ㅤ学食で皆と待ち合わせていると、やはり深雪がリーナを連れて僕らのテーブルへやって来た。ほのかも一緒だった。いつも彼女の隣にいる筈の雫が居ないので、何だか不思議な気分だ。
「リーナ、まずお皿を取って来ましょう」
「お皿……ああ、食べる物、という意味ね。分かったわ」
ㅤ彼女達が配膳のカウンターへ向かっている間、留学生についてあれこれ言い合う。主に外見についてだ。
「あの二人が並ぶと迫力あるねぇ~」
ㅤエリカの言う通り、深雪とリーナの美貌は並び立っていた。四葉の手で作り上げた人工的な最高傑作と対になる、自然が作り出した健康的で柔らかな美しさ。生まれに違いはあれど、人如きに優劣の付けられるものではなかった。
「随分、打ち解けているんですね……」
「向こうがフランクなだけじゃないかな。アメリカ人だろう?」
「なあ、達也……。彼女、どっかで見たような気がすんだけど」
ㅤ僕は慶春会に参加していたので直接見てはいないが、達也達は初詣に一緒に行っていたのだろう。多分、その時にリーナと遭遇している筈だ。
「うわっ、古い手口」
「……そう言えばそうですね」
「あれっ、柴田さんも? 芸能人とかモデルさんってことは……無いよね?」
ㅤ見覚えがあるけど思い出せない、というもどかしい状態の彼らを断ち切ったのは、深雪の兄を呼ぶ声だった。彼女はいつも通り、達也の隣に座った。他のメンバーもそれが分かっているので、最初から一つ席を空けてある。
「達也さん。こちらはアンジェリーナ・クドウ・シールズさん。もうお聞きのこととは思いますけど、今日からA組のクラスメイトになった留学生の方です」
ㅤ達也の正面に座ったほのかが、リーナを紹介する。恋する乙女なのはいいが、如何にも露骨過ぎやしないか。そう思ったのは、僕だけではなかったらしい。
「ホノカ、こちらの方だけでなく、他の皆さんにも紹介して欲しいのだけど?」
「え、あっ、ご、ごめんなさい!」
ㅤ尤もな指摘に、ほのかは赤面した。代わりに深雪が、留学生の紹介を引き継いだ。
「じゃあ改めて。アメリカから来たアンジェリーナ・クドウ・シールズさんよ」
「リーナと呼んで下さいね」
ㅤ留学生――リーナは微笑みを浮かべて、こちらに会釈した。ここは僕の立場的に、先陣を切るべきだろう。
「四葉理澄です。僕のことは理澄、と呼んで下さい」
「えぇ、分かりました。よろしければ、敬語は無しにしましょう。同い年な訳ですし」
「分かった。よろしく、リーナ」
「ありがとう。よろしくね、リズム」
ㅤ名前の言い方が少々、"rhythm"に近かったが、僕は何も言わないことにした。他の面々も自己紹介を終えたので、食事を食べ始めることにした。
ㅤそろそろ昼休みも終わるだろうという頃、達也がリーナにある質問をした。
「ところでリーナって、もしかして九島閣下のご血縁かい? 確か、閣下の弟さんが渡米されて、そのまま家庭を築かれていたと記憶しているんだが」
「あら、良く知ってるわね、タツヤ。随分昔のことなのに。ええ、ワタシの母方の祖父が九島将軍の弟よ。……そういう縁もあって、今回の交換留学の話がワタシのところに来たみたい」
「じゃあリーナも自分から希望した訳じゃないんだ?」
ㅤエリカがそう尋ねた途端、彼女は目を泳がせた。なんと答えるべきか、分からなくなってしまったのかもしれない。母国語では無いことも、拍車を掛けているのだろう。
ㅤついでだから、ここであの質問をしてしまうことにした。彼女の名前についてのものだ。
「ところで、『アンジェリーナ』の愛称は『アンジー』だった気がするんだけど……。僕の勘違いかな?」
ㅤ僕の言葉に、彼女は明らかに動揺した。質問の内容自体は大したものではないが、シリウスとしての名前は「アンジー」だ。何かしら反応はしてしまうだろう。
「えっ、えぇ……。確かに、『アンジー』が主流だけど、『リーナ』と略すのも珍しい程って訳では無いの。えっと、同じクラスに『アンジェラ』って子がいたものだから……」
「そうなんだ。名前が紛らわしくなってしまうからね」
「そうなのよ。それで慣れているのもあって、日本でも『リーナ』と呼んで欲しかったのよ」
「そうか。変な質問をして悪かった」
「いえ、気になるのも分かるわ」
ㅤどうにか彼女は態勢を立て直したようだった。もう、先程までの動揺は見えない。とりあえず、表面上は。
◆
ㅤリーナが転校して来た日の夜。
ㅤ僕には彼女のことがどうでもよくなるような、厄介な問題が降りかかっていた。そのせいで、僕は部下を数人引き連れて、夜の繁華街を歩く羽目になっていた。しかも、今いる場所は神戸の南京町。東京からかなり離れている。
「こんな時に顧傑がお出ましとは……。どうするよ?」
「殺すしかないのでは?」
「そうなるよねぇ……。知ってた」
ㅤ僕は葉山さんから、顧傑が日本へ密入国しているという情報を受け取っていた。御当主様はフリズスキャルヴを有効に活用しているようだ。
「自らが出向いてでも、一矢報いたいっていうことなんだろうけど。迷惑な話だよ。そもそも、アイツ直接は関係ないのに」
ㅤあんなガバガバ理論で八つ当たりされては、こちらも迷惑である。老人というのは、どうも頭が固くていけない。
「しかし、関西にまで足を運ぶことになるとは思いませんでした。やはり、横浜の方が縮小してしまったからでしょうか?」
ㅤ今の横浜中華街は、魔法師の台頭で有名無実と化した消防法を題目に区画整理が行われた。工事が終了すれば、元の面影はほぼ無くなる筈だ。それに、今後も輩が取り仕切ることには取り仕切るのだろうが、きっと昔のようにはならない。
「そうだろうね。でも、南京町とはまたベタな」
「まだこちらには、大亜の工作員が大量にいますからね。それに、横浜から引き上げた輩も多いのでは?」
「これでは、二木も大変だろうな」
ㅤ二木家は阪神・中国地方を監視している。こんな場所が担当であれば、気が滅入るに違いない。
ㅤ路地を何本が通った先の、ある雑居ビルの前で僕は立ち止まる。ハッキングした監視カメラの映像から、一時間前にこの建物に入ったことを確認しているからだ。
ㅤ部下達が先にビルへ足を踏み入れようとする。だが、その際に僕は妙な違和感を覚えた。
「待て、お前ら! 止まれ!」
ㅤ咄嗟に彼らの前へ対物障壁を張った。精神への干渉が出来る為か、抽象的に得た何かを「匂い」で知覚することが僕には可能なのだ。
ㅤその予感は正しく、障壁に何かが当たる感覚がした。
「……針? いや、水か」
ㅤ水の針を飛ばしてきたのは、きっちりとスーツを着込んだ男。年齢は50代くらいであろうか。顧傑が作り出した死兵だろう。それの相手は部下に任せ、僕はビルに向けて「破城槌」を発動。認識阻害を使わせているから、少しの間なら周りも気づくことがないと判断したのだ。
ㅤそれと同時に僕達の周りを全方位無差別型の反射障壁で覆う。崩れたビルの瓦礫に巻き込まれないようにする為だ。鉄骨の間から、白髪で浅黒い肌をした人間の頭が覗いているのが見えた。
「死んでる筈だけど……。念のため、頭を潰しておくか」
ㅤそう呟きつつ、「インビジブル・ブリット」を使う。この魔法は、戦闘ではあまり人気がないらしい。けれども、僕は非常に気に入っている。
ㅤ処理が楽な小さい魔法式だから、個人的にはかなり便利だと思う。吉祥寺真紅郎にはお礼を言いたいくらいだ。きっと、嫌がられるだろうが。振り返ると、部下も既に死兵を倒していた。
「これ、どうします?」
「持って帰るのも大変だし、置いて帰ろう。別に要らないし」
ㅤ早く東京へ戻らないと、リニア列車が最終になってしまう。僕達はそそくさと南京町を去った。
ㅤこの事件は明日、朝のニュースで報道されることになる。だが、僕はまだ知らなかった。この時に居た死兵が七草の手の者で、「名倉三郎」という名の男だったことを。
◆
ㅤ森崎と僕は以前通りの関係に戻っている。会えば、それなりに話すくらいの仲だ。
ㅤ余談だが、昼食時にエリカから「理澄くんって一科に友達いるの?」と尋ねられたことがあった。その際に彼の名を出すと、その場にいた全員が微妙な顔をした。入学時のあのイメージが刷り込まれているらしい。
ㅤ僕らは、風紀委員会の本部にたむろって何故か将棋をしていた。今の僕は、完全に幽霊部員の為に暇を持て余す日も多い。それで彼が部活の無い日を捕まえて、何かしら暇つぶしをしているのだ。
「ていうか、森崎強過ぎじゃない? 僕負け続きなんだけど」
「お前が弱過ぎるんだよ。他のゲームの方がいいんじゃないか?」
「そうだね……。オンラインで何かやってる?」
ㅤ僕は相当将棋の才が無いらしく、勝負はいつも向こうの勝ち越しだった。飛車角落ちでこれなのだから、酷い話だ。
ㅤそこに、急に達也が本部へと入ってきた。彼は今日が当番だっただろうか、とシフト表を思い浮かべる。しかし、彼は備品のCADを手に取ることなく、こちらへ近づいてきた。
「理澄、今話をしていいか?」
ㅤ僕が返事をするよりも早く、森崎が達也に噛み付いた。これはもう条件反射レベルの速さだ。流石はクイックドロウの男である。
「あぁ!? 何だ、司波達也!!! 今俺たちは忙しいんだよ! 将棋界に残る一世一代の大勝負の最中だ。邪魔すんな!」
「……どう見ても、もう勝負はついてそうだが」
ㅤ盤上の駒を見て、呆れた様子を隠さない達也。僕としては、森崎のこの半ギレ芸は割と面白いと思う。
「何、達也? 結構重要な話?」
「まぁ、そうだ。七草先輩から聞いた話で」
「……じゃあ、そこで話すか」
ㅤ部屋の端にある、応接セットを指差す。本部内の片付けによって日の目を見たものだ。今までは室内があまりにも汚かった為に、端に追いやられていた。
ㅤ僕は達也の話を聞くことに決めた。森崎には悪いが、また今度に埋め合わせをするということで分かってもらった。射撃のオンラインゲームを始めるくらいなら、大したことでもない。
ㅤソファに僕らは腰掛ける。僕と達也を包む遮音フィールドを構築してやると、彼は単刀直入に用件を話しはじめた。
「朝のニュースは見たか?」
「南京町でビル倒壊? あれは不幸な事故だったね」
「その現場で死亡した、50代の男二人。どうもその一人が七草先輩の護衛だったらしい」
ㅤそれを聞いて、昨日の光景が蘇った。水を針にして攻撃する魔法を使う魔法師を、原作知識で知っていた。あの時は気づかなかったけれど。
ㅤ顧傑の敵は四葉。七草の敵も四葉。敵の敵は友達。簡単なことである。あまりにも良くできた展開だ。もしかしたら、御当主様も知っていて泳がせていたのかもしれない。
ㅤしかし状況を鑑みると、スターズの行動に七草が混ざってくることもあり得る。彼らにしてみれば、僕が襲われた方が都合が良い。
ㅤそうなれば、七草を片付ける仕事は僕に回ってくるだろう。考えるだけで憂鬱だ。
「へぇ……。そうだったんだ」
ㅤ内心の様々な気持ちを押し隠し、僕はそう言うしかなかった。
「それで、休日に俺と深雪が七草先輩に同行して南京町に行くことになったんだが……」
「え? なんで?」
「どうも護衛の死因を突き止めたいらしい」
「そうじゃなくて。達也と深雪が一緒に行く理由だよ」
ㅤ彼らが七草先輩に気に入られているとはいえ、いくら何でも予想外だ。
「断れない状況まで追い込まれてしまった。俺だって不本意だ」
「そう、頑張って。犯人が見つかるといいね」
ㅤとはいえ、僕が殺した訳では無いので高みの見物と行こう。あの場でもう既に死んでいたのだから、僕は全く関係ない。
ㅤしかし、話はそこでは終わらなかった。
「それで、昨日何があったんだ?」
「……何だ、分かってたの」
「そうじゃなきゃ、こんな話はしないさ。『破城槌』を使ったのか?」
ㅤそれもそうだ。納得した僕は、彼に昨日の顛末を話した。
「なるほど。先輩には上手く話しておく。そうでないと、叔母上に叱責されそうだ」
「どうだろう? 別にどっちでも良さそうだけどね、あの方は」
ㅤ御当主様は破滅型の快楽主義者なのではないか、僕はそう思う時がある。
ㅤだから、四葉家がこの先も続いて行くのかどうか、時々不安に駆られる。心の底から四葉を信じ切れないけれども、ここ以外に僕は魔法師としての居場所を知らない。その不安すら、御当主様の掌の上なのかも知れなかった。
ㅤ二律背反な感情を、目の前にいる達也は感じているだろうか。いや、きっと彼には分からない。
ㅤリーナあんまり出せなかった。次回は多分、リーナと戦います。