【完結】The 5th Survivor   作:河蛸

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遺志を

 間一髪で怪植物の襲撃から逃れたハンクたちは、東エリアの一室に避難していた。

 未だ植物の侵食が及んでいない領域だ。どうやらプラント43は温室を中心に一定範囲を縄張りにしているらしく、索敵範囲さえ振り切れば深追いされることもなかった。

 

 ひとまず、遁走で消耗したスタミナを整えながら現状を分析する。

 

(記憶が正しければ、低温実験室までそう距離はない。ヒューズを回収して戻ればいい話だが、問題はダクトを巣食っている植物だ。アレをどうにかしなければ帰路を確保できない)

 

 電気が通っていない以上、東エリアからメインシャフトへ戻る正規ルートが使える保証はない。仮に使えたとしても、連絡橋まで辿り着くには温室を突破する必要がある。

 言わずもがな、強行突破など愚策中の愚策だ。温室はプラント43の根城であり、そんなところを通り抜けようものなら食虫植物に誘われた蠅よろしく養分にされるのみである。

 

 やはりダクトを使って戻らなくてはならない。そのためにも、植物を食い止める何らかの方法が必要だ。

 しかし今のハンクが持ちうる情報や武器で打ち立てられる策は無い。ひとまず植物の対抗策は隅に置き、ヒューズの回収に専念しようと決断する。

 

「休憩は終わりだ。行くぞ」

 

 声を掛けたところで、ハンクは少女の些細な異変に気付く。

 少しだけ足取りが不安定だった。ほんの一瞬だが、僅かにフラリと傾いたのである。

 疲弊の兆候だ。人間より遥かに頑強なB.O.Wが体力的に摩耗しているとは考え難いが、顔色からしても彼女は倦怠を帯びていた。

 

「どうした」

「……ん、ぅ。だいじょうぶ」

 

 微笑み、平常に戻る少女。

 繕ってはいるが、無理はしてない。大方女性研究者との別離や環境の一変によるストレスのせいだろう。

 

 しかしB.O.Wの取り扱いにおいて、最も警戒すべきは生命危機による暴走だ。

 T-ウィルス型兵器の究極系たるタイラントシリーズを筆頭に、アンブレラの獣は生命活動が危険にさらされると、細胞活性のリミッターを外すことで予測不可能な暴走状態を引き起こすことがある。

 

 ハンクは『LISA-001』がどの系譜のB.O.Wか知らないし興味も無いが、彼女が未知の突然変異を引き起こす可能性を秘めていることは重々承知していた。どれほど取り繕おうが、『LISA-001』は意思を持った爆弾なのだ。

 だからこそ、彼女の戦闘機会を極力避け、ケアに余念を欠かさないよう動いている。

 

「異常があれば報告しろ。特に、お前の不調は任務の失敗を招きかねない。忍耐と無謀は別物だと肝に銘じておけ」

「うん」

 

 少女への意識を緩めぬまま、ハンクは暗闇のNESTを歩く。

 意外にもあっさりと、低温実験室へ続く扉の前に辿り着いた。

 ただし電気が落ちていて自動ドアは開かない。電子ロックがかかったままだ。

 

(手動でこじ開けるのは不可能。銃撃も無駄に弾を減らすだけ。となれば……) 

 

 ハンクは腰元の手榴弾に意識を向けた。

 手持ちの手榴弾は残り2つ。爆発の際に懸念すべきリッカーたちは殆どプラント43に捕らわれており、炸裂させたところで襲われる心配はない。

 爆弾を使っての強行突破。それが効率的にも妥当かと判断する。

 

 それを遮ったのは、黙ってハンクに付き添っていただけの少女だった。

 

「あけたい?」

 

 舌足らずな言葉で簡素に尋ねる少女。どういう意味なのか、ハンクは暫し困惑した。

 言葉通りに受け取るなら、この少女は扉を開ける術を持っているらしい。生物兵器の腕力を駆使し、無理やりこじ開けるつもりなのかとハンクは訝しんだ。

 

「何をする気だ」

「ん」

 

 ハンクの予想に反して、少女のとった行動は穏やかだった。

 ドアに手を添える。ただそれだけ。殴りつけるわけでも、ロックを無視して引き剥がすわけでもない。本当にただ添えるだけだ。

 

 たったそれだけの動作で、自動ドアは電子音の欠伸を一瞥しながら、独りでに開いたのである。

 まるでドアが息を吹き返し、ハンクたちを迎え入れようとするかのように。

 

「!?」

 

 流石のハンクも動揺を隠せなかった。むしろこれで驚かない人間など存在するだろうか。

 NESTは停電に見舞われている。どこもかしこも暗闇と無音に塗り潰された沈黙の世界となっている。

 その事実に違いはない。自動ドアが勝手に動き出すなんて有り得るはずがないのだ。

 

「何をした?」

「びりびり」

 

 短く、抽象的な言葉で告げる少女。

 それが『LISA-001』の持つ、ある種の特性のようなものを表現しているとハンクは解釈した。

 

 彼女は体内に何らかの発電器官を備えているのだろう。ロックフォード島で開発されたサンショウウオベースのB.O.Wのように、筋肉組織の変異によって発電能力を獲得した例もある。電気を扱う人型B.O.Wが開発されていても不思議ではない。

 

 驚くべきはその精密性だ。機器を破損することなく、適切な電圧電流を局所的に供給してみせた電気操作能力は十分驚愕に値する。少なくともハンクの持つ情報には無いものだ。

 

(電子ロックまで解錠可能とは、ますます暗殺向きの兵器だな。アンブレラが欲しがるのも無理はない)

 

 よくやった、と一言添えて、ハンクは開いた門戸を潜る。

 サーチライトで物陰を確認し、感染者を警戒しつつ低温実験室を目指す。ひとつ死体が転がっていたものの反応はなく、壁に寄りかかった状態で息絶えていた。

 

 構わず進み、実験室の前に立つ。入り口同様停電のせいで開かないため、同じく少女の手により開放させた。

 途端、防護服越しでも体を蝕むほどの冷気が容赦なくやってくる。

 

(異常な室温だ。いくら低温実験を目的に造られた部屋とはいえ、限度がある)

 

 実験をしようにも、機器や棚の薬品まで凍りついていては話にならないだろう。室温をコントロールする機器が故障しているのかもしれない。

 

「寒さに耐えられなければそこで待機しておけ。すぐに戻る」

「へーき」

 

 刺すような冷気を前にしても、顔色ひとつ変えない少女。

 そんな彼女の衣服はいたってシンプルで、到底冷気を阻める代物ではない。なにしろ身に着けているものは小さなネックレスと、丈こそ長いものの生地の薄そうなワンピースだけである。

 靴どころか靴下すらない裸足という有様で、そのまま霜がこびり付いた床の上を歩くなど正気の沙汰では無い。下手をすれば凍傷はおろか、皮膚と床の癒着による強制剥離の危険まで考えられる。

 

 しかし、少女はなんともケロリとしていた。やせ我慢ではない。本当に平気らしい。極寒を生きる動物のように皮膚の断熱能力が高いのか、発電能力のせいかは不明だが。

 

(ヒューズを探さなくては)

 

 捜索を始める。積まれたダンボール箱や缶の開封、戸棚の中身を入念に調べ上げていく。

 すると、デスクの上に散乱する器具類の中に紛れ込む形で、ヒューズが安置されていたのを発見した。

 

 しかし厄介なことに、ヒューズは金属製のケースが取り付けられている状態だった。メインシャフトで使うためには、まず頑強なケースから中身を取り出さなくてはならない。

 

(ケースの解除は低温下での作業が必要だと記されていた。取り出せるとすれば、あの装置か?)

 

 ハンクが目を留めたのは、実験室中央に鎮座しているガラス張りの奇妙な装置だ。

 外部から円筒状の物体を挿入できるようになっており、内部のクレーンを使って様々な精密作業が行える代物らしい。付属のボタンを見る限り、パーツの取り外しや対象物の急速冷凍といった作業が行えるようだ。

 

 ただし言うまでも無く、肝心の電気が無くては装置を動かせない。

 ならば、選べる選択肢はひとつ。

 

「『LISA-001』。こいつを動かせるか?」

 

 ハンクに尋ねられた少女は、じいっと装置を観察して、小さく頷き肯定を示した。

 宣言に嘘偽りは無く、少女は装置のコンセントを発見すると、小さな手でぎゅっと包み込んでしまう。

 

 駆動音が装置の目覚めを緩やかに告げる。ボタンやガラス内部の電灯が回復した。

 ハンクは素早くヒューズを挿入すると、内蔵されたアームを使ってケースから本体を摘出する。

 

「よくやった、もういいぞ」

 

 排出口からヒューズを受け取り、懐へ仕舞う。要件を終えたハンクは、『LISA-001』を連れて冷凍実験室を後にしようと移動を始め、

 

「はんく」

 

 少女の何かを発見したような声を受け、再びその場へ縫い留められてしまった。

 視線を遣れば、少女が手招きをして呼んでいる。部屋奥の机の影だ。ハンクは少女が何を目に留めたのか、念のため確認に向かう。

 

「……」

 

 そこに転がっていたのは、全身に霜を付着させた男の無残な死体だった。

 いや、死体と呼ぶのは正しくない。まだ微かに息はあり、末期感染者には無い人としての生気が感じられる。

 感じられるのだが、しかし、もはや手遅れと言う他にない容態だった。

 

()が生えている。ダクトで目撃した肉塊と同じだ)

 

 顔の右半分から、のたうつ新緑色の触手が生えていた。

 男の肉を苗床にしている。植物は極細の根を皮下に張り巡らせて、緩慢だが着実に体を侵食し、外部へ露出した植物体へ栄養を届けていた。

 

 発芽は顔だけに留まらない。袖から覗く右腕も酷い。よく見ると、肘関節に黄色い腫瘍のようなものが形成されている。

 それは脈打ち、膨張と縮小を繰り返しながら、芽全体へ体液を行き渡らせる心臓のように拍動を続けていた。

 きっと、服の下はさらに惨たらしい光景が広がっていることだろう。

 

「うっ……! ごほ、げほっ!」

 

 不意に男が咳き込んだ。根の及んでいない左目がゆっくりと開かれていく。

 死んだ魚のように霞んだ瞳に、ほんの少しだけ光が宿る。胡乱な焦点が定まって、傍にいたハンクと少女を捕捉した。

 

「……『LISA-001』? どうして、こんなところに。しかも、ああ、その鴉みたいな恰好、U.S.Sか。ぐっ、く、来るのが、遅いんじゃないか……?」

 

 激しい喘鳴を奏でながら、コールタールのような喀血で床を塗り潰す男。

 虫の息だ。辛うじて命を繋いでいるに過ぎない。いつ事切れ、植物に養分を供給するだけの土壌となるか時間の問題だ。

 

 少女はそんな男を不安そうな表情で見つめていた。おろおろと、どうすれば良いのか分からないといった様子である。

 

「知り合いか?」

「……おかし、くれたひと」

 

 どうやら既知の仲らしい。深い親交はなさそうだが、『LISA-001』とコンタクト歴のある研究者ということは、『LISA-001』の研究に関わる情報を持つ可能性がある。例えば、彼女の研究データの在処とか。

 

 ハンクは膝を着き、朧に意識を取り戻した男へ問いかけた。

 

「『LISA-001』を知っているらしいな」

「……ああ、知っている。こいつの開発者に……秘密裏の協力を任されてね。少しだけだが関わっていたよ。今じゃ研究もクソも無い地獄だが……それを聞いてどうする……?」

「任務のために彼女の情報が欲しい。開発データの保存場所を知りたい」

「はは、任務、任務ねぇ……。上は俺たちの命より、生物兵器の方が大事ってか……ッ」

 

 粘質な暗赤色の液体が零れ落ちる。臓器を丸ごと吐き出したかのような、凝固しかけた血液の塊だった。

 塊の中には、小さな種のようなものがいくつも混じっている。

 

「いいさ、教えてやる。これが最後の仕事だ。……西エリア中層、個人研究室に向かうといい。そこのロッカーかパソコンの中にあるだろうよ……。部屋はそいつに案内させな。彼女を匿っていた部屋だ。知っている、げほっ、はずだ」

「了解した。協力感謝する」

「礼はいらねぇ。どうせ助からないんだ。秘密なんて持ってても意味が無い。……だが、だが。あんた、代わりにひとつだけ、俺の頼みを聞いちゃくれねぇか……っ?」

 

 植物の及んでいない左腕を、苦悶を浮かべながら動かす男。満足に神経が働かない五指を必死に言い聞かせ、内ポケットから液体の入った試験管を取り出した。

 指の力が抜け、試験管が虚しく床を転がる。男は目で『拾え』とハンクに訴えた。

 意思を汲み、ハンクは試験管を回収する。

 

「そいつは……植物の体液移動を阻害する薬品だ」

 

 ひゅうひゅうと、気管に穴が空いているかのような雑音を交えつつ、男は振り絞って言葉を紡ぐ。

 

「ここに来る途中、あんたも見ただろう……? プラント43。あの、クソッタレの人食い観葉植物だ。あんたさ、あの化け物にそいつをご馳走してやってくれないか。プラント43を、止めてくれないか」

 

 懇願だった。命を賭した懇願を、男はハンクに託そうとしていた。

 プラント43の凍結。その一大任務を、見ず知らずの男に委ねようと。

 

「枯死剤を使えばアレを殺せるが……薬剤を調達するには、まずプラント43を出し抜いて薬品実験室へいかなくちゃならない。そんなの不可能だ。だからこれを使え……こいつを使って体液の流れを止めるんだ、U.S.S。そうすりゃ、やつは木偶の坊だ」

 

 植物であるにも関わらず、プラント43が運動能力を獲得しているのは、体液移動による仕掛けが原因だ。

 

 食虫植物のハエトリグサが一瞬で葉を閉じ虫を捕獲できるのは、細胞間の迅速な水分移動による、組織の軟化と硬化のメカニズムである。

 同じく、プラント43は尋常を越えた体液移動によって、動物に匹敵する活動を可能とした。

 

 男が言っているのはそれだ。薬を使ってそれを剥奪しろと言うのだ。

 プラント43の停止を訴える隻眼は、悲哀とも憤怒とも絶望ともつかない、擦れた極彩色の感情で塗り潰されていた。

 

「あの野郎は……俺の友人を何人も食いやがった。足を掴んで、目の前で攫って、吊るして、種を植えて……地獄だったよ。どうすることも出来なかった。イーストエリアは封鎖されていて、橋を架ける権限の無い俺たちには逃げ出すことさえ許されなかった」

 

 教会で告白する懺悔のように、息絶え絶えに心中を吐露する男。

 きっと、彼は自分の終わりが近いことを悟っている。だからなのだろう。見ず知らずのハンクに独白を続けているのは。

 

「オレは運よく生き残ったが……絶望だった。出口は無いし、仲間は死んだか()()()()()()。救援も無い。死ぬのがほんの少し長引いただけ。……だからさ、せめて、せめてちょっとだけでも、仲間を食った化け物に、一矢報いてやろうと思ったんだ」

 

 お陰でこのザマだ――男は自嘲的な笑みを浮かべた。

 

「命からがら逃げだして、ここに避難した。極寒なら植物の侵食を食い止められるかもって、冷却装置を全開にして……っ、あ、あがっ!? あ、あああああッ!!」

 

 突然だった。前触れもなく絶叫が奔り、背骨がエビのように曲がり始めたのだ。

 メシメシと木々が軋むような音が男の体の中から聞こえる。額に脂汗が浮かび、表情筋は苦痛を象った。

 

 根が皮膚の下をミミズのように進んでいるのが、ライトに照らされてハッキリと見える。停電の影響か冷気が停滞し、遅れていた侵食が再開したのだろう。

 芽が皮膚を内側から喰い破り、次から次へと溢れ出てくる。悪趣味な草原の成り立ちを、早送りで見せられているかのような光景だった。

 

「あ、あ、ぎっ、ちく、ちくしょう、また動き始めた……! 痛い、痛い、痛い! 根が、根が這いずってる! ああああいやだ、やめてくれ、嫌だ嫌だ嫌だ!! ぎ、ひ、ごぼ……!!」

 

 蔦が食い込んでいた右眼窩から、眼球が腐った果実のようにドロリと落ちた。空洞から粘質な血液が滴って、霜を薄汚く染めていく。

 

 全身を痙攣させ、泡を吹き出し、男は激痛に絶叫しながら体を搔き毟る。あまりの力に爪が割れ、ビリビリと衣服が裂けてしまった。

 無数の芽がウゾウゾと蠢く醜悪な体が露わになる。少女はあまりの残酷さに後ずさり、震えながら顔を背けてしまった。

 

「ああ、ああ、クソ、あんた、おい、なぁ聞いてくれ、その薬をプラント43の土壌に差し込むんだ! 土に混ぜろ! そうすればすぐにでも効果が出る! 仇を、かたき、を、っづ、ああああッ!!」

 

 獣のような絶叫が部屋を薙ぐ。少女は涙を蓄えながらハンクに縋った。

 

「はんく、はんく、どうすれば」

「……どうにも出来ん。ただ死を待つのみだ」

「そうだ、その通りだ、オレはもう助からない」

 

 少女の肩がビクンと跳ねる。

 もう助からない――その言葉が、先の悲劇を想起させた。

 

「だから頼む! そいつで撃て! 撃ってくれ! せめて人のまま死なせて欲しい! 化け物になんかなりたくない!」

「……元よりそのつもりだ」

 

 MPUのセーフティが解除される。漆黒の銃口が男の額を正確に捉え、ハンクは引き金に指を沿えた。

 この至近距離だ。決して外すことは無い。

 だから職員の手を握る少女に、退避命令を下すことはしなかった。

 

 青ざめた手をぎゅうっと握り締める少女を、男は僅かに残った視力で捉える。既に根は右眼球の莢膜にまで侵食し、無花果のように腫れ上がっていた。見えているのが不思議なくらいだ。

 

「……なんだよ。オレを看取ってくれるのか? 生物兵器のお前が?」

「う、ぅ」

 

 生物兵器。そんな言葉を掛けられるには相応しくない、悲痛な面持ちで少女は呻く。

 不思議なことに、男は笑みを浮かべていた。

 友人も死に、家族に会えることも無く、ただ孤独の闇に命を落とすだけだった彼にとって、自分を看取る者の存在が細やかな救いになったのかもしれない。

 

「…………はは。ちくしょう、あいつめ。とんだ兵器造りやがって。結局、兵器職人としちゃあ落第もいいとこだったな。オレもお前も」

 

 瞼が降り、吐息が落ちる。

 全身を苛む激痛を感じさせないくらい、穏やかな表情で満たされていく。

 

「ああ……こんなことなら、飴玉くらいたらふく食わせてやりゃよかったなぁ」

 

 ――死神の一射は、男に安らかな眠りを届けた。

 

 

 

 

 ヒューズの回収は成功した。

 おまけにメインシャフトへ帰還するにあたり最大の障壁だった、プラント43を排除する解決策まで手に入った。

 

 東エリアに残されたミッションは、温室に行って薬品を土壌に注入するのみ。それでプラント43の猛攻は止まり、ダクトを安全に通過することが出来る。

 

 だが言うは易く行うは難し。数々の人間を葬った怪物の巣へ飛び込むどころか、懐まで接近しなければならないとくれば、流石のハンクも命を賭すべき難関なのは明白だ。

 そうであっても、死神に後退の二文字は存在しない。

 

「行くぞ、『LISA-001』」

 

 硝煙を吐く銃を仕舞い、ハンクは動く。

 しかし『LISA-001』は動かない。息絶えた男に寄り添って、ずっと手を握っている。

 よく見ると淡く発光していた。パチパチという音が、男の体に電流が流れている証拠となってハンクへ届く。

 

 少女の電気は、男に巣食う忌々しい植物を焼いていた。体表の大部分を占めていた芽が瞬く間に炭化していくのが分かる。

 焦がすというより、細胞組織を破壊していると言った方が正しいかもしれない。

 

 数秒の後、男の体から植物は消えた。残ったのは痛々しい皮膚の名残(あな)のみだ。

 少しだけ体が萎んでいることから、内臓レベルで侵食が進んでいたと窺い知れる。仮に生存時に植物を焼いても、多臓器不全とウィルス感染で助からなかったに違いない。

 

(わざわざ草を払うとは。人のまま死にたいという願望を受け取ったからか?)

 

 生物兵器である少女が男の心境をどう解釈したのかは誰にも分からない。

 ただ少なくとも、ハンクの目には弔っているように映り込んだ。

 

 一度だけ抱擁して、少女は職員の亡骸と別れを告げる。

 暗い面持ちだったが、落涙は無かった。一度目の離別が彼女に精神的成長を促したのかもしれない。

 

「……」

 

 敢えて、ハンクは同情や励ましの言葉を掛けることは無かった。それは逆効果であると知っているからだ。

 今はその時ではない。死者を想うのは生還した後でいい。『LISA-001』も、既にそれを理解している。

 

「次は温室だ。気を引き締めて行動しろ」

 

 低温実験室を抜け、二人は足早にイーストエリアを進んでいく。

 目的地は温室、プラント43の本丸だ。今までのような感染者やリッカーといった、銃火器の通じる敵とは違う怪物を目前に緊張感が高まっていく。

 

(この梯子の先か)

 

 手をかけて、ハンクは背後の少女をどうしようかと一考する。

 今から侵入するのは、例えるなら怪物の胃袋だ。部屋全体が敵の独壇場であり、前後左右はおろか、床下や天井すら油断を許さない魔の領域である。

 

 そんな環境に『LISA-001』を連れて行くのは、いくら彼女がB.O.Wでも無謀に尽きる。

 少女の戦闘能力がどれほどか把握していないのもあるし、万が一致命傷を負った時のリスクが計り知れない。下手をすると、プラント43と『LISA-001』を同時に相手にしなければならない、なんて悪夢も想定できる。

 

 脱走される危険はあるが、流石にやむを得ないと判断した。

 

「ここで待て。すぐに戻る」

「やだ」

 

 予想外の発言に、ハンクはマスクの下で眉を顰めた。

 今まで従順だった少女がハンクの指示を拒絶したのだ。まるでその指示が来ることを知っていて、しかしその命令だけは聞けないとでも訴えるかのように。

 

「命令だ。待て」

「やだ!」

 

 毅然と要求を跳ね除ける。服の端を掴み、不満そうにハンクを睨んでいた。

 ハンクは小さな反抗を、無機質だが的確に諫めていく。

 

「お前が温室へ行ったところで何が出来る? 敵の的が増えるだけだ。私もカバーできる保証がない。同行は得策ではないと理解しろ」

「う……」

「はっきり言おう。足手まといだ、残れ。いいな」

「うぅー……!」

 

 しぶしぶ頷き、傍の壁まで下がっていく少女。

 ハンクは背を向け、梯子を昇る。ハッチの内鍵を解除すると、そっと温室を覗き込んだ。

 

 金網製で出来た通路が見える。それが中央の樹木――プラント43を囲うように張り巡らされていて、奥にはひび割れたガラスビューが確認出来た。

 

 怪植物に悟られていない今のうちに最適ルートを模索する。このハッチから飛び出した後、最短最速で土壌へ辿り着ける経路を描く。

 

(ポイントまでの距離としては左通路の方が近いが、枝垂れた蔦が多い。強引に抜ければ絡め取られる可能性が高い。迂回がネックだが、確実に向かうとすれば右通路が最適か)

 

 火器の通じない敵にサブマシンガンは必要ない。

 ハンクはコンバットナイフを手に、ハッチから素早く身を乗り出した。

 

(駆け抜けて大樹の根元へ飛び下り、薬剤を注入する。それで奴の動きは止まる)

 

 無風の間に木々の軋む音が響く。

 ハンクの吐息に含まれる二酸化炭素を感知したか、それとも振動を悟ったか。

 とにかく、化け物は懐へ飛び込んできた餌の存在に気がついた。

 

 蔦が動き、捕食器官と化した花弁が遠くで開く。

 怪物の支配圏を、死神は全速力で疾駆した。

 




Q.なんでいきなり電気使えるようになったの?
A.日記のTとGサンプルの投与実験

Q.開発者は知っていたの?
A.知ったのはほぼ最後。日記には書けていない
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