【完結】お兄様スレイヤー   作:どぐう

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「理澄くんの勝利を祝って……。乾杯!」

 

ㅤ放課後、僕の戦勝会という名目で皆が「アイネブリーゼ」に集った。ジュースの入ったグラスが当たる音が、店内に響く。模擬戦を観に来ていなかった、泉美と香澄も同席していた、

 

「模擬戦で勝ったって言っても、上級生が下級生を甚振っただけだからね。なんだか、後ろめたい気はするけど……」

「そんなことはいいじゃない。なんか新歓の時も調子に乗ってる感じで、鼻についたもの。ガツンと先輩がシメてやるのも大事よ」

「前から面識はあるからこそ、僕もそこは気になっていて。少しでも変わろうという思いがあれば、彼も伸びると思うんだ」

 

ㅤそうでないと、彼を七草潰しに利用するには心許なさ過ぎて怖い。あと少しくらいは、思慮深さが欲しいのだ。

ㅤ深雪と泉美が顔をそっと見合わせていた。琢磨が成長するとは思えない、と考えているのか。何だか悔しいので、絶対に彼を使える人材に育て上げてみせると決意した。

 

「でも、模擬戦を見れて良かったです。あまり強い魔法を使わなくても、あんな風に圧倒出来るんですね。私の魔法は戦闘向きじゃないんですけど、希望が見えてきたっていうか……」

 

ㅤ僕の斜め前に座っているほのかが、そう言った。光波振動系が得意な彼女は、不意打ちには滅法強いが、完全な戦闘となると厳しい部分があるからだろう。

 

「逆にどうして高等魔法を使わなかったんだい? それなら一発だったと思うんだけど」

「私もそう思う。理澄くんは、わざと戦闘を長引かせている感じがした」

 

ㅤ幹比古が僕にそう尋ねる。雫も同じことを思っているらしかった。でも、僕は自分で自分の戦闘を声高々に自慢するのは苦手だ。何と答えようかと迷っていたら、達也が助け舟を出してくれた。

 

「実は、理澄も高等魔法を使っていたんだぞ。気づいていなかったのか?」

「えっ、そうなの?」

 

ㅤその問いかけに頷いた達也は、模擬戦についての解説を始めた。

 

「紙片を燃やす前に酸素を集めていたが、あれは『酸素空洞(オキシゲン・チェンバー)』という高等魔法だ。しかも、あの時は紙の発火点まで瞬時に上げる為に振動系魔法も併用していた」

「でもよ、達也。服部会頭は基本的な魔法しか使ってない、って言ってなかったか?」

「あれは俺の言い方が少し悪かった。『収束魔法で酸素を集めた』と言ってしまったからな。勘違いをされたんだろう」

 

ㅤ単に収束魔法で酸素を集めるのと、「酸素空洞(オキシゲン・チェンバー)」で酸素を集めるのは少し違うのだ。達也が気づいていたのなら、嬉々として説明を続けてくれるだろう。正直な話、とても助かった。

 

「指定したエリア内の気体を選り分けて、酸素のみ濃縮して高濃度の酸素エリアを作成するのが『酸素空洞(オキシゲン・チェンバー)』なんだ。出来た空間はどうしても狭くなってしまうから、それなりの空間を作るには最初にかなりのエリアを指定しないといけない。その為に、高難易度の魔法となっている」

「それって、普通の収束魔法とはどう違うの?」

「収束魔法で適当な空間に周りの酸素を集めるだけなら、窒素などはそのままの組成で残る。だから、その魔法で下手に燃やすのは危険だ。完全燃焼しないし、有毒ガスが生まれる可能性もあるからね。難易度が跳ね上がっても、酸素だけを分離した方が安全なんだ」

「それなら、ドライ・ブリザードは温度変化によって容易に二酸化炭素だけに分けられるから、比較的簡単な魔法なんですか?」

「そうなるね。あとは、場所によって濃度の割合がそこまで変わらないことも理由にはあるよ」

 

ㅤ少しでも魔法について知っていることがあれば、積極的に達也へとアピールするほのか。流石は恋する乙女である。しかし、深雪はその可愛らしい小賢しさを嗅ぎ取ったらしい。テーブルの下で自分の左手の指を達也の右手の指に絡め、勝手に顔を赤らめていた。

ㅤ思わず、僕は隣の席の雫とアイコンタクトを交わす。「あれ、どうなのよ?」という僕の問いに、雫は「ほのか、気づいていないから」と返した、という感じだ。

 

「達也さんの説明、とっても分かりやすかった。でも、だからこそ不思議。理澄くんはその高等魔法を使わなくても、普通に『ドライ・ブリザード』を使えば良かったと思うんだ」

 

ㅤそう言って雫はこちらに向き直る。ここは多分、僕が答えなくちゃいけないのだ。

 

「……予備動作無しで『ドライ・ブリザード』を使えば、よく分からないまま琢磨は負けちゃうし。こちらの手がよく分かるように、少し大袈裟にしたんだ」

 

ㅤとにかく、一片の言い訳の余地も無いように負けさせないといけなかった。そうでないと、琢磨は反省しないと思ったからだ。彼がこれからどうしていくかは分からない。ただ、この悔しさをバネに努力を重ねて貰えると有り難い。

ㅤ七草を倒す際の旗印候補は今のところ、彼しかいないのだから。

 

 

 

 

 

 

ㅤリーナと一緒の生活もそろそろ慣れてきた。時々、しょうもないトラブルで揉めたりもしたが、殆どは平穏に過ごしていた。僕は特に細かいこだわりを持つ訳でもないし、それは彼女も同様だ。そもそも、生活の世話はこの家に居るメイドや執事がやるので問題は無い。

ㅤ模擬戦から数日が経った日の夕食時に、リーナが僕に仕事の話を始めた。人身売買の瞬間を差し押さえた、というものだ。そう言えば、黒羽が財務省から仕事を引き受けたという話を前に聞いた。恐らくは、その件だろう。

 

「今日の任務でフミヤに言われたのよ、そろそろ大きな仕事があるかもって」

「文弥と一緒だったの? 珍しいね、平日なのに」

「タツヤが狙われてる案件だったのよ」

「あぁ……。そりゃあ、学校もサボるね」

 

ㅤ双子達は第四高校に進学していた。特に文弥は一高に通いたかったらしく、それが叶わなかったことにショックを受けていた。あまりの嘆きっぷりに、僕が代わってあげたいと思ったほどだ。

ㅤだからこそ、まだ一学期も終わっていないのに、そんな不真面目な態度で良いのか心配だった。だが、僕が口出すことでもないのだろう。

 

ㅤそもそも、問題は達也である。あれだけフラグを折りまくっても、厄介ごとを呼び寄せてくれる。

ㅤバーチャルアイドルの中の人が攫われる場面に遭遇し、結果的に彼は人身売買のブローカーに命を狙われることになったのだ。何処かで一度、知り合っていたらしい。僕は放置しておけば良いと思うのだが、文弥はそうは思わなかったようだ。財務省の何処かに働きかけて、仕事を取ってきた。「達也兄さんが気づく前に片付ける!」と意気込んでいたに違いない。

 

「この後、文弥に会う予定なんだ。多分、リーナが聞いた話の詳細なんだろうね」

「今から? もう随分遅いわよ?」

「僕も文弥も明日は学校を休む気でいたから。どうせ、これから黒羽の助っ人に行くし」

「学生は大変ね。義務教育じゃないんだから、やめちゃったら? ワタシが軍人やめちゃったみたいに」

「とんだブラックジョークだね……」

 

ㅤこういったアメリカ人特有の謎感性が、僕達を偶に喧嘩へと持ち込むのだ。しかし、僕も段々と適応してきたので、それに対して苦笑いに留めた。

 

「環境を一変させた後に、分かるものがあるのよ」

「経験者は語るってやつ?」

「そういうこと。リズムには、まだ早かったかしら?」

「子供扱い? 同い年なのに」

「えぇ! ワタシの方が精神的に大人だと思うもの」

「大統領のお茶会に呼ばれたんだっけ?」

「それはもういいでしょ!?」

 

ㅤ軽口の応酬はいつものことだ。どちらが勝つかはその日次第。今日は僕が彼女を言い負かした。とはいえ、言い過ぎればやはり揉めるので、加減が難しい。理詰めではなく折れることも必要だ、という先人の教訓はきっと正しいのだろう。

ㅤ食事を終えた僕は、近くに停めた車で待っている筈の文弥の所へと向かう。黒塗りのリムジンの中には、彼と彼の部下が乗っていた。

 

「やぁ、待ってたよ」

「遅くなってごめんね。文弥……じゃなかった、ヤミちゃん」

「……理澄兄さんも今からするんだよ」

 

ㅤそうなのだ。僕も素性がバレないようにする為、極秘の仕事は女装が必須になってしまったのだ。御当主様は狙って、僕を四葉だと公表したのではないか。どうも、そんな疑惑が頭の中でちらつく。

ㅤ滑らかに走り出した車の中で、僕は化粧道具を広げる。黒羽の仕事用だから、文弥と亜夜子の為に鏡が取り付けてあるのだ。それを使って、嫌々変装用のメイクを始めた。

 

「ファンデーションを塗りながらでいいからさ。ちょっと聞いてくれる?」

「女子高生みたいな会話だね。話してるのは、男二人っていう地獄だけど」

「それを言ったって仕方ないよ。……それでね、最近九島が動き始めてるんだ。何をしてるかは、まだ探らせている最中だけど」

「九島って言ったって、先代か当代かで変わってくるんだけど。どっち?」

「それくらいは、分かってるよ。今の当主の方。勿論、老師も黙認してるかもしれないけどね」

 

ㅤ七草の次は九島。どうせ四葉の行く手を阻む気なのだ。よく次から次へと、邪魔ばかり出来るものである。余程、十師族の秩序というものが大切らしい。

ㅤ仮に四葉が権力の全てを掌握しても、僕らは表舞台へは絶対に現れない。マキャベリズムの骨頂は、影に隠れてこそである。全てが白日の下であれば、どんな策略も意味を為さないのだから。

ㅤこの国には存在し続けて貰わないと困る。だから、非魔法師を排除したくないと僕は考えているのだ。そうでなければ、魔法師と非魔法師の融和策なんて考える訳が無い。

 

「今日は何で呼ばれた訳? 九島を探るの?」

「それは姉さんがやってる。そもそも、それなら理澄兄さんを呼ばないよ」

「確かに。じゃあ、別口なのか」

「うん。十山が護衛してる人間を襲うのが今回の仕事」

 

ㅤ十山家は二十八家の一つだ。十師族にならない代わりに、国防軍との結びつきが恐ろしく強い。国民を守るのではなく、国そのものを守る。近いもので例えれば、まるで公安のようだ。

 

「誰だよそれ。全然九島と関係なくない?」

「それが、関係がすごくある。防衛省のさ、次の事務次官に内定してる人で、九島に近い派閥なんだよ」

「そういや、勝成さんが防衛省に入省したって言ってたな。出所はそこ?」

「どうなんだろ。とにかく、このままだとマズいからね」

 

ㅤパラサイトが生まれていなくても、九島は何か企む気だ。それも、軍が一枚噛んでいるような。酒井大佐を始めとする対大亜連合強硬派に接触しなかったのは、横浜事変が起きていないからだろう。

ㅤ話しているうちに、僕は女装を終えた。仲間が戻ってきて文弥は喜んでいるが、僕の気分は最悪だ。

 

「料亭での会食を終えて、帰るところを狙うつもり。あとは、ちょっとお話をして返すだけ」

「二重スパイに仕立て上げるんだね。PD見せてよ?」

「これ。目を通して貰えるかな」

 

ㅤ渡された端末をスクロールして、パーソナルデータを読む。

 

「子供が三人。全員、非魔法師か……。殺すって脅すくらいじゃ、九島に助けを求められそうだな。一番上の子供のデータある? 非行歴があれば一番いいんだけど」

「隠してるのをバラすって言う訳か。PDなんて誰でも探れるくらい単純だから、九島も止めにくいもんね。いいよ、それにしよう」

 

ㅤ弱みがあるならPDの改竄はやっているだろうが、そんなことはどっちだって良いのだ。根も葉もない噂でも、流れれば痛手になる。

ㅤその時、料亭の近くに張っている文弥の部下から、連絡が届いた。ターゲットが動き始めたらしい。

 

「あっ、出て来たみたいだね。行こうか、メロディ姉さん」

「……達也にヤミちゃんの画像送りつけようかな」

「やめてくれる!?」

 

ㅤ緊張感に欠ける会話をしながらも、僕達は任務を遂行する為に動き始めた。

ㅤ料亭からターゲットが現れる。十山家の護衛も付いていた。文弥が護衛に向けて「ダイレクト・ペイン」を放つ。距離があるので、威力は調節できていなかった。それなのに、彼らの様子は変わらない。訓練によって、痛みへの耐性があるのだろう。

 

「最初から、ショック死しない程度には威力を絞っていたけど……。残念だな、これだけで終わってた方が良かったのに」

「長引くと良くないよ。さっさと決めちゃおう」

 

ㅤ僕はCADを操作する。選んだ魔法は「ワルキューレ」。一瞬で、護衛の人間達は地に伏せた。文弥の魔法で気絶していれば、彼らは死ななくて済んだのだが。

 

「死体の回収、頼んでいい?」

「部下にやらせとく。どうせ、ターゲットも持っていかなきゃダメだから。僕達は先に戻ろう。早く姉さんと合流したいし」

「ヨルはもう調べ上げたの? 早いね」

 

ㅤ亜夜子の諜報能力は非常に高い。けれども、ここまで早いとは思わなかった。僕達は車に戻り、彼女の待つホテルのラウンジへと急いだ。

 





ㅤさすおにシーン書くのなんか一周回って楽しくなってきた。はんぞーくんがさすおにの犠牲になっちゃったけど。
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