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ㅤ二学期の期末試験が終わった。今まで微妙な順位をウロウロしていた僕は、急に学年一位になるという快挙を成し遂げた。干渉力の点数が、深雪よりも上だったことが功を奏したのだ。
ㅤ問題は理論である。泣きながら勉強をする羽目になってしまった。それでも、三位だった。
ㅤそんな僕は何故か黒羽の人間と潜水艦に乗り込んでいた――女装をして。顔と名前が売れてしまったので、素顔では派手な行動が出来なくなってしまったのだ。
ㅤ文弥と亜夜子が僕の格好をみて、からかい半分で話しかけてくる。
「結構いいじゃん。僕も仲間が出来て良かったよ」
「そうですわ。よくお似合いですもの」
「……人ごとだと思って」
ㅤUSNAが誇る巨大航空母艦「エンタープライズ」を強襲するというのが、今回の任務だからだ。目的は、フリズスキャルヴの開発者であるエドワード・クラークの暗殺。
ㅤ僕が適当に話を盛って、御当主様に報告した情報が理由だ。四葉に端末を送り込んだことがスパイ目的だと判明したので、それの報復なのである。
ㅤしかし、僕達の方が先に来訪者になってしまった訳なのだ。日本にいるよりかは、安全ではあるのだろうけれど。これでは、来訪者編(向こうが来るとは言ってない)である。
「ていうか、金髪はやり過ぎだったんじゃない? そもそも、ヤミはいつもの格好だし」
「そうかしら? でも、ヤミちゃんも金髪にすべきだったわね。私も金髪なんだから」
ㅤ僕はカツラを付けていたし、亜夜子はスプレーで髪を染めていた。おまけにゴシックロリータを着込んでいるので、二人揃って何がしたいのかよく分からない人間になっていた。少なくとも、秘密作戦を遂行するようには見えない。
「僕が一番普通なの! 姉さん達がおかしいんだよ」
「そうは言うけど、アメリカよ? 金髪碧眼はマストじゃない」
「何だよそれ! ファッション雑誌じゃないんだから!」
「ヤミ、ヨル。対象に接近してる。そろそろだよ」
ㅤ二人の顔が急に険しくなる。仕事の時の表情だ。
ㅤ潜水艦が海面へと浮上していく。ハッチを開けると、潮風の匂いがした。
ㅤ亜夜子の「極散」が働いているので、レーダーには映らない。だから、安心して外に出ることが出来た。少し先にエンタープライズが見える。600m級の空母は闇の中でも存在感を放っていた。
「あれか……。準備はいい? ヤミちゃん、メロディさん」
「ええ、よろしくてよ」
「ふざけなくていいですから。じゃあ、飛ばすわね」
ㅤ亜夜子がCADを操作する。瞬間、僕達はエンタープライズの甲板に降り立った。これは亜夜子の得意魔法「擬似瞬間移動」によるものだ。そのまま、こっそりと内部に入り込む。僕と文弥だけでは出来ない芸当である。
「USNAの研究者、エドワード・クラークねぇ。この船に乗ってくれているのは好都合だけど、なんかキナ臭いよね」
「罠を仕掛けてるってこと? どう思う? ヨル姉さん」
「まぁ、その可能性も無くは無いけど……」
ㅤ僕達に気づくことのできない見張りの前を、呑気に話しながら進んでいく。そして、ある場所で足を止めた。
ㅤ壁越しであっても、霊子の感覚を掴めば魔法は使える。一人の人間目掛けて、僕だけの固有魔法を発動した。
ㅤ続いて、壁を魔法で破壊し、中へと入り込む。
「何者だっ!?」
ㅤエドワードと共にいた研究者らしき人物が誰何するが、僕は無視をした。死体に重力制御魔法を掛けて浮かしながら、僕らは来た道を走って戻る。
ㅤ流石に見張りも事態に気づき、ハイパワーライフルを撃ってきたが、領域設置したベクトル反転で跳ね返す。文弥が前から飛び出してくる兵士に「ダイレクト・ペイン」を掛けて、床に転がしていく。
ㅤ甲板まで戻ったところで、上空からプラズマが打ち込まれた。慌てて散開行動を取る。
ㅤ見上げると、9人の人間が夜空をバックに浮かんでいた。中心には赤い髪をした女性。紛れもなく、アンジー・シリウスだ。
「ヨル! 死体を回収して戻れ!」
ㅤ僕の言葉に彼女は頷き、自分と死体に擬似瞬間移動を掛けて潜水艦へと移動した。潜水艦にも魔法が撃ち込まれそうになったが、それは黒羽の誰かが阻止していた。
「あれ、スターズだよね?」
「あぁ。やっぱり誘き寄せて、捕まえるつもりだったんだな」
ㅤ残念ながら、もうエドワードは死んでいるのだが、彼らはまだそれを知らない。
「飛ぶぞ。下にいれば、シリウスのいい的だ」
ㅤコルセットに偽装した飛行デバイスのスイッチを入れる。当たり前だが、達也は夏に飛行魔法を実用化しているのだ。
「でも、どうする?」
「シリウスを狙え。残りは僕が片付ける」
「でも、ワルキューレはマズいよ! 死体を回収し切れないかもしれない!」
「分かってる」
ㅤ僕は8人を視界に入れて、「インビジブル・ブリット」を発動した。目標は敵の装着しているヘルメットだ。
ㅤ彼らは一点に高い圧力を掛けられて、勢いよく脳味噌を飛び散らせた。死んでしまえば、飛行魔法を維持できなくなる。シリウスを残して、海へと落下していった。
「うわ……。グロ……」
「倒したんだからいいでしょ。ていうかさ、ヤミ。ちゃんとやってるの? 反応してないじゃん、あれ」
「何度も撃ってるよ! それなのに、手応えが全然無いんだ!」
ㅤその言葉で大事なことに気づいた。シリウスの「
「逃げるぞ。拡散を使ってくれ」
「えぇ!? 攻撃の対処は任せるからね!」
ㅤ文弥は拡散しか使えないが、それでも普通の戦闘魔法師よりは精度が高い。夜の暗さに紛れて、僕と文弥はシリウスから逃げ出した。三十六計逃げるに如かずというやつだ。
ㅤ何とか、潜水艦とも合流できた。その頃にはほぼ朝方だったが。
◆
ㅤ時差ボケに悩まされながらも、次の日には学校へ登校した。授業は殆ど居眠りしてしまったが、誰も起こしてはくれなかった。昼休み頃には感覚も戻ったから良かったものの、そうでなければ昼食を食べ損ねたかもしれない。
「USNAの空母が国籍不明のテロリストに襲われたっていうニュースがあったよね。雫もこれから行くっていうのに、怖い話ね」
ㅤ食堂でいつものメンバー+僕で食事をしていると、エリカがそう話を切り出した。
「エンタープライズだよね? あんな大きな空母を襲う相手なんて……。雫、本当気をつけてね」
「大丈夫、鍛えてるから」
ㅤほのかの心配にずれた答えを返す雫。運が相当悪いでも無い限り、巻き込まれないだろうから分からなくもない。
「でも、理澄は何か掴んでないのか? 俺たちの知らねえ情報も知ってそうだけど」
「いや……。何も入ってきてないかな」
ㅤ何か知っているどころか、僕はその現場にいた。そんなことは言わないけれども。
ㅤエドワードを暗殺して、四葉はフリズスキャルヴのシステムを強奪することに成功した。久しぶりの大戦果である。今頃、レイモンドや顧傑は地団駄を踏んでいることだろう。
ㅤとはいえ、エンタープライズを襲った本当の理由はUSNAにも分かってない筈だ。フリズスキャルヴの存在を彼らは知らないのだから。
「そうか……。達也には分かってないの?」
ㅤ幹比古が、黙って食事を続けていた達也に質問をする。彼は食事の手を止めて、その質問に答えた。
「俺も詳しいことは知らないな。だが、何となく予想はつく」
「えっ! 分かるんですか、達也さん?」
ㅤほのかが驚いたように叫ぶ。それに彼は頷くことで返し、口を開いた。
「最近、スターズが特殊な作戦の為に動きだしているらしい。それに対する、何者かからの警告なんじゃないかな」
ㅤ雫との交換留学の件で御当主様から警告を受けた内容を、少しばかり大袈裟に話す達也。事情を知っている僕からすれば、滅茶苦茶な知ったかぶりである。まぁ、スターズと交戦したことは間違いではないのだが。
「えぇ! それは本当なの、達也くん!?」
「あぁ。あまり他言するような話では無いが」
「流石はお兄様です! 理澄君も知らないようなことを知っていらっしゃるなんて」
「そうよね。ホント、達也くんって底知れないところがあるわ」
「おいおい、化け物扱いはやめてくれよ」
ㅤいや、司波達也はどうやっても化け物である。世界を灼き尽くし、人類を一人残らず殺すことが可能な本当の化け物。四葉が生み出した、復讐の象徴だ。
ㅤはしゃいでいる皆に気づかれないようにしながら、僕はそっと目を伏せた。
「……それにしても、送別会は全員参加出来そうで良かったわ。理澄くんも予定が空いていたみたいだし」
「ほぼクリスマスパーティなんだけどね。でも、三学期には雫がいなくて寂しくなる訳だし、楽しい方がいいもの」
ㅤ今日の放課後には、雫の送別会が「アイネブリーゼ」というカフェで開かれることになっていた。僕以外のメンバーは結構常連らしい。その為に貸し切りにしてもらえるのだという。
「北山さんは居ないけど、留学生は来るんだよね。一体どんな子なんだろう?」
「留学出来るくらいだし、相当凄いんじゃない? 深雪レベルとか」
「それだと、嬉しいわね。ライバルが増える訳だもの」
「うわっ、余裕!」
ㅤ話を聞き流しながら、僕はある事を考えていた。スターズが本当に、USNA軍のゾンビ回収だけで日本に来るのかという問題だ。
ㅤもしかしたら、レイモンドはスターズにも何か情報を流していたのかも知れない。そうだとしたら、「シリウス」を第一高校に送り込む理由とは何なのか?
「でもこんな時代に留学生だよ? スパイかもしれない」
「それはあり得る話だな。この学年には『四葉』もいる訳だし。探りを入れてきてもおかしくない」
「それもそうよね。殆ど知られていない、四葉の直系だもの。誰だって知りたい筈よね」
ㅤ成る程、USNAの狙いも僕である。いくら諜報に全く向いていないリーナ相手とはいえ、コソコソ監視されて楽しい訳がない。頼むから来ないで欲しい。
ㅤ何とも、嫌な三学期になりそうだった。
ㅤ来訪者編がスタート。先に来訪したのは主人公だった。まぁ、領海を侵犯しただけなんですけど。