ㅤ国防軍防諜第3課。七草家の息がかかった部隊は案の定、スターズの行動に介入していた。このまま放っておいても、リーナは十分撃退できるだろう。しかし、七草の考えが分からない。
ㅤそれに、御当主様がUSNAの魔法師のサンプル回収を黒羽に命じたらしい。七草に取られる前にということだろう。それには、生きたまま拉致する必要がある。つまり、リーナと部下を分断し、彼女をそれなりに苦戦させる必要がある。そして、その役割が僕に回ってきた。
ㅤ防諜第3課がスターズに攻撃を加えたところで、僕が暴れまわり、黒羽の幻術使いがリーナ以外を誘導するという寸法だ。そのまま、一生帰ることはないが。
ㅤリーナが一高に転校してきて、数日経った夜。僕はスターズ達の交戦を、のんびりと上空から眺めていた。彼らも七草の妨害を受けつつも回収を進めており、今日で最後となる筈だった。それを狙って、こちらも御当主様の命を遂行することになっていた。
ㅤタイミングを見計らって待つのも、正直暇だ。北斗も僕に付いてはいるが、こんなところでペラペラお喋りするのもよろしくない。
ㅤ勝手に行動する訳にもいかず、僕は辛抱強く待ち続けるしかなかった。数十分後、ようやく精神干渉魔法が使われた気配がした。きっと、リーナも気づいているだろう。でも、行かせはしない。僕は彼女に向けて、閃光弾を投げつけた。そのまま、自分の飛行魔法を強制終了させる。勢いを殺さず、リーナ目掛けて着地しようとする。だが、僕は対物障壁によって飛ばされてしまった。慌てて、慣性軽減の魔法を掛けた。
ㅤ一度リーナを放置し、僕は国防軍の方を片付けることにした。広域干渉魔法「叫喚地獄」を発動する。ここには情報強化を掛けた魔法師しか居ないはずなので、死にはしないだろう。とはいえ、火傷くらいはするかも知れない。
「一体、ヨツバが何の用だ?」
ㅤ口調を意図的に変えているのだろう。ぶっきらぼうな話し方だ。
「スターズも僕の事を知っているとは。何だか、有名人になっちゃったね」
「もう一度聞く。何の用だ? 答えなければ、殺す」
ㅤ魔法というのは、先に撃ったもの勝ちだ。だから、彼女の問いを無視して「叫喚地獄」を再び発動した。「仮装行列」で何処に居るのかは分からないが、少なくともこの近くにいるのは間違いない。
「……答えは無しか」
「答えたよ? 魔法でね」
ㅤ余裕ぶった返しをしているが、内心冷や汗ものだった。僕の干渉力に打ち克てる情報強化。やはり、USNA最強の魔法師なだけはある。
ㅤリーナがCADを操作する。彼女の使う魔法を予測した僕は、「跳躍」で魔法の作用外へと離脱した。
ㅤ九島の血統は放出系魔法を得意としている。彼女の使った魔法は「ムスペルスヘイム」。気体分子をプラズマ分解し、更に陽イオンと電子を強制分離し、高エネルギーの電磁波を生み出す領域魔法である。
「小癪な……!」
「黙って食らう馬鹿はいないでしょ」
ㅤ情報強化と領域干渉をきつく掛ければ、耐え切れる可能性もある。しかし、そんな賭けに出る気にはなれなかった。
ㅤ魔法では時間が掛かると思ったのか、彼女は懐から銃を取り出した。流石にリーナが情報強化した銃弾は、僕にも跳ね返せない。だから、「インビジブル・ブリット」で銃身に圧力を掛けた。事象改変されたことを感じ取ったのか、彼女は銃を投げ捨てる。
ㅤだが、僕はそろそろ離脱したかった。黒羽はもう仕事を終えているだろう。大体、僕の仕事はリーナを殺すことではないのだから。その時、ポケットにもう一つ閃光弾を残していたのを思い出した。
ㅤすぐさま僕はそれを投げつけ、空へ飛び立つ。もし明日、リーナに会ってしまったら、なんだか気まずいのだが、それは考えないことにした。
◆
ㅤ次の日、幸運にも僕はリーナと遭遇することなく、放課後を迎えた。今日は風紀委員の当番だったので、本部へと向かう。
「おはようございます」
ㅤ謎ルールの挨拶にも、僕は既に適応してきていた。別に「こんにちは」だろうが構わない気はするが、これが伝統というものらしい。
ㅤ急に、千代田先輩と目が合った。正確には、向こうがこちらを見ていたのだ。目を逸らしたかったが、怒られそうなのでやめた。
「四葉くん、ちょっと頼みがあるんだけど」
「なんでしょうか」
ㅤ千代田先輩は一人の少女を連れていた。鮮やかな金髪が彼女の後ろから覗いている。紛れもなく、アンジェリーナ・クドウ・シールズである。
「シールズさん。貴方も知ってるでしょ。なんか、風紀委員の仕事を知りたいらしくて。案内してあげてくれない? 当番だったよね?」
「え? ……はい、分かりました」
ㅤ当番じゃないと言い張りたかったが、シフト表を見れば分かる話。さっさと諦めて、千代田先輩の頼みを引き受けた。
ㅤ僕が巡回をすると、毎回コソコソと逃げられてしまう。これはリーナを連れていても同様だった。
「……随分嫌われてるのね、貴方」
「アンタッチャブルとまで言われる、四葉だからね。仕方ない部分もあるよ」
ㅤ暫くの間、僕らは無言だった。巡回コースも終盤に近づき、人気のない階段に辿りついたところで、リーナがまた話し始めた。
「貴方、ステイツに来る気はない?」
「どうして?」
「ステイツは自由の国だわ。ワタシがクドウの血を引いていることも、あの地では大したことじゃない。ヨツバの貴方だってそうよ」
「……そりゃあいい」
「だったら!」
ㅤ彼女は僕の返答に食いついた。しかし、彼女の言葉に応える気はなかった。
「でも、その先の僕の末路は? 良くて軍の魔法師、悪くてモルモットだ」
「モッ、モルモットって……! 我々は同胞にそんな扱いしないわよ!」
「本当に同胞と思っているならね。そうとは言い切れないと思うけど」
ㅤぐっ、と言葉につまるリーナ。きっと、図星だったのだ。
ㅤ普通の魔法師に比べ、四葉の魔法師は特殊な魔法を持つ。それくらいの情報は流れているだろう。渡米したところで、研究者のいいオモチャになるのは見えていた。
「まず情報流出をするような真似をしたら、僕の口封じを兼ねてアメリカ大陸は火の海だよ。何なら、WW4でも起こるんじゃない?」
「一族一つにそんな力があるものですか、馬鹿馬鹿しいわ」
「それを実際にやるのが、四葉なんだ」
ㅤ僕はこの時、業火に包まれるステイツを幻視していた。その景色をそこまで悪くない、と思える辺り、結局僕も四葉なのだ。
「恐ろしい所ね。よくそんなところに居られるものだわ」
「……それで、何? 僕をスカウトしたいだけで、こんなつまらない巡回に付いてきた訳じゃないだろう」
ㅤそう言った途端、リーナが人差し指の先をこちらへ向けた。想子が爪先に集中していくのが見える。すぐさま彼女の手を捩じり上げた。
「危ないことするね」
「所詮は想子の塊。少々、銃弾に撃たれたレベルの幻痛が走る程度よ」
「銃弾に撃たれたレベルねぇ……」
ㅤ確かに大したことはなかった。痛いけれど、死ぬ訳じゃない。それくらいの痛みだ。
「手、離してくれない? 痛いんだけど」
「あぁ……。ごめん」
「やっぱり痕になってる。乱暴ね」
ㅤどうも僕は達也ほど力加減が上手くなかったらしい。
「多分、すぐに消えるよ」
「消えるとしても、レディにやることじゃないわ」
「リーナはレディと言うにはちょっと……」
「失礼ね! これでも、大統領のお茶会に呼ばれたこともあるんだから!」
ㅤ僕は彼女の顔を見つめて、黙ったままでいた。無論、わざとだ。この行動だけで、どれほどの失言だったのかは気付くだろう。
「……謀ったのね?」
「今のは、そっちの落ち度だろ」
ㅤリーナは僕を睨みつけ、足先を踏んだ。容赦の無い勢いで、かなり痛かった。
「それを知って、ワタシをどうする気?」
「別に。ぶっちゃけスターズなんてどうでもいいからね。こちらの庭先を荒らさない限り」
「……こっちはそんな訳にいかないのよっ! そうじゃなきゃ、どうしてワタシはここに居るの!?」
ㅤ返答に困り、僕はリーナの顔を再び見る。彼女の目尻が少し光っている気がした。それは見間違いでは無かったようで、彼女は手の甲で目元を拭う。
「……スターズの総隊長はUSNA内で最強の魔法師が選ばれるのよ。ワタシも実際そうだし、それを誇りに思っている」
ㅤ感情に任せて言葉を零すリーナ。僕は慌てて遮音フィールドを張った。校内の想子センサーには引っかかるが、後で職員室にでも手を回して消すしかない。
ㅤそして、立ったままというのもおかしいので、階段に僕らは腰を下ろした。
「でも、最強の『魔法師』なだけなんだわ。ワタシは軍人としては最強じゃない。回収した兵士は奪われてしまうし、連れてきた部下は失うばかり……」
ㅤリーナの言葉に僕は驚いた。四葉が死兵も奪っていたことは知らなかったからだ。きっと、分家の何処かに命じていたのだろう。
「ワタシは魔法師として、自分の力を振るいたいだけだったのに……。どうして、こうなってしまったのかしら」
ㅤ彼女はもう泣いてはいなかった。けれども、話す声は悲しげだ。
ㅤそれを聞いた僕は思わず、彼女に救いの手を差し伸べたくなった。
「……リーナ。君は軍人を辞めたい? もし、君がそれを望むなら、僕は君の力になれると思う。四葉はきっと、優秀な魔法師を快く受け入れる」
「ワタシのスカウトは断った癖に? ステイツと貴方の家の何が違うというの?」
「USNA軍全体から考えると、軍の魔法師の比率は少ない。けれども、四葉は違う。魔法が使える人間しか存在しないんだから。僕達は、君を『魔法師』として使える」
ㅤ衝動的な考えだったが、僕が彼女を戦力として迎え入れることは良いアイデアでもあった。
ㅤリーナの存在は、僕が達也を殺す際の勝率をかなり上げるだろう。例えば、彼女が「ブリオネイク」で達也の身体を焼き、オートリレイズの瞬間に僕が「ワルキューレ」を使うのである。
ㅤ再成を使用した直後、達也は一瞬だけ魔法が使えなくなる。あの魔法は、彼自身の魔法演算領域を全て占有するからだ。
「……今のワタシには、『ヘヴィ・メタル・バースト』を使えない。使えるデバイスを持っていないから。その意味が分かる?」
「すぐに作らせるよ。四葉の本質は研究組織だ。君をもう一度、戦略級魔法師に仕立て上げるくらいは出来る」
ㅤ大口を叩いてしまったが、あまりそのことは確約出来ないものだった。しかし、FAE理論の再現程度であれば、四葉でも十分可能だろう。当分は、戦術級で我慢してもらうしかない。
「どうする、リーナ? 決めるのは君だ」
「……ただ単に、アンジー・シリウスを葬り去りたいだけなんじゃないか。そういう疑念を抱かずにはいられないの。貴方が裏切らないっていう保証は何処にある?」
ㅤもう半分以上こちらに心が揺れているだろうに、リーナはそんなことを言った。
「確かにそれは無かったね。じゃあ、神にでも誓おうか」
ㅤそう言いつつ、僕はリーナの前に手を差し出す。彼女は躊躇いながらも、手を取った。
ㅤ結局迷った挙句、リーナがヒロインになる感じ。これ、「ヒロインはリーナ」タグでも付けた方が良い案件なのだろうか?