【完結】お兄様スレイヤー   作:どぐう

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ㅤホテルのラウンジで亜夜子は優雅に紅茶を飲んでいた。眠気覚ましも兼ねているのかもしれない。僕と文弥も甘いミルクティーを作って貰って飲んだ。僕達は女装したままなので、多分さまになっている。

 

「九島については調べ終えましたわ、理澄さん。こちらがそのデータになります」

「ありがとう、亜夜子ちゃん」

 

ㅤ亜夜子が手渡してきたメモリーカードを端末に差し込み、端末に映し出す。ざっと画面をスクロールして、内容を流し読む。

 

「……クローン人間計画ねぇ。条約かなんかで、製造は禁止されていなかったっけ」

「だから問題なんですの。しかも、オリジナルがオリジナルですし……」

「九島烈のクローン、か。あの人、いくつだっけ? 折角作っても、テロメア的に早逝しそう。そんなの使える?」

 

ㅤクローンは調整体よりも作製費が安価である。しかし、受精したばかりの生殖細胞から作っても寿命は短い。遺伝子異常が起きやすく、まともに育たないのだ。成長した人間から作れば、もっと短くなる。だから、クローン技術には誰も見向きもしなかった。条約を破ってまで作るほどの旨みが無いからだ。

 

「老師は確か87歳だったよね。理澄兄さんの言う通り、使い物にならなそうだけど。数ヶ月でも細胞分裂に耐えられないでしょ」

「だから、使い捨てなの。何体もストックを作っておいて、必要な分だけ使うって感じかしら」

「それ意味あるかなぁ……?」

 

ㅤ昔のSFチックな話ではある。しかし、あまり効率的とは言えないのではないか。

 

「使い勝手というよりは、『人間ではない』ということを強調しているような使い方の気がします。それは最近の老師のお心変わりと一致しませんか?」

「動いてるのは現当主だけれど、やっぱり老師の発案かもしれないってことね」

「でも、どうしよう? 今でこそ、意味の無い実験的なものだよ。けど、いずれは魔法師の存在が形骸化するかもしれない。そうなったら、僕達どうやって生きればいいのさ?」

 

ㅤ文弥が半泣きで頭を抱える。彼の言う通り、魔法師が完全に要らなくなれば、生活のアテが無い。パラダイムシフトが起こる可能性を考えれば、不安になるのも分からなくもなかった。

 

「その時は、四葉の暴露本を出して印税で食べていこう。出版前に口封じで殺されるかもしれないけど」

「生きていけてないよ! それ死んでるじゃないか!」

「落ち着いて。絶対、そんな状況にスポンサーの方々はさせないわ。……理澄さんも、文弥を怖がらせないでくださいな」

 

ㅤこういった時の亜夜子はとても姉らしい。彼女に窘められた僕は、文弥の頭を撫でつつ謝った。

 

「魔法の需要がある状態を維持し続けないと、きっと非魔法師から僕達は排除される。だからこそ、魔法師は兵器で居ないといけない。それは分かりきったことの筈なのに」

 

ㅤ文弥がそう言いながら、目を伏せた。彼だって僕だって、己を兵器だと言い聞かせることに一抹の哀しさを感じなくも無い。だが、それを拒否することは出来ないのだ。

ㅤ強大な力は、矛先を向ける相手が居てこそ。仮想敵が無ければ、魔法師へのヘイトが溜まってしまう。

 

「お年を召されて、考えが甘くなってしまったのかもしれないね。代替わりっていうのが必要な訳だ」

「そのことで、私は御当主様とお話する機会がありまして。理澄さんが連れてきた『シリウス』。いらっしゃるでしょう? 確か、第九研の血が流れているとか」

「リーナを九島の当主に据える気?」

「彼女はUSNAと切れていますよね? 取引は武倉が主導したとお聞きしましたが」

「僕がやったよ。もう完全にUSNAの人間ではなくなってる」

 

ㅤ確かに僕は、USNA軍上層部と取引している。USNAの旧シリウス派閥のスキャンダルを流し、多くの幹部を更迭していた。ミッドウェー監獄に放り込まれた魔法師もいるだろう。極め付けには、適当に使えそうな魔法師を数人送り込み、リーナとの交換という形で彼女の身柄をもぎ取った。その為、彼女はUSNAから追いかけられることは無くなったのである。

 

「それでも、元シリウスなのです。四葉の庇護下に留め置くには立場が大きすぎますわ」

「それなりの地位を用意する必要があるってことね。九島なら血を引いてるから、ちょうど良い訳だ」

 

ㅤ御当主様はリーナを連れ帰った僕を咎めなかった。それは、ここまで見越していたからかもしれない。

 

「でもさ、姉さん、元の九島の人間をどうやって追い出すの? 老師は20年もしないうちに死にそうだけど、残りは中々死なないよ。若いんだし」

「だから、今回の件で泳がせておくのよ。ボロが出たら糾弾するの。来年には師族会議もあるし」

「要求を呑むなら十師族から落とさない、とか持ち掛けるのか……」

 

ㅤ師補十八家から十師族に昇格するのは良くても、逆はプライドをいたく傷つけられる。名前だけでも、十師族でいられる方が幸せな筈だった。

 

「けど、そんな上手くいくもの? 九島がヘマをしないかもしれないし、まずリーナさんを当主とするとなれば九島家は大騒ぎだよ。四葉が家を乗っ取るようなものなんだから」

 

ㅤ文弥が慎重な意見を述べた。それには、僕も同意見だった。しかし、亜夜子はその疑問を見越したようで、新しいメモリーカードを取り出す。

 

「これをご覧なさい。九校戦は従来より期間を一日延長して、新競技を一つ導入することになっているの。まだ協議中だけど、ほぼ確定でしょうね」

「スティープルチェース・クロスカントリー……。これって、軍事教練に使われるようなものじゃん!」

「この競技を差し込んだのが九島……ってことでいいの?」

「えぇ、そういうことです。クローンの戦闘データを取るのではないか、と推察されています」

「魔法科高校生を使って実験するってこと!?」

「そうなるわね。九校戦での事故に見せかければ、怪我人が多く出ても誤魔化せるからかしら」

 

ㅤ怪我人どころか、魔法技能を失う生徒も出てくるかもしれない。人工林のフィールドを走破する競技だと思っていたのに、襲い掛かられればパニックになるのは間違い無いからだ。

 

「露見すれば、普通に悪いことだよね。一般の魔法師を巻き込んでるし」

「去年も九校戦を狙って、犯罪シンジケートが裏で動いていたよね……。毎年毎年、どうしてこんなに治安が悪いんだ?」

「仕方ないんじゃない? 大きな事件は起こらないで欲しいけど、小さな事件は起こってくれた方が僕らにとってもいいんだから。それは、何処かの誰かも一緒なんだよ」

 

ㅤ確かに、文弥の言うことには一理あった。

ㅤ僕達は誰かの不幸を踏み台にして、甘い汁だけを啜っている。同じことをしている相手に、文句を言える訳が無いのだ。

ㅤスティープルチェース編が起こってしまうのも、仕方のないことなのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

ㅤ次の日、僕は学校をサボった。どうせ土曜で半日だったし、眠たかったからだ。昼くらいまで寝倒しても、起きる気にはなれなかった。布団にくるまりながら、研究所から送られて来たデータを見る。

ㅤ魔法式時間遡行のメカニズムは一部頓挫したらしい。虚数を定義した為に、エイドス改変ができなかったのだ。虚数はイマジナリー・ナンバー。存在しない数である。つまり、イデア内などでしか所在がわからない。

ㅤだが、精神の場所を決める定数には使えそうらしく、その方向で研究を進めていくようだ。精神干渉魔法が早く展開できれば、大きなアドバンテージを得られるので妥当な判断であろう。

 

ㅤそこまで読んだところで、新たな疑問が生み出された。僕は気になる点をメールに纏め、研究所へ送る。返事はすぐに返ってきた。質問は、「想子体は遡行できる可能性が高いのか?」というもの。その答えは「極めて高いだろう」であった。

ㅤこれなら、リーナを九島家当主にする際に、九島側に大きな貸しを作ることが出来る。九島烈のご乱心の理由は、末孫の病弱体質故だ。その上、孫も一年の四分の一を病床に過ごす生活で、どこか性格が捻れていた。この世を儚んで、テロリストになられても困る。というか、原作では実際になる。それは回避せねばならない。

ㅤちょうどその時、部屋のドアが勝手に開けられた。リーナがこちらを覗いている。

 

「リズム、いつまで寝ているの? もうそろそろ起きた方がいいわよ」

「うん……。今起きるよ」

「早くしなさいよね」

 

ㅤ彼女はそう言い残して、戻っていく。もぞもぞと僕は起き上がった。時刻を確認すると、既に二時だった。服を着替えて、リビングに出る。リーナはソファに座り、動画を観ていた。僕はその横に座り、彼女に話しかける。

 

「……リーナ。話したいことがあるんだけど」

「何かしら?」

 

ㅤ僕は昨夜に亜夜子達と話した件について、彼女に伝えた。

 

「……そうなっちゃったら、ワタシはリズムと道が別れてしまうわね」

 

ㅤリーナはそう言葉を返す。僕は彼女の手に自分の手を重ね、彼女の碧い目を真っ直ぐ見つめた。

 

「それはさせないよ。僕は四葉家次期当主候補の地位を返上する。だから、四葉の当主にはならないし、道が違えることもない。」

「その保証は? 神には前に誓っちゃったじゃない」

「リーナが好きだから……じゃ、ダメ?」

 

ㅤ僕の言葉に、彼女は目をまたたかせる。そして、表情を悪戯っぽいものに変えた。

 

「まぁ、70点くらいね」

「意地悪。精一杯の告白だったのに」

「もっと、ロマンチックなら良かったんだけど。こんな場所で愛の告白なんてするものかしら?」

 

ㅤ予定には無かったのだ。リーナに対する感情は曖昧なままで、答えを出していなかったのだから。思わず口からついて出た思いだったし、僕自身驚いていた。

 

「返事はくれないの?」

「拗ねないで。ワタシがリズムのこと、好きじゃない訳ないでしょう?」

「僕の家に住みたがるくらいだからね」

「分かってて、今まで何も言わなかった貴方の方が意地悪だわ」

 

ㅤそうかもしれない。もう僕は一生、難聴系ラノベ主人公を馬鹿に出来ないだろう。彼らと僕は同類だ。だけど、今日からは違う。

ㅤリーナがとても上手なウインクをして、目を閉じた。何を返せばいいか、僕には分かっていた。

 

 

 





ㅤ書き終わって読み返すと、「好きと言わせたい」感がある内容だな……。とはいえ、家乗っ取りとか不穏なワードも。

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