壊れたスマートフォン 作:ロキ
ぐぐぐっと背伸びをしてベッドから出て、朝の準備を始める。
セミロングの銀色の髪をサイドポニーで結び、赤と黒が基調なゆったりとした制服に着替える。鏡を見れば、なんていうか平凡な顔だなーって朝から気落ちしそうになってしまう。
「よしっ、今日も一日がんばるぞ!」
ベルファスト王国にあるリフレット、そこに私は住んでいる。
元々は田舎出身で、地主の三女だったんだけど、都会への憧れで飛び出してきちゃった。さすがに王都ほどじゃないけど、この町もかなり活気に溢れている。大きい街にしかない服飾店だってあるし、私の職場であるギルドも町の中心にある。
天気は晴れ。
集合住宅の1室から出れば、目の前に宿の『銀月』が目に入る。お恥ずかしながら、この町に来ることばかりで、後先考えずに飛び出してまして、仕事先の紹介ですらお世話になった家族が経営しています。
そして、こんな朝から、薄赤色のポニーテールな美少女が玄関前を箒で掃いている。
「やっほー、ミカちゃん!」
「おはよ、相変わらず朝が早いね。」
「それはミカちゃんもでしょー?」
「まあね。でも、前ほど忙しくはないけど。」
「あのイーシェンの人たちはもういないの?」
「国をつくるとか言っていたけど……」
「うんうん。もうなにがなんだかねー」
どんどん実力を上げた冒険者だとか、ハーレム王だとか、ともかく有名なんだけど、本当に王になるとは思わなかった。
ユミナ様と婚約中だし、ベルファストの次期国王かと思いきや、ナントカ国を作るとかなんとか。
「で、のんびりしてていいの?」
「わわっ、そうだった。いってきまーす!」
「はいよー、行ってらっしゃい」
お姉ちゃんみたいな人で、仕事で失敗する度に慰めてもらったなぁ。
ギルドが見えてきた。
すでに扉の前で待っている冒険者さんたちがいて、少し早足になる。同僚に挨拶をして、私も急いで仕事にかかる。他のギルドからの手紙を確認したり、ギルドに届いた依頼を確認して掲示板に貼り付けたり。お金のことは先輩がテキパキと計算している。
そして、時間になったと同時に、依頼を競い合うようになだれ込んでくる。簡単な依頼でそれなりの高収入を求めてきているのだ。やはり命に関わる仕事もあるので、選択肢が多い時間を誰もが狙っているのだ。
次々と、承認していく。
あー、やっと一息つける。
1時間も経たずに、ギルドはずっと静かになった。
いつも通り残った依頼は、初心者向けと高難度。遅れてやってきた冒険者さんたちは、掲示板を見て帰っていくか、その初心者向けでさえ受けるか、はたまた朝から酒を飲み始めるか。
「なぁー、お嬢ちゃん、暇ならこっちで飲まないか!」
「え、えーと…」
うぅ、まただ。
酒に酔った人が、よく私たちギルド職員にちょっかいをかけてくる。このギルドはまだマシみたいだけど、数えることすらイヤなんだけど、1年超えてるしもう100回目かも。
「何度も言いますが、仕事中ですので。」
「けっ、今日もお堅いことやつがいたのか。」
また1階に戻っていって、飲み直すのだろう。
ああいう人については先輩に任せっきりだ。
「あの、今日もありがとうございました。」
「構わないわ。でも、行き帰りは気をつけるのよ。」
「はい!」
なにかと気にかけてくれる先輩で、少し早い時間に上がらせてもらっている。
「そういえば、夫さんは?」
「一番に行ってしまったわよ。」
プロの冒険者さんともなると、朝の大騒ぎの中でするりとクエストを受注していく。私がいっぱいいっぱいな間にもう行ってしまったらしい。日帰りでできるクエストを選ぶところとか、先輩って愛されているなぁ。
「あの、登録を、できますか?」
「は、はい。もちろんです!」
珍しい服装の、ちょっと年下の男の子。
上質なジャケットを羽織っているし、貴族の人かもしれない。
あのイーシェンの人に、顔が似ている気がする。
「では、こちらの用紙に必要事項を!」
「……あの、」
「なんでございます、でしょう?」
「……読めません。」
「……はい?」
どこの国の人なのだろう。
私が知っている限りでは文字も言葉も同じなはずなんだけど。
身分が高そうな人なのに、読み書きができないなんて。
「えっと、えっと、……」
依頼掲示板も読めないとなると、この先やっていけるのかな。
剣も農具も握ったことのなさそうな綺麗な手だし。
まだ若いけど、何か冒険者にならなきゃいけない理由があるのかな。
ギュルルルル
男の子のお腹の音と、私のお腹の音が重なる。
あっ、朝ごはん抜いたんだった。
えっ、君って無一文?
君の持ち物はこの四角い板、だけ?
「……ごはん、奢りましょうか?」
「……必ず、返します。」
この男の子、心配になってきた