【完結】お兄様スレイヤー   作:どぐう

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ㅤ理澄達が島で船を待っていた頃、雫達を乗せた飛行機は海上を飛んでいた。追手を撹乱する為に、真由美と九亜の乗る飛行機とは違う航路を取っていたが、この飛行機も追跡をされていた。

 

「後ろから3機。恐らく戦闘機だ。武装を持たないプライベートジェット相手には、オーバーキル過ぎる編成だよ」

 

ㅤ精霊を使った視覚同調で、周りに目を配っていた幹比古が言う。

 

「やっぱり付いてきたわね……」

「どうします、深雪さん?」

 

ㅤ彼の問いに、深雪は頬に手を当て少し考える素振りをする。彼女は否定するであろうが、その仕草は真夜によく似ていた。否、深夜の取っていた仕草が二人に似ているのか。

 

「そうね……。吉田くん、お願いしてもいいかしら。私だと手加減が難しいので」

「分かりました。任せて」

 

ㅤ深雪の物言いは、取り方によれば傲慢なもの。けれども、幹比古は特に気を悪くすることは無かった。

ㅤ昔同様の才能を取り戻すどころか、今ではそれ以上の実力を手にした幹比古。それでも、彼は挫折があったからこそ、他人との力量差をきちんと測れるようになっていた。深雪と幹比古の間に能力の差はまだあることを、彼自身認識していた。

ㅤとはいえ、微妙な力加減の調節は幹比古の得意とする所。面倒事を押し付けられた、という感覚は無い。

ㅤ――逆に、深雪は彼に押し付けたのかもしれないが。

 

ㅤ幹比古は呪符を取り出し、意識的に呼吸を整える。古式魔法は現代魔法よりも心理的な状況に左右されるからだ。

ㅤ呪符に想子を流し、断片的な記述から自力で魔法式を構築する。自分を見失っていた頃には、このプロセスが非効率だと考えた日も彼にはあった。だが、現代魔法師と違ってCADに完全に依存しないのは強みだと、今の幹比古は思っている。

ㅤ幸い、下には海が広がっている。得意属性の水が大量にあるというのは、実力を存分に発揮できるということだ。

ㅤ魔法式が投射され、戦闘機に幾つもの氷礫が降り注いだ。現代魔法であれば、振動減速で気温を下げて水蒸気を氷の弾丸に変え、加速魔法で貫通力を増加させる術式。それが、「雹を降らせる」というファジィな現象一つで定義させられるのだ。イメージが魔法を生む、ということが如実に現れるのが、古式魔法なのである。

ㅤ幹比古の攻撃を受けた敵機はすぐに旋回し、基地の方面へ戻っていった。

 

「……行ったみたい。戦闘機の割には、虚仮威しだったのかな」

 

ㅤホッと息を吐いて、幹比古はそう言った。もっと本格的な戦闘をする覚悟をしていたので、少々拍子抜けだったのだ。

ㅤそんな彼に、美月が近づいてきた。極度の緊張状態から脱したからか、彼女は少し――いや、かなりエキサイトしていた。

 

「すごい、すごいです! 吉田くん! やっぱり、自分を信じて努力するって、素晴らしいことですよね。それがこういう素晴らしい結果に繋がったんですから! あの、私ももっと頑張らなきゃって、思いました! すごく!」

「えっ、あの? 柴田さん???」

 

ㅤ幹比古の手を取って、ぶんぶんと振る。彼の顔が茹で蛸よりも真っ赤になっていることに、今の美月は気づけていない。それどころか、どんどんと幹比古に詰め寄るので、胸の辺りが危険なことになっていた。勿論、そのことにも気づいてはいない。

ㅤその様子を見ながら、雫が深雪にそっと話しかけた。

 

「……美月の好感度ポイント、稼げてるね。吉田くん」

「というより、狙ってたんでしょう。深雪?」

「ほのかにはバレていたの。でも、よく分かったわね」

「そりゃあ、もう1年も一緒なんだから。深雪が悪戯好きってことも分かるもの。雫のこと程には分かる訳じゃないけど」

「……。なんかちょっと、照れる」

 

ㅤそう言いながら、雫はほのかに勢いよく抱きついた。

 

「ちょっ、どこ触ってんの!? 深雪、たすけて!」

 

ㅤひとしきり騒いだ後に彼女達は、お互いに顔を赤くして微妙な距離を取る幹比古と美月の姿を確認する。予想通りの状況に、3人はクスクスと声を殺して笑った。

 

 

 

 

 

 

ㅤ船は数分で南盾島の港に付けられた。事前に決めた通りに分かれ、僕達は行動を開始した。

ㅤ南盾島と基地を繋ぐ橋を渡り、入り口の前に立つ。認識阻害の魔法のお陰で、僕とリーナの姿は見えていない。

 

「これ、ホントに見えていないのよね?」

 

ㅤリーナが不安そうに周りを見回した。僕は北斗と長い付き合いなので信用しているが、彼女は気になるのも仕方ないかもしれない。とはいえ、ステルススーツに身を包んでいるので、姿を見られても身元が判明することはないのだが。

 

「大丈夫だよ。僕の部下で一番優秀だから」

 

ㅤ彼は隠密能力だけで考えるならば、黒羽の魔法師をも凌ぐ。もしも敵に追い詰められた際、確実に僕を逃がすことが出来る能力こそが、北斗が僕のガーディアンである理由なのだ。

ㅤしかし、魔法の効果もここまでだ。彼には手早く脱出する手筈する為の仕事を任せないといけない。飛行デバイスを持っている筈の達也は、最悪置いて帰ればいい。でも、僕とリーナは速やかに逃げ出す必要があった。

 

「よし。北斗、やっちゃって」

「かしこまりました。では、理澄様とシールズ様はこのまま突入して下さい」

 

ㅤ後ろをついて来ていた北斗が、CADに指を走らせた。その瞬間、門の向こう側にいる兵士の何人かが暴れ始める。それを止めようと人がだんだん集まり、騒ぎがどんどん大きくなっていく。

ㅤこれは、精神干渉魔法「ルナ・ストライク」による効果だ。幻影によって意識を麻痺させ、感情を暴走させる魔法で、精神に直接ダメージを与えられる。今回は基地内に入りやすくする為に、この魔法を使わせたのだ。

 

「行くぞ! 走れ!」

「えぇっ!?」

 

ㅤ門を移動魔法で吹き飛ばす。自己加速術式を掛けて、暴れている兵士を突き飛ばしながら、基地の中へ入り込んだ。さらに混乱を招かせるべく、僕とリーナの魔法で敷地内を荒らしていく。僕が「破城槌」で道や倉庫を、リーナが「プラズマ・ブリット」で建物の上方を壊す。

ㅤあらかた破壊し終えたので、僕達は研究棟へ急ぐ。建物内には、白衣を着た研究者が幾人も居た。侵入されたという状況が理解できないらしく、彼らはただ戸惑うだけ。倒したりしなくていいのは楽だ。だから、障壁を展開こそしていたが、散歩感覚で歩くことができた。

ㅤエレベーターに乗り込み、加重魔法を使って無理に箱を動かし最上階まで上がる。途中でエレベーターが止められるのを防ぐ為だ。実験場に踏み込むと、達也は既にここにいた。その横には盛永医師もいる。思ったよりも早い。

 

「やっと来たか。遅かったな」

 

ㅤ達也の後ろには、病院服を着た8人の少女。「わたつみシリーズ」の残りの姉妹達だ。

 

「えっと……。この子達を連れて行けばいいんだな?」

「あぁ、頼めるか」

 

ㅤ部外者の前で名前を出す訳にいかないので、何とも言葉足らずな会話になる。女装でもしてくれば良かったのだろうが、リーナの前であの格好をするのはちょっと嫌だった。

 

「多いわね……。どうやって連れて行くのがいいかしら」

「ここから屋上に出れるだろう? 慣性制御魔法を使って降りてしまおう。半分、頼んでいい?」

「それは無理よ! 四人なんて、制御したことが無いの!」

「じゃあ、僕が五人担当する。三人なら大丈夫?」

「任せなさい! 絶対に着地も丁寧に制御してみせるわ!」

 

ㅤこの調子なら心配ないと判断し、リーナに三人任せることにした。

ㅤその時、わたつみシリーズの内の一人が僕に話しかけてきた。

 

「……貴方を信用していいの?」

「君達次第だ。僕が助けたいと思っても、君達が拒むのなら仕方ない」

 

ㅤ彼女は一度、押し黙った。しかし、もう一度口を開き、自分の名を名乗った。彼女は「四亜」という名前らしい。

 

「四亜、僕達に付いてくる気はある?」

「信じてみることにする。そうじゃないと、なにも変わらないから」

 

ㅤ屋上に出て、下までの高さを確認する。そして、全員を飛び降りさせた。それに続いて、僕とリーナも飛び降りる。落ちながらも、分担して慣性制御魔法を掛けていく。数秒後、滑らかに地面に着地した。

 

「何とかなるものね……。それで、これからどうするの?」

「エリカ達と合流する。船もそろそろ着いてると思うし」

 

ㅤ僕は基地に行く前、エリカに船を呼ぶよう頼んでいた。千葉家はどちらかというと、七草陣営に属している。本当は、エリカも僕と連まない方が良いのだろうが、父親への嫌がらせになるから構わない、と彼女は言っていた。

ㅤとにかく、わたつみシリーズを連れて行くには、僕の家より千葉の方が都合が良い。エリカとレオに連絡を入れて、僕達は千葉家の船の前で合流した。

 

「理澄くん、リーナ! ちょうど良かったわ。いま、ウチの門下達が来たところなのよ」

「助かった。本当にありがとう」

「良いのよ。こういうのはお互い様。気になるなら、また今度ケーキでも奢って頂戴」

「そうさせて貰うよ」

「それにしても……。レオは大丈夫なのかしら? とても元気そうには見えないんだけど」

 

ㅤリーナがエリカの側でへたり込んでいるレオに、そう問いかけた。確かに、彼はぐったりとしている。何か負傷でもしてしまったのだろうか。

 

「あぁ……。別に怪我とかしてる訳じゃないのよ。なんか『腹減った』って言ったきり、ずっとこんな感じで」

「仕方ねぇだろ……。さっき使った魔法、めちゃくちゃ腹が減るんだ……」

 

ㅤレオの声はかなり弱々しい。それを聞き、ようやく僕は合点がいった。

ㅤ硬化魔法「ジークフリート」。肉体を構成する分子の相対位置について外部からの変更を受け付けなくする魔法だ。ジークフリートの特性上、熱が遮られてしまう為に体温が恐ろしく低下する。それを身体から放出する熱で補うので、激しく体力を消耗してしまうのだ。

 

「レオ、お腹空いてるの? ビーフジャーキーならあるけど……」

 

ㅤ僕はスーツのポケットから、ジップロック式の袋を取り出した。

 

「貴方、何でそんなもん持ってるのよ」

「おやつ。食べようと思ってて」

 

ㅤビーフジャーキーは軍用のものではなく、店でも売っている柔らかめのもの。雫の別荘に行った時に持って行っていたのだが、食べる機会が無かったのだ。その為、今でも持ち歩いていた。

 

「頼む……。それを俺にくれ……」

 

ㅤ死にかけのレオにビーフジャーキーを渡す。彼はすぐさま、貪り食べ始める。余程、空腹だったのだろう。意図したことでは無かったものの、結果的に人助けになってしまった。

 

 

ㅤエリカは、四亜達を確実に魔法協会に送り届けると約束してくれた。千葉道場の門下生も居るし、誰かが攻め込んできてもすぐに追い返せる筈だ。

ㅤ船を見送りながら、追ってきた兵達が船に放つ攻撃を排除する。これも一緒に僕達が船に乗らなかった理由だった。

 

「さて、そろそろ帰ろうか」

 

ㅤそう言いながら、僕は飛行魔法を発動する。千葉家の船が見えなくなったので、ここに居る必要はもう無いからだ。

 

「どこから帰る気?」

「とりあえず、飛んでくれる? そしたら、分かるから」

 

ㅤリーナは半信半疑という顔をしつつも、黙って飛行デバイスを起動した。少し飛ぶと、地上にいる間には見えなかったヘリが視界に入る。武倉が所有する大型ヘリである。

 

「こんなのよく隠してたわね……」

「気づかなかったろ? 僕のガーディアンの魔法は一流なんだから」

 

ㅤ僕がそう言うと、リーナは苦笑した。機内に入り、扉を閉める。それを待っていたかのように、ゆっくりとヘリは動き始めた。とりあえず、最初の行き先は巳焼島だ。

 

「てっきり、船だと思っていたわ。あの船はどうしたの?」

「あれは、基地の船を勝手に借りてきただけだよ。ウチの船に、エリカ達を乗せる訳にはいかないから」

 

ㅤ僕の言葉に、彼女は「徹底してるわね」と言い、呆れた顔をする。

 

「じゃあ、今タツヤを置いていったのもそうなの? でも、親戚なのよね?」

「いや、それはまた別の問題。大丈夫、達也は放っておいても死なないから」

「酷いことするわね……」

 

ㅤ達也は放っておいても死なない。

ㅤこれは冗談でも無く、本当の話だ。だが、このことをまだ話すべきでは無い。話してしまったが最後、リーナは「お兄様」から逃げられなくなってしまう。

ㅤ僕の運命に彼女を巻き込むという選択は正解なのか、僕は答えを決めかねていた。

 




ㅤ星を呼ぶ少女で気になっていることは、短編の「薔薇の誘惑」でエリカが「ジークフリート」が初見だったのに、劇場版ではレオがあの魔法を使っていることなんですよね。デメリットの描写も無いし。まぁ、尺の問題と見栄えなのかな。

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