【完結】お兄様スレイヤー   作:どぐう

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ㅤ小笠原の海軍基地近くの南盾島には娯楽施設が存在する。媒島からもそこまで遠い訳ではないので、僕達はそこに遊びに行くことにした。島で泳ぐだけではつまらない、と雫が言い出したのだ。

ㅤ女性陣が買い物に興じている間は、残念ながらかなり暇である。待つだけというのも虚しいが、仕方ないことであった。露店にジュースが売っていたので、何とは無しに僕達はそれを購入する。

 

「向こうの基地とは陸続きか。人工地盤続きじゃないんだな」

 

ㅤ海を挟んで位置する基地を見て、レオが呟く。

 

「同じ軍の設備とはいえ、こっちは補給基地の余剰生産で作られているからね。同じようにはいかないよ」

「それもそうか」

 

ㅤ幹比古とレオの会話を聞きながら、僕は思った。観光客も勿論来るだろうが、一番多いのは基地に詰めている人間だろう。彼らの為に娯楽施設を作っているとしたら、なかなか国防軍もホワイトなのかもしれない。

ㅤそのことを達也に話すと、こんな答えが返ってきた。

 

「海軍は昔から船や潜水艦で長い間過ごすような作戦も多いからな。士気を落とさないようにするという考えは、陸軍よりも強いかもしれん」

「海軍のご飯は美味しいけど、陸軍は不味いって話はよく聞くもんね。あれは都市伝説なの? 実際どう?」

「一度だけ、陸軍系列の食堂で奢って貰ったことがあるが……。そこまで旨くはなかった」

 

ㅤ言葉を濁しているが、不味いのだろう。本当に美味しくないところは、カレーですら酷いのだ。陸軍の食堂はそういう感じに違いない。

 

「……あっ、呼んでるっぽい」

 

ㅤ幹比古が遠くにいるリーナや深雪達に気づき、そう言った。端末を確認すると、時刻は12時。そろそろお昼時だ。

ㅤ皆が合流した後、島内のレストランで食事をすることになった。ショッピングモールにありがちな雰囲気の店だったが、料理は結構良くて満足だ。

ㅤ食後も会話を続けていると、急にエリカが「外の様子が変じゃない?」と言い始めた。確かに街全体が殺気立っている。多分、「わたつみシリーズ」の一人が基地を脱走し始めたのだろう。

 

ㅤ劇場版である「星を呼ぶ少女」。原作そのものではないので、起こるかどうかは五分五分だと思っていた。でも、原作者が監修していたので、これも原作枠に入ったのかもしれない。

ㅤ僕としては、このまま島にいた方が厄介事に絡まなくて済むと知っている。しかし、折角の休みに事件には巻き込まれたくない、ということで皆の意見が一致した。それに対して、僕が反対するのもおかしい。そのため、飛行機に戻ることになってしまった。

ㅤ案の定、機内には脱走した少女が隠れていた。エリカが庇ってしまった以上、追い返す訳にもいかない。結局、彼女は別荘まで連れて帰ることになった。

 

 

 

 

 

 

ㅤ少女は「九亜」と名乗り、映画の内容通りの告発を僕らにした。漠然としていたが、海軍の研究所で行われている実験の内容だ。

ㅤだが、僕には腑に落ちない点があった。横浜事変が起きていないので、国防陸軍は鎮海軍港に「マテリアル・バースト」を撃ってはいない。だから、海軍が焦る理由が無いのだ。一体何が、彼らを突き動かしたのだろう。「ミーティアライト・フォール」を行使したのでは無いことは、達也が呼び出されていないことから明らか。それなら、何故調整体の同期実験を行うのかが分からない。

 

「理澄くん、何とかしてココアちゃんを保護してあげられない?」

 

ㅤほのかが九亜を抱きしめ、僕にそう言う。彼女だけでない。雫やエリカ、美月も同じようなことを言った。

 

「……助けてあげたいのは山々だけど、御当主様が何と仰るか。それに、僕は最近無理を通したばかりだし」

 

ㅤ別にリーナのことは関係無かったが、そう言ってさりげなく断る。

ㅤ彼女は元々、七草に助けを求めていた筈だ。今の時点で四葉が噛んでいると、ややこしいことになりかねない。去年の夏からずっと、四葉と七草は冷戦状態。僕の行動で事態を悪化させたくはなかった。

 

「そうだよね。理澄くんもお家の全てを動かせる訳じゃない……。でも、ウチも無理だと思う。お父さんはそこまで魔法関連のツテを持っている訳じゃないから」

 

ㅤ雫はとても残念そうな口振りで言う。確かに北山家は最近こそ、魔法産業に力を入れている。だが、まだ足場を固めきってはいない筈だ。

 

「リズムやシズクの家で助けるのが無理なら、ワタシ達の出来る範囲で助けてあげるっていうのはどうかしら。きっと、何かあるはずよ」

 

ㅤリーナがこれまでの話を踏まえて、新しい提案をする。

 

「おっ、いいじゃねぇか。どう思う、幹比古?」

「確かにいいかもね。例えば、魔法協会に連絡するとか。どれだけの効果があるのか分からないけど。達也には分かる?」

「魔法協会に伝えるのは良い手だろうな。建前上とはいえ、魔法師を使った非人道的な実験は禁止されている。もう研究所の外に出ている九亜なら、ちゃんと保護してくれる筈だ」

「それなら、良いじゃないの。……ココア、もう大丈夫だからね」

 

ㅤ話が纏まりかけた矢先、九亜が蚊の鳴くような声で再び話し始めた。

 

「あの……。わたし、だけじゃ、無いんです。わたし、と、わたしの、姉妹たちも……。助けて、ほしい」

 

ㅤ僕達は顔を見合わせる。九亜の姉妹を助け出すには、研究所の中から出してやらねばならないからだ。

 

「お兄様、彼女達を助けてあげられませんか?」

「……海軍の調整体魔法師を逃がすとなれば、海軍と直接事を構えることになってもおかしくない。それでもいいか?」

 

ㅤ達也が全員を見回して、そう言った。皆は口々に決意を述べた。

 

「皆がやるっていうなら、僕も乗るよ。僕に付いてるメイドにも調整体の子がいる。他人事では無いからね」

「お家じゃなくて、個人に付いてるんだ……。すごいね」

 

ㅤ美月が驚いた顔をした。けれども、僕だけが特別というものでもない。深雪だって、一応達也が使用人のようなものだ。彼女自身がそのような扱いをするのを拒否しているだけである。

ㅤこれからの道筋が何となくは整ったが、九亜をそのままにする訳にはいかない。彼女の身支度をしてやることになった。流石に病院服のようなものを着せたままでは、可哀想だからだ。

 

 

 

ㅤ夕食の時間になって食堂に行くと、先程からは見違える姿の九亜がいた。前髪を切って服を着替えた彼女は、会ったときよりもずっと可愛らしくなっていた。しかし、実際はこれが普通の筈だ。

 

「そういえば……。七草真由美さんは、何処にいらっしゃるのでしょう……?」

 

ㅤ服装をほのかや雫に褒められて照れていた九亜だったが、急に顔が初めて会った時のような不安げなものに戻った。

 

「七草真由美さん、ってあの七草先輩? 十師族の……」

「はい、です……。盛永先生は、七草さんと、飛行機で会うように、と」

「そう言えば、あの滑走路で、オレらのと同じ機体があったな。ひょっとして、それと間違えたんじゃないか?」

「このバカ! それを早く言いなさいよ」

「無茶言うな!? 仕方ねえだろ、そんときは気にも留めてなかったんだからよ!」

 

ㅤエリカとレオがいつものように口論を始める。僕達は慣れたものだが、九亜は少し怯えた顔をする。彼らも九亜の変化に気づいたらしく、すぐに言い合いをやめた。

 

「達也、七草先輩と仲良かったよね? 悪いけど、連絡してくれない?」

「分かった。……深雪、頼めるか?」

「かしこまりました」

 

ㅤ深雪は端末を取り出し、部屋の端で通話を始めた。相手はすぐに出たようで、何か言葉を交わしている。数分で通話を終え、彼女は戻ってきた。

 

「明日には来て下さるようです。……ココアちゃん、もう心配しなくても大丈夫よ」

 

ㅤ深雪の言葉に、九亜はようやく安心した表情を浮かべた。

ㅤちょうどその時、僕の隣に立っていたリーナが小声で僕に話しかけた。

 

「……リズム、私がここに居るのがバレたらマズいわよね。明日は隠れておいた方がいいかしら」

「そうかもしれない。僕もそうするつもり」

「貴方も?」

「七草先輩はいいんだけど、家絡みで問題が起きそうだ。下手を打ちたくない」

 

ㅤ七草先輩を経由して七草家にバレることが一番困る。リスクは回避しておきたかった。

 

 

 

 

 

 

ㅤ次の日、七草先輩がこの別荘にやってきた。その間、僕とリーナは別の部屋で待つ。こういう事をしていると、別に悪いことをしている訳でもないのに何だか微妙な気持ちになる。

 

「それにしても……。調整体魔法師を9人も使って何を行う気だったのかしら。そんな大きな魔法って、まさか戦略級魔法とか?」

「直近の危機が迫ってる訳でもないのに、そんな無駄なことをするかな……? わざわざ一つの魔法の為だけに、そんなたくさんの人間を使うのは勿体ないんだから」

「そうよね。魔法式を作るだけなら、大きなCADを使う必要なんてないもの。必要な時は作動実験の時よ」

「流石に戦略級魔法師は言うことが違う」

 

ㅤそう言うと、彼女は僕を睨む。ちょっと失言だった。

 

「僕達が知らないだけで、もう魔法が使われてるとか? 戦略級魔法の実験だって、そのまま魔法を撃つ訳じゃないよね。魔法式を投射する前にキャンセルすればいいんじゃ」

「まぁ、そうなんだけどね。でも魔法師の意識がはっきりしてないと無理よ。自我を失っているのなら、そのような細かい作業はできないわ」

「そうか……。つまり、単純作業ならそれでいい訳だ。彼女達を機械の一部として使うのなら」

「貴方、彼女達が何かの動力源になっているって言うの!?」

 

ㅤリーナの顔が分かりやすく青ざめた。僕の言葉の意味に気づいたのだろう。だから、僕はそれに対して頷いた。

 

「例えば、空母でも潜水艦でもいいんだけど。原子炉だと、核兵器を搭載してるって言われる可能性があるでしょ。だから、動力源に使えない。それなら、魔法師を使おうって発想になってもおかしくない」

 

ㅤ僕の脳裏にはエンタープライズが映っていた。原作知識の限りでは、船内に調整体魔法師が幾人も詰められていた筈だ。リーナはそのことを知らないだろうが。

 

「画期的な新型船舶という訳ね。バレなければだけど」

「うん。きっと、国防軍内での海軍の発言力も上がるだろうね。予算だって増えるだろう」

 

ㅤそう言いつつ、僕は島に行く前のことを思い出した。実際、魔法式の時間遡行研究は有用性が認められて、本家から予算が下りたのだ。

 

「でも、可能性でしょう?」

「そうなんだよね……。でも、戦略級魔法よりはあり得るよ。陸軍ならまだしも、海軍なんだから」

 

ㅤそう話していると、急に部屋のドアが開いた。達也とエリカ、そしてレオが部屋に入ってきたのだ。

 

「ノックくらいしろよ」

「あぁ……悪い。それで、結局海軍基地に攻め込むことになったんだが。理澄、お前はどうする?」

「行くつもりにしていたよ。そうじゃなきゃ、想子センサーも監視カメラも切れないでしょ」

「とんでもないことするわね……。ま、助かるんだけど」

「エリカも行くの?」

「勿論。んで、このバカもね」

「バカってなんだよ、テメェ! バカって!」

「そうとしか形容のしようがないでしょ。バカ」

 

ㅤ幹比古と深雪の姿は見当たらなかったが、二人は雫達の飛行機の護衛として付いて行ったらしい。九亜を乗せた七草先輩の機体とは別口とはいえ、狙われるのは間違いないからだ。

 

「基地までの足も僕が用意してる。多分、すぐ来るはずだ」

「ステルススーツも欲しいんだが、頼めるか?」

「用意させてる。いくらなんでも、エリカ達の分は無理だったけど」

「それは大丈夫だ。変装用の衣装がある」

 

ㅤ大方、警備兵の服だろう。何処から手に入れてきたのかは分からないが、恐らくツテだ。

ㅤ北斗に連絡を入れると、1時間もしないうちに船が来た。中に乗り込むと、エリカとレオが興味深そうに船内を見ていた。だが、特に面白いものはないと思う。

ㅤ僕らは備え付けられた椅子に座ると、作戦会議らしきものを始めた。今から細かいことは考えられないので、簡単な役割分担を決めるだけだ。

 

「僕とリーナは入り口から正面突破する。達也達はどうする?」

「俺は適当なところから侵入する。エリカとレオは警備兵の振りをして、危険そうな奴を適当に排除してくれ」

「分かった。任せてくれ」

「任せて。やっぱり、ミヅチ丸を持ってきてよかったわ」

 

ㅤレオとエリカはかなり頼もしい返事をする。武闘派だし、達也が連れてきたくらいだから心配する必要は無いだろう。

 

「ねぇ、リズム。正面突破って……」

「僕に考えがあるから。ちょっとは騒ぎを起こさないと、目的がバレてしまうし」

 

ㅤ正面から堂々と入るのは、黒羽を始めとして四葉ではよく取られる作戦だ。精神干渉魔法に適性のある魔法師が多い故の方法ではあるのだが。

 

「じゃあ、それぞれの健闘を祈る。捕まると面倒だし、出来るだけ捕まらないようにしてくれ」

 

ㅤ達也が酷く無責任なことを言った。コイツが捕まることは無いだろうが、もし捕まったら絶対見捨ててやろうと、僕は決意した。




ㅤ人数が多いので、空気になりそうなメンバーが出てきて大変だった。多分、居るメンバーは全員何かしら話してるはず……だといいんですけど。

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