【完結】お兄様スレイヤー   作:どぐう

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ㅤ入学式の次の日には、クラス毎にオリエンテーションが行われる。校内規則の説明や履修登録の案内、カウンセラーの自己紹介など、学生たちがスムーズに学校生活を送れるように用意された日らしい。完全実力主義を謳っている割には、やけに親切なことである。

ㅤ登録後は実習見学があるようだったが、別に見たいわけでもない。本当なら、早退届でも出してさっさと帰りたい。だが、そうはしなかった。

ㅤ今日の放課後には、一科生達と達也達が、深雪を巡って揉める一幕があるからだ。

 

 

ㅤ下校時刻、深雪を待っていた達也達は、A組の何人かの生徒に難癖を付けられていた。中心人物となっているのは、「劣等生」内でも数少ないネタ()キャラ、モブ崎こと森崎駿だ。

ㅤ騒ぎに便乗し、僕もシレッとした顔で混ざる――無論、E組側に。エリカが小声で「何とかしてよアイツら」と言ってきたが、森崎達とは面識も何も無いのにどうやって止めろというのか。「誰だよお前」と言われるのがオチだ。

 

「いい加減に諦めたらどうなんですか? 深雪さんは、お兄さんと一緒に帰ると言っているんです。他人が口を挟むことじゃないでしょう」

 

ㅤおっとりとした雰囲気の美月が真っ先に一科生達に噛み付いた。原作を読んでいた頃は、意外だと思っていた。でも、今考えると別段おかしなことではない。

ㅤ美月は、魔法師の家系ではない「第一世代」だからだ。

ㅤ魔法師の世界は、十師族を頂点とする明確なピラミッド社会。構造が既に差別を前提としているのだ。幼い頃からそういう場所で生きていたら、嫌でも慣れてしまう。

ㅤ外からでないと、違和感というものはわからない。いの一番に噛み付いたのも、不思議ではなかった。

 

「別に深雪さんはあなたたちを邪魔者扱いなんてしていないじゃないですか。一緒に帰りたかったら、ついてくればいいんです。何の権利があって二人の仲を引き裂こうとするんですか」

 

ㅤだが、人と感覚が少しズレてはいる――天然なのかもしれない。

ㅤこれからの展開を知っているから、美月は予言者か何かなのか、と僕は穿った見方をしてしまいそうだ。とはいえ、いくら「水晶眼」と言えども、そんな設定は流石に付けていないはずだ。やはり、天然ということだろう。

ㅤ彼女に続き、レオとエリカも口論に参加する。レオはともかく、口の上手いエリカは中々に相手を翻弄していた。

 

「うるさい! 他のクラス、ましてやウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!」

「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというんですか?」

 

ㅤ美月の言葉は、魔法師業界のシステムをよく知らない人間だから言えるものだ。けれども、正論は正論。今の在り方で利を得ているものには耳の痛い話でもあった。

 

「……どれだけ優れているか、知りたいなら教えてやるぞ」

「ハッ、おもしれえ! 是非とも教えてもらおうじゃねぇか」

「だったら教えてやる!」

 

ㅤ売り言葉に買い言葉。レオの煽りに乗せられ、森崎は特化型CADを突きつけた――はずだった。しかし、エリカの振り抜いた伸縮警棒が彼のCADを弾き飛ばす。

 

「この間合いなら身体を動かした方が速いのよね」

「それは同感だがテメエ今、俺の手ごとブッ叩くつもりだっただろ」

 

ㅤ緊迫した状況をぶち壊すような、漫才じみた会話が始まったが、僕はそれを無視して森崎の背後に回った。起動式を呼びだす為にCADを操作しようとしている、ある少女の手を掴む。

 

「あっ!」

「やめておいた方がいい。後ろ見てみなよ」

 

ㅤ指差した先には、厳しい顔でこちらを見る三年生達――七草真由美と、風紀委員長の渡辺摩利がいた。

「あなたたち、1-Aと1-Eの生徒ね。あと、B組も? どちらにせよ、事情を聞きます。ついて来なさい」

 

ㅤ入学して早々の非常事態に、今まで居丈高だった森崎も固まってしまっていた。頼りにならない奴である。すると、達也が深雪と共に会長達の前に進み出た。

 

「すみません、悪ふざけが過ぎました」

「悪ふざけ?」

「はい。森崎一門のクイックドロウは有名ですから、後学の為に見せてもらうだけのつもりだったんですが、あんまり真に迫っていたもので、思わず手が出てしまったようで」

 

ㅤ白々しい言い訳をいけしゃあしゃあと言い放つ達也。思いがけない展開の転がりように、皆はぽかんとしている。

ㅤ風紀委員長――渡辺先輩だけは疑わしげな目を向けていた。目の前に転がるCADやエリカの警棒で、何があったか一目瞭然なのだから当たり前である。

ㅤだが、被害者が何も無かったと主張しているのだから、どうしようもない。有耶無耶のまま事態は収束した。

 

「君の名前は?」

 

ㅤ上手く丸め込まれてしまったことが気に入らなかったのだろう。去り際に渡辺先輩は振り向いて、達也に名を尋ねた。

 

「1-E、司波達也です」

「覚えておこう」

 

ㅤそれを聞いて、彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。厄介事を呼び寄せてしまった、と気づいたに違いない。

 

「……借りだなんて思わないからな」

 

ㅤ役員達が去ったあと、森崎は刺々しい口調で言った。庇われたことでプライドが傷つけられたからか、かなり苛ついている。

 

「……僕の名前は森崎駿。お前が見抜いたとおり、森崎の本家に連なる者だ。」

「あぁ、森崎ってボディガード業で結構有名だよね」

 

ㅤ支流とは言え、百家の血が流れているのは彼にしてみれば誇りなのだろう。何だか可哀想なので、適当に相槌を打っておいた。

ㅤでも、クイックドロウで粋がるのはちょっと恥ずかしいと思う。彼は、二年次にCADを抜かずに照準を合わせる高等技術「ドロウレス」を習得することになる。せめて、それくらいになってから威張って欲しい。

 

「僕はお前を認めないぞ、司波達也。司波さんは、僕たちと共にあるべきなんだ」

 

ㅤけれども、僕の話は無視された。森崎は達也に言葉を投げつけると、返事も聞かずに帰っていく。捨て台詞だったのかもしれなかった。

ㅤ全員が疲労を滲ませながらも下校しようとした時、一科の女子生徒がそれを阻んだ。まだ何かする気なのか、と誰もが身構えた。しかし、それは勘違いだった。

 

「光井ほのかです。さっきは失礼なことを言ってすみませんでした」

 

ㅤ彼女は達也の前に立つやいなや、勢いよく頭を下げたのだった。

 

「私たちを庇ってくれて、ありがとうございました。森崎君はああ言いましたけど、大事にならなかったのはお兄さんのおかげです」

 

ㅤ流石に達也もこの展開には面食らったようだ。無難な返答で切り上げようとしているみたいだが、女子生徒――光井ほのかの押しが強く、あまり上手くいっていないようだった。内心面倒がっているのが容易に分かる。でも、ラブコメ展開の始まりだぞ、少しは喜べよ。無理なのは分かっているけれど、ついそんなツッコミを入れたくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

ㅤ次の日、教室で自分の端末を確認すると、部活連からメッセージが届いていた。要約すれば、風紀委員会に入らないか、というものだった。

ㅤ深雪から入手した入試成績によると、僕の順位は実技が4位で、理論が18位で総合7位。実技の席次順で僕の上にいる男子は森崎だけ。彼が教職員枠で入るなら、僕に話が回ってくるのも頷ける話だ。

ㅤ部活連枠で委員会に入るのあれば、部活動をしなくてはならない。何に入っておくのが良いだろうか。クラブ紹介を眺めて、良さげなものを探す。少し考えて、テニス部――魔法が使用可能な方の「リフレクトテニス部」に入る事にした。

ㅤ普通のテニスと違う点は、魔法以外にもいくつかある。まず、コートの全面が透明な箱のようなもので覆われている点で、その為にアウトが存在しない。そして、CADが内蔵されたラケットを使用する点。つまり、ボールをラケットで打ち返さないで魔法を使うことは禁止なのだ。

 

ㅤリフレクトテニス部は、九校戦のクラウド・ボールへの出場実績もある真面目なクラブだ。それに、加重系統の得意な僕なら活躍の機会にも恵まれるはずだろう。

ㅤ風紀委員になれば、CADの携行許可が貰えるという特典もある。話を受けて損なことはない。そういう訳で、承諾の旨をしたためたメッセージを送って、僕は端末を閉じた。

 

 

ㅤ風紀委員や生徒会の勧誘が、入学式の直後という比較的早い時期に行われるのには理由がある。

ㅤこれから新入部員勧誘期間が、一週間始まるからだ。

ㅤ将来有望な新入部員を獲得するために、どの部活もやり過ぎなくらいに激しい勧誘活動を行う。これには仕方のない面もある。クラブから九校戦のメンバーに選出され、その上優勝でもしたともなれば、その部には予算が普段の倍以上になることも。学生のお遊びでは済まないのだ。

 

ㅤ様々な思惑が蠢く勧誘期間の初日、風紀委員会本部では顔合わせを兼ねた業務会議が開かれた。

 

「何故お前がここにいる!」

 

ㅤ達也の存在に気づいた森崎が叫ぶ。やはり、スルーはできなかったようだ。気持ちは分かる。分かるけれども、この場所で叫ぶのは非常識だった。渡辺先輩に怒られてしまい、彼は顔を青ざめさせている。

ㅤ三年生が部屋に入ってきて、風紀委員全員が席に着いたところで会議は始まった。

 

「そのままで聞いてくれ。今年もまた、あの馬鹿騒ぎの一週間がやって来た。風紀委員会にとっては新年度最初の山場になる。この中には去年、調子に乗って大騒ぎした者も、それを鎮めようとして更に騒ぎを大きくしてくれた者もいるが、今年こそは処分者を出さずとも済むよう、気を引き締めて当たってもらいたい。いいか、くれぐれも風紀委員が率先して騒ぎを起こすような真似はするなよ」

 

ㅤ何人かが気まずげな顔をしているところを見るに、この委員会にはトラブル体質の人間が多いようだ。所謂、祭りの取材に行って、いつのまにか神輿を担いでしまうタイプだろう。

 

「今年は幸い、卒業生分の補充が間に合った。紹介しよう。立て」

 

ㅤ呼ばれることは分かっていたので、特に動揺することもなく立ち上がる。森崎はガチガチに緊張しており、少し面白い。

 

「1-Aの森崎駿と1-Bの武倉理澄。そして、1-Eの司波達也だ。今日から早速、パトロールに加わってもらう」

 

ㅤ達也を見ても、皆あまり驚いていないようだった。委員長の見立てを信用しているのかもしれない。1人だけ、岡田とかいう二年生が嫌味なことを言っていたが、渡辺先輩に反論しきれずに結局は引き下がってしまった。

 

「では早速行動に移ってくれ。レコーダーを忘れるなよ。司波と武倉に森崎。お前らには私から説明する。他の者は、解散!」

 

 全員が一斉に立ち上がったと思えば、踵を音を鳴らして揃え、右手の握り拳で左胸を叩いた。「イエッサー!」とでも言いそうな雰囲気だ。吹き出しそうになるのを堪えて、無表情を決め込む。

ㅤ二年生と三年生が出て行った後、僕達はビデオレコーダーを支給された。胸ポケットに入れて、証拠を撮影するらしい。だが、風紀委員の証言は原則として証拠として扱われるようだ。不正が横行するのではないかと気になったが、僕の心配することでもない。

ㅤ通信コードも送信され、CADについての注意も受けた。後は巡回に行くだけだ。

 

ㅤ部屋を出たところで、森崎が僕達に因縁を付けてきた。正確には、達也にであるが。

 

「はったりが得意なようだな。会長や委員長に取り入ったのもはったりを利かせたのか?」

 

ㅤ達也の両腕には二個のCADが巻かれている。

ㅤ基本的に複数個のCADを同時に使用するというのは難しい。機器から出る想子波が干渉しあい、相克を起こしてしまうからだ。これは、魔法師の中では常識中の常識であり、森崎も勿論知っている。それ故に、彼は声高に達也を罵る。

 

「羨ましいのか?」

 

ㅤしかし、達也の切り返しに詰まってしまう。それでも何とか煽るだけ煽って退散していった。

ㅤ何がしたいのかだんだん分からなくなってきた。だが、これでも面白キャラ枠なのだ。

 

「何だったんだ……?」

「でも、僕もどうして達也が風紀委員になったのか気になるな。まさか自分から名乗り出た訳じゃないだろ?」

 

ㅤほのかの魔法発動を僕が妨害したので、達也の起動式を読む技能は知られていないはずだ。そのせいで、風紀委員に選ばれることも無くなっているかもしれないと思ったのだが、現に彼は委員になっている。先程、実は僕も森崎と同程度には驚いていたのだ。叫んだりはしなかったけれども。

 

「深雪の推薦だ。忍術使いの弟子とか、戦闘では負け無しとか言うから、服部副会長と決闘をする羽目になってしまった」

 

ㅤぼやくような言い方だが、声音は楽しげだった。妹のことを心底可愛がっているのが見て取れる。

ㅤけれども、深雪は兄の地位向上に熱心に取り組み過ぎだ。少しは自重という言葉を覚えて欲しい。

 

「これからどうする?」

「別行動にしよう。連れを待たせているんだ」

「それ普通にサボりじゃない……? まぁ、いいけど。じゃあ、またあとで」

 

ㅤ僕は達也と別れ、一人で巡回することにした。元々風紀委員の仕事はコンビを組んでやるものでもない。

ㅤ適当に校内を歩きつつ、暴発寸前の生徒間の揉め事を仲裁して回る。特に魔法を使わずとも、対処できる平和的なレベルだった。

ㅤ休憩を兼ねて、格闘技専用体育館――通称、闘技場に演武を見に行く。闘技場に足を踏み入れると、見覚えのある人物が二人居た。

 

「あれっ、達也にエリカ? 一緒だったの?」

「やっほー。理澄くんじゃない。そうなのよ、一人でウロウロするのって、なんか味気なくない?」

「その割には、待ち合わせ場所から随分離れたところに居たけどな」

「あっ、やっぱ達也くん根に持ってたのね!」

 

ㅤエリカの声はとてもよく通る。その為か、周囲の人間が迷惑そうにこちらを見ていた。本人もそれに気づいたのか、誤魔化し笑いを浮かべた。

 

「……静かにした方が良さそうだね」

「そうみたい」

 

ㅤ僕の呟きに、エリカは小さな声で同意した。

ㅤ剣道部の演武は、思ったより迫力のあるものだった。魔法を使わない為に剣術に比べ、インパクトに欠けるのではと考えていたが、それは誤解だったようだ。

 

「すごいな……」

 

ㅤ思わず感嘆の声をあげてしまう。それ程に、剣道部の――その中でも一人の女子部員の演武は見事なものだった。

ㅤ男子部員との体格差を感じさせない身のこなし。攻撃の受け流し方も、しなやかだ。正直、あまり期待をしていなかったけれども、見て良かったと思えた。

ㅤしかし、横で同じものを見ていた筈のエリカは不満げな顔だ。

 

「……こんなの試合なんかじゃないわよ。立ち回りも派手だし、これじゃあ殺陣だよ」

 

ㅤ剣に対する思い入れの違いか、僕とは正反対の意見を述べている。

 

「勧誘の為のデモンストレーションだからな。仕方ないだろう。……まぁ、そろそろ帰るか」

 

ㅤ憤っているエリカを達也が宥める。そもそも、僕も達也も業務中であり、のんびりしている場合では無い。だが、職務怠慢の誹りを受けることは多分、無いだろう。何故なら、今からこの体育館で事件が起こるからである。

ㅤ出入り口まで戻ったところで、異変は起こった。先程まで雑然としていた集団が、だんだんと1つの場所に集まっていくのである。僕達は顔を見合わせて、野次馬達の中に飛び込んだ。

ㅤ人を押し退けて進み、何とか見える所まで辿り着く。そこでは、先程演武を披露していた女子部員――壬生紗耶香が、竹刀を手にした男子生徒と対峙していた。




ㅤリフレクトテニスは完全創作です。魔法競技の部活が魔法科高校には多いという設定から考えてみました。透明な箱の中のフィールドでの競技は二十一世紀後半のスポーツトレンドの特徴の一つである、という原作の記述も参考にしました。

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