最近お客が多い。接客は姉さんや深雪さんがいるからまだいい。でも、今回は違う。姉さんは接客だけでなく、料理も掛け持ちしている。そのため、今日は母さんと厨房担当だ。父さんはカウンターから離れられないし、接客は僕と深雪さんしかいないし……。
「どうしよう、これじゃあ追いつかない」
「アオ君、大丈夫?」
「つぐ……。大丈夫、これくらい平気だよ。つぐは気にしなくていいよ」
僕は作り笑いをして言った。つぐに手伝わせる訳にはいかない。人手が足りない以上、閉店まで持ち堪えるしかない。姉さんも顔に出してはいないけど、疲れが出てる。父さんも冷静に見えるけど、無理をしてるし、母さんや深雪さんに至っては作り笑いをしてその場を凌いでる。
雰囲気は賑やかで明るいけど、僕達店員はピリピリとしている。ここで誰かがバテたら一巻の終わりだ。だから乗り越えよう。乗り越えれば仕事は終わり、その後ガッツリ休めばいいんだ。
「アオ君、耳貸してくれる?」
「え?何で……」
「いいから早く」
つぐに言われ、僕は耳を貸した。くすぐったい、つぐの息が掛かる。急にどうしたんだろう、つぐは何を考えてるんだろう。つぐの髪からいい匂いがするけど、堪能してる場合じゃない。
「アオ君、私にお仕事手伝わせてくれる?」
「つぐ、それはさすがに……」
「お願い、アオ君の辛い所は見たくないの。それに、皆暗そうにしてるよ」
「それはそうだけど、いいのつぐ?」
「私はアオ君の力になりたいの。駄目だって言っても私は下がらないよ」
つぐは離れ、僕を上目遣いで見つめた。どうする?ここでつぐに手伝ってもらうか?迷ってる暇は無い。後で辛い想いをするのなら手伝ってもらった方がマシだ。
「わかった。つぐ、更衣室に案内するから付いてきて。父さん、話があるんだけどいい?」
「葵、どうしたんだい?羽沢君、来てたんだね」
「こんにちは滋さん。すみません、アオ君に手伝いたいって言っちゃったんですけど、大丈夫ですか?」
「全然構わないよ。猫の手が欲しかった所だったから、ちょうどよかったよ。葵、羽沢君のサポート頼めるかい?」
任せて、僕は父さんに頷きながら言った。今回は僕がサポートしないといけない。店は違うけど、喫茶店としてなら同じだ。仕事仲間として……恋人として良いところを見せないと!
▼▼▼▼
アオ君にYシャツとエプロンを渡され、私は更衣室で着替え始めた。Yシャツは女性用、サイズは……大丈夫だ。下はジーンズを履いてるから問題なし。着替え終わり、髪を縛る。よし、準備完了!
「アオ君、着替え終わったよ」
「はーい」
「待たせちゃったかな?」
「大丈夫だよ。つぐ、ぶっつけ本番になるけど、分からないことがあったら僕に聞いて。うちはメニューがいっぱいあるけど、お客さんに頼まれた物をメモして母さんや父さんに報告すればいいから」
「うん、わかった!」
アオ君からいくつか説明を受けた。大体のことは羽沢珈琲店でやってるから慣れてる。アオ君からは接客だけでいいよと言われた。接客だけしか力になれないけど、皆の力になれるのならそれでもいい。
私とアオ君はカフェテリア前まで向かった。このドアを開ければカフェテリアに入る。私とアオ君との共同作業は二回目になる。一緒に新作を作った頃を思い出す。まだ1ヶ月しか経ってないのに、ここで思い出すなんて……。
――もしかして、緊張してる?
「つぐ、固くなりすぎだよ」
「……失敗するかもしれないって、思ったんだ」
前回の時とは違う。前回は料理だったけど、今回は接客だ。接客は何回もやってたから慣れてるけど、カーネーションでやるのは初めてだ。私は何処かで失敗するんじゃないのか、焦ってアオ君に迷惑を掛けちゃうんじゃないのか。私は彼に自分の想いを吐露した。
「つぐ、まだ不安?」
「うん。不安だし、怖いよ」
「つぐ、おまじないを掛けるから、目を瞑って」
「え?わ、わかった」
おまじない?何をするんだろう。もしかして……キス……かな?私は不安になりながら、彼の言う通り目を瞑った。
包まれてる。頬や額、唇には触れるような感触は無い。キスじゃない、これは――
――抱き締められてるんだ。
「アオ君、これがおまじない?」
「ごめんねつぐ、今の僕にはこれが精一杯なんだ。キスだと思ってたよね」
「思ってたかな。でも、キスじゃなくても嬉しいよ。ありがとアオ君」
私は彼にお礼を言いながら頬に唇を重ねた。アオ君がおまじないを掛けたのなら、私もおまじないを掛けよう。これでおあいこだ。アオ君の顔を見ると、頬が赤くなっていた。
ありがとう、アオ君は私に恥ずかしがりながら言った。さっきの不安は無くなっていた。これなら集中出来る。私は彼に頑張ろね、と言った。
――始めよう、二回目の共同作業を!
▼▼▼▼
カフェテリアに入ってから接客は順調に進んだ。つぐが来た時、姉さんや深雪さんはありがとう天使、と半泣き気味で感謝をした。そのおかげか、周りのピリピリとした空気は無くなっていた。
さすが看板娘だ。注文を受けた際もお待ち下さいね、と眩しい笑顔で言ったり、さっきの僕達とは大違いだ。ここまで見せられたら情けないな。
「葵、負けてる場合じゃないよ。私達もつぐみちゃんには負けてられないよ」
「姉さん……。そうだね、僕達も頑張らないとだね」
「その通り、さぁもう一頑張りだよ!」
姉さんは僕を鼓舞するように言った。そうだ、もう少しだ。この壁を乗り越えれば終わりなんだ。明日は休み、今はこの地獄を乗り切ることに集中しないと駄目だ。
この仕事は3時間ほど続いた。地獄ではあったけど、売上は最高だった。つぐが来てくれなかったらおしまいだった。今日はつぐに感謝しないと。
「今日はありがとうつぐ」
「そんな大したことしてないよ。私はアオ君の力になりたかっただけだから……」
「それでもだよ。つぐがいなかったら、どうなってたか。だから、本当にありがとう!」
僕はつぐを抱き締めてお礼を言った。つぐには精一杯の感謝を伝えよう。本当はキスしたいけど、ここでやるような雰囲気じゃないし、今の僕にはそこまでの勇気がない。
そう思っていると、何か熱いものが伝わっていた。何だろう、嫌な予感がする。そう思いながら離すと、つぐが顔を真っ赤にして気絶していた。
「つ、つぐ!?」
ヤバい、やりすぎたかもしれない。つぐが真っ赤になるなんて相当だ。僕は彼女にごめんねつぐ、と謝った。幸い、熱はなかったようだ。多分、僕がつぐを強く抱き締めたのが原因かもしれない。
熱を込めすぎないように