【完結】お兄様スレイヤー   作:どぐう

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ㅤスピード・シューティングが終われば、僕に残っているのはモノリスとスティープルチェースだけだ。残りが最後に固まっているので、真ん中の期間はそれなりに余裕がある。なので僕は、亜夜子と文弥の試合をリーナ達と観戦した。

ㅤそして、その結果について僕達は夕食を食べながら話していた。去年、黒羽の双子に会いに行った時のホテルにあるレストランである。僕は部屋で寝ると言って、抜け出してきたのだ。どうせ、達也と違って男ばかりで食事を囲むのだから、一回くらいはリーナとご飯を食べたかった。

 

「残念よね。目立っちゃダメだから、途中で負けちゃわないといけないなんて」

「まぁ、それでも最下位争いばかりの四高が勝ち上がっただけで珍しいんだけどね」

 

ㅤ文弥の出場したモノリス新人戦は準決勝に進出。亜夜子のミラージは四位だった。「目立とうミッション」が無いのだから、こんなものだろう。適当にこなしたに違いないが、普通はこのやり方が正しいのだ。そもそも勝成さんや夕歌さんは、最初から出てもいなかったくらいなのだから。

 

「それで、今起こってる問題はどうするの?」

「放置。スティープルチェースは女子が先だからね。深雪に害が及ぶ前に、勝手に達也が潰しに行くよ。まぁ最悪、男子の時に残ってたら頼んでもいい?」

「仕方ないわね。やっておくわ」

 

ㅤちなみに、女子が先なのは先に手を回しておいたからである。文弥の部下が話を付けた二重スパイを使って、出場順に手を加えたのだ。

 

「それにしても、思ったより楽に終わりそうだ。どうせ、ウチが優勝するだろうし」

「女子がかなり強いものね。殆ど独占してるじゃない」

 

ㅤ今年も一高女子は快進撃を続けていた。どの種目も一高生が優勝している。残るはミラージ本戦くらいだが、それもどうせ優勝するだろう。

 

「達也がエンジニアをしてるからなぁ……。幼稚園児の徒競走にプロの陸上選手が混ざるようなものだよ」

「リズムのエンジニアは違う人なんでしょ?」

「同じ土俵で勝負しないと、面白くないだろ。五十里先輩はとても上手いけど、他の学校にも同じレベルの人はいるからさ」

 

ㅤそれに、自分がCADを使う状況に達也がいつもいるとは限らない。勿論、魔工技師を選ぶことも重要だ。しかし、実戦の際は悠長に調整なんかしていられないのだ。

ㅤ少々使い辛くても、普段通りのパフォーマンスが出来るようにしておかなくてはならない。これは個人的な持論だった。

 

「でも、起動式はそのまま移したんじゃないの? そこで差が出ちゃうことは無い?」

「起動式に無駄をかなり増やしてる。例えば、『インビジブル・ブリット』の術式は達也が組んだんだけど、それにウチの魔工師がノイズを足してるんだ。普段ならもう少し速い」

「それ、ミユキが聞いたら怒り狂いそうね……」

「心配しなくても、女子と試合が被ってるから観てないよ」

 

ㅤ去年も今年も、雫と時間帯が被っているから出来たことだ。深雪は達也のことを敬愛している。その「愛する兄」が用意した起動式をダウングレードして使う人間の存在なんて、彼女にとっては人でなしに違いない。

 

「貴方、ミユキに嫌われてるって言ってたけど……。リズムも嫌われるようなこと沢山やってるのね」

「他の女の子に好かれてるよりいいんじゃないの?」

「まぁね。もっと嫌われときなさい」

 

ㅤただ、あまり険悪になり過ぎると、今後困ることもある。もし深雪が四葉の当主になれば、武倉は酷く冷遇されるかもしれない。僕が九島に行く際、自分の家の人間や派閥の人間は一緒に連れて行った方が良いだろう。

 

「あぁ、何処に行っても派閥争いだよ……。何でだろ、普通に生きてるだけなのにね」

「生まれの問題じゃないかしら」

 

ㅤリーナの言うことも正しかった。とはいえ、四葉と全く関係の無いところに生まれていても、苦労していただろう。灼熱のハロウィンだって、回避できなかった筈だ。

ㅤ全ての問題は「お兄様」から始まる。

ㅤそれならば、彼を止められるポジションに居られることは幸運なのかもしれない。迷惑なことには、変わり無いけれども。

 

 

 

 

 

 

ㅤ九校戦9日目には、モノリス・コード本戦の予選が始まる。それを受けて、前日の夜は服部先輩の部屋にメンバーが集まり、作戦の最終確認が行われた。

 

「予選は俺が前衛。四葉がモノリスの守備、吉田は遊撃だ。基本はこれで行く」

 

ㅤ三高を警戒して、出来る限り僕の動きを見せないことになっている。でも、観客の望むような十師族らしい戦いは、残念だが僕には出来ない。精神干渉魔法の使用は禁止だし、まず「ワルキューレ」なぞ使った日には大事件だ。変死体が大量発生してしまう。

 

「だが、渓谷ステージになった場合は話が変わる。吉田、その時はお前が主役だ。期待してるぞ」

「はい! ご期待に沿えるように頑張ります……!」

 

ㅤ幹比古が背筋を伸ばして、硬い声で返事をする。精霊魔法で霧を作り、フィールドを覆う作戦を達也が提案していた。それが今回採用されたのだ。

 

「とはいえ、一番の懸念は一条将輝ですね。『爆裂』が殺傷ランクAで使用禁止になることだけは幸いですけれども」

「しかし、四葉なら十分戦える筈だ。何としてでも、一条を抑え込んでくれ」

 

ㅤ十師族直系相手なら、今までよりも歯応えのある勝負が出来るだろう。最初はあまり乗り気にはなれなかったが、代表に選ばれたのはラッキーだったかもしれない。

 

「一条君の相手は理澄がやるとしても、吉祥寺君が居ますし……。『インビジブル・ブリット』対策はやっているけど、正直不安は残ります」

 

ㅤモノリス・コードの練習の際、吉祥寺の魔法を想定して彼らは訓練を積んだ。それでも、情報強化で防御出来ない「インビジブル・ブリット」から逃れるのは困難なことだった。

 

「領域干渉か、相手の視野に入らないようにするしかないというのがな。開けた場所なら逃げられても、市街地フィールドなら難しい」

「やられる前にやるしか無いですね。攻撃は最大の防御と言いますから」

「もし森林や草原フィールドであれば、僕が土の精霊を操って土壁を作ります。常に視覚同調を使っていますから、少々距離があっても大丈夫です。去年の『ファランクス』レベルの効果はありませんが、ちょっとした防御は可能でしょう」

 

ㅤ幹比古は、はっきりと自分の意見を口にした。去年の同じ時期の彼とは大違いだ。魔法力を取り戻すように手助けした人間の一人としては、喜ばしいことだった。

 

「……やはり、フィールド次第か。運が良ければ、楽に戦える。しかし、そうでなければ苦戦しそうだ」

「それは何処の学校も同じでは?」

「確かにそうだな……。とにかく、明日は勝とう。今日は早く休むことだ。それでは、解散!」

 

ㅤ服部先輩のその言葉で、今日の話は終わりとなった。あまり長々と話しても、不安を煽るだけになってしまうからだ。廊下に出た時、幹比古が呟く。

 

「僕が九校戦に出てるってこと、今でも信じられないよ……。まだ、実感が湧かないっていうか」

「それ大丈夫? 明日本番だよ?」

 

ㅤとんでもない発言に、つい僕は心配になってしまった。緊張で魔法が上手く使えません、とかいうことになると困ってしまう。

 

「精神面は大丈夫。なんていうか、今までと立場があまりにも違うから……。去年、不貞腐れた態度を取っていた僕が、俯瞰して今の僕を見てる気分で」

「自信持てよ。もし負けたら、美月もがっかりするぞ。いいのか?」

「しっ、柴田さんは関係ないだろっ!」

「関係あるって。好きなんだろ、美月のこと?」

 

ㅤ面白いくらいに慌てだした幹比古に、僕はからかいの言葉をかける。

 

「ちょっと、それ何処で聞いたんだよ!?」

「エリカに決まってるだろ。……じゃあ、お先に失礼」

「おい、逃げるなよ!」

 

ㅤ言いたいことだけ言って、僕は走り去る。幹比古とは部屋が違う。戻ってしまえば、彼はやってこない。別に来たって構わないのだが、僕のルームメイトが森崎なので、彼は部屋に入りたがらない。美月が未だ森崎に悪印象があるらしく、それを受けて幹比古もあまり彼とは交流を持たないのだ。

ㅤ廊下を全力で走っていると、当直兵の人に「廊下は走らないで!」と言われてしまった。僕は少し、はしゃぎ過ぎたようだ。

 

 

 

 

 

 

ㅤモノリス・コード決勝戦には、一高と三高が駒を進めた。十師族同士の戦い見たさに大勢の観客が集まり、客席を埋め尽くしている。その中には、達也や深雪、エリカ達も居た。

 

「市街地フィールドとは災難だな……」

 

ㅤエンジニアとして多くの選手を受け持っていた達也だが、今日は幹比古しか担当していない。昨日までは忙しかった彼も、今は腰を落ち着けて観戦出来る。そのことが嬉しくて、深雪は思わず隣に座る達也の腕を抱えた。

 

「普段の倍は居るんじゃない? 後ろまで詰まってるし、立ち見してる人もいるじゃない」

 

ㅤ達也の後ろに座るエリカがそう返す。その横に座る美月も彼女の言葉に頷いた。

 

「やっぱり、十師族は別格なんですね……」

「それだけじゃない。『四』ということもあると思う。今まで表舞台に出たことない一族だから」

「そうだ、達也さん! 理澄くんはどんな魔法を持ってるんでしょうね?」

 

ㅤ深雪と反対の位置に座るほのかがそう尋ねる。

 

「多分、皆が望むような展開にはならないんじゃないか? 四葉には一族固有の魔法というのは存在しない。全員、持つ魔法が違うらしい」

「なんか、当主の人が持ってる魔法みたいなのを持ってる可能性はねぇか?」

「『流星群(ミーティアライン)』か。あれは珍しいタイプだろうな。四葉の血族の殆どは第四研の性質上、精神干渉魔法を持っている筈だ」

「うわぁ……。接触禁忌(アンタッチャブル)って感じ……」

 

ㅤ達也は遠回しに彼らの期待値が上がり過ぎないようにした。理澄の精神干渉魔法は、試合では意味が全くない。それに、相手も「爆裂」を使えない。派手な固有魔法の撃ち合いは起こらないだろう。

 

「まぁ、分からないけどね。少なくとも、アイツは手の内を全て明かさないだろう」

 

ㅤそう話を締めくくった時、決勝戦がスタートした。

ㅤモニターに大きく、理澄の様子が映し出される。彼がCADを操作するやいなや、彼は服部と共に窓から飛び出した。そのまま、彼らは地面に軽やかに着地する。

 

「擬似瞬間移動で移動をショートカットしたのか。まだ、三高選手は近づいてきてないからな。少々、風が出来ても大丈夫と判断したようだ」

 

ㅤ達也が解説を始める。それに周りは興味深げに耳を傾けた。

ㅤその頃、フィールドを走り回りつつ、理澄と服部は次の行動について話していた。

 

「先輩、どうします?」

「一条が来たら、お前が足止めしろ。そうじゃなければ、俺が食い止めるから先に行け」

「分かりました」

 

ㅤビルが乱立する路地裏のような市街地フィールドは、敵の姿が視認し辛い。なかなか、相手に遭遇出来ないのだった。

ㅤしかし、急に圧縮空気弾がこちらに飛んでくる。咄嗟に理澄はそれをベクトル反転させた。

 

「来ましたね」

「吉祥寺か……! よし。四葉、突破しろ!」

「了解です!」

 

ㅤ擬似瞬間移動を使って、吉祥寺の頭上を越える。

 

「待て!」

 

ㅤ彼は振り向いて叫んだが、それは悪手だった。その隙に服部が「ドライ・ブリザード」を使ったからである。魔法の発動兆候に反応し、急いで吉祥寺も「インビジブル・ブリット」を発動しようとする。

ㅤしかし、それは不発に終わった。服部が少し速く目潰しの魔法を発動していたからだ。彼はこの魔法の為に、瞼に遮光性顔料を塗っている。一瞬目を瞑れば、自分がダメージを受けることは無い。

ㅤ続けざまに、「這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)」によって電流が発生する。本家本元のコンビネーション魔法。それによって、吉祥寺は意識を刈り取られた。

 

「えっ、『カーディナル・ジョージ』がやられた……!?」

 

ㅤ雫が驚いたように、声を上げる。いくら服部が実力者といっても、こうも容易く吉祥寺が倒されるとは思わなかったのだ。

ㅤ既に服部は敵のモノリスを探す為、迷いなく走り出している。予定外の出来事ではなさそうだった。

 

「理澄が『インビジブル・ブリット』を使えるからな。練習で吉祥寺対策は何度もやっていた。シミュレーションを重ねていれば、服部先輩はすぐに対応出来るさ」

 

ㅤそこで、達也は一度言葉を止めた。大型モニターに映る映像が切り替わったからだ。

 

「――どうやら、幹比古の方へ一条が来たみたいだ。奴は不確定要素の理澄を避ける方向で行ったらしい。三高は、とにかく勝つことを選んだようだな。つまり、吉祥寺は陽動。服部先輩だけでなく、理澄にも時間稼ぎを本当はしたかったのだろうが……」

「ミキ、結構危なくない? 理澄くんが急いで戻っても、それまで持ち堪えなくちゃならないのよ?」

「心配ない。今の幹比古は昔の実力以上の力がある。一条相手にも、ちゃんと立ち向かえる筈だ」

 

 

 

ㅤ幹比古はモノリスのある建物の周辺を、精霊によって掌握している。だから、自分の領域に人が立ち入ったことに気づいた。しかも、それが一条将輝だということも。

 

「どうしようか……」

 

ㅤ彼はそう呟きつつ、魔法を組み上げた。

ㅤ精霊魔法「木霊迷路」。超高周波と超低周波を交互に発信する精霊によって、対象の三半規管を狂わせる魔法だ。相手が一条将輝では、気休め程度。とはいえ、時間は稼げる。その間に、認識阻害の結界をきつく掛け直した。

ㅤ全て、長くは保たないだろう。だが、理澄が戻ってくるまで耐えればいいのだ。幹比古は呼吸を整え、一条がいつ突入してきてもいいように心の準備をした。

ㅤ暫くして、階段を駆け上る音が聞こえてきた。堂々と足音を立てているのは、自信の故か。一条がドアに手を掛けた時の無防備な状態を狙い、幹比古は新たに魔法を発動した。

 

ㅤ風で出来た透明な式鬼を呼び出し、風の塊を大鎚にして振り回す魔法「荒風法師」によって、ドアごと吹き飛ばされる一条。しかし、咄嗟に加重軽減の魔法を掛けたのか、すぐに態勢を立て直す。

ㅤその為、追撃として放った「雷童子」は領域干渉に阻まれ、不発に終わる。逆に圧縮空気弾を放たれ、幹比古は絶体絶命のピンチに陥ってしまった。モノリスを明け渡しそうになる寸前、窓ガラスが急に割れた。

ㅤ理澄が外から転がり込んできたのだ。すぐに一条は理澄の方へと圧縮空気弾を放つが、彼の領域干渉によって空気は拡散した。

 

「今移動してきたのも、擬似瞬間移動でしょうか?」

「いや、あの魔法は遮蔽物がある場合使えない。あれは重力制御魔法だ」

「そうは言うが、飛行魔法はルールで禁止されてなかったか?」

 

ㅤレオが不思議そうな声で言った。去年のミラージ・バットで使われた、常駐型重力制御魔法――通称、飛行魔法。それは競技のバランスを破壊してしまうということで、使用が制限されていた筈だった。

 

「飛行魔法ではないんだ。そもそも、アイツが一番得意な魔法は加速・加重系統の重力操作。直接外から侵入するくらい、簡単に出来るだろうさ」

 

ㅤ重ねて一条は「鎌鼬」を使ったが、それも領域干渉により魔法式が投射されなかった。負けじと理澄も「スパーク」を放ったが、情報強化を破れずに終わる。何度か魔法の撃ち合いが続くが、どちらも拮抗していた。

ㅤ痺れを切らし、理澄が収束系魔法「窒息乱流(ナイトロゲン・ストーム)」を発動する。酸素の分布が偏ったことに気づき、慌てて一条は障壁を張る。けれども、理澄が空気塊を移動させる方が速く、酸素濃度が低下した気流を吸い込んでしまう。それによって彼は低酸素状態に陥り、気を失った。

ㅤ幹比古がしゃがみこみ、一条のヘルメットを取る。戦闘不能状態という目印を付ける為だった。

 

「助かったよ、理澄。ありがとう」

「もっと早くに、気付いていれば良かったんだけど……」

 

ㅤそう言葉を交わしているうちに、服部が最後の敵を倒したらしい。フィールド全体で、終了の合図が鳴った。

 

「……終わったみたいだね。早く服部先輩と合流しなくちゃ」

「えっと、これは僕達が優勝ってこと……?」

「そりゃそうだよ。決勝戦だったんだから」

 

ㅤ理澄に言われても、幹比古はじっと固まったままであった。少し経って、ようやく彼は言葉を発す。

 

「そうか。――僕、勝ったんだ……!」

 

 

 

 

 

 




ㅤモノリス・コード回。魔法戦闘は書くのめちゃくちゃ大変。服部をフィーチャーしたつもりだけど、幹比古もかなり目立った。

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