「迷宮の怪物」(現在スランプ・凍結中)   作:鉤森

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急展開


まあ元から短編予定だったから




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沢山のお気に入りと評価、ありがとうございます


シュタインとヴァレンシュタイン(中編)

 

———————………、

 

 

 

「じゃあ、博士はずっと迷宮(ダンジョン)に?」

 

 

「ええ、まぁ。やりたいコトがあったものでね。もう何年も…なに、調べれば食用の動植物もいますからね。」

 

 

「ソレ、家族(ファミリア)は心配しないんですか?もう死んだと思われてるんじゃ…?」

 

 

「どうですかね、まあ便りがないのは元気な証とも言います。…それにウチの神様というのはそうそう動じませんから、存外アッサリこっちが生きてるのも分かってるかもしれません。」

 

 

「信頼、してるんですね。」

 

 

「ええ…もう血肉の様なものです。」

 

 

「…そうですか…。」

 

 

迷宮下層27層。ほの暗い静寂と水流の緩やかな囁きが空間を満たすのが常であるフロアに響く、岩肌を背にして座り込んだ二人の男女の声。シュタインとアイズの両名は並んで腰を落とし、旧知の間柄の如く話を弾ませていた。

先程まで空気を満たしていた濃密な血の匂いは既に綺麗サッパリ洗われた衣服の汚れと共に水の流れに溶けて消え失せており、君臨する王が爆ぜて消え去った戦場の周囲には、いまや生き物の気配一つない。話し声を聞きつけ、こちらへ近づいてくるような気配も感じられない状態だ。

実に静かで穏やかな、平和な時間が続いていた。

 

 

 

 

そう、迷宮という環境には不自然なほど(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

なにかを恐れているように(・・・・・・・・・・・・)なにかを予感しているように(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

なにもかもが。「逃げ去っていた」(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

当然ながらアイズも幾度となく迷宮に潜った経験を持つ熟練の冒険者である。故に普段なら流石に訝しむような異常だが…どういったワケか、彼女は僅かにも異常に気付くこともない。それどころか,その舌は夢中になって博士と名乗ったシュタインを前に、今も回り続けていた。

始めに問い、浅く答え、追求し、やがて語り、時に同調し…そうしてどれほどの時間が経っただろうか。剣技を語り、迷宮の知識を語り、家族を語り。当初の警戒も何処へやら、僅かな会話の内に緊張も警戒もなかったかのように解けてしまい、既にアイズの秘めた「内」さえも気付かぬうちに会話の端々に顔を覗かせていた。

 

別に取り立ててシュタイン本人の口が上手いわけではない、いうなればそう、今まで味わったことがない心地よさがあったのだと言える。どんどん自分に正直になれるような感覚、或いは波長が合ったような感覚(・・・・・・・・・・・)。そんな危険な心地よさを、無意識のうちにアイズは味わっていた。知らず、その表情には自然な笑みさえも浮かんでいた。

 

しかし不意に笑みが引っ込み、その表情に影が差し込む。嘘のように双方の間に僅かな沈黙が流れ、軽く俯き、やがて形のいい唇から言葉が溢れて零れだした。

 

 

 

「…少し、羨ましいです。」

 

 

「おや。随分と嬉しそうだったのに、ご自分の家族にご不満が?」

 

 

「あ…そういう訳じゃないん、ですが…。」

 

 

思わず、といった様子できゅっと膝を抱えて、アイズは一瞬口ごもる。だが言っていいのだろうかという思いは在れど、もはや抱え込みたくないと、秘めたる思いの一端を口にすることを決意する。

勢いと高揚のままに、ソレはさながら零れ落ちる弱音のように吐き出そうとして———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———ゴロリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———瞬間、何か致命的なものが転がりだした。本人さえ分からない「境」が、不意に、不用意に乗り越えられる。

 

 

「私の家族は優しいです。尊敬できる人たち、命を預けられる人たち、私を…想ってくれる皆。理解しています、嬉しいと、実感もしています。…でも、そう思えば思うほどに私は思うんです。思って…しまうんです。」

 

 

「…へぇ?なにをですか?」

 

 

「"強さが欲しい"。」

 

 

一拍の間も置かずに答えを斬り込む。空気が悍ましく、質量を宿した。

金の眼差しがギラつきながらシュタインを射抜く。二つの視線がレンズ越しに交差する。交わり———同調する。

 

 

 

「知っています。聞きましたから、最初に…ソレで?どう続く?(・・・・・)

 

 

「……。」

 

 

「ソレだけで思いつめる、とは思えない。なら何を悩む。何を躊躇う。何を君は思ったんです?知りたい(バラしたい)なぁ。」

 

 

 

射抜くような眼差しが底なし沼もかくやというほどに深く濁った瞳に受け止められる。シュタインの口元に浮かんだ笑み、それと同時に周囲一帯を満たしていた(・・・・・・)「黒い波長」がより強烈なものになっていく。

 

———しかしアイズは気付いた様子もない(・・・・・・・・・・・・・・・・)。何かが切り替わる。堰がきられる。

 

 

 

「"強くなりたい。ならなければならない。だから邪魔をしないで欲しい"。」

 

 

 

それは、紛れもない「目覚め」だ。押し込められた全てが流れ出す。

「魂」にまで色濃く浮かんだ「内」なるソレが、噴き出すように飛び出した。

 

 

 

「———へラヘラ。」

 

 

思わず、といった様子でシュタインは笑う。

 

 

キッカケは、この出会いそのものだった。素質があり、接触し、伝染した(・・・・)。故にこれは「予定調和」に過ぎない。

今まで僅かに残っていた「一つ」が消えていく。削れていくのだガリガリと。脳の奥から掻き毟るように、明確な、「一つ」が消えていく。黒く潰れてすりつぶされていく。

 

 

 

 

「欲しい。」

 

 

「私は欲しい。邪魔をされても欲しい。」

 

 

「もう取りこぼしたくない。」

 

 

「置いて行かれたくない。」

 

 

「絶対にその手を届かせたい。」

 

 

「二度と奪わせない。」

 

 

「欲しい。欲しい。私は欲しい。」

 

 

「取りこぼさないための全てが。」

 

 

「逃がさないための全てが。」

 

 

「奪わせない全てが。」

 

 

「奪い返すための全てが。」

 

 

(スベテ)。」

 

 

道筋(スベテ)。」

 

 

短縮(スベテ)。」

 

 

追風(スベテ)。」

 

 

速度(スベテ)。」

 

 

強靭(スベテ)。」

 

 

知識(スベテ)。」

 

 

 

「私は—————欲しい。」

 

 

 

「ねえ博士。だから博士。」

 

 

 

 

アイズが身を乗り出す。小さな体で覆いかぶさるように、しかしその手にはいつの間にか抜き放たれた愛剣を握りしめ。

刃を喉へと押し付けている(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

「アナタの強さも、私にください。」

 

 

 

 

 

 

 

 

強請る様に甘く、粘着くように悍ましく。

 

 

「狂気」に呑まれたアイズ・ヴァレンシュタインは、目覚めたばかりの「狂気」を惜しむことなく曝け出した。

 

 

 


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