ㅤ段々と話し掛けられない生活にも慣れてきてしまった。食堂で食事をするときも、最初はテーブルの端に座っていたが、最近は開き直って真ん中に陣取っている。僕の座ったテーブルに来る人が誰も居ないからである。
ㅤ普通なら文句の一つでも言われるだろう。だが、そんなことは一度も起こらなかった。だから、今日もラーメンを食べようと、適当なテーブルにトレーを置いた。別に麺類が特別好きな訳では無いが、出来るだけ早く食べ終われるものを食べているのだ。
ㅤしかし、今日はいつもと違った。僕のいるテーブルに人がやってきたからだ。
「理澄くん、ここ空いてる?」
「……エリカ?」
ㅤトレーを持った彼女の後ろには、他の二科生達――美月、幹比古、レオが少し離れて立っていた。実のところ、エリカはともかく、彼らとは殆ど親交は無い。一度か二度、言葉を交わしただけの関係。僕に用事など無い筈だった。
「ねぇ? どうなの?」
「うっ、うん……。空いてるけど……?」
ㅤ苛ついたようなエリカの声に、僕は慌てて返事をした。
「空いてるって。ほら、美月ここね。アンタ達も早く座りなさいよ」
ㅤエリカが僕の前に座る。その横には美月。その横に幹比古が座った。レオは少し戸惑った様子を見せたが、僕の隣に来た。
ㅤ特に会話は無い。僕も黙って麺を啜る。何度かこちらの様子を伺われていたが、気を遣って目を合わせないようにした。
「ごちそうさまでした」
ㅤ早々に食べ終えた僕は手を合わせた後、席を立った。僕がいるせいで会話が盛り上がらないのは、申し訳なく感じる。だから、早く帰りたかったのだ。
ㅤそれなのに、この不思議な状況は数日続いた。僕も流石に違和感を感じざるを得ない。四人で座れるテーブルが塞がってもいなかった。僕のいる場所でわざわざ食べることは無いだろう。
「あの……。どうして僕とご飯食べてるの? 他にも席はあるのに」
「理澄くんは私達と食べるのは嫌?」
「そうじゃないけど……。僕、四葉だよ? 怖いとか思わない訳?」
「そりゃあ、怖いわよ。あの『四葉』なんだから。何も思わなかったら、ただのバカ。……けど、寂しそうにしてるヤツ、放っとけないでしょ」
ㅤ僕は驚いて、エリカの顔をまじまじと見た。自分はそんな風に見られていたのか。
ㅤ隣に座っていたレオが僕の方を見て、話し掛けてきた。
「改めて自己紹介するぜ。俺は西城レオンハルト。レオでいい。よろしくな、理澄」
「……あぁ。よろしくね、レオ」
ㅤようやく、会話らしい会話が始まった。エリカが幹比古に話を振る。
「そういや、ミキ。理澄くんにお礼を言いたいとか言ってなかったけ?」
「僕の名前は幹比古だ!」
ㅤエリカに幹比古はいつもの台詞を返した。そして、僕の方へと顔を向けた。
「……君のおかげで、僕は自信を取り戻せた。あのときは本当にありがとう」
「達也がCADを調整したからでしょ。僕は何もしてない」
「悩みを聞いてくれただろう? それに、達也に口添えしてくれたのも君だ」
「……確か、論文コンペの警備チームに参加してたんだって?」
「お手伝い程度だけどね。でも、今までの僕じゃ、そんなことも叶わなかった」
ㅤ僕は論文コンペには全く関わっていない。マスコミ工作をしたり、琢磨と一緒に七草と戦ったりで忙しかったからだ。
ㅤけれども、やはり一科生中心の警備チームに二科生が参加したとなると噂にもなる。僕もその情報は耳にしていた。
「だから、礼くらい言わせてくれ」
「そーよ。プライドの高かったあのミキがお礼を言うんだから、理澄くんの功績はすごいわよ。ねぇ、美月?」
「えぇっ!? いや、そんな。吉田くんには謙虚なところも……」
「いや、幹比古はめちゃくちゃトガってたぜ。九校戦前は特にな」
ㅤレオの言葉に僕達は笑った。幹比古は必死になって、当時の行動を弁解していた。
ㅤ放課後になり、僕は待たせている車へと向かう。今日は鞄を放り投げず、膝の上に置いた。
「おかえりなさい。学校はどうでしたか?」
ㅤ毎日の同じ質問に僕は、「楽しかったよ」と答えた。
ㅤその日を境に、エリカ達と行動を共にするようになった。今までは何も思っていなかったのに、話し相手が出来てようやく分かったことがある。
ㅤ僕は一人で居ることが、寂しかったのだ。
◆
ㅤ風紀委員の巡回当番がまた回ってきた。本部で鉢合わせた森崎と、再び目が合う。だが、今回はこちらに近づいてきた。
「おい、武倉」
「え? いや、僕四葉……」
「うるさい」
ㅤ一体何なのだ。困惑する僕に、彼は人差し指を突きつけた。
「
ㅤそう言い残すと、彼は外へと出ていった。
ㅤ思わず突っ立っていると、背後から声を掛けられた。新しく委員長に就任した、千代田先輩だ。
「良かったじゃない。貴方、手を抜いていたんでしょう? それでもライバルで居続けてくれるって、ありがたい事なんだから」
「そうなのでしょうか?」
「当たり前よ。普通なら見放すわ、そんな奴。私なら絶対そうする。森崎には感謝することね」
ㅤ彼女はもう用は無い、という風に手を振る。雑な追い出しに苦笑を浮かべつつ、僕は本部を後にした。今日も人に避けられはしたが、不思議と悲しい気分にはならなかった。
ㅤ巡回を終え、帰りの準備をしている時に端末にメッセージが届いた。琢磨からのものだ。
ㅤ七宝の屋敷に来てくれないか、というものだった。何の用があるのかについては、細かく書かれていない。断る理由も無いので、誘いに応じることにした。
ㅤ手軽にメッセージで呼ばれたのもあり、当主によって正式に呼ばれたものではないようだった。琢磨の私室に案内されたからだ。彼は僕を見た瞬間、矢継ぎ早に文句を繰り出した。
「お前、何が
「別にそうとは一度も言ってない。お前が勝手に勘違いしただけだろ」
「でも『昔のことだし』とかそれっぽい事言ってただろ! 絶対確信犯だ!」
ㅤ意外に鋭い指摘をする琢磨。けれども、僕は素知らぬ顔をする。彼は諦めたのか、溜め息を一つついて追求の手を止めた。そして、応接用のソファに座るよう勧める。
「来てもらったのは他でも無い。真紀のことなんだ」
「えっ、恋愛相談? 僕、彼女いた歴ゼロなんだけど」
「なんでそんなことお前に相談するんだよ。違うに決まってるだろ。……真紀が急に七草に接触したんだ」
ㅤ小和村が七草に近づき始めたのは、僕も知っていた。
ㅤ元々、武倉が彼女と交わした契約は「魔法師擁護報道の代わりに、小和村に魔法師を仲介すること」である。僕は戦闘には向かないD・E級魔法師を小和村に紹介し終えた。つまり、契約は終了している。今後、彼女が誰と繋がっても、僕に口出しする権利は無い。
「自分を殺しにきた相手と取引か。肝が座ってるよね、あの人」
「そんな呑気なこと言ってる場合か!」
ㅤテーブルから身を乗り出して怒鳴る琢磨。そんなこと言われても、僕だって困る。
「小和村さんの目的は魔法師の兵器利用をやめようという話だったよね? 魔法による新たな雇用を生むビジネスなんだから、十師族の中でも強力な七草とコンタクトを取ってもおかしくはないと思うけど」
ㅤ彼女が考えていることは嘘ではないが、勿論下心もある。それは有事の際、政府要人へ優先的に割り当てられる魔法師の護衛を、自分や自分の一派に付ける為の根回しなのだ。
ㅤかなり頭の回る女性なのは確かだ。おかげで切り札は意味を為さなくなってしまった。瀕死だった七草も、カル・ネットと和解すれば息を吹き返す。とはいえ、建て直しが必要だろうし、捨て身の博打も打たなくなることだけが救いだろう。
「七宝が、七草よりも弱いからそんなことをされるんだ! 親父は腑抜けでやる気が無いし! だから、七草に対抗できるお前に手伝って欲しい!」
「えぇ……? 四葉としてもう一度何かしろと? 嫌だよ、そんなの」
ㅤ向こうが喧嘩を売ってくるから買っているのである。どうして、こちらから相手をせねばならないのか。
ㅤしかし、馬鹿正直に断っても逆ギレされそうだ。上手く丸め込むしかあるまい。
「……というより、お前に遠慮したんじゃないの?」
「遠慮? 何でだ?」
「いずれは七宝の次期当主となる訳だろ、お前も。きっと、複雑な芸能界の柵に巻き込みたくなかったんだよ。だから、『敵』である七草を利用しようとしたんだろうね」
ㅤ自分でも酷い理論立てだと思う。九校戦に行く時の車内で雫が深雪を宥めた「なかでき」レベル。けれども、頭に血が上っていた琢磨が違和感を覚えることはなかった。
「そうだったのか……」
「覚悟を決めることだね。そうすれば、向こうも分かってくれる筈だ」
ㅤその言葉を聞き、琢磨は乾いた笑いを零した。そのまま彼は項垂れて、小さな声で呟く。
「……腑抜けだったのは、俺自身だったんだな。真紀のことを全く分かってやれていなかった。もう一度、会って話してみる」
「それがいいと思うよ」
ㅤ尤もらしい顔で僕は頷いた。内心ガッツポーズをしていたけれども。
ㅤこの後、とても不思議なことが起こり、琢磨は銀幕デビューした。最初は魔法師の役者ということで反発も起こりはした。しかし、少しずつ世間に受け入れられていった。
ㅤおかげで、人間主義の活動も想定以下に収まっている。実のところ、武倉と小和村の契約は切れていたが、僕自身と小和村の契約は切れていなかった。内容は「戦闘に使えるレベルの魔法師を芸能界にスカウトすること」である。師補十八家次期当主であれば、キャンペーンの十分な広告塔になる筈だ。
ㅤまぁ、魔法科高校に副業禁止の規定は無いので、来年度には彼も入学出来るだろう。七宝琢磨の双肩に魔法師の未来は懸かっている。是非、頑張って頂きたい。
◆
ㅤある日の夜、午後11時頃のことだった。急に自室のディスプレイへ、映像が映し出された。
ㅤ今では珍しい、金髪碧眼の典型的なアングロサクソン系の青年がこちらに向けて手を振っていた。
「誰だ!」
「ハロー。聞こえているかな? はじめまして、リズム・ヨツバ。僕はレイモンド・
ㅤどうも録画映像のようで、僕の反応とは関係なく話してくる。このディスプレイはオンライン接続されているので、リアルタイムに映像を送れる筈だが、そうはしなかったようだ。
ㅤそして、この人物を僕は原作知識で知っている。黒幕じみた真似をするのが趣味で、最終的にはパラサイトに身体を乗っ取られるという結果に終わる人物である。まとめると害はなさそうだが、彼は「フリズスキャルヴ」というハッキングシステムを所有している。危険人物ではなくても、僕にとっては脅威だ。何を知られているのか、こちらには分からないのだから。
「その名の通り、セイジは7人居る。そのうち、今日君に紹介したいのは『ジード・ヘイグ』という男だ。又の名を顧傑だね」
ㅤ昔のテレビショッピングのような口振りで話すレイモンド。前世紀に投稿された動画のアーカイブを見る趣味でもあるのかもしれない。
「彼は四葉の一族である君を狙って、色々手の込んだ策略を練っているみたいだよ。手下に情報を与えて、USNA軍の人間をゾンビにしてしまった。僕は好きだな、こういう展開」
ㅤ彼の好みはどうでも良い。しかし、出てくるとは思ったが、顧傑の目的は僕なのか。
ㅤ頼むから、お兄様を狙ってくれ。でも、そのフラグを叩き折ったのは僕だ。何だか泣きたくなってきた。
「死んでいるとはいえUSNA軍が他の国で暴れたら、流石に隠蔽が必要だよね。日本に潜伏した死兵を処分する為に、もうスターズは動き始めている。ここまではいいかな?」
ㅤ見られている訳では無いが、一応相槌を打つ。つまり、来訪者編が――そういっていいのかは不明だが――近日にもスタートする可能性があるのだろう。そういえば、期末テストの勉強会に僕も誘われていることを思い出した。
「だけど、君に全く情報が入ってこないのは、アンフェアだと僕は思う。だから、これは僕からのプレゼントだ。どうぞ、受け取ってくれ」
ㅤそこでレイモンドは、わざとらしく一度話を切った。
「うーん、これを見てる時間から考えたら、そろそろかな。じゃあ、Good luck!」
ㅤ何だか嫌な予感がして、部屋の外に出る。廊下に出た瞬間、北斗がこちらへ走ってきた。
「理澄様! 何者かの襲撃です!」
「やっぱりそうか……」
「予測してたんですか!?」
ㅤその質問には答えず、僕は玄関へと走る。外では既に交戦が始まっていた。敵は銃火器を装備していて、総勢15人。見た目はどう見ても日本人ではない。
ㅤ対物障壁でマシンガンの連射を食い止めているが、こちらがいつまで保つかは分からない。一撃で決める為に、僕は「ワルキューレ」を発動した。
「……効かない!?」
ㅤレイモンドは「ゾンビ」や「死兵」と言っていた。干渉できる精神が無い相手には、精神干渉魔法は効かない。それ故に、殺せないのだ。
「クソッタレ!」
ㅤ悪態をつきながらも、僕は次の魔法を構築する。15発の圧縮空気弾を作り出し、敵の銃口に押し込んだ。それによって銃身内が異常高圧になり、マシンガンは暴発した。
ㅤ暴発に巻き込まれた形のゾンビは原型を留めていない。つまり、「人型のものを動かす」という掛けられた術の定義が破綻してしまう。動かなくなった死体を見て、僕はホッと息をついた。
「酷い目に合ったな……」
「一体、何処の手の者だったのでしょうか? まさか、こんな堂々と襲撃に来るとは……」
「……とりあえず、本家まで送ってくれる? 御当主様に報告したいことがある」
ㅤフリズスキャルヴについて報告すれば、御当主様も何かしら行動を起こすだろう。もしもアクセス権を剥奪されれば、四葉にとって大きな痛手となる。それは絶対に避ける筈だった。
ㅤそれにしても、パラサイトが無くてもスターズと事を構えることになるとは想定外だ。何とも、思い通りにいかない人生である。
ㅤ森崎とか七宝とか原作でかませ扱いされてるキャラが、結構憎めなくて好き。最初は主人公も「何やコイツ」扱いしていた森崎なんですが、なんか男気のあるめちゃくちゃイイ奴になってしまった。
ㅤ次からは多分、来訪者編。追憶編もやりたいんだけど、タイミングがわからない。