【完結】The 5th Survivor   作:河蛸

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新型生物兵器

 死神と呼ばれる男がいた。

 

 類稀なサバイバルスキルと機械のような冷徹さを持つ男。

 どんな状況だろうと、どれほど過酷だろうと、必ず任務を成し遂げるアンブレラ保安警察のエージェント。

 例え彼以外のチームが全滅しようが、彼だけは必ず生還する――ゆえに、人は死神と畏れた。

 

 コードネームをHUNK(ハンク)

 彼を形作る情報はその無機質な作戦名だけだ。彼がどんな人物で、どんな経歴を持つのか、詳細を知る者は誰一人存在しない。

 

「…………」

 

 ハンクはいつものように任務を遂行していた。

 アメリカ合衆国最大規模を誇る製薬会社アンブレラの私設部隊、U.S.Sαチームの隊長として、離反の疑いがあるウィリアム・バーキン博士を確保すべく動いていた。

 

 しかし、予想外のアクシデントにより失敗寸前まで追い詰められてしまう。

 事故により無数の銃弾を浴び、息絶えてしまったはずのバーキンが、死の間際にGウィルスを自らへ投与したのだ。

 

 彼は急速な変異を遂げ、αチームを壊滅にまで追い込んだ。

 

 G生物と化したバーキンの力は凄まじく、隊員を逃がそうと孤軍奮闘したハンクも一撃で吹き飛ばされ、呆気なく意識を失った。

 それが幸運だったと言うべきか。バーキンは倒れたハンクに追い打ちを掛けず、Gを持つ隊員の追跡を優先したのである。

 

 意識を失っていたお陰で命は助かった。だが肝心の博士どころか、ウィルスすら確保できていない。

 ハンクにとって、自分の命より任務の遂行こそが重要だ。死神に失敗の二文字は無い。

 

 意識を取り戻したガスマスクの男は冷静に思考する。

 この状況、この装備で、任務を完遂するためには何が最善の行動かと。

 

(……日付が24日になっている。丸一日気を失っていたらしい)

 

 精密機器の表示時計を一瞥したハンクは、ひとまず手持ちの装備の確認へと移った。

 

 主力火器はサブマシンガンLE5。だがG生物と化したバーキンとの交戦で弾倉を1つ空にしている。予備の弾倉は2つ、計64発。決して無駄には出来ない弾数だ。

 続いてハンドガンMUP。こちらはLE5が使用できなくなった際の護身武器だ。残弾はたったの13発。使いどころは限られた緊急用だろう。

 その他の武器はコンバットナイフが一振り、手榴弾が3つである。それら全てに故障はない。

 

 確認を終えたハンクは、バーキンの存在を十分警戒しながらNESTの通路をゆっくりと進んでいく。

 ほんの数メートル進んだ先に血痕が見えた。さらにはアタッシュケースとその中身の残骸が、無残にも広がっている。

 もっとも、残骸は無機物に限った話では無い。

 

(ウィルスサンプルがG、tともども全て破壊されている。隊員の生命反応も無い。即死だったようだ)

 

 胸を凄まじい力で叩き潰されたもの。握り潰されたのか、頭部が脆いトマトのように粉砕されたもの。首があり得ない方向へねじ曲がったもの。

 死因は様々だが、訓練を積んだ特殊部隊たるU.S.Sが子供のように屠られた有り様は凄惨を極めていた。通常の者であれば、血のカーペットを吐瀉物の重ね塗りで彩ってもおかしくはない。

 

 だが、ハンクは無機質な二眼ガスマスクの裏で眉一つ動かすことはなかった。

 仲間の死臭は嗅ぎ慣れている。

 

「こちらαチームハンク。生存者は応答せよ」

 

 無線を起動し、隊員たちへ呼びかける。

 返事はない。ザーッと微弱な砂嵐が流れるだけだ。

 

「繰り返す。こちらαチームハンク。生存者は応答せよ」

 

 再度アナウンスを繰り返す。同じく返事はない。無情な静寂が電波を支配していた。

 αチームは自分を残して全滅――それが彼の出した結論だった。

 すぐさま無線のチャンネルを切り替える。今度は隊員ではなく、司令部に向けて発信する。

 

「司令部、こちらαチームハンク。交戦中に負傷したウィリアムが死亡直前にGを投与。蘇りαチームを襲撃した。私を残して部隊は全滅。ウィルスサンプルは全て戦闘中に破損、周囲に飛散。指示を」

『こちら司令部。了解した。その場で待機し、指示を待て。周囲を厳重に注意せよ』

「了解」

 

 無機質な会話が終わり、再び閉口するハンク。

 司令部から罵声のひとつも無かったということは、サンプルはバーキンが持っていたものだけではないのだろう。ストックがあるのだ。恐らく司令部はそれを見越し、新しい作戦経路を練っている。

 

 つまり、まだ任務は終了していない。ならば遂行するのみ。司令部から撤退の指示が出ない以上、死神ハンクに任務放棄の選択肢はあり得ない。

 

『こちら司令部。αチームハンク、応答せよ』

「こちらハンク。指示を」

『Gウィルス回収作戦は引き続き続行せよ。また、同時進行で別の任務も行ってもらう』

「了解。追加任務の詳細を求む」

『新型B.O.Wの回収だ。ターゲットはNEST最下層、西エリアの冷凍睡眠装置管理施設で保管されている。装置の暗証番号は0602。繰り返す、暗証番号は0602だ。ターゲットを捜索し、回収せよ。なお、可能な限り生存させたまま帰還せよ』

 

 指示を耳にしたハンクは、ほんの少しだけマスクの中で眉を顰めた。

 

 新型B.O.W。それはいい。ハンクはアンブレラの研究員ではない。新作の怪物なんてモノに興味はないしどうでもいい。

 問題はそれを知らされていなかったということだ。

 ハンクは作戦を行う前にあらゆる情報の整理やミーティングを徹底して行うが、博士やG以外の回収――それもウィルスではない生体兵器を回収するという話は一切聞かされていなかった。

 

 任務の変更自体に異論はない。ハンクは上の指示に従うのみだ。私情は欠片も挟むことはない。

 だがこうなるとかなり勝手が違ってくる。なにせ装備が心もとない。

 

 B.O.Wはみな強力で、かつ尋常ならざる生命力をもった怪物である。人間から物資を奪う目的で設定された装備のみで、おまけにハンク1人のミッションとなれば、怪物を捕まえるという特異なシチュエーションにおいて戦力に欠けていると判断せざるを得ない。

 

 少なくとも回収専用の装備が要る。狂犬を扱うには、首輪とリードが必要だ。

 

「事前情報にはないミッションだ。ターゲットの具体的な特徴と、確保に必要な装備の情報を求める」

『ターゲット名は「LISA-001」。10歳前後の少女の姿をしたB.O.Wだ。平均的な人間とほぼ大差なく、銀色の頭髪が特徴。報告によれば、知力、精神レベル共に外観的同世代とほぼ同程度であり、言語での意思疎通を可能とする。また、兵器として完成段階ではない「LISA-001」は攻撃性に欠ける。そのため専用の装備は必要ない。懐柔し、帰投せよ』

「……了解した。任務を続行する」

 

 通信を切り、ハンクは思考を展開していく。

 言語を介するほどの知性を持った生物兵器、『LISA-001』。得た情報が真実ならば、どうも精神スペックは人間の子供と大差ない存在のようだ。

 

 流石のハンクも生物兵器の懐柔を任されるとは思わなかった。人を喰らい、切り裂き、忌々しいウィルスを媒介する化け物を手懐けろとは、今まで体験したことのない任務である。

 

(子供をあやして連れて帰れ……か。死神が子守とはな。子守で済めば良いが)

 

 万が一情報が間違っていたら、ターゲットとの交戦は免れない。データの少ない新型相手ともなれば命の取り合いになるだろう。

 司令部は可能な限り生存させよと言った。最悪、死体からサンプルを回収できればいいらしい。であれば、たとえ相手の姿が子供だろうが、その時が来たら躊躇はない。

 

「……」

 

 足を動かし、隊員の死体へと歩み寄る。

 可能な限り装備の補充をしておきたかった。特に弾薬は重要だ。ウィルスが漏洩してしまった今、NESTがバイオハザードに見舞われた可能性がある。施設内を活性死者――通称ゾンビが徘徊していてもおかしくない。

 

 ゾンビと化した感染者は非常に頑丈だ。痛覚は無く、恐怖も無い。四肢を打ち抜く程度では足止めにもならず、心臓への射撃も有効打となりにくい。

 t-ウィルスの作用で血液凝固が速い上に、組織の再生能力も向上しているからだ。

 仕留めるには中枢神経を破壊するか、焼却して事実上の活動不能へ追い込むしか方法はない。だからこそ武器の存在は重要だ。

 

(戦闘の影響か、装備の大部分が破損している。使えるのはこれだけのようだ)

 

 折れ曲がった銃身やナイフ、見たことも無い形状にされた弾倉が山ほど出てくる。

 怪物と化したバーキンの膂力が如何に凶悪だったか分かるだろう。我ながらよく無事だったなと、ハンクは薄く自嘲した。

 

 結局確保できた物資は、LE5の弾倉がひとつとナイフのみ。他は全て破損してしまい、使い物になりそうになかった。

 

(生物兵器が往来跋扈している可能性を考えると、バーキン接触時と違ってダクトは使えない。となれば、NESTの最深部へ向かうにはエレベーターを使うしかない。だがエレベーターにはリストタグによる電子ロックがかけられている。電源は生きているようだから、システムは健在だろう。別ルートの捜索か、リストタグを探す必要が――む?)

 

 かがみ込んで物資を整理していると、自分の影が不自然に膨張していることに気づく。

 影が膨らんでいる。それはつまり、照明を遮る面積が広がっているということ。

 ハンクの背後に、自分以外の何者かが存在しているという証明だ。

 

「ッ!」

 

 すぐさま床を転がり、振り返りながらLE5を構える。

 照準の先には、やはり隊員だったものが幽鬼のように佇んでいた。

 

(……傷口から感染したか)

 

 右腕と左足はあらぬ方向へ捩じれ、防護服の内側から骨片と思わしき突起が飛び出している。

 明らかな開放骨折だ。尋常ならば筆舌に尽くしがたい激痛に襲われ、満足に立ち上がることすら叶わないだろう。ショックで失神していてもおかしくない。

 

 だが、今の隊員に痛みを感じる素振りはまるでない。

 口から漏れ出す不快な音波は苦悶に喘ぐソレではなく、まるで地獄の悪霊のような、悍ましい濁った呻き声だ。

 

 元隊員は原形を失った足を引きずりながら前進を続ける。

 残された左腕を伸ばし、レンズの割れたマスク越しに濁った視線を定めながら、目に映る食料(ハンク)を喰らおうと進軍する。

 

(通路幅目測4m。背後は行き止まり。壁は音の反響を抑える材質で出来ているが、炸薬音で活性死者を招き袋のネズミにされる可能性がある。現時点での発砲は下策。標的は一体で、負傷により機動力を欠いている。――ならば)

 

 思考に割いた時間、わずか1秒にも満たず。

 次の瞬間、ハンクはLE5を背中へ担ぎ直すと、隊員へ向かって一直線に突進した。

 

 隊員がハンクへ掴みかかろうと雄叫びを上げる。その左腕が伸びた刹那、ハンクは腕を掴んで捻り上げた。

 関節を回し、容易く隊員の背後を取る。

 間髪入れず右膝関節に蹴りを叩き込む。崩れ落ちたゾンビの隙を突き、ハンクは頭部を包み込むように腕を回すと、一切の躊躇なく首の骨を回転させた。

 

 死神のネックツイストは脊髄を完膚なきまでに粉砕し、ゾンビの活動能力をあっという間に奪い去る。

 

(対象沈黙。周囲に敵影なし。任務、続行可能)

 

 銃火器を構え直しながら、ハンクは忍者のように気配を消しつつその場を後にした。

 

 

 

 どこもかしこも地獄のジオラマのようだった。

 

 目につくすべてに命はなく――厳密に言うと彼らはあくまで病人であり死者ではないのだが、ともかく、かつて確かに存在しただろう人の賑わいは血の海と死臭の底へ沈み、最新の設備や科学技術に恵まれたアンブレラの根城も、歩く屍の巣と化していた。まさしくNESTと言ったところか。

 

 ハンクは歩く。人を喰らう怪物が練り歩く通路を巧みに進み、出来る限り発砲を避けるルートを辿る。

 ひとつひとつ、活性死者の手首を検閲しながら。

 

(中央区の非常用エレベーターを動かすにはマスターレベルのリストタグがいる。地位のある研究員なら持っていてもおかしくない。そいつを探さなくては)

 

 ハンク自身、NESTへ侵入してバーキンと接触するにあたり、アンブレラ本社からマスターキーとでも呼ぶべきチップを支給されていた。

 だがそのチップはGバーキンの一撃で破壊されてしまっている。隊員の死体も同様だった。

 

 不幸中の幸いというべきか、ここはNESTの中。そして恐らく職員は全滅している。現地調達は比較的容易い部類だろう。

 

(……ん?)

 

 近くの部屋からひとつひとつ念入りに探索していると、ゾンビ独特の呻きとは違う、悲痛な声が聞こえてきた。

 

 サブマシンガンからハンドガンに装備を変える。にじり寄るように音源へと近づいていく。どうやら書類や研究材料が乱雑にばらまかれたデスクの後ろにいるらしい。

 

 回り込むと、そこには首元を布で抑えながら苦痛に喘ぐ研究員が机の下に隠れていた。

 

 生存者だ。しかし噛まれている。襟元は自身の血液で赤黒く染まっていて、出血の影響か顔面は蒼白だ。噛まれた箇所を基点とするように血管が一部黒く浮き上がっており、もう長くはないと悟らせるには十分だった。

 

「あ、アンタ、U.S.Sだな? アンブレラが寄越した救援隊か……?」

 

 研究員はハンクを見定めると、懇願するように声を振り絞った。

 

「頼む、頼む、助けてくれ。ちくしょう、いきなり首を噛まれたんだ。きっと感染してる。けどP-4レベル実験室に行けば抗ウィルス剤がある。まだなんとかなるんだ……!」

 

 彼の手首にはマゼンタ色のリストタグが括り付けられていた。どうやらNESTの幹部クラスの研究員らしい。瀕死の重傷を負ってなお状況を冷静に分析しているところから、知性の高さが伺える。

 

 ハンクはチラリと周囲の様子を確認した。

 この部屋は密室で、防音仕様に抜かりはなさそうだ。

 

「ここからそう遠くない。頼む、私をそこまで連れて行ってくれ! 礼ならいくらでもする!」

「抗ウイルス剤があると言ったな。Gウィルスのサンプルはあるか?」

「は? G? バーキン博士のアレがなんだと――おいまさか、アンタひょっとして……いや、アンタの立場なんてどうでもいい。どうせNESTは終わりだ。ああ、私を連れて行ってくれるならGでもtでもくれてやる。このキーさえあれば取り出せるさ!」

 

 震える手を動かし、必死にポケットからキーを取り出す研究者。

 ハンクは一考ののち、再び無線を起動した。

 

「こちらハンク。司令部、応答せよ」

『こちら司令部』

「生存者を発見した。NESTの幹部だ。しかし感染者の攻撃により、首に噛傷を負っている。指示を」

『了解。容態の詳細を求む』

「意識ははっきりしているが、少なくともウィルス曝露から24時間近くは経過。創傷周辺の血管が膨張し、黒く染まっている。眼球の白濁、出血によるチアノーゼの所見あり。体力を摩耗しており、微細な腕の痙攣も見られる」

『了解。報告の衰弱レベルでは抗ウイルス剤を用いても生還不可能だ。救助は任務に支障を来しかねない。即刻、終了処分とせよ』

「了解」

「お、おい。ちょっと待ってくれ、終了だと? じょ、冗談だろう? 私はまだ助かる! 抗ウイルス剤さえあれば、抗ウイルス剤さえ手に入ればっ」

 

 撃鉄の弾かれる音がした。

 発射された9mm弾は血も涙も無く研究員の頭蓋を貫き、一息に命の終わりを与える。 

 魑魅魍魎として人の尊厳を奪われるよりは、温情ある処置だったのかもしれない。

 

(リストタグ、キー共に無傷)

 

 崩れ落ちた研究員の手首からリストタグを外し、自身の左腕に装着する。握っていた小さなカード状のキーの回収も忘れない。

 踵を返し、ハンクは足早に部屋を去った。

 

 脳裏に叩き込んだ地図を元に、一直線にエレベーターへと突き進む。

 不幸中の幸いか、まだウィルスの汚染段階が初期であり、活性死者へ変異した感染者は少ない。今最も警戒すべきは、この施設で管理されていた生物兵器が脱走した可能性である。

 

 いつどこから襲い掛かられても対応できるよう、緊張を緩めず、油断を許さず、しかし呼吸は乱さず動く。死神が死神と呼ばれるようになったのは、ひとえにこの冷徹なまでの判断力と精神力の賜物だ。

 

(エレベーターは使えるな)

 

 リストタグでAIの監査をパスし、ボタンを押してNESTの深部へと移動する。

 ドアが開き、機械的に西へ向かう。

 道中、明らかに飛沫の異なる夥しい血の海が、両手を広げてハンクを出迎えた。

 

(……血痕がホースで水を撒いたように広がっている。通常の出血量じゃない。まるで体を真っ二つにされた残滓のようだ。死体がないところを見るに、持ち帰ったか)

 

 アンブレラが生み出した猛獣の気配を感じとりながら、天井にも警戒を寄せてハンクは進んでいく。

 やがて、ひときわ異質な雰囲気を放つ部屋を発見した。

 冷凍睡眠装置管理施設。ドアにはそう刻まれている。

 

(ここか)

 

 手動のドアを開き、さらに先の自動ドアも潜る。二重扉という厳戒態勢が、研究施設独特の異世界めいた不気味さを漂わせた。

 

 通り抜けた先には、電子機器の微細なモニターだけが光源を担う部屋が広がっていた。

 

 寒い。防護服で身を固めていても冷感が肌を突いてくるのがよく分かる。

 冷凍睡眠装置の影響か、それとも一部機器の故障によって冷気が漏れているのか。体感温度は外と比較にならないほど低かった。

 

 構わず捜索を続ける。部屋の中にはSF映画に登場しそうな2m余りのポッドが複数設置されていた。

 いくつか空いているものもあるが、この中のどれかに『LISA-001』が保管されているのだろう。

 

(装置ごとの搬送は不可能。命令通り覚醒させて回収する他ないが……さて)

 

 ひとまず、内部を確認できる覗き窓を使って順番に調べ上げていく。

 元々は凶暴な生物兵器を保管し、安全に目的地へ輸送するための装置である。そのせいか、どれもこれも異形の怪物ばかりが収められていた。

 

 巨大な脳が剥き出しの、皮を剥がれた人間のような緑の生物。頭髪の無い灰色の肌をした大男。人と植物を融合させたかのような、悪趣味な観葉植物。

 けれど肝心の少女の姿はない。本当に人間と瓜二つな姿をした生物兵器がいるのかと、思わず疑ってしまいそうな有様だ。

 

 やがて、ハンクは最後のポッドの元へと辿り着く。

 

 傍には女性研究者だったものが転がっていた。

 念のため、銃器の先で小突いてみるが反応はない。室温が低いのもあって細胞の活性が鈍っているのだろう。完全に活動を停止している。

 

 無視し、中を覗き込む。

 そこには、司令部の情報通り、人間と瓜二つの生物兵器が眠っていた。

 

 本当に年端もいかない少女である。ポッドがあまりに大きすぎて、設計を間違えた棺桶を彷彿させるアンバランスさだった。

 ガスマスクのレンズのせいで髪の色は正確に分からないが、明暗の具合からしてきっと銀髪だ。ハンクは装置の制御盤を操作し、指示された暗証番号を入力する。

 

『解除コードの入力を確認。ポッドの開放、保管個体の覚醒シークエンスを起動します。冷気の排出に伴い凍傷の危険があるため、適切な距離をとってください』

 

 機械音声のアナウンスが流れ、直後にけたたましい警告音が鳴り響いた。同時にプシューッっという駆動音と共にポッドの蓋が開いていく。

 足元に冷気が蔓延する。機械が正常に中身を凍らせていた証だった。

 

『保管個体の覚醒を促進。30秒後に覚醒予定』

 

 眠る少女が露わになる。

 簡素な無地の衣服だけを身に纏う、雪のように白い肌と白銀の髪をした、全体的に色素の薄い女の子だ。

 

 ハンクはアンブレラに携わる者として、少なからずB.O.Wと接触、あるいは資料を介して情報を得ることがある。

 

 だがこれほどまでに人間と近い容貌の兵器は報告書でも目にしたことは無かった。この完成度なら、民衆や社会へ溶け込むのもT-103型より容易だろう。

 加えて、幼い少女の姿には人間の警戒心を薄れさせる働きまで見込める。これに知能も高いと来れば、実に理に適った実用性を持つ兵器と言えよう。アンブレラが生きたまま欲しがるわけだとハンクは納得した。

 

 

 ――その時、妙な違和感がハンクを襲う。

 

 装置の淵に血痕が付いている。それも粘質だ。過去についた痕跡ではない。

 まるで、たった今上から滴り落ちてきたばかりのような。

 

(……まずいな)

 

 寸分の迷いも無く銃口を天井へ向ける。

 ハンクの読み通り、そこには唾棄すべき異形がガチガチと牙を打ち鳴らしながら、鋭い爪を駆使して貼り付いていた。

 

 全身の皮膚が剥がれ落ち、肥大した筋組織が剥き出しになっている怪物だった。

 ウィルスの影響で脳も肥大化したのか、頭蓋骨を破って完全に外気へ露出している。

 なにより異様なのは、口腔から伸びる長い舌だ。まるで口の中に蛇でも飼っているのかと言わんばかりの、あまりにも長すぎる舌がうねうねと宙を彷徨っている。

 

 異様で特徴的な外見を、ハンクは資料で目にしたことがあった。

 感染者は通常、ウィルスの影響で加速する新陳代謝に栄養補給が追いつかず、緩やかに体組織を腐らせていくのだが、逆に十分な栄養を摂ることが出来た場合、組織が再編成されることで全く新しい生物に変異するという報文を。

 

 獣のように発達した四肢と、人間を一撃で切り裂くほどの鋭い爪。人間ベースとは考えられない圧倒的な敏捷性。

 なにより、人を容易く貫けるほどの殺傷力を秘めた槍のような舌。

 

 間違いない。舐めるもの(リッカー)という俗称を着けられた感染者の変異体だ。

 それも体色が緑色をしていることから、自然発生したものではなくアンブレラが開発した『改良型』だろう。

 

(こいつは肥大した脳で視覚を潰された代わりに聴覚が異常発達している。ポッドからダクトへ脱走した個体が、機械音声を聞きつけて戻って来たのか)

 

 しかし、どうやら怪物はハンクの存在に気づいていないらしい。あくまで機械の音に反応してきただけのようだ。

 リッカーが侵入したと思わしき通気口へ視線を寄越す。

 追加で現れる気配はない。部屋の中を探っても、居るのは天井の一体のみ。

 

 引き金へ添えられた指に、ほんの少しだけ力が籠る。

 

(気付かれていない内に仕留めるか……? いや、奴の機動力を考えるなら仕留めきれなかった時のリスクが大きい。正確に脳天を狙撃するには距離がある)

『覚醒までの予測時間、残り15秒』

(……音に近づいて来た時を狙うか)

 

 濃淡の無い音声が異形の鼓膜を刺激する。カチカチと肉を削ぐことに特化した牙を鳴らしながら、機敏な動作で壁伝いに降りてくるリッカー。

 

 対象までの距離、目測5m、4m、3m……――発砲。

 

 ガガガガッ!! とフルオートマシンガンが唸りを上げる。極限までブレを削減された精密射撃は、命を狩る無数の弾丸を正確無比にリッカーの脳天へと浴びせかけた。

 断末魔の金切り声を張り上げ、壁から剥がれ落ちる異形。流石の生物兵器も脳脊髄をミンチにされては耐えきれず、呆気なく絶命を果たしてしまう。

 

 だが油断するには早い。t-ウィルスで製造された生物は驚異的な再生能力と生命力を発揮する。念のため、もう一発心臓へ弾を打ち込んだ。

 反応はない。確実に生命活動を停止している。

 

『覚醒シークエンス完了。保管個体の覚醒に成功しました』

 

 再度周囲をクリアリングする。追加でやってくる気配は無い。傍の女性研究者の死体も動くそぶりを見せない。

 安全は確保されたと判断し、振り返ってポッドを見る。

 

 ――生物兵器の姿が消えていた。

 

「!?」

 

 流石のハンクもほんの少しだけ動揺した。動揺せざるを得なかった。

 おかしい。さっきまでここに横たわっていたはずだ。中身が存在していたのはハッキリと確認している。絶対に見間違えたはずはない。

 

 ならば、どうして。

 

「…………」

 

 360度、銃を構えながら確認を再開する。軍用ライトを点灯させ、鮮明な視覚を確保していく。

 カムフラージュ能力か? ――そんなハンクの予想と反し、ターゲットがどこに居るのかすぐに分かった。ハンクの右手方向、未開放の冷凍睡眠装置の影にソレは隠れていたのだ。

 

 ライトの光を照り返す、白銀のような髪色をした少女だった。外見的特徴から『LISA-001』で間違いない。

 眩しそうに目を細めている彼女からは、どこか怯えに似た感情を受け取った。不安そうに物陰に半身を隠し、びくびくとハンクを観察している姿はまさしく人間の子供である。本当にリッカー改と同じ生物兵器なのかと疑わざるを得ないほどだ。

 

 司令部の言っていた通り攻撃性は低いと判断したハンクは、ライトを切り、銃口を降ろした。

 

 どうやって干渉しようか思案する。年端も行かない少女の姿をしていても、『LISA-001』は人智を越えた兵器だ。強制的に連行するのは不可能なのはもちろんのこと、下手に刺激して敵対心を煽れば任務に支障をきたしかねない。

 

 だからハンクは、素直に言語でコンタクトを試みることを選択した。 

 

「言葉が分かるそうだな」

 

 膝を着き、遠くの少女と目線の高さを調節する。

 

「怯えなくていい。私はハンク。お前を助けに来た者だ。……意味は分かるか?」

 

 数拍の後、少女はコクコクと首を縦に振った。

 警戒心は解けていない。きっと、漆黒のガスマスクと戦闘服に包まれたハンクの姿が異様に映るのだろう。

 子供とは見たことのないものに対し、好機を抱くか不安を覚えるかの二択である。彼女はどうやら後者らしかった。

 

 だがマスクを脱ぐことは許されない。t-ウィルスの拡散初期段階である以上、空気感染する恐れがあるからだ。

 証拠に、女性研究者の遺体には皮膚の腐敗は見られても外傷はなかった。彼女は空気感染で発症し、息絶えたのだという証拠だ。

 

「ここは危険だ。そこに転がっている怪物が施設内をウヨウヨしている。私と来い、安全な場所まで連れて行く」

「! !!」

「……もしや、喋れないのか?」

 

 身振り手振りで何かをこちらへ伝えようとしている。だが動作が小さすぎてよく分からない。

 ジェスチャーを使えるということは、一応の意思疎通は成功しているのだろう。ハンクは腰を上げ、少女へ近づこうと一歩を踏みしめ――――

 

 

「り、ざ」

 

 ――濁音の混じる声がした

 

「りざ、り、ざ、りぃいいいいざぁぁあああ……」

 

 音の発生源は背後だった。ハンクは反射的に振り返りながら銃を構え、素早く標的から距離を取った。

 正体は沈黙していたはずの女性研究員だ。タイミング悪く覚醒したらしい。それを『LISA-001』は伝えたかったのだろう。

 

 白内障のように濁った眼でハンクを睨みながら、よろよろとした動きで迫ろうとする感染者。

 だがやはりというべきか、室温が低いせいで満足に活性が進んでいないようだ。平均的なゾンビと比べても遥かに遅い。

 

 引き金を引こうと、ハンクは人差し指に力を籠める。

 

「だめっ!」

 

 不意に背後から衝撃を受け、ハンクは咄嗟に引き金から指を離した。

 衝撃の正体は『LISA-001』だった。ハンクの射撃を、どういうわけか食い止めたのだ。

 

「だめ、だめ、だめ!」

 

 首を横に振りながらしきりに抵抗を示している。あの感染者を撃つなと言っているらしい。

 

「だめ、だめ、やだ、やだ……!」

 

 何度も何度も同じ言葉を繰り返す少女。生物兵器としては破格の知性だが、言語能力はまだ不十分なようだ。単語単語でしか話せていない。

 

「知り合いか?」

 

 殺害に対する明らかな拒絶を見て、ハンクは少女と感染者の関係性を察知する。

 

 この手の事件ではよくあることだ。

 親しい存在が人間を喰らう怪物となり、それでも現実を受け入れることが出来ず、助からないと知りながらも殺すなと懇願してくる光景は。

 例に漏れず、この生物兵器にとってのソレが今らしい。生物兵器にも関わらず親愛を示すとは、未だかつてない体験だった。

 

 少女は言う。必死に振り絞るような、震えた声で。

 

「まま。まま」

母親(ママ)……お前の開発者だったのか」

「まま。だめ。だめ。やだ。やだぁっ……」

 

 涙を蓄えながら懇願する少女の姿を模した兵器。その素振りは、舌足らずな子供と変わらない。

 

 ハンクはこんな光景を何度も目にしてきた。

 客観的立場だけではない。自分自身、チームの一員が感染して襲い掛かられたことは何度もある。

 その度に死神は永劫の眠りを届けてきた。例えチームの家族だろうがハンクを知る者だろうが、感染したなら容赦はない。すれば自分が食われるのみだと知っている。

 

 しかし、今回のケースにおいて手を下すのは愚策だとハンクは判断した。

 

 ここで母親にあたる感染者を始末すれば、『LISA-001』が予期せぬ暴走を引き起こす危険がある。

 感受性が人の子に近く、内に秘める力が怪物ならば、圧倒的な破壊を伴う癇癪の的にされるなど想像を絶する悪夢でしかない。

 

 幸い標的の動きは遅い。それこそ、石像が気合だけで動いているかのようなものだ。

 ハンクは静かに銃口を下ろし、少女へと目を遣った。

 

「いいか、『LISA-001』。あれはもうお前の母親じゃない。母親の姿をした別のものだ。ああなったら元に戻れる方法はない」

「……っ」

「彼女にしてやれることは二つに一つ。殺すか、見逃すかだ。分かるな?」

「う、う」

「これが最後の機会だ。今のうちに別れの挨拶を済ませておけ」

 

 聞いて、ゆっくりと。少女はハンクから離れていく。

 俯きながら、静かに、静かに、少女は母親だった活性死者へと近づいていく。

 

「……まま」

「りざぁ、りぃぃいいいざぁぁあああ」

 

『LISA-001』の略称を鳴き声にする、かつて研究者だったもの。

 初期段階の感染者はまだ破壊されきっていない前頭葉の影響で、生前の通勤通学路などを徘徊したり、我が家に留まるといった、記憶と関わる行動をとる場合がある。

 

 ケースは違えどこれも同じだ。この女性研究者にとって、『LISA-001』とは相当思い入れ深い存在だったのだろう。

 兵器の担当者としては失格という他にないが、例えウィルスに脳を破壊されても、我が子を想うが如く名を叫ぶほどだったか。

 

 その悲痛な木霊に、少女は目元を腫らしながら応える。

 

「……ありが、とう。ばいばい」

 

 精一杯の感謝を伝え、少女は母だったものと訣別する。

 こぼれ落ちる雫を拭う。何度も、何度も、袖を濡らす。

 それでも、しばらく雨は止みそうにない。

 

「別れは済んだか」

 

 一拍のち、嗚咽と共に首肯。死神は冷徹に意思を受け取り、脳裏へ次の行動への算段を立てる。

 

「では行くぞ。時間が経てば経つほど、ここは危険になる」

 

 少女の姿をした兵器を連れ、ハンクは冷凍睡眠装置の管理室を去っていく。

 その背中を追うように、()()は腕を伸ばしながら叫んでいた。




※補足

・クリーチャーは原作2からも採用。リッカー改はそのため
・銀髪なのは痛いの大好きおじさんの遺伝
・ママっ子なのはリサ・トレヴァー由来
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