【完結】The 5th Survivor   作:河蛸

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Chapter1
暗澹の巣


「司令部。こちらαチームハンク。『LISA-001』を()()した。これよりP-4レベル実験室へGウィルスの回収に向かう」

『了解。よくやった。引き続き任務を遂行せよ』

 

 無線を切り、冷凍睡眠装置の管理施設から遠ざかっていく。

 ここは西エリアだ。このまま上層へ登った方がP-4レベル実験室に近い。ハンクは往路の非常用エレベーターではなく、通常時に使われているだろう西エリアのエレベーターを選択した。

 

 エレベーターの元まで辿り着き、スイッチを押す。無音で開いた箱の中へ少女を招き、ハンクも追って入室する。

 強化ガラス製のドアが閉じ、エレベーターが上階へ向かうよう再度スイッチを――押す前に、ハンクは背を向けながら少女に向けて言った。

 

「私の仕事はお前をここから連れ出すことだ。仕事を全うするため、お前には約束を守ってもらう」

「……?」

「ひとつ、騒ぐな。ふたつ、勝手な行動をするな。みっつ、私の指示に従え。いいな」

 

 淡々と、作業的に告げるハンク。

 言うまでも無いが、わざわざこんな事を告げたのは任務を効率よく進めるためだ。

 

 出会って数分足らずだが、彼女の性格が内向的なのは把握した。しかし、だからといって何もしないと決まった訳ではない。何かの拍子に騒ぎ出すかもしれないし、子供特有の好奇心に負けて、ひとりどこかへ消えてしまうかもしれない。

 

 『LISA-001』の運動能力は、ポッドからハンクに気取られず脱出した時点で相当高いことが伺える。彼女はあくまで生物兵器であって人間ではない。本気を出せば、舌の長い怪物のように縦横無尽に飛び跳ねてダクトの奥へ消えていく、なんて真似も十分可能だろう。そうなったらハンクでも追跡は困難だ。

 

 だから規範を設け、予め行動を縛る。

 いつどこで魔の手が襲ってくるかも分からない戦場に身を置いている以上、『LISA-001』の動向ひとつが命とりになりかねない。それを抑制するための規範だ。言葉が通じるイレギュラーだからこそ、出来る芸当だと言えるが。

 

「う、ぅ」

 

 しかし、未だ女性研究者と死別した現実を拭えないのか――子供の精神なら無理もないが――少女は俯きながら、黙りこくってしまっている。

 無音の世界に鼻を啜る音が混ざる。親とはぐれてしまった子供のような嗚咽が絶えない。

 

「……」

 

 ハンクは振り返り、膝を折って、腫れぼったい顔をしている『LISA-001』と目線を合わせた。

 

「死にたくなければ泣き止め」

 

 諭すように、死神は言う。

 煩わしさからくる脅迫ではない。忠告だ。

 そんな有様では脱出は不可能だという、彼からの忠告だった。

 

「お前がどんな環境で育ったかは知らないが、平和なNESTはとっくに消えた。ここはもう戦場と変わらない。怪物が往来跋扈する地獄になったんだ」

「……」

「戦場に大人も子供も無い。最後に頼れるのは自分だけだ。死にたくなければ――母親の死を無駄にしたくなければ、余計なエネルギーを消耗するな。己の身一つで道を開ける状態を常に整えておけ」 

 

 真っ赤なレンズの奥の瞳を、じっと見つめる銀髪の少女。

 言葉を咀嚼するように、少女は涙をごしごしと拭う。小さくとだが、しっかり頷き首肯を示した。

 ハンクは腰を上げ、踵を返してスイッチに手を伸ばす。

 

 その時だった。ブゥン、と古い蛍光管の断末魔のような音が聞こえたかと思えば、NEST全体がゆったりと暗黒に包まれたのである。

 停電だ。タイミング悪く、主要電力源に問題が発生したらしい。

 

(ラクーンの変電所でトラブルか? それとも送電経路に何かあったのか)

 

 しかし、その解釈はすぐに誤解であると判明する。

 もしそうだとしたら、NESTを管理している人工知能が直ちに非常用電源へ切り替えるはずだ。なのにその気配が一向に無い。数分間待機したものの、結局暗闇が晴れることはなかったのだ。

 

 ということは、停電の原因はラクーンシティ側ではなくNESTの電力供給システムそのものにあるのだろう。

 

(……階段を使っても実験室は全て電子ロックで封鎖されている。電気を戻さなくてはサンプルの元まで辿り着けない。やむを得ん、電源を確認するしかないか)

 

 そうするためにも、まず密室と化したエレベーターからの脱出が必要だ。

 ハンクはライトを点灯し、エレベーターのロックを手動で解除できるフックが無いか確認した。

 だが見当たらない。スイッチの付近や電子パネルの下にもない。どうやらエレベーター内には無さそうである。

 

 秘密裏の施設と言う立場上、ほぼ自治的に運営されているNESTだからこその弊害とでも言うべきか、外部からの助けなく長期間閉じ込められるというケースは想定されていなかったのだろう。

 

 幸い、まだ最下層から移動していない。ドアさえ開ければ行動出来る。

 ただしドアの構造上、手動でのこじ開けは不可能だ。強化ガラスを破るしかない。

 

「離れていろ。身を低くして頭を庇え」

 

 MUPに切り替え、セーフティを解除しながら指示を出す。少女は言われた通り頭を抱えながら、一番後ろまで下がってしゃがみこんだ。

 直後、数回の発砲音が響く。強化ガラスのお陰で跳弾は起きず、叩き込まれた弾丸はガラスの中に食い込み一気に亀裂を拡散させた。

 

 ひび割れたガラスを蹴り破る。派手な高周波が無音の空間を劈き奔る。

 直後、この世のものとは思えない金切り声が遠方から爆発する。怪物だ。気付かれた。

 しかし想定通りだ。聴覚が強化されているリッカーにとって、今の破壊音は朝食を知らせる食堂のベルに等しいと知った上での行動だ。

 

「動くな、『LISA-001』。そのままじっとしていろ」

 

 ヘッドライトに切り替え、LE5を構えて標的を待つ。

 

 獣の爪が壁や床を引っ掻く音が聞こえる。それはどんどん、尋常ならざる速度で近づいてくる。

 音の濃淡から10m圏内に怪物がいると推測し、ハンクは手榴弾を暗闇へ向かって投擲した。

 瞬間、爆熱が闇を食い破ると同時に、至近距離にいた一体の半身が弾け飛んだ。さらに拡散された殺傷性の破片が、中程度の距離にいた個体の体表へ容赦なく突き刺さり動きを止める。

 

 唯一射程距離外にいた個体が、人間を容易くスライスする大仰な爪を振り上げながら、ハンクに向かって飛びかかった。

 

 冷静に半身をずらしつつ無数の射撃を叩き込む。弾丸は頭部を中心に怪物の肉を削ぎ落し、瞬く間に蜂の巣へと加工する。

 空中で体勢を崩され、しかし勢いを止めることが出来ず吹っ飛んでくるリッカー。ハンクは飛来する亡骸を蹴り飛ばし、肉塊がエレベーター内へ着弾することを阻止した。

 

 瞬時に標的を変える。破片のダメージから復帰しつつある個体に更なる銃撃を浴びせ、完全に沈黙させた。

 リロードを行う。空の弾倉を懐へ仕舞いながらも、周囲へ五感を張り巡らせるのも忘れない。

 

「クリア」

 

 沈黙を浴びる。追撃がやってくる気配は無い。

 ハンクはようやく臨戦態勢を解いた。

 

(……好ましくない状況だな)

 

 心の内に吐き捨てる。停電が招くだろう、これからの障害たちへの懸念だった。

 

 全施設が停電に見舞われているならば、当然B.O.Wを保管してある設備も全てシャットダウンしていることだろう。ハンクが目覚めた時点で既に脱走の痕跡を複数発見したというのに、追い打ちを掛けるが如く全ての隔離が解放されてしまったとくれば、この暗澹の底に沈んだNESTがどのような意味を持つのか想像に難くない。

 

 視界不良。装備不十分。おまけに保護対象まで有り。そしてNESTは、文字通り怪物の巣と化した。

 絶望的。それ以外に現実を表す言葉はない。壁を縦横無尽に這い回るリッカーのみならず、まだ未遭遇の生物兵器まで徘徊しているとくれば、天井の通気口のみならず何もない壁や天井だって一瞬も油断できない状況だ。

 

 しかもハンクにとってのデッドラインは一撃だ。そう、たった一撃なのだ。

 たかが指の逆剥け程度でも、感染体から傷を受ければ死と同義である。T-ウィルスに侵食され、いずれ自我の無い化け物に変わる運命が待つのみとなってしまう。

 

 絶対に攻撃をもらってはいけない。ただの一度も攻撃をもらわず、作戦を遂行しなくてはならない。

 そんなハンクの立場において、停電は最悪に近いシチュエーションだった。

 

(電源はどこだ。NESTはどこで電気をコントロールしている?)

 

 それでもハンクは怯まない。ただただ最善の行動を模索する。

 

 地図を脳裏に復元させる。作戦に使った経路を基準に、電力源がどこにあったかを思い出す。

 確か、動力源は中枢にあった。それも最深部――ハンクがいる層のメインシャフトにブレーカーシステムが据えられていたはずだ。

 

 新たな目標を設定したハンクは、すぐさま行動を再開する。

 

「来い、『LISA-001』」

 

 呼び声に応じて、蹲っていた少女が動き出す。恐る恐るエレベーターから顔を出しながら、傍に転がる三つの肉塊を目にしてパチパチと瞼を瞬かせた。

 ハンクの元へ駆け寄る少女。ハンクは『LISA-001』の無事を確認すると、暗闇の進軍を開始した。

 

 ひたひたという少女の足音以外、静謐に包まれた虚無を歩く。

 

 ふと、ハンクは背後の足音が急に途絶えたことに気がついた。

 振り返る。やはり『LISA-001』は立ち止まっていた。どういう訳か、じぃっと、背後の闇を見つめている。

 視線の先には怪物の死体が転がっているだけだ。他には何もない。怪物が追加でやってくる気配も無い。

 

 ハンクに兵器の思考を読むことは出来ないが、彼女が死体を気にしているらしいことは分かった。

 それも恐怖や嫌悪の類ではない。しかし好奇心ともまた異なる。

 まるで、鮮やかな花を見つけた蝶のように視線を奪われていた。

 

「何をしている。行くぞ」

「んぅ。う、う……」

 

 ハンクと死体の間で視線を行き来させる少女。

 葛藤のような色が見えた。ハンクの指示に従わなくてはいけないが、あの死体がどうしても気になる。そんな狭間で揺れているような表情だ。

 

「それは死んでいる。気を逸らすな、さっさと来い」

「…………」

 

 少女は再度死体を一瞥して、今度こそハンクの傍へと戻っていった。

 

 

 

 

 メインシャフトへの道中は比較的穏やかな道のりだった。

 

 活動を始めている感染者はいたものの、まだ数が少なかったことが幸いした。活動前の休止段階にいるものがほとんどで、ハンクや少女が傍を通っても指先一つ動かさないものばかりだったのだ。

 

 だが油断は出来ない。やはり電源が落ちたせいか、目覚めたばかりの頃より明らかに生物兵器の気配が増している。

 視覚を持たないリッカーだったからこそ無視が出来たと言える。これがハンターシリーズのような視覚に頼るB.O.Wだったら、狭い通路での乱戦を余儀なくされていたかもしれない。

 

(メインシャフトはここか)

 

 巨大な空間の中央、四方から伸びる連絡橋の交差点に佇む、柱の中身を刳り貫いたような場所があった。

 上層の清潔感漂うものとは一転し、金網を張り巡らされた作業効率優先の床だ。メンテナンスに携わるエンジニア以外が立ち入ることは滅多に無いのだろう。

 

 中心には円状の機械がある。バチバチと火花が散り、盛大なショートを起こしていた。

 その渦中には作業員らしき死体が覆い被さっている。よく見ると腕が機械の基部と接触しており、大電流の影響かドス黒く焦げていた。

 

(コレのせいでブレーカーシステムが故障したらしい。何があった?)

 

 ひとまず死体を退かす作業に移る。まともに触れれば感電の恐れがあるので、死体を蹴り飛ばして処理した。

 一際強く火花が弾ける。ほんの少しだけ施設に通電の兆しが見えたが、しかし、完全に明かりが戻る気配は無かった。明らかに脆弱だ。

 

(駄目だ、ヒューズがイカれている)

 

 ブレーカーシステムが、最後の力を振り絞って壊れたヒューズを排出した。触れられないほどの熱が放散されるのを待ってから、ハンクはそれを回収する。

 大きく、特徴的な形状をしたヒューズだ。まるでSF映画に登場するロボットの部品のようである。このブレーカーシステムに合わせて造られた特注品なのかもしれない。

 

(予備を探さなくてはならないが、さて、どうする)

 

 困ったことに、ハンクには部品の在処にアテが無い。完全な手探りだ。しかもこの暗闇の中とくれば、いくら巨大なパーツとはいえ捜索は困難を極める。

 

 冷静に、ハンクは部品の構造から予備の在処を考察する。

 

 研究所の電力を担うほどとなれば、きっとこのヒューズは大電力に耐えられるような超伝導体で製作されているだろうと推測した。であれば、状態を保持するために低温下で保存している可能性が高い。

 意図的に温度を下げている場所があるとすれば、東エリアの低温実験室か『LISA-001』を覚醒させた冷凍睡眠装置管理施設のどちらかである。

 

 思考に耽っていると、何やら視界の端でゴソゴソと動いている姿が見えて、ハンクは少女の方へ振り向いた。

 死体の服から何かを取り出そうとしている。紙だ。ポケットの中に突っ込まれている紙を取り出そうとしていた。

 

「何をしている」

「これ」

 

 少女は紙を取り出すと、ハンクへそっと手渡した。

 焦げている箇所もあるが、ブレーカーシステムに関するマニュアルだ。簡略ながら、機械や各部品の取り扱いに始まり、メンテナンス法まで一通り記されている。

 

 目を通してみると、やはりヒューズは低温下で管理しているらしかった。しかもヒューズケースを装着するには、低温下で装置を使って行う必要があるらしい。

 

 ハンクは消去法的に低温実験室にあるだろうと推測した。『LISA-001』を目覚めさせた部屋にはポッドと管理コンピューターがあるだけで、ケースを装着できそうな装置など見当たらなかったからだ。

 

「よくやった。低温実験室に向かうぞ」

「ん」

 

 僅かに喜色を浮かべ、首肯する少女。

 ハンクは横を通り抜け、東エリアに向かって歩き出す。

 

 階段や梯子を使い、散乱した障害物を乗り越え、やがて最下層東エリアへ辿り着いたハンクたち。どこかに上層へ続く道は無いかと探索を続けていく。

 

(……駄目だな。()()()()()()()

 

 これほど広大な施設となれば、ハンクが把握していない非常口のひとつやふたつあるかと踏んでいたのだが、予想を外れてどこにも存在しなかった。どうも上層の連絡橋だけが東エリアに続く道らしい。

 

 しかし、今のNESTは電力が途絶えている。もし連絡橋が格納されていた場合、開通させるのは不可能だ。どちらにせよヒューズを先に調達しなくてはならなくなる。

 

 そこでハンクは考えた。この施設全体に張り巡らされていて、直接的にも間接的にも繋がっている裏道を。

 そう。ウィリアム・バーキンを奇襲した時と同じく、ダクトを通じて東エリアへ向かうという作戦だ。

 

(恐らくダクトは既にB.O.Wの獣道になっている。リスクは遥かに大きい。『LISA-001』を同行させるなら尚のことだ)

 

 目を離した隙に逃走される可能性がある以上、少女を置いて東エリアへ向かうことは出来ない。必ず同行させるしかない。

 だがダクトは未知の脅威でいっぱいだ。あのような閉鎖空間でリッカーに挟み撃ちにでもされたら、生き残れる保証はない。

 

(だがやるしかない。任務を遂行するには、ダクト以外に道はない)

 

 ハンクは即決で判断した。すぐさま傍の通気口を探し、周囲を確認してから『LISA-001』を下がらせ、蓋のボルトを銃撃する。

 盛大な金属音が鳴り響く。しばらくダクトの様子を見守った。怪物と鉢合わせになる危険を避けるためだ。

 

 数分経ち、何もやってこないことを確認して、ハンクは傍の障害物を積み上げて足場を作り出していく。

 先にダクト内の安全を確認し、まずは少女から登らせようと選択した。

 

「入れ」

 

 手を伸ばし、抱えようと促す。しかし少女は手を受け取らなかった。

 少女はなんと、自身の三倍以上も跳躍してダクトの縁を掴み、そのまま中へとよじ登ってしまったのである。

 腐ってもB.O.Wか――ハンクは改めて、『LISA-001』が人ではないと認識する。

 

「ん」

 

 ダクトの中から見下ろし、まるで物陰に隠れ潜む猫のようにハンクを待つ少女。

 ハンクは手持ち無沙汰になった腕を引っ込めると、少女に続いてダクトの中へと侵入した。

 

 狭いと言えども、やはり大施設スケールのせいか比較的広い。ハンクでもかがめば十分歩けるレベルだ。背の低い少女にとってはただの道でしか無いだろう。

 

「警戒を怠るな。背後から音がしたら、私に知らせてすぐに伏せろ」

 

 注意を促しながらダクトを歩く。目的は東エリア中層、低温実験室だ。

 角を曲がり、婉曲した金属の坂を『LISA-001』の手を引っ張りながら乗り越え、的確かつ着実に進んでいく。

 

 状況は全く別だが、ハンクはまるで任務が振出しに戻ったような錯覚を覚えた。バーキンにコンタクトを取った時も、こうして気付かれないように進んでいたものだ。

 

「はんく」

 

 舌足らずな声で名を呼ばれ、行進を止める。

 静かに振り返ると、少女は怯えの顔色を浮かべながら後方を指さしていた。

 

 少女のか細い指先が、狭苦しい金属の檻で蠢く物体を示している。遠目過ぎてよく分からないが、うねうねと蛇のようにのたうつ、しなやかなナニカだった。

 やがて、ハンクは配管の隙間から無数に這い出てくるソレの正体を知る。

 

(まさか)

 

 植物だった。植物の(ツル)だった。

 信じ難いことに、本来なら易々と動けるはずがない植物が、まるで意志を持った動物のように驚異的なスピードでダクトへ侵入してきていたのである。

 それも、ハンクたちを捕らえ養分に変えんと言わんばかりに、明らかな殺意を向けながら。

 

「『LISA-001』、急げ!」

 

 アレの正体が、東エリアで研究されている植物ベースのB.O.W、プラント43だと直ぐに理解した。停電が原因かは分からないが、何らかの原因で暴走し、テリトリーへ侵入した獲物である彼らに襲い掛かって来たのである。

 

 植物型生物兵器に通常火器は通用しない。それもツルが相手では銃器など何の意味もなさない。

 声を上げて『LISA-001』を誘導し、ハンクはダクトを全力で駆け抜ける。

 

 植物の侵食スピードは、ハンクの想像を遥かに超えていた。

 さながら悪意を手に入れた蛇だ。狡猾に、確実に、僅かな隙間からでも侵入し、ハンクと少女の足を絡め取らんと溢れ出す。

 

 穏やかだが必殺の猛攻を間一髪で掻い潜る。足や腕に絡みつかれそうになればナイフを振るい、『LISA-001』を援護して、低温実験室へと突き進む。

 

「ッ」

 

 目標地点まであと十数メートルを切った矢先、ハンクと少女は逃亡にブレーキをかけた。

 原因は前方だ。彼らの行く手が、忌むべき植物の塊で埋め尽くされていたのだ。

 しかもただの塊ではない。肉と植物の融合体とでも言うべき、悍ましすぎる物体だった。

 

 リッカーだ。無数のリッカーやNESTの研究員が獰猛な植物の網に捕らえられ、ダクトの中へ引き摺り込まれた成れの果てだったのだ。

 道理で怪物が現れなかったものだとハンクは理解した。東エリア付近に侵入した怪物は、この怪植物の餌になっていたのである。

 

(東エリアも既に崩壊していたか。だがヒューズを回収しなければ任務の遂行は不可能。何が何でも手に入れなくてはならない)

 

 ツタは獲物の皮膚を破り、肉を侵し、ぐじゅぐじゅと生理的嫌悪感を催す粘質な音を立てながら、体という土壌から養分(ちにく)を存分に吸い上げていた。

 背後から迫る追手に捕まれば、次にあの姿となるのは自分自身で間違いない。

 

 瞬時に視点を切り替え、真下の通気口を渾身の力で蹴り飛ばす。二度、三度、ストンプを加える度に金網は歪み、遂に活路は開かれた。

 

 獲物の気配を辿って植物が迫る。ツタ先端部の花のような形をした捕食器官が、粘液を引きながら口を開いた。

 ハンクは少女を抱えると、躊躇なくダクトの外へ身を投げた。

 




※補足
・前回で冷凍睡眠装置管理施設とか書いててなんですが、マップは若干改変しています。オリジナル通路の他、RE2では無かったヒューズ入れるメインシャフトみたいな、原作2から流用した辺りです。他にも溶鉱炉とか使わない手は無いよねと。

・プラント43とイビーはRE2設定です

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