【完結】お兄様スレイヤー   作:どぐう

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ㅤ今回はちょっと短い。キリよく終われるのがここだったので……。


2

ㅤ小和村がマンションから出てきた。これは打ち合わせ通りだ。とりあえず、一度は襲わせないと正当防衛が成り立たない。彼女が道を歩いていると、3人の男が音もなく現れた。その瞬間、彼女は顔を青ざめさせて、叫んで助けを求めようとする。演技だと分かっているが、上手いものだ。流石は名女優である。

ㅤ男の一人が小和村の口を塞ぎ、首を絞める為にロープを巻き付けようとする。魔法を使わないのは余裕の表れなのだろうか。

 

「どうしたんですか!」

 

ㅤ最初から見ていたというのに、僕達はさも偶然居合わせたような顔をして、現場へと走った。ちなみに、僕は顔をマスクで隠し、大きめのメガネまで掛けている。これでは、どちらか不審者か分からない。

 

「助けて! 急に襲いかかられたの!」

「なっ、何だって〜!?」

 

ㅤ僕の大根演技に、小和村は一瞬だけ眉をひそめた。そんなに酷かったのか。

ㅤ琢磨が彼女の手を引き、自分の後ろに隠した。さながらナイト気取り。笑ってはいけないが、笑ってしまいそうだ。

 

ㅤCADを見せつけるようにして、七草の魔法師達の前に立つ。彼らは咄嗟にCADを操作したが、僕の魔法の方が早かった。

ㅤ無系統魔法「幻衝(ファントム・ブロウ)」。想子の衝撃波をぶつけるだけだが、相手に痛みの錯覚を与えられる。この魔法は、次の魔法を使うまでの繋ぎとして多用される。僕もその為に利用をしていた。

ㅤ続いて、相手の前にエリアを設定し、振動魔法「叫喚地獄」を発動。殺すのが目的ではないので、威力はかなり落としてある。

 

「今だ!」

「言われなくても!」

 

ㅤ七宝家の切り札の一つである魔法「ミリオン・エッジ」によって、硬化された紙片が舞う。この魔法は条件発動型の遅延術式で、CADを使わずに使うことが出来るのだ。それ故に、魔法式の構築スピードとは関係が無くなる。しかし、相手を制圧するには心許ない為に遅れて発動させたのだ。もう既に布石は打ってある。

ㅤ琢磨によって操られている紙片が上昇した空気の中を通ることで、高熱を帯びる。熱せられた無数の刃が、敵の身体を切り裂いた。生きてはいるが、戦闘継続は不可能だろう。

 

「終わったか?」

「そんな訳無いだろ。そこにまだ残ってる」

 

ㅤそう言うやいなや、様子見で姿を隠していた奴らが飛び出してくる。彼らは拳銃を装備していて、こちらに向けてすぐさま発砲した。勿論、黙って撃たせる僕では無い。対物障壁を展開して防御する。障壁を維持したまま、もう一つ魔法を放った。

ㅤ放出系魔法「スパーク」は、物質から強制的に電子を取り出して、放電を起こす魔法。それは情報強化を破って敵魔法師自体に作用し、彼らは地に倒れ伏した。

 

「これで全員だね。全部で6人……。思ったより少ないな」

「非魔法師一人暗殺するには、多過ぎる数だろう……。それにしても、放出系が得意なのか? 武倉だから、『六』に関係があると思っていたが」

数字落ち(エクストラ)かどうか訊くなんてマナー違反じゃない?」

 

ㅤ放出系は実の所、そんなに得意ではない。相手の身体に電流を流し込めたのは、干渉力の強さ故だ。琢磨と違い、素性を知られたくない僕は得意魔法を使うのを避けたかった。そうなると、ワルキューレは言うまでもなく、加速・加重系統も使えない。しかし、他の魔法も練習しておきたかったので、ちょうど良かった。

ㅤその為にこの作戦を考えたのだが、熱量に関係ある魔法にしたせいで、変な誤解を受けていたようだ。

 

「……悪かった。そんなつもりじゃなかったんだ」

「まぁ、いいよ。昔の話だし」

 

ㅤ本当は「六倉」などではなく、ヨツバムグラだ。でも、話を合わせておく。コイツは一生僕のことを数字落ち(エクストラ)と認識するのかと思うと複雑だが、四葉との関係を勘づかれるよりは余程マシである。

 

「それにしても……。真紀、大丈夫か? 怪我とかはしていないな?」

 

ㅤ琢磨が振り返り、極めて紳士的な――イタリア的ではあったが――口調で小和村に尋ねた。

 

「えぇ。貴方が助けてくれたから……。ほんと、怖かった……」

 

ㅤ胸のところでわざわざ手を組んでいるところなど、何ともわざとらしい。しかし、琢磨は気づかないようで、「そう、良かった」などと斜に構えた返事をしていた。お前、そういうとこだぞ。そんなだから、原作でもいいように使われるんだ。今回は僕も彼を利用している訳なので、人のことは言えないけれども。

 

 

 

 

 

 

ㅤ僕の予想は半分当たり、半分外れることとなってしまった。

ㅤ七宝は確かに七草に抗議文を出した。けれども、七草がやったことについては、他の十師族に公表したりしなかった。

ㅤ僕は七宝家当主のことを甘く見過ぎていたようだ。彼はリスクを抑え、確実に元を取ることに長けている。十師族の地位を狙うことも出来るのに、敢えてやらない。それは、ある意味賢い生き方だろう。出る杭は打たれるのが、世の常なのだから。

ㅤ琢磨は父親に対し、腰抜けだの何だの散々に罵倒したらしいが、結局話は平行線を辿っただけらしい。

ㅤ四葉に並々ならぬ執念を持つ七草が、マスコミ工作如きで終わるとは思えない。ここで七草を潰し切れなかったことは、とても残念だった。

 

 

ㅤ数日後、僕は御当主様の呼び出しを受けて、本家へと行っていた。あまり気は進まなかったが、そんな訳にもいかない。

ㅤ四葉の本拠地がある村は、地図の上では存在しないことになっている。それに、認識阻害の結界が張られており、視認できないのだ。村の入り口に行くにも、特定の場所で決められた想子パターンを照射する必要があるのだ。

ㅤその為に、大した内容でない限り、動画電話で話を済ませてしまう傾向にある。本家まで呼び出されるのは珍しいことだった。

 

「直接顔を合わせたのは、何時ぶりかしらね?」

「確か、高校の入学前だったかと……」

「そうだったわね。それで学校は楽しい?」

「はい。周りは皆魔法師ですし、友人も何人か出来ましたので……」

「理澄さんは、どこか人と壁を作る所があるもの。ちゃんと過ごせているようで良かったわ。安心しました」

 

ㅤどうして、こんな普通の世間話をしているのだろうか。今までは直接会っても、用件だけで済まされる場合が多かった。御当主様と長い間話せるのは、一番可愛がられている亜夜子くらい。それも、次期当主の資格を持っていない部分が大きい筈だ。

ㅤ御当主様と僕はそこまで血が近くない。四葉に直系という概念は無いが、それでも武倉はかなり血が離れている。一般家庭であれば、完全に他人でもおかしくない。身内に執着する四葉だから、成り立つこと。

ㅤだから、今置かれている状況は不思議でしか無かった。

 

「そういえば、理澄さん。マスコミ工作の件は上手くやりましたね。七宝の息子を味方に付けたのは予想外でしたが」

「ありがとうございます」

 

ㅤ七草を潰し切れなかったことで叱責を受けると思っていたので、僕は少し驚いた。

 

「アレを追い込めなかったのは仕方ないわ。そう簡単にいくなら、もう私がやっているもの。それに、それどころじゃ無くなってしまったし……」

「……何か、あったのですか?」

「大亜連合で反日運動が起こり始めているわ。中華街を襲ったことがきっかけになったみたいね」

 

ㅤその言葉は僕を酷く憂鬱にさせた。結局、何をやっても大きな物語の流れは変わらない。海に一滴の水を垂らしても溢れる事が無いように、僕の行動は何も生み出していないのだ。

 

「中華街は大亜連合の圧政から逃れた華僑達の拠点で、大亜連合とは敵対関係にある筈なのですがね……」

「そんなの、建前だもの。どちらにせよ、戦争をする理由は探していたでしょうね。けれど、今開戦すれば、七草や九島に我々を糾弾する材料を与えてしまう。少しあの国に脅しをかける必要があるわ。……だから、理澄さん。貴方を表に出します」

 

ㅤ大漢が崩壊して大亜連合になったとはいえ、「四葉」の恐怖はあちらにまだ残っている。四葉の新しい世代を登場させることで、かなりの抑止力が見込めるだろう。御当主様の狙いもおかしいことではなかった。

ㅤしかし、最初の話で僕の学校生活に触れたのは酷く趣味が悪い。心が歪みきっている。

 

「それは、四葉を名乗るということですか」

「そういうことになるわね。PDなんてどうにでもなりますから。いいですね?」

 

ㅤ全然良くなかったが、命令を拒否することも出来ない。僕は死ぬまで四葉と名乗らないで、過ごしていけると思っていたのに。マテリアル・バーストを避けた結果がこれである。達也が狙われない代わりに、僕が狙われそうだ。

 

「それと、今日からガーディアンを付けなさい。確か、ガーディアン候補の子が居たでしょう。そして、新しい家も用意します。マンションでは警備が心許ないですからね」

 

ㅤトントン拍子に話が進んでいく。この調子だと、今日中に僕のことが発表されそうな勢いだ。

ㅤその予感は間違いではなく、その日の夜には魔法協会を通じて十師族、師補十八家、百家を始めとする数字付き(ナンバーズ)などの有力魔法師に四葉から通知が出されていた。

 

ㅤ僕が武倉理澄から四葉理澄になった日は、十月三十一日。奇しくも原作に於いて、「灼熱のハロウィン」が起きた日でもあった。

 

 

 

 


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