10月15日、今日はお月見、お月見といっても十五夜だ。カーネーションでも一日限定でメニューに月見団子を入れている。作っているのは母さんと姉さんのパティシエ組だ。父さんはいつも通りコーヒーを淹れて、僕と深雪さんは接客をやっている。
「葵、つぐみちゃんとは上手くいってる?」
「まぁ……何とか……やってます」
「何とかねぇ……ねぇ葵、あんたとつぐみちゃん、もしかしてーー」
ーーキスとかしてないの?
深雪さんの一言がグサッと刺さった。確かに僕とつぐはキスをしていない。ファーストキスも捧げていないくらいにだ。普通なら告白して、そこでキスっていうのが決まりだ。僕とつぐは恥ずかしくてキスすら出来なかった。
「その顔だとやってないみたいだね」
「ええ、やってませんよ!恥ずかしくて出来なかったんですよ!」
「まぁそのうちする時が来るさ。葵、その時まで青春を謳歌しなさい」
父さんがコーヒーカップを拭きながら言った。青春を謳歌って言われてもなぁ……。つぐとキスって言われても無理だ。やるんだったら雰囲気を作らないといけない。そうなると、つぐをデートに誘わないといけない。
今はキス出来る自信がない。ヘタレって言われても仕方ない。恋愛は初めてなんだ。初めてっていうのを言い訳に使うのは情けない。とりあえず、キスのことは置いといておこう。
「つぐのことは置いといて、仕事に戻ろうよ」
「葵、結果楽しみにしてるからね!」
「僕なりに頑張ります。いつになるかは分かりませんが……」
そう、いつになるかは分からない。まずは雰囲気作りからだ。付き合ったというのはスタート、次はキス、その次は……やめとこう、今言うべきじゃないな。こういうことはつぐと話をしないと駄目だ。
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私は客のいない羽沢珈琲店で蘭ちゃんと話をした。話といっても、内容は私とアオ君のことだ。普段はひまりちゃんやモカちゃんから聞かれるけど、今回は違った。今回は紗夜さんと日菜先輩から質問を受けた。
「つぐみさん、葵さんとはどこまで……行きましたか?」
「さぁつぐちゃん、話してもらうよー。葵君とどこまで行ったのかなぁ?」
「紗夜さん、日菜先輩、落ち着いて下さい!話しますから!あと、顔が近いです!」
紗夜さんと日菜先輩が顔を近づけて質問をした。髪の毛からいい匂いがする……こんなこと言ってる場合じゃない!今はこの場を何とかしないといけない。私は二人に落ち着くように言った。
今日はお月見なんだ。昨日アオ君とお月見の約束をしたことも話した。日菜先輩がニヤニヤと私を見つめている。この状況を楽しんでるような感じがする。
「なるほど……。つぐみさん、葵さんとお月見に行くんですよね?」
「はい。付き合って初めてのお月見ですので、誘おうかなって思ったんです」
「つぐちゃん、青春してるねー」
日菜先輩がニヤニヤしながら言った。言われてみると私は少し変わったのかもしれない。恋という青春ならしている。でも、それは本当なのか。自分では気づいていないのかもしれない。
気づいていないのなら他の人に聞いてみよう。聞けば分かるかもしれない。私はそう思いながら日菜先輩の顔をじっと見た。隣に座っている紗夜さんは冷や汗をかきながら日菜先輩を見ていた。
「つぐちゃんは青春してるよ。つぐちゃんが葵君のこと話してる時、楽しそうにしてるの見たんだ」
「え、いつからですか!?」
「んーとね、つぐちゃんがAfterglowの皆と話してた時に見ちゃったんだ。あ、おねーちゃんも見てたからね!」
「ちょ、日菜!?」
紗夜さんが慌てて日菜先輩を止めようとした。日菜先輩の話してることってアオ君と付き合い始めた頃だよね?あれ、それって先月じゃん!
全然気づかなかった……。紗夜さんと日菜先輩がいることに気づかなかったなんて、恥ずかしいよ。顔が熱くなってきた、アオ君のことを話してたのが見られてたなんて、どう説明したらいいんだろ。いや、説明するにしても無理だよね。
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今日は混むことはなかった。今日は早めに仕事を切り上げる、と父さんは言った。理由は、限定メニューの売り切れ、とのこと。4時辺りから人が来なくなってきたからなぁ。父さん、落ち込んでたけど大丈夫かな?
「じゃあ、行って来るね」
「行ってらっしゃい。つぐみちゃんを喜ばせてあげなよ」
僕はわかったよ、と言って家を出た。つぐとは夕方、羽沢珈琲店で待ち合わせをしようって約束をしているんだ。待ってるかもしれない、急がないとマズイな。
つぐとお月見をするのは初めてだ。会ってまだ6ヶ月、まさか一緒にお月見をするなんて思わなかったな。どんなお月見になるかな、そう思いながら僕はつぐの元へと向かった。
走ること30分経過、羽沢珈琲店に到着した。約束の時間にはちょっと遅れちゃったな。つぐ、怒ってないかな?僕は息を整えながら歩いた。店の入り口前に立ち、深呼吸する。よし、入ろう!
「……だーれだ?」
「えっと……つぐ……だよね?」
「ふふっ、正解。待ってたよアオ君」
「遅くなってごめんね」
つぐに後ろから抱き締められてる。何かが背中に当たってる。僕は気にしないようにし、つぐに遅くなったことを謝った。つぐは優しい声で大丈夫、怒ってないよ、と言った。よかった、怒ってないな。でも、遅れたのはヤバいよな。
「つぐ、力強くない?」
「そうかな?気のせいだよ」
「気のせいって……まあいいか」
追及してもしょうがない。そう思っていると、つぐが手を離した。背中に当たった感触が残ってる。全く、大胆なことをするな。何をしてくるか予想が出来ないよ。
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私はアオ君を家に上げた。よく考えるとアオ君を家に上げるのは初めてだ。いや、正確には男の子を上げるのは初めて。うわぁ、意識したら顔が熱くなってきちゃった。アオ君に見られないようにしなきゃ。
「つぐ、大丈夫?顔赤いけど……」
「へ!?何のことかな!?多分、部屋が暑いんだよ!あー暑い、暑いなー」
「隠せてないよつぐ。僕には分かるからね?」
駄目でした。アオ君は私を抱き寄せながら言った。もう、アオ君の馬鹿。私は小さい声で言った。こんなことをするなんてズルいよ。とりあえず、窓を開けようかな。
アオ君に窓を開けることを言うと、彼は私を離した。恋しい、こうなったらお月見をしながら抱き締めてもらおう。そう思いながら私は外を眺めた。
「ここから見る月、私好きなんだ」
「好き、か。確かに綺麗だね」
「でしょ!アオ君と見るの楽しみにしてたんだ。ねぇアオ君」
「な、何?」
「もう一度さ……抱き締めてくれない?アオ君の近くでお月見をしたいんだ」
私がそう言うと、アオ君は無言で私を抱き締めた。暖かい、それに気持ちいい。私は目を瞑り、アオ君に寄り添った。ここで見る月は綺麗だ。今日はアオ君とお月見出来てよかったな。
ーーアオ君、ありがとう。
そのお月見は思い出に刻まれる