【完結】The 5th Survivor   作:河蛸

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わたしは裏切らない

 T-ウィルス完全適合者、セルゲイ・ウラジミール。数多の実験が産んだ不死身の怪物リサ・トレヴァー。

 本来交わるはずの無かったふたつの遺伝子(イレギュラー)を掛け合わせ、TやGを投与されたことで彼女は生まれた。

 

 未成熟ながら身体能力はタイラントに匹敵し、特殊な筋組織と内臓器官が生み出す莫大な電流を自在に操る能力を持つ。

 両腕の皮膚を裂いて飛び出す刀状の鉄爪は、人体を豆腐のように引き裂く殺傷能力を秘めている。電熱を帯び、灼熱の刃ともなれば頑強な鉄骨すら相手にならない。

 加えて、従来のB.O.Wの欠点だった知能低下すら克服している。

 

 まさに奇跡の生物兵器。それが『LISA-001』。

 味方となればこれほど頼もしい存在はいないだろう。しかし彼女は今、明確な脅威となってハンクの前に立ち塞がった。

 

(考え得る限り最悪のルートだ。()()()()()()()()()()()。可能ならば避けたかったが……)

 

 少女には知性がある。ハンクが教え込んだ戦術がある。それを捨てても余りある脅威がある。

 つまり、T-103に使ったような小手先のひっかけが通用しない。

 

 豹のような敏捷性と暴君の怪力を併せ持ち、あろうことか電撃で距離を殺してくる化け物だ。

 今まで少女が苦戦を強いられていたのはあくまで同等以上の怪物相手であり、戦闘に不慣れな未熟者だったからに他ならない。

 

 今は違う。少女は『LISA-001』という兵器として完成した。完成してしまった。

 

「……『LISA-001』。止まらなければ撃つ」

 

 止まらない。少女は無機質に歩き続ける。

 一歩一歩近づいてくる少女へ、銃口を定めてハンクは言う。

 

「いいだろう、来い」

 

 ――言葉は戦場の引金を引いた。

 

 先手はハンクの機関銃。猛烈な唸り声を上げ、音速を越えた弾丸の雨が一斉掃射されていく。

 空気が揺らぐ。少女が動く。狭い連絡橋を舞台に踊る。

 肢体を捻り、跳び、回転し、銃弾の嵐を悉くしなやかに躱していく。

 止められない。少女との距離が縮む。確実に殺されていく。

 

 須臾に生まれたリロードの隙を突き、少女が一息で肉薄した。

 赤熱した爪を振るい、居合が如く空を薙ぐ。焦がされた空気はオレンジ色の軌跡を刻み、熱波と衝撃へ姿を変え猛然と襲い掛かった。

 

 寸前で躱す。ハンクがいた場所を一撃必殺の刃が過ぎる。

 互いの距離、およそ2m足らず。

 至近距離の白兵戦。戦闘法を切り替える。ハンクは素早くLE5(サブマシンガン)を仕舞い、ナイフとMUP(ハンドガン)へ持ち直した。

 

「シッ!!」

 

 風切り音が連続する。真っ赤な爪が何度も何度も虚空を薙いで、その度に火の粉が暗闇を食んだ。

 ハンクも躊躇は無かった。一撃掠めれば即死の境界線に立ちながら的確に回避し、その度に少女へ風穴を穿った。

 

 効かない。怯みもしない。

 ほんの少し血を噴くだけで、瞬きをする間に傷は塞がる。一切のダメージを匂わせない。

 それどころか、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!?」

 

 少女が心臓を狙った突きの動作を見せ、応じて半身を逸らしたその時だった。

 死線に萌芽したコンマ数秒の一瞬で、ハンクの脳はかつてないほど回転した。

 

(突きが来ない?)

 

 刹那。本能が警報を爆発させる。

 腕を寸前で止めた少女が、右足を踏み出して杭の如く固定したのが見えたのだ。

 悟る。本命は、爪で穿つ必殺ではない。

 

(フェイントか!)

 

 足を軸に流れるような旋転。遠心力を利用した渾身の回転蹴り(ソバット)が爆発した。

 反射的に腕を挟み急所を庇う。

 間髪入れず、重機に匹敵する衝撃がハンクを襲った。恐ろしい勢いで吹っ飛ばされ、流星のようにエレベーターへ激突する。

 

「ぐぁっ!?」

 

 怒涛の轟音。到来するインパクト。

 強化ガラスへ亀裂を植えたハンクは、そのまま片膝を着いてしまう。

 

 激痛。

 腕への痺れ。内出血。胸部の鈍痛。 

 無視する。派手に飛んだのは逆に衝撃を殺すためだ。見た目以上にダメージは無い。ただ痛いだけだ。

 

 すかさず撃つ。撃つ。撃つ。

 自動小銃の引き金をありったけ引き絞り、とどめを刺さんと迫りくる少女を、弾丸の応酬をもって文字通り迎え撃つ。

 

 その時だった。

 奇妙な現象が巻き起こったのは。

 

 弾丸が全て逸れていた。

 バチバチと火花を散らしたかと思えば、少女の脇を避けるように軌道を変え、あらぬ方向へ消えていくではないか。

 

(……磁力を応用した電磁バリアのようなものか)

 

 雷電の被膜を纏い、金属を磁力で弾き飛ばす荒業。電気を操る少女だからこそ可能とした、対銃火器における無敵の盾。

 もはや銃は通用しない。対戦車ランチャーすら意味を成さないだろう。コンバットナイフも存在意義を失ったに等しい。

 

 残された武器は肉弾戦程度だ。だが素手で岩を砕く怪物相手に、人間がその身一つでどこまで立ち向かえる?

 

「ッ」

 

 時間を稼ぐために撃つ。ひたすら撃つ。弾がある限り撃つ。

 幸い部下の死体から物資補給は出来ている。余裕はある。

 

 電磁バリアは強力無比だ。全くもってどうしようもない。数人がかりの一斉掃射なら話は変わってくるだろうが、ハンク1人で打ち破ることなど不可能だ。

 しかし弱点はある。電気操作に精密性を要するのだ。証拠に、電磁バリアを展開している少女は高速で移動することが出来ていない。

 

 加えて、発電は膨大なエネルギーを必要とする。絶えず撃ち込み、無理やり展開させ続ければ、いずれガス欠を引き起こす。

 

(それは『LISA-001』も承知のはず。ならば奴が次に打つ手はひとつ)

 

 すなわち短期決戦。ダメージを無視した強行突破。

 電磁バリアを解除。両腕で弱点の頭部を庇い、少女は弾丸豪雨を猪突猛進に突っ切った。

 

 無数の銃弾が肉を削ぎ穿つ。少女は身を裂く激痛すら意に介さない。

 ただただ殺戮マシーンが如く、ハンクの命を刈り取らんと突き進む。

 

 衝突まで2秒。頭部を正確に射貫かんと放たれた鉄の爪を、ハンクはほんの少し首を傾ける機微で回避した。

 爆速を伴って射出された剛腕は、勢いを殺せずエレベーターの強化ガラスを突き破り、腕の根元まで呑み込まれてしまう。

 

 ハンクはこの瞬間を待っていた。深々と刺さった腕を引き抜かねばならない瞬間を、このタイムラグを待ちわびていた。

 超至近距離。電磁バリアは無い。

 頭、首、胸――急所を破壊するなら今しかない。

 

 この一撃が未来を別ける。生と死の境界線が色濃く映るのを実感した。

 

 ナイフを両手で握り込む。最も強く残酷に、骨肉を破壊できるように。

 放つ。鍛え抜かれた肉体を全霊で振り絞り、少女の頭めがけて銀刃を見舞う。

 

 

「――ぅぅぅああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

 

 

 刹那。網膜を焼き潰さんばかりの光の津波が、一帯の暗闇を完膚なきまでに蹂躙した。

 

 

 

「むっ」

 

 光が爆ぜた。恒星の誕生が如き光の奔流が視界を潰し、思わずハンスは眼を庇った。

 少女が電気を放ったのだ。正確には放電ではなく、応用して発光しただけかもしれない。

 

 電流が空気の抵抗を食い破る独特の音が聴こえなかった。目潰しだろう。

 死神に誘われて陥った窮地を打開すべく、少女が咄嗟の判断で繰り出したのだ。

 

「ふふ、素晴らしい戦闘センスだ。力と知恵と冷酷さを併せ持った君は、この世のどんな生物をも凌駕する最高傑作だ」

 

 光が止み、チカチカと星の舞う視界がゆっくり鮮明になってくる。

 ゴミの詰まった袋が落ちたような音。べしゃり、と床を濡らす生々しい水音。

 

 ハンスの頬が緩む。

 勝利を噛み締めた笑顔が満面を飾る。

 

 少女がハンクの首を持ってきた。

 放られたベトベトの血を滴らせるガスマスクの頭が、路傍に転がるゴミのように、ハンスの足元へ転がってくる。

 

「ふ」

 

 たまらず歓喜が漏れた。

 

「はははははっ! よくやった、よくやったぞ! ああ君はなんて素敵な良い子なんだ! 素晴らしい、素晴らしいぞリサ! よくぞあの厄介な死神を殺してくれた!!」

 

 まるで本当の親子のように、ハンスは少女を抱き留め、わしゃわしゃと髪を撫でる。

 少女は身動ぎひとつしない。されるがままに受け入れる。

 

「約束通りご褒美をあげよう。ほら、ゴーストへ抗ウィルス剤を投与したぞ。これでもう大丈夫だ」

 

 床へ寝かせられていたゴーストの首へ注射器を刺す。

 液体が注入されると、躰がビクンと飛び跳ねた。

 

「う、う」

「おお、目を覚ましたぞ。よかったなリサ、君は無事に幸せな未来を手に入れたんだ。ああ、妙な気は起こすんじゃないぞ。もはや君にそんな反抗心は残されていないだろうが、万が一でも私に牙を剥けば今度こそゴーストを殺す。君は私に敵わないという現実を絶対に忘れないことだ」

「……」

「良い子だ。さぁ、ゴーストを担いで私の前を歩きたまえ」

 

 頷き、少女は呻き声をあげるゴーストの肩を持つ。 

 ゆっくりと背を向けて、連絡橋を引き返していく。

 

(忌々しい邪魔者は始末した。『LISA-001』の戦闘データも十分に手に入った。そして私自身も人間を超越した)

 

 くっくっ、と息を殺した笑みが零れる。

 胸を満たす充足。全ての勝負に勝ったという優越感。

 勝利の美酒に酔い痴れながら、凱旋の兵士のように軽やかに未来へ踏み出していく。

 

 ――キン。

 

「?」

 

 気のせいか。そう切り捨ててしまいそうなくらい、小さな小さな金属音が鼓膜を撫でた。

 反射的に、音源へと振り返る。

 

「なッ」

 

 ウィルスで強化された動体視力が刹那の狭間でソレを捉えた。

 驚愕が神経を圧し潰し、一瞬にして思考が漂白された。

 

 ハンスの顔のすぐ真横へ、ピンを抜かれた閃光手榴弾が迫っていたからだ。

 

「なッ――なんッ!?」

 

 光が、音が、狂瀾怒濤の大輪を咲き誇らせた。

 あまりの至近距離に小型爆弾と同レベルの爆発が起こる。

 180デシベルと100万カンデラの大奔流が、ハンスの鼓膜を完全無欠に破壊する――!! 

 

「がッッッッッああああああああああああああああああッッッ!!?」

 

 暴れ狂う音圧に頭が破裂しそうになる。血を吐き出す耳を抑えながら、ハンスは悲鳴を振り絞ってよろめいた。

 世界から音が消える。生暖かく滑りを帯びた涙がこぼれる。破裂した眼球の毛細血管が、視界を真っ赤に染め上げていた。

 視覚。聴覚。平衡感覚――情報の受信能力を一瞬にして吹き飛ばされ、自我すら曖昧模糊に白紙化される。

 

「うぐァぁああッ、み、耳が、私の耳がァ!?」

 

 激痛が頭を締め上げのたうちまわる。今にも破裂せんばかりに頭蓋が膨張しているかのようだ。

 粉々にされた平衡感覚のせいで、もはや自分が立っているのかどうかも怪しい。上下が分からない。

 

「聴こえない! 何も聴こえない……! リサ、どうなっているリサ! 何が起こっ、ぎッ!?」

 

 足から力が抜けた。

 何かが肉を貫いた、唾棄すべき感覚が脊髄を殴った。

 次の瞬間、首筋に激痛が走り抜ける。金属的な冷感と神経を焼き尽くさんばかりの灼熱感が到来し、蛙のような呻き声が漏れ出した。

 

 刃物が頸へ突き刺された。ただそれだけを理解するのに数秒をも必要とした。

 しかし理解した時には、既に5発もの銃弾が、ゼロ距離から叩きこまれた後だった。

 

「ぬぅうああああああああああッッ!!」

 

 我武者羅に腕を振り回す。

 ハンスに張り付き、無数の傷を与えた異物が離れていくのを実感する。

 

 聴覚は戻らない。視界は血に濡れて不鮮明なまま。激痛の電気信号は全身を絶えず巡回し、神経をズタズタに引っ掻き回している。

 脳裏に根を張るは確固たる事実――たった数十秒の刹那で、満身創痍に追い込まれたという現実だ。

 

 少女の仕業ではない。ゴーストを優しく床へ寝かせようとしているだけで、攻勢に転じる暇は無かった。

 だったら、誰のせいでこうなった?

 

 そんなの決まっている。

 こんな真似ができるのは、この世に1人しか存在しない!

 

(馬鹿な)

 

 寒気に貫かれる。氷漬けにされたかと錯覚する。

 身震いが爪先から頭頂まで伝播していく。

 混乱に呑まれた頭脳が拓かれ、事態を理解していく毎に、血の気が遠退いていくのを生々しくも実感した。

 

(そんな馬鹿な。奴は死んだ。首を絶たれて死んだはずだ! なのに、なのに!)

 

 

 ――どうして、この男はハンスの前に立っている?

 

 

「死神ィィいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!」

 

 血を吐き散らしながら絶叫する。

 現実を直視出来ないと喚くように。滲む視界が捉えた信じ難い光景を、力技で吹き飛ばそうとするかのように。

 

(クソッ! 不味い不味い不味い!! 耳をやられた。平衡を保てない。眼が霞む! 五感が全部狂わされている……!!)

 

 ほんの数秒前なら、死神など子虫のようにあしらえたはずだ。

 人間を越えた身体能力で踏み躙り、首を叩き折ればそれで終わる。それだけで終わるはずの存在だった。

 

 なのに今、ハンスは急所を守るだけで精一杯なほど追い詰められてしまっていた。

 

 死神が迫る。

 死の気配を濃厚に纏わりつかせ、一点の曇りもない殺意と共に。

 

 迎撃しようと拳を飛ばす。足を放つ。

 当たらない。全てあらぬ方向を撫で、代わりと言わんばかりに鼻っ柱へ全体重を乗せた肘打ちを返された。

 

(何故だ)

 

 死神の猛攻は止まらない。

 鳩尾。顎。こめかみ。肝臓――人体のありとあらゆる急所を正確無比に拳で打ち抜かれる。

 使うべき時に使う技を選び、標的を確実に殺害せんとする、一切の無駄がない殺人技術。

 ハンス・ウェスカーは、その凄烈さを身をもって味わわされた。

 

 致命になりかねないナイフだけを辛うじて堰き止める。

 だが防御すれば、隙を突いて予期せぬ方向から殴打に蹴撃が飛んでくる。

 

「何故だッ……!!」

 

 全力で抵抗する。ハンスの膂力なら人間など拳で葬れる。

 なのに当たらない。どうしても当たらない。

 体が触れ合いそうなほど近いのに、ただ一度のパンチすら見舞うことすら許されない。

 

 攻撃すれば倍の痛打を返される。

 逃れようとすれば詰め寄られ、さらなる追撃が襲い掛かる。

 容赦も、加減も、躊躇も、情も無い。どこまでも無色透明な絶対の殺意。

 

 ハンスは生まれて初めて、血肉が凍り付きそうな恐怖を覚えた。

 

 遥かに脆弱なはずの人間が殺せないことへの焦り。負傷を一切感じさせず繰り出される研ぎ澄まされた近接格闘術。

 純黒の戦闘服を纏った紅眼の死神が、その鎌で命を刈り取ろうとしてくる光景が、無力な赤子のように恐ろしい。

 

(わた、しは)

 

 髪を掴まれ、顔面に渾身の膝蹴りを叩きこまれた。

 頭が跳ねる。激痛と衝撃で意識がトぶ。

 

 次の瞬間。鼻腔を鉄錆びた匂いが大挙した。

 鈍く光る銀のナイフが、下顎から一気に刺し穿ったのだ。

 ごぷっ、と生暖かい赤が唇を押し退けて飛び出ていく。

 

(どこで、間違えた)

 

 蹴り飛ばされ、崩れ落ちる。無惨にも血だまりの中を這い蹲る。 

 頭は酷く冷えていた。生存本能がアドレナリンを大量放出させたせいか。ハンスの思考は、窮地の最中で雲一つない青空のようにクリアだった。

 

(完璧だった。リサの洗脳も、死神の対策も、ミスは無かった。何を間違えたんだ)

 

 思考して、思考して、記憶の断片からヒントを探る。

 何が歯車を狂わせたのか。どこが決定的な分岐点になりえたのか。

 

(待て。まさかあの時)

 

 追憶を遡り、違和感に気付く。

 ゴーストにウィルスを投与し、少女を追い詰めたあの時。怒り狂う『LISA-001』が我武者羅に襲い掛かってきて、それを力で捻じ伏せたあの瞬間。

 気付く。あまりにも致命的な見落としに。

 

 ――なぜ、彼女は電撃を使わなかった?

 

(最も有効な手段を頑なに使おうとしなかった。怒り狂って冷静でいられなかったせいか? 違う。むしろ狂乱状態だったなら惜しまず使うはずだ。何故だ? 使うことが出来なかったのか?)

 

 使()()()()()()()()()()()

 悟る。悟ってしまう。

 自問自答が、芋づる式に埋もれた真実を浮上させていく。

 追い詰めていたはずの少女の背後に、死神の入れ知恵が根付いていたという真実を。

 

(身ぐるみは剥いだ。装備は全て捨ててやった。だが腹の中は? 胃袋の中には何があった?)

 

 少女はハンスに追い詰められ、派手に吹っ飛んでは何度も床を這い蹲っていた。

 それこそ、強靭な生物兵器にしては不自然なほど長く。

 

 心神喪失による活動停止と思っていた。完全に屈服させたと思っていた。

 違う。酷く嘔吐(えず)いていたのは、胃袋の中から何かを吐き出していたからではないのか?

 

 例えば、超小型の無線装置。

 

 あり得ない話ではない。死神が万一を想定していないわけがないからだ。

 予期せぬ事態に遭遇し、少女たちが合流不可能になった場合。バラバラに散った少女とハンクは互いに連絡を取り合う必要がある。そうしなければ脱出できない。

 

 ゴーストの無線は既に壊れていた。

 故に端末を呑み込ませ、有事の保険を施していても不思議ではない。

 待ち合わせをセッティングするだけではない。ハンス・ウェスカーという未知の脅威を明確化するため、情報を横流しさせるよう持たせたのだ。

 

(あの時……リサがうずくまってブツブツ喋っていたのは……恨み辛みの戯言ではない! 吐き出した端末を使って、やられたフリをしながら連絡を取り合っていたというのか……!? それしか考えられない! そうでなければ、こんな逆転が起こり得るはずがない!)

 

 退路を断たれ。希望を潰され。ゴーストを人質に取られ。精神を滅多刺しにされて。

 それでもなお、少女は鋼鉄の意思を折らなかったのだ。

 ハンスの誘惑と狙い、置かれている状況、自分の心情を、全て流し伝えていた。

 

 どれだけ嬲られようと。どれだけ踏み躙られようと。

 少女は初めから、屈してなどいなかったのだ。

 

 

 ――はんく。はんく。はんく。

 ――わたしは裏切らない。決してあなたを裏切らない。

 ――だからどうか、信じてください。どうか、わたしのことを信じてください。

 

 

「こん、な、ことが」

 

 不可能だ。有り得ない。信じられない。

 だって、少女は間違いなくハンクを殺そうとしていた。本気だった。一切の手加減なく襲い掛かっていた。

 ハンクだってそうだ。躊躇なく撃った。幾つもの風穴を少女に開けていた。

 

 しかも首は少女の手で落とされた。はっきりと肉眼で見たのだ。幻覚であるハズが無い。

 だったら、あの生首は?

 

(傍に転がっていた、U.S.S隊員の死体か……!)

 

 ガスマスクとヘルメットに覆われていたから分からなかった。先入観で死んだと思い込んでいた。

 あの違和感のない目晦ましすら、真の狙いがハンスの視野を殺すことだったなんて。

 

(全て演技だったというのか……? 互いの動きを読んで、互いの意図を察して、打ち合わせなんぞもないただ一度限りの即興で! 真に迫る殺陣を演じたとでも言うのか!? この私を騙すために!!)

 

 考えてみれば確かにおかしい。『LISA-001』の回し蹴り(ソバット)は一度ハンクに命中した。

 重機に匹敵する膂力で蹴られれば、例え鍛え上げた兵士だろうがその体は砕け散る。吹っ飛んで終わりなわけがない。

 

 少女の手加減と、ハンクの受身が合致していなければ不可能な演劇。

 リハーサルも何もない。互いに互いを知らなければ絶対に不可能な()()だ。博打というのも烏滸がましい、常軌を逸した力技だ。

 

 度し難い。あまりにも度し難い。決して許されることではない。

 死神と少女が共に突破してきた修羅場の数々が、ある種の信頼という形で結実し、ハンス・ウェスカーに一矢報いたなど! 

 

「ふざけるな……!! 私は人間を越えた! 誰であろうと意のままに操ってきた! この私が、虫けらのような浅知恵で!!」

 

 吼える。上体を跳ね起こし、拳を握り締めて牙を剥く。

 ズダンッッ!! と衝撃が走り抜けた。

 体を起こしきるより早く、ハンクが全力で蹴り飛ばしたのだ。

 

 後頭部から床に叩きつけられる。筆舌に尽くしがたいインパクトが頭蓋中を蹂躙した。

 死神が動く。研ぎ澄まされた殺意を、息つく間もなく突き立てる。

 倒れたハンスに馬乗りになり、脳天目掛けてナイフを一直線に振り下ろした。

 

「ぬぐっ、ぐぅぅああああっ! 舐めるな死神ィ!!」

「っ……!!」

 

 ハンスは間一髪で刃を掴み、致命の一撃を食い止める。

 手の皮膚が裂け、血飛沫が顔を濡らす。思うように腕に力が入らない。

 全体重をかけ、脳を刺し抜かんとする死神の攻撃を抑えられない。

 

「がァッ!!」

 

 最後の力を振り絞る。ハンクを思い切り蹴り飛ばした。

 万全なら胴を真っ二つに出来ただろう。しかし、衰弱しきったハンスではせいぜい転ばせる程度のパワーしか出せない。

 

 それでいい。隙を作れればそれでいい。

 脱兎の如く駆け出していく。向かう先は少女でもハンクでもない。

 連絡橋の外へ。何もない真っ新な空間へ。そのまま遥か下層まで、飛び降りようとしているのだ。

 

(褒めてやるぞ死神。私をここまで追い詰めるとは、もはや天晴としか言いようがない! だが最後の最後に勝つのはこの私だ。逃げ延びてやる。生き延びてやる! いくら満身創痍とて、私の肉体はタイラントシリーズに匹敵する! この連絡橋から飛び降りて、いつか復讐のチャンスを――――)

「逃がさない!!」

 

 ズグッ、と。

 宙へ身を乗り出したハンスの腹を、爪が食い破る音がした。

 

「あなただけは逃がさない!! 絶対に倒す!!」

 

 あと少しで自由落下にこぎつけていたハンスは、釣り針に掛けられた魚の如く、再び連絡橋へ引き戻される。

 

「こぉ、の――親不孝ものがァァあああああああッッ!!」

 

 背水の陣。歴戦の兵士と生物兵器に逃げ場を塞がれた手負いの獣は、最後の悪足掻きを繰り広げる。

 腰から拳銃を抜く。バースト機構を組み込んだ改造銃だ。粗雑な照準のままハンクへ向けて発砲する。

 例え無数の反撃を喰らおうとも、この死神だけは道連れにせんという意思を込めて。

 

 銃声。

 発生源はハンスではない。ハンクでもない。

 辛うじて意識を取り戻したゴーストだった。力を振り絞った1発の弾丸が、ハンスの銃を吹っ飛ばしたのだ。

 

「やれ……! 嬢ちゃん!!」

 

 直後、ハンスの腕が彼方へ斬り飛ばされる。

 

「は」

 

 悲鳴をあげる暇すら無かった。

 死神に裏膝へ蹴りを叩き込まれた。体がガクンと崩れ落ちた。首に一瞬で腕を回された。

 頸椎の砕ける音をもって、ハンス・ウェスカーの処刑は執行される。 

 

(こ ん な)

 

 終わらない。生存の可能性を、彼らは1%だって残しはしない。

 少女の電熱ブレードが上半身と下半身を両断した。そのまま心臓を串刺して、電撃を爆発させながら全力で連絡橋の外へ放り投げる。

 

 

「――失せろ。仕事の邪魔だ」

 

 

 死神が投擲した手榴弾が、ハンスの瞳に反射して。

 張り裂ける焔の華が、肉の花弁を舞い散らせた。

 

 

 

 

 

 

「生きて る?」

 

 下半身を失った。

 右腕も消えた。首も折られた。心臓も串刺しにされた。高圧電流を浴びたうえ、至近距離で手榴弾まで喰らったせいで、肉という肉がぐちゃぐちゃだ。

 それでも、ハンス・ウェスカーは生きていた。

 

(『L-adapter』……凄まじい性能だ。これほど生命維持機能が高いとは。リサ・トレヴァー由来の不死性が、功を奏したか。く、く)

 

 血のカーペットを塗りたくりながら、残された左腕を使って這いずり足掻く。

 

(やはり最後に勝つのは私だったようだ。栄養さえ確保できれば手足も再生するだろう。私の、悪運の、勝利だ……!)

 

 非常用エレベーターに乗り込む。スイッチを押し、ドアを閉じる。

 直後だった。猛烈なサイレンが施設中に響き渡り、赤く鮮烈な警告灯が一斉に目覚め始めたのだ。

 

(自爆コードが実行されたか。奴らの仕業か? ……それとも)

 

 何にせよNESTは終わる。証拠隠滅のために組み込まれた自爆システムが作動してしまった。

 もはやNESTなどどうでもいい。今は生き延びれさえすればそれでいい。

 このままターンテーブルまで下り、列車を稼働させて、ラクーンシティの外に出る。

 脱出こそが最優先だ。命さえあれば、また何度でもやり直せる。

 

 ――ガゴン。

 

 ゆっくりと下り始めていたエレベーターが、突然重厚な揺れと共に停止した。

 ドアの隙間から、巨大な腕が挟み込まれている。

 ぬらぬらと体液に塗れた腕。爬虫類を思わせる指と爪。ドブのような強烈な臭い。

 

「ハッ」

 

 こじ開けられる。黄ばんだ瞳と相対する。

 巨大な刃物で抉られたような生傷を無数に抱えた、女の顔を持つトカゲのような化け物。

 元人間。既知だった研究者。『LISA-001』の産みの親。

 

「……これが因果か」

 

 不揃いに並んだ黄色い歯が、糸を引いて開かれていく。

 

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