ブラボSS   作:築宮

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血に酔いたい奴ら1

 空の色は気持ちが悪かったが、慣れると味のある景色に思えてきた。

 血のような赤に染められた雲。満ち欠けを知らない大きな月。

 まるで、腕のいい絵師がひどい二日酔いに苛まれつつ描いた夕焼け空みたいだ。きっとワインボトル五本は空けたに違いない。

 今、テーブルに置かれた酒瓶は二本目だ。あと三本でこの空にも愛着が沸くだろうさ。

「くそ不味い! やっぱ市街のどっかでくすねてこようよ~。どっかにバーボンくらいあるって」

 曇ったワイングラスを傾けると、その向こうで同じく曇り顔の男が言った。

「ンな事言いながら飲んでるじゃん。酒なんて酔えればなんだっていいだろ?」

「お前現実でもそんなこと言えんの?」

「ここは現実じゃねぇもん」

 男は、銀製のコップに注がれたルビー色の液体をいっきに飲み干す。コップのふちから覗く目の端には、涙のしずくが沸いている。

「──誰が好き好んで血の酒なんか飲むか」

 男の名前は知らない。鹿の角のような物をはやした被り物をいつもしているので、シカさんと呼んでいる。

 ふと、初めて会ったのはいつだったか考えた。時の流れのないこの世界では、日数を数えたところで意味なんてないが。

 シカさんは、俺が工房から引っ張り出してきたテーブルにコップをたたきつけた。血の匂いのするため息とともに突っ伏して、俺と同じく月を見上げた。

「狩人様」

 テーブルの横に佇んでいた、背の高い女性の人形が語りかけてくる。

「大樹の陰でゲールマン様がお待ちです」

「知ってるよ。もう、何度も言わなくていいってば」

「ですが、お待ちになられてからお時間がだいぶ経ってしまっていますよ」

「だって俺が行くと介錯されるんだもん。シカさん、呼んできてよ」

「俺は霧のせいで向こう行けねぇよ。知ってんだろ」

 シカさんは酒瓶を取り、コップに液体を注いだ。

「……うわ、おまえン家燃えてね?」

 丘の上で濛々と燃え盛る小さな家を見て、笑った。

「あんたこそ知ってんだろ。もう三回目だよそのギャグ」

 俺も笑って、ワイングラスを傾けた。

 口の中が血の香りで満たされると、頭の芯に冷たい酔いがまわってきた。

 残念ながら、今回の飲み会は失敗に終わりそうだ。

 酔っぱらう前に、この匂いに誘われてしまったら。

「……おつまみ、ほしくね?」

 シカさんは、花畑にコップの中身をぶちまけて立ち上がった。

「ヤーナム市街行くか」

 

 

 

 

「おお、あなた。無事だったのですね」

 禁域の森へ通じる螺旋階段を下る前に、アルフレートさんに会った。

「ようミスター。久しぶり」

 シカさんは片手をあげて声をかける。アルフレートさんは怪訝な顔で挨拶を返す。

「……以前、どこかでお会いしましたか?」

「気にしないでくれ。知り合いに似てたが人違いだった」

 俺の悪夢の中にいるアルフレートさんとは初対面だ。

「そうでしたか。私はアルフレート。汚れた血族を狩るものです」

 俺はアルフレートさんに、肩をすくめてみせる。彼は苦笑いをして、俺に語りかけた。

「これからどちらに? ここから先は禁域の森ですが」

「はい。ちょっと山菜を採りに」

 アルフレートさんは、何かの聞き間違いかと思ったのか、目を泳がせた。

「山菜……それは、薬か何かの材料で?」

「いや、酒のつまみになりそうなキノコとか」

 一瞬だが、何いってんだコイツと言いたげに目をむかれるシカさん。だがしかし、さすがこの世界随一の紳士はすぐに体勢を建て直して笑顔を作る。

「聞いてくれよミスター! ワインとかウイスキーでもありゃあと思って聖堂街を探索したんだけどよぉ、なーんもねぇんだ。食い物なんか全部腐ってやがるし、酒樽の中身は全部干上がっちまってて」

「えっと、それは……残念でしたね。しかし、禁域の森で食料を探すのは、やめた方がよいかと思います。得体の知れない生き物や、毒蛇の群生地帯ですから。たとえ食に適する品種の動植物だとしても、どんな影響を受けているか……」

「まぁまともな食べ物は期待しちゃいませんて。食えそうな物があったら検証してみます。ダメでも最悪死ぬだけですから」

 俺は言って、手をふって階段に向かった。

「旨い物が見つかったらお裾分けに来ますわ。これも情報交換の一環ってことで」

「遠慮させていただきます」

 去り際に殺人予告をして、シカさんもあとに続いた。

 遠慮したいアルフレートさんの顔が気になったが、シカさんの角が邪魔で見えなかった。

 

 階段を下り、深い森の中へ降りてゆく。

 灯りのある場所へたどり着くと、シカさんが肩をたたいてきた。

「ヴァルトールさん、まだエレベーターにいるか?」

 灯りの先にある小屋を指さす。

「あー……前に会いに行ったらバケツ残して蒸発してたな」

「山菜取れたら一緒に食おうって誘って、あのバケツの下の素顔見てみようかと思ったんだがよ」

「そういえばヴァルトールさんって、獣喰らいとか呼ばれてたよな? 獣、喰ったことあるのかな」

「たぶんそうじゃねぇか? でも、どんな味だったかは訊きにくいな」

「そんなこと訊いてどうすんだよ。てか食いたくねぇ」

 言いながら、俺はシモンの弓剣を変形させた。弓矢を引き絞ると、森の奥へ向かう橋の上に佇む人影へ放つ。松明を持った人影は、ぱたりと倒れて動かなくなった。

「せめて森にウサギか何かいれば、この肉食欲も満たされるんだがなぁ」

 溜息と共に愚痴をこぼすと、シカさんが橋の先に走っていく。正面からライフルを撃ってくる敵がいるが、弾丸をのらりくらりとかわして接近したシカさんは、丸い鉄球のついたメイスーートニトルスで相手の頭をどついた。

 先へ進むと、同じような敵の集団が焚火の周りに陣取っている。

 そいつらを片付けると、俺たちは焚火を拠点にして山菜取りを始めた。

「まずこの辺りを探すか」

 シカさんは、腰に携帯ランタンをつけていった。

「先に進むと、アルフレートさんがいってたように毒蛇とかたくさんいるしね」

「蛇って食えるよな?」

 普通の蛇なら、調理次第だろう。だがわざわざ訊いてくるということは、森の奥にいる無数の蛇が一塊になった化け物のことをいっているのだろうな。

 もっとも、あの絡まりあっている蛇が普通の蛇とは思えないが……。

「……うん食えるよ好きにしなよ俺はいらない」

 食っても死ぬだけだ。たとえ食えることが分かっても俺は遠慮したいが、わざわざ実験台に志願してくれている彼の蛮──挑戦心を踏みにじるべきではない。

 あまり先へ進まないよう注意しながら、市街で拾ってきた箱の中にめぼしい物を放り込む。だが、さんざん探しても箱の底にいくつかのキノコを転がす程度の収穫しかない。

「おーい、もう場所変えようぜ」

 俺より上の方を探しに行っていたシカさんに呼びかける。丘の上でシカさんが手を振り、焚火まで戻ってきた。

「斧デブのいた所に、けっこう生えてたぞ」

 そういいつつ箱の中を見せてくる。気色の悪い色のキノコでいっぱいだ。

確かに俺の箱よりは充実している。この差はきっと食欲が大きく出たのだろう。よほど意地汚──空腹でなければ、こんなキノコ触りたくもないはずだ。

「キノコみたいな形のイチゴだね」

「違う! イチゴみたいに旨そうなキノコだろ」

「シカさん、キノコはイチゴにはなれないんだよ。目を覚ましてくれ。それとも、もう食っちまったのか?」

 シカさんは、ネットリした分泌液にまみれた赤いキノコをつまんで匂いをかいでいる。

「つーか、お前は少ないな。キノコ以外に何もなかったのか」

「言っちゃなんだが、俺は野草の知識には疎いんだ。食える物かどうか見分けがつかない」

「俺だって山菜の種類なんか見てくれでわかんねぇよ」

「は?」

「え?」

 俺たちはお互い見合わせた。

「……誰だ! 森で山菜探そうなんて言い出した奴はッ」

「あんただよ」

「おっと。酔ってる時の事で俺を責めるなら後悔するぜ」

 シカさんはトニトルスの先を振るって雷光をほとばしらせる。

「遅すぎる忠告をどうも。次は後悔する前に言ってくれ」

 俺は自分の箱から、比較的地味な色のキノコをつまみ上げる。たぶんシイタケだ。たぶん。

「ま、火を通せばなんとでもなるかもな。試してみるしかないか」

 持っていた矢の先にキノコを刺して、焚火にかざした。てらてらした粘膜で潤っているせいで、火の通りが悪い。

「焼くだけか? 調味料は?」

「とりあえず毒見だけなんだから、後で探せばいいんじゃない?」

「えー、せっかく食うんだから旨い方がいいだろ」

 シカさんは、唯一持っていた飲食物──匂い立つ血の酒の瓶を取り出してじっと見る。

 栓を開けると、一口あおって荷物に戻した。

「せっかくのメシまで血の匂いさせたくねぇわ」

「……でもちょっと待て? フランベすればいい香りになるかも」

「……確かに、火にかけたことはねぇな。でも、それにはフライパンが必要だ」

 さすがに調理器具など用意はない。

「鍋か何かも拾ってくればよかったな」

「というかよ、フランベには食材を炒める油も必要じゃん。……夢に持ち帰ってからでよくねもう」

「狩人の夢の中にもそんなのないだろ──あ」

「どうした?」

「あるじゃん油」

 そこらに転がされている、群衆の一人に顎をしゃくってみせる。

「こいつらぼんぼん投げてくんじゃん。油壺」

「え? これ食用油か?」

「ダメか」

「いや直火で着火するような油をフライパンで火にかけられるかよ! 灯油でチャーハン作れるか!?」

「ダメか。じゃあ食用油のかわりになる物あるかな」

 二人で頭をひねる。だが、俺もシカさんも同じ結論に達したらしく、同時に首を振った。

「そもそも、フライパンの代わりになるモンもねぇしな。直火で食うしかないか」

 金属の板さえあれば真似事はできるかもしれないが。

 なら、仕掛け武器の中に幅広の刃を持つ物があれば代用品になるのではないだろうか。どこかの国では、戦時中に調理器具の代用品として鉄兜やスコップを使っていたと聞いたことがある。

 手持ちの武器を見ると、何か閃きのような物が頭をよぎった。

「……隕鉄武器ってさ」

「ん?」

「ヤスリ使えないよな」

「今更なにいってんだ。発火ヤスリも雷光ヤスリも、こすったところで効果がつかないだろ」

「じゃあ、コゲつきもできないよな?」

「……やってみよう」

 俺は葬送の刃を取り出して、地面と平行になるように焚火の上へ木の枝で固定した。

 熱く熱せられた幅広の刃の上に、キノコを置く。ジュウと音をたてているところを、慈悲の刃で薄くスライスしていく。どうやってもエンチャントできない刀身は、思った通り食材が焦げてへばりつくようなことはなかった。

 やがてキノコの中の水分が漏れ出し、香ばしい香りを放ち始めた。

 シカさんが、その上に少量の血の酒をふりかける。アルコールが飛び、赤い炎がパッと咲いて消えた。特徴的な血の匂いは消え、見かけは完全に料理となった。

「やべぇ、旨そう」

「ぜってぇ旨い! お前天才だわ」

「他のキノコもじゃんじゃん焼こうぜ」

 カラフルなキノコのソテーを次々に焼いては、持ってきた木のトレーの上に盛り付けていく。

「とりあえず、採れたキノコは全種類焼けたな」

 イチゴもどきなキノコや、紫色のエノキのようなほそっこいキノコ、シイタケ? や、肉厚なエリンギ? が、二、三切れずつ用意できた。どれも食欲をそそる匂いを漂わせている。

「どれから食うか……シカさんからどうぞ」

「お前先に食えよ。調理法を発明した功労者の特権だ」

 俺はトレーの前から身を引いて、シカさんに両手を開いて見せる。

「いやいや何をいいますか。最も食材を集めたシカさんにこそ最初の栄誉を」

 シカさんはさらに一歩引いて、引き腰になってトレーを手で示す。

「いやいやいや恐れ多い。お前がいなかったら、俺は生でかじりついていたかもしれない。そんな愚かなことをする前に、人として正しい食い方を示してくれたお前に感謝の意味も込めて譲ろう」

「いやいやいやいや……」

「……いやー……」

 二人は黙った。

「お前、言い出しっぺの法則で先に食え」

「いやだ。俺は調理法を編み出した。次はシカさんが貢献する番だ」

「食ったって死ぬだけだろ。すぐ戻ってくればいい」

「死ぬと決まったわけじゃないだろ? 最初の一口で、めちゃめちゃ旨いキノコだったらどうだ? なぁ、一種類にサンプルは三切れくらいしかない。数は限られてるぞ? おいしい思いをするなら決断するのはいまだぞ」

「だが、死ぬにも死にきれないまま幻覚やら腹痛に襲われるかもしれないのもな?」

「その時は俺が介錯してやるから安心してくれ」

 互いの作り笑いが消えた。

「よし、灯りの近く行こうぜ」

「上等だ」

 俺たちは、元来た道を戻ろうと踵を返した。シカさんは武器をトニトルスから車輪に持ち替えている。

 その時、森の奥から草木を分け入ってくる音が聞こえた。

 周辺の敵は殺してある。だが、聞こえるのは二足歩行の生き物が踏みつける木の枝の折れる音だ。

 俺たちはとっさに振り返った。

「──わ! お、脅かさないでくれよ。獣かと思ったぜ」

 森の木々の間から顔をのぞかせたのは、頭に白いターバンのような物を巻いた、上半身裸の男だった。

男は俺たちを見て、驚いた様子を見せた。しかしどこか、何かを期待しているような薄い笑いを口元に浮かべている。

 俺たちも別の意味で驚いた。俺たちは男と、おつまみ認定を待つ毒キノコソテーたちを交互に見る。

「……なぁんだ人かー。こっちのセリフだよー」

「……いやぁびっくりしたわー。この森の生き残りかい? まぁまぁ座れよ兄弟」

 俺たちは、浮浪者風の男を手招きして呼びこんだ。再び焚火の前に座り込む。

「あ、あぁ。ところで、こんなとこで何してんだいアンタら。すごく旨そうな香りが漂ってきたからさ。つい来ちまったんだ」

 浮浪者はにやついた顔を、血まみれの手で掻いた。

「見ての通り、ちょっとした酒盛りさ。ほら見てくれよ。この辺りで採れる旨いキノコだ」

「俺らだいぶ食っちまった後で、残り物しかないけどな。どうだい? 一杯つきあわねぇか?」

 シカさんは笑って、盃を勧めた。

「い、いいのかい? なんか悪いねぇ」

 浮浪者は盃を受け取る。俺はそこへ、血の酒を注いだ。

「さ、さ、遠慮せず食いなよ。俺らもう腹いっぱいだから」

「おいおい先に乾杯しようぜ。んじゃ、カンパーイ!」

 俺とシカさんが音頭をとると、浮浪者は何か言いたげな様子だったが、あきらめて盃を当てあった。

「乾杯! ……ふぅ。いやぁ、誰かと飲むなんざ久しぶりだよ。やっぱいいねぇ」

「そうかい兄弟! ならよかった。んじゃ宴会の続きだ」

「この赤いキノコが絶品だよ。さ、食べて食べて」

 浮浪者は血に汚れた手でキノコを一切れつまみ上げ、口に放り込んだ。

「ん。不思議な食感だ。でもウマいよ」

「それはよかった!」

 もう一切れ、今度は別のキノコを躊躇なく食した浮浪者は、盃をあおった。

「ちょっと舌がピリッとする辛さがいいね! 酒が進む。ところでこいつぁ、なんてキノコだい?」

「……セイリンタケ。セイリンタケってキノコだ」

 たった今思いついたであろうシカさんが、人差し指を立ててそう命名する。

「へぇ。じゃあ、この色が違うやつは?」

「……それもセイリンタケだ」

「え?」

 シカさんは言葉をつまらせつつ、結局同じ品種として扱うことにしたようだ。アイデアが出なかったのだろう。

 シカさんがボロを出しそうになったので、俺が割って入った。

「い、いや。胞子が育った場所によって、このキノコは色や形が変わるんだ。環境の色に溶け込んで外敵から身を隠すアレだよ」

 一部の物はともかく、ソテーは全部似たような形にスライスしてあるので、見破られることはないだろう。

 キノコが保護色で身を隠すなんて、自分で言っててバカバカしい限りだ。

「そうそう! 市街にいたばあさんに聞いた話だと、大昔はこれをよく料理に使ってたって話だ」

「へぇ」

「酒はまだまだある。今夜はとことん飲もうぜ」

 やがて俺たちは、強かに酔うまで浮浪者と飲んだ。

 酒瓶が三本ほど空いた頃には、トレーの上はすっかりきれいになっていた。ほとんどが浮浪者の胃袋におさまっている。

「いやー、こんな飲ませてもらっちゃってわりぃねぇ兄さんたち!」

 だいぶヘベレケになりつつある浮浪者と肩を組んで、これまた赤ら顔のシカさんが膝を叩く。

「ん何いってんだよぉ! 酒は楽しく飲むのは当たり前じゃねぇか! あー……いけね、もうなくなっちまった」

 酒瓶をひっくり返すと、一滴の液体が地面に落ちて消えてゆく。

「ちぇ、しゃーねぇなぁ。今夜はお開きかぁ」

 俺もそろそろ限界に近かった。何も食べずに飲んでいたこともあり、立ち上がった時には少しだけよろけてしまう。

「おーっとっと」

「でーじょぶか兄さん。足元おぼつかねえぜ」

 浮浪者も立ち上がったが、彼もまた「おーっとっと」と言いながらよろめき、しりもちをついた。

「ガハハっ なにやってんだおめぇら」

 シカさんも、少し心配な足取りで立ち上がり、首を鳴らした。

「さーってと。そろそろ帰ろうかね」

「待ってくれよ兄さんら! 俺はどこへ帰ればいんだよぉ」

 浮浪者が笑いながら立ち上がる。だが、立ち上がった瞬間、急に顔が青ざめた。

「う……」

「どした兄弟」

「い、いや、ちと飲みすぎたな。気持ち悪い」

 浮浪者はブルブルと頭を振って、笑顔で取り繕う。

「と、ところでさ。どっか、避難できそうな場所、知ってねぇか? この辺りはもう獣だらけだし、人のいる場所にいきてぇんだけど」

「あぁ~、それならちょうどいいとこがあるぜ。市街に──」

 シカさんが言いかけたところで、浮浪者の様態が急変した。

「──ウッ!」

 腹を抱えてうずくまる。

「おいおい、ダイジョブか?」

「うぅ……うご……」

 シカさんが傍らで背中をさすっている。

「吐き気か? 腹痛か? それとも幻覚でも見えるか? 参考になりそうな症状を教えてくれ」

「……き、き」

「き?」

 突如、浮浪者の体が膨張した。シカさんは衝撃で吹っ飛ばされている。

『貴様らァアアッ!! 俺に何を食わせやがったァアアアアアア!?』

 帯電する黒い体毛に覆われた体は、俺たちを見下ろすほどの大きさだ。人の面影はなくなり、この世の物とは思えないほど恐ろしい形相で吠えた。

 化けの皮をはがした恐ろしい獣は、俺を見た。

「何って、毒キノコ」

『よくも騙しやがったなぁァ! 貴様らの臓物で口直しさせてもら──ウッ』

 恐ろしい獣は膝をついた。

 シカさんが戻ってきて、遠眼鏡でそれを観察する。

「腹を下してるみたいだ」

「獣が毒キノコなんかであたるのか?」

「恐ろしい獣は毒に弱いしな。おーい、どうなんだ兄弟」

『うるせぇ!! ぶっ殺してやる!!』

 何かを振り払うように頭を振って、俺たちに迫ってくる。

「どうする? 逃げながら様態見るか?」

「お前これ何週目?」

「三週目」

「じゃあ余裕だな」

 俺たちめがけて突き出された拳を、二手に分かれて避ける。

『この──ウゥッ』

 またもや恐ろしい獣の動きが止まった。

『グァアアッ!?』

 腹部を抱えてうめく。よほど痛いのか、足が震えている。

『畜生ッ! なにが狩人だ! この人でなし共めッ!!』

「それお前に言われたくないわー」

 恐ろしい獣は罵声を飛ばすと、派手に吐いた。吐いた真っ赤な液体が、たらふく飲ませた血の酒なのか、吐血なのか分からなかった。

『──オアァアアアアアアアアアアアーッ!!』

 ひときわ大きく吠えると、恐ろしい獣は背を向けて走り出した。森の奥へ逃げ帰るつもりだろうか。

「おーい! どこ行くんだ」

「あ」

 しかし獣は、少し離れた所まで行くと前のめりに倒れる。

赤い液体を吐き続けながら、そのままピクリとも動かなくなった。

俺たちは顔を見合わせた。

「死んだ?」

「トニトルスでつついてみろよ。蘇生するかも」

「いやこいつに電気ショックきかないんじゃないか。自分で発電してるし」

 そういいつつ、シカさんは帯電したトニトルスを獣の背中に押し当てた。

 反応はない。

「恐るべし、セイリンタケ」

「……どれが?」

 俺とシカさんは、まだ焼いていなかった箱の中のキノコを見る。

 恐ろしい獣には、採れた物は全種類食べてもらったはずだ。

 この中のどれが死因なのかは、一つずつ検証してみなければわからない。あるいは食べ合わせによる相乗効果もあったかもしれないが……。

「……俺もう食欲ねぇや」

「……帰るか」

 焚火にキノコを放って後片付けをし、俺は空砲を撃ってシカさんと別れた。

 

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