「ッ……!!」

「彼を突き飛ばしていたら。私を止める力があれば。彼はまだ生きていた。2人なら私を殺せたかもしれない。ここから脱出して平和に暮らせたかも」 

 

 ぬらりと這い回る舌のような、言語の形をした刃。

 舌剣は心臓を切開するように、ずぶずぶと精神を切り刻んでいく。

 

(『LISA-001』はまだ生後1年も経っていない幼体だ。理論理屈で責め立てる必要は無い。『もしワタシがこうしてたら?』――そんな可能性を突き付けてやるだけでいい。ひとつのミスで希望が消えたのだと思い知らせてやればいい。それだけで、勝手に肥大した後悔の自重で潰れていく)

 

 ハンス・ウェスカーは魔術師だ。心を捻る術に異常なほど長けた外道なのだ。

 心を持つならどんな怪物も手玉にとれる。それは兵器であっても平等だ。握力だけで鉄を凹ませるほどの怪物だろうが、問題なく屈服させられる。

 精神を折るのは簡単だ。人が一番触られたくない部分を、徹底的に抉り続けるだけでいいのだから。

 

「私を倒したと油断したか? 気を抜けば死ぬこの戦場で、ほんのちょっぴりでも安心したか? その結末がこれだ。ゴーストの犬死には報いと知れ」

「う、ぅぅぅぅ……!!」

「ほら、しっかり噛み締めろよ。君の愚鈍さが全部招いたんだぞ」

 

 涙でグズグズになった顔を夜叉のように歪めながら、少女はハンスへ跳びかかった。

 動きは直情的で獣のよう。冷静さなんか跡形も無く消し飛んで、猛り吠えながら暴れ狂う。

 五臓六腑を煮えくり返させる怒りが少女を駆り立てていた。目の前の怨敵をただ殺さんとする殺意だけで満たされていた。

 

(見える。『LISA-001』の動きが全て見える。人間だったころと比較にならない神経系の発達、それに伴う動体視力と反射神経の向上! ウィルス進化はこれほどまでに素晴らしいか!)

 

 ハンスの眼には世界が止まったように映り込む。

 砲弾の如き少女の疾駆も亀に等しい。まるで子供の駄々っこだ。避けるも反撃も自由自在で、ハンス・ウェスカーの胸に圧倒的な全能感が満ちていく。

 

「フンッ!!」

「あぐっ!?」

 

 少女の斬撃を避け、合わせるように顎へ掌打を叩き込む。小さな体が軽々と宙を舞い、二転三転と転がった。

 ダメージは無に等しい。そも、ハンスに殺意は無い。『LISA-001』は回収すべき商品だ。殺すわけがない。

 

 だがしかし、顎骨への痛烈な一撃は少女の平衡感覚を一瞬にして奪い去った。

 がくがくと足腰が揺れ、生まれたての小鹿のように這い蹲ってしまう。力が入らない。立ち上がれない。

 

「かはっ、あぅ、あ」

「……見えるか? 『LISA-001』」

 

 おもむろに、蛍光色の液で満ちた試験管を懐から取り出す。

 揺れ動かして疑似餌のようにチラつかせる。

 

「NESTに残された最後の抗ウィルス剤だ。私がウィルスに適合できなかった万一の保険にとっておいた。結局使わなかったが」 

 

 目の色が変わる。一抹の希望が、少女の瞳へ光を灯した。

 歯を食いしばり、血が滲むほど拳を握り、雄叫びを上げて立ち上がる。

 

 蹴った。床を蹴った。

 少女そのものが電光石火と化す。空気を切り裂き、鎌鼬のような衝撃波を巻き散らしながら全力全霊でハンス目掛けて飛びかかった。

 

 

 鳩尾に突き刺さる拳。

 がぼっ、と唾液が床を濡らした。

 腹を抑え、後ずさる。

 

 倒れない。神経系へのダメージでなければB.O.Wは倒れない。

 一瞬で態勢を立て直し、再びハンスへ立ち向かう。直線的な攻撃は無策だ。少女は壁や天井を駆使し、立体的に攻め入った。

 

 それはハンスも承知の上。

 波状攻撃を退け、作業的にカウンターを見舞う。

 

 肉を叩く音が炸裂した。土嚢が乱雑に放られたような重々しい落下が何度も起こった。

 少女の躰が痣だらけになる。すぐに治癒する。けれどすかさず次の傷を植え付けられる。

 何度も。何度も。何度も。何度も。

 

「君は私に勝てない」

 

 交戦の果て。少女は糸が切れたように崩れ落ちた。

 背を丸め、げほげほと咳き込んで、小刻みに体を震わせながら膝を折る。

 ダメージが限界に達したのではない。限界なのは心だ。彼女の精神が、カビのように粘着いたどす黒い絶望に覆われて、どうしようもなくなってしまっていた。

 

「勝算は無い。逃げることも出来ない。出来ると言えば、そのまま彼が怪物になっていく光景をただ見守ることだけ。惨めなものだ。哀れで哀れでしょうがない」

「――、――――」

 

 芋虫のように丸まって、ぶつぶつと囁き続ける少女。

 怒りと屈辱に呪詛を滲ませているのか。苦し紛れに殺意を奮い立たせようとしているのか。

 どうでもいい。仕込みは済んだ。

 心という樹がメキメキと音を立てているのが聴こえる。あと一押しで、少女の支柱は崩れ去る。

 

「ひとつ、彼を救うチャンスをあげよう」

 

 だからここで希望を投げる。

 地獄へ落ちた大罪人へ、そっと蜘蛛の糸を垂らす釈迦のように。

 

「死神を殺せ。そうすれば抗ウイルス剤をあげようじゃないか。ゴーストと、君と、私の3人で脱出するんだ」

 

 這い寄る。

 心の天秤にそっと手を掛け、無理やり傾かせるように、黒い影が忍び寄っていく。

 

「君の世話は彼に任せようと思う。その方が君も納得するだろう? それにゴーストは些細なミスでウィルスをばら撒いた元凶だ。もはやアンブレラに居場所は無い。逃げたところでどうせ始末される。このまま私と共に来たほうが、より幸せな未来になると思うが」

「……」

「さぁどうする? 時間は無いぞ。こうして無駄話をしてる間に感染のステージは進んでいく。そのうち抗ウィルス剤も効かなくなるかもれない」

 

 希望を示し、退路を断ち、逃げ場を失くし、選択の余地を略奪する。

 そうしてとことん追い詰めれば、誰だって正常な思考回路を失う。ただ目先の『最善』を手にしようと躍起になる。

 ゴーストを救うために視野は狭まり、手段を選ばなくなっていくのだ。

 

「迷っているね。わかるよ。ハンクに情があるんだろう? でもよく考えてみろ、彼が君に何をした? ただいいように利用してただけじゃないか。実際一度だって優しくされなかっただろう? だから君はゴーストに懐いた。違うかい?」

「……」

「君が死神に従っているのはただ安心したいからだ。彼の的確な指揮能力とカリスマ性にね。だけどほら、死神の力はもはやなんの意味も成さなくなった。縋りつく意味なんてどこにもないじゃないか」

 

 少女は蹲ったままだった。顔を挙げることも無く、微動だにせず、拳を握り込みながら震えている。

 ぶつぶつと自分へ言い聞かせるように呟き続けていた。ハンスの耳には聞こえないが、一種の自己暗示、いわば防衛反応だろう。

 精神の崩壊が始まったのだ。ハンスには分かる。今まで何度も見てきた光景だ。

 

「大好きなゴーストの命と、ただ依存してただけの、君を利用していた死神。君はどっちを選択する? 時間は無いぞ。すぐに答えを出さないと」

 

 確信が芽吹く。邪悪に芽吹く。

 あとほんの一押しで、少女の根幹は腐り落ちると。

 

「選べよ。君はどうするんだ?」

 

 さぁ、無力で愚かな怪物の稚児よ。

 無様に壊れ、華やかに砕け散りたまえ。

 

 

 

 

 

 

『死神を殺せ。死神を殺せ。死神を殺せ』

 

 

『簡単な仕事だ。君ならできる。彼は所詮ただの人間だ。どれだけ能力が高かろうと、首を刎ねれば確実に死ぬ』

 

 

『一瞬で終わる。後悔もないさ。だって彼は何もしてくれなかった。優しく人として接してくれたゴーストとは違う。君は殺せる。必ず殺せる』

 

 

『シュミレーションしろ。確実に殺せる道筋を作れ。大丈夫、死神の癖や動きを見続けてきた君なら勝てるさ』

 

 

『死神を殺せ。死神を殺せ。死神を殺せ』

 

 

『殺して、勝って、幸せな未来を勝ち取ろう』

 

 

『ゴーストと美味しい物でも食べればいい。私にはほんの少しだけ血を分けてくれるだけでいい』

 

 

『それだけで、君はごく当たり前の生活を過ごすことが出来る。平和に生きることが出来る。血と臓腑の地獄からオサラバできる』

 

 

『決断しろ。勇気を持て。意思を固めろ。困難を砕こう』

 

 

『そして、人生最後の兵器となれ』

 

 

 

 はんく。はんく。はんく。

 わたしは―――――

 

 

 

 

 少女と打ち合わせの合流地点。上層のエレベーター前に到達してから、早くも15分が経過した。

 ハンクは静かに待っていた。透明な円柱状のエレベーターへ凭れかかり、腰を落として座り込んで、可能な限り脱力したまま、神経を研ぎ澄ませて待ちわびていた。

 

 無音の世界。地下に埋められた真っ暗な金属の檻の中、生き残った電灯だけが照らす深淵の世界。

 ガスマスクで掠れる呼吸音しか聞こえない。感染者の呻き声も、飢えた怪物の唸り声も、換気扇が送り出す風の音も無い。

 

 そばにはU.S.Sだった隊員の遺体が転がっている。脱出しようとしたところをバーキンに襲撃された部下たちだ。

 全員、首の骨は折っておいた。

 

(……来るか)

 

 虫の知らせか、歴戦の兵士が故の勘か。()()()()()()()()()()()()()

 ハンクは、『LISA-001』の到着を的中させた。

 

 ひたひたと、裸足が冷たい床を踏む細やかな足音。

 薄汚れた無地のワンピースが闇に映える。連絡橋をゆっくりと歩きながら両手をぶらぶらと脱力させて、まるで見世物となった罪人のように力なく動く子供の影。

 

 歩く少女の背後には、ひとまわり大きな影があった。

 ハンス・ウェスカー。そして荷物のように背負われたゴーストだ。

 

「……」 

 

 動揺は微塵も無かった。

 ゴーストの異変も。様子のおかしい『LISA-001』にも。

 

「私と彼女がやってきた時点で、もうすでに察している様子だな。ああそうだ。『LISA-001』は君を裏切った。甲斐甲斐しくもゴーストを救うためにね」

 

 少女の眼には一切の光が宿っていなかった。

 今までどれだけ怯えようとも、どれだけ苦悩しようとも、理性と高潔の灯火を燃やし続けてきた少女の瞳は、下水道の底に溜まった汚泥のように濁っていた。

 

 爪が伸びる。数多の敵を両断し続けてきた電熱ブレードが空気を焦がす。

 明らかな殺意と敵意。今までハンクに連れ添っていた幼い少女が、一個の兵器として牙を剥いている。

 

「……不審な痕跡は幾つもあった」

 

 無口な死神が、そっと立ち上がりながら能動的に言葉を紡いだ。

 今まで無駄な会話を一切展開しなかったハンクにしては、あまりにも珍しく。

 

「1つ目は停電。メインシャフトの電源部へ感染者が触れたせいで起きた事故だ。2つ目は怪物(リッカー)の死体の消失と、ただの感染者だったマザーの過剰変異。3つ目は加工前のT-103の覚醒、そして奴が我々に向けた異様な執着。……これらにはバラバラなようで共通点があった。人為的な背景を感じざるを得なかったことだ」

 

 今まで密かに感じながらも、回収することの出来なかった違和感のピースを並べていく。

 ひとつひとつ嵌め込んで、丁寧に丁寧にジグソーパズルを完成させるように。

 

「都合よく停電が起きたのは偶然か? 違う。誰かが感染者を電源へ突き落とした。そうしてヒューズの回収に向かわせ、一時的に我々を除外するよう仕組んだのだ。その隙に怪物の死体を回収し、低温で満足に活動も出来なかったマザーへ食料を与えた。だからあの短期間であそこまで過剰に成長出来た。コールドスリープルームが死体まみれになっていたのはそのせいだ」

 

 感染者はウィルスの影響で代謝機能が異常活性を引き起こす。それゆえ、エネルギー不足に陥ると全身が腐敗し、やがて活動不能となる。

 

 マザーの素体はただの感染者だった。「L-adapter」に強化された特殊個体とはいえ、冷凍睡眠装置から漏れ出す冷気のせいで満足に動くことも叶わない感染者だった。

 

 それがどうやってエネルギーを補給し、あそこまで進化することが出来たのか?

 簡単な答えだ。第三者が餌を与えたからに他ならない。

 

「初めに襲撃したT-103の異様な執着にも違和感があった。無加工のタイラントシリーズは原始的な本能に従って近くの生物を殺害する。しかしあの個体は初めから我々を狙って動いていた。原因は明らかだ。簡易的な命令を施されて覚醒されたからだろう」

 

 天井を破って現れた一体のT-103。初めからハンクたちを狙い続け、遂に溶鉱炉へ突き落とされた。

 明らかな意思を感じていた。徹頭徹尾、ハンクたちを葬らんとする意思を感じていた。

 

「……ずっと見ていたとお前は言ったな。最初から仕組んでいたのがお前だったのだ。ウィルスの蔓延までは偶然だ。ゴーストが起こした人為的なミスだ。そこにお前は便乗した。思うままにNESTを操れる状況に好機を見出した。ならばその動機はなんだ? 何を成したかった? そうまでして策を弄した理由はなんだ?」

 

 紅色の双眸がハンス・ウェスカーを捉える。

 組み立てたパズルで象った、真実を男に突き付けていく。

 

「『LISA-001』の回収か? いいや違う。お前は『LISA-001』を追い込みこそすれ、一度も回収しようとしなかった。私より先に冷凍装置から覚醒させられたはずなのに」

「……急に何を言いだすかと思えば、ホームズごっこか? らしくないぞ死神」

「一見支離滅裂なお前には明らかな執着がある。異常とも言える執着だ」

 

 ハンスに発言の余地を与えない。畳みかけるが如く死神は言葉の矢を放つ。

 

「お前は『LISA-001』の精神を破壊するよう仕組み続けていた。肉親の変異。親殺し。極限状態での死闘。……本来なら精神的に摩耗させ、『LISA-001』を追い込めるはずだった。兵器として不要な感情を駆逐しようと奔走した。だが失敗した」

「……ああそうだ。貴様が『LISA-001』の精神的支柱となったことで失敗した」

 

 至極あっさりと、ハンスは突き付けられた推測を肯定した。

 明確な苛立ちと殺意を、青筋を浮かび上がらせて露わにしながら。

 

「それが執着心の正体だ。お前は無視すればいいはずの私を、何が何でも殺害しようと試みた。獲物を横取りされた熊のように」

 

 ハンス・ウェスカーの行動は、乱雑かつ不合理なようで一貫していた。

 少女の心を殺すよう嬲り続けた。ハンクを確実に始末するよう動き続けた。

 その答えは。その奥底に眠る動機は。

 

「全てはひとえに理想の兵器……『LISA-001』を造るため。そして計画を邪魔した(ハンク)を消去し、『親』としての誇りを保つため。これがお前の正体だ。腹の底に据えた狂気の源泉だ」

「……フ」

 

 ハンスの顔が歪んでいく。

 愉悦とも。怒りとも。殺意ともとれる、ぐちゃぐちゃな色に潰れていく。

 答えは示された。死神の頭脳は異端者の狂気を曝け出した。

 

「大正解だ。やはり貴様の存在が、最も脅威に値する」

 

 

 ――全ては、理想の子を成すために。

 

 

「……私は()()をリスペクトしていた。能力の高さ。美しさ。そして手段を選ばない冷徹さに惚れ込んでいた」

 

 ぽつり、ぽつりと、ハンスは心境を明かしていく。

 顔を歪めたまま、充血した眼を見開いて。

 

「自分の子宮を抉り出して兵器を作るような()()のことが好きだった。だから()()が「G」を越える生物兵器を持ち掛けて来た時、心が震えるようだったよ。幸せだった。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 崇高な夢でも語るように両手を仰ぐ。

 光悦に染まる唇に編まれたハンスの言葉は、背筋が総毛立つほどの、筆舌に尽くしがたい邪悪に塗れていた。

 

「それなのに、()()は不必要な情を抱いてしまった。私が素を手配し、()()が孕み産んだ子に! あろうことか感情を与えてしまった! 擬態能力、殺傷能力、知性、あらゆる面で秀でた奇跡の産物がガラクタになった! あの女は私を裏切り、傑作を駄作にまで貶めたのだ!! 笑顔で他人に飴を分け与えるような兵器がいるか!? 私は誓ったよ、我々の子を完璧な作品へ育て上げるのだと! 容易く民衆に紛れこみ、ただただ忠実に標的を抹殺する最強の兵器へと!」

 

 唾を飛ばし、歯を剥いて男は叫ぶ。

 人間とは思えない常軌を逸した剥き出しの執念。人の悪意が、言語という形を伴って吐き出されているかのようだ。

 

「NESTが汚染された時は天啓だと思ったよ。ゴーストには感謝してもしきれないさ。リサを正しい道に矯正する、またとない機会を与えてくれた! ……だが、それを死にぞこないの貴様が妨害した。私のシナリオ通りに行けば容易くリサを理想の兵器(こども)にすることが出来たのに! 貴様は身の程知らずにもリサに触れ、理性や誇りなどという最も不要なオプションパーツを付け加えた! 私の子を穢し尽くしたのだ!! 許せるわけがあるかァ!!」

 

 その執念に名を付けるなら、最悪のモンスターペアレント。

 子に理想を押し付け、己の承認欲求を満たすためなら心を壊すことだって厭わない、最低最悪の親心。

 それが、ハンス・ウェスカーという『最悪』の正体だったのだ。

 

「だがしかーし。見たまえよ、今のリサを! 美しい肢体、心亡き冷徹な瞳、純粋な殺意! どれもこれも素晴らしい! 彼女はタイラントやGを凌駕する最高傑作に生まれ変わった! これが本来あるべき『LISA-001』の姿なのだ!」

「……」

「ここまで来るのに相当な苦労を強いられた。これまでの人生で貴様ほど思い通りにいかない人間はいなかった! ああだからこそ、ゆえにこそ! 私と()()の――いいや。完成した我が娘の力を、その身で存分に味わうがいい!」

 

 顎を使い、機械のように佇む少女へ合図を飛ばす。

 少女はじっとハンクを見据えながら、ゆっくりと一歩を踏み出した。

 

 悪辣なる狂気が牙を剥く。

 高く、高く、天蓋へ向けて吼え猛るように。

 

「さぁ我が娘よ! 忌々しい死神を殺せえッ!!」

 




 アルバートは選ばれた遺伝子を持つ新人類の神になることへ執着した。
 アレックスは不死の命を得る方法を完成させることに執着した。

 そして、今まで二転三転と推測を繰り返し続けたハンス・ウェスカーの正体は、「完璧な子供という名の兵器」を創造することに執着した、最悪のモンスターペアレントでした。


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