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ㅤ冬休み初日である12月26日。僕の家には、黒羽の叔父様がやってきていた。何を言いにきたのか、大方予想はつく。案の定、彼は「深雪が本家に行けないよう、妨害して欲しい」と言ってきた。
ㅤ御当主様は深雪を次期当主にしようと考えているらしい。まぁ、それは見ていれば大体分かることだ。僕を推している一派も、彼女が当主になること自体に問題があると考えている訳ではない。横についている達也が邪魔なのだ。僕が当主になれないのならば、他の策を考えるのは妥当ではあった。
ㅤこの提案に賛同しているのは、椎葉、真柴、新発田、静、武倉の五家。武倉がこちら側なのには、もちろん理由がある。数日前、僕は一度実家に帰った。母親に会いに行ったのだ。そこで、達也の危険性について述べた。以前から武倉家は、僕の次期当主候補の座を返上しようとしている。つまり、間接的に深雪を推しているのだ。
ㅤ深雪が次期当主になるのであれば、達也を存在しない魔法師にする以外に道は無い。御当主様に叛逆の意思があると思われても、一気に分家の半分以上を処分は出来ない筈。他の家に合わせて賭けに出るべきだ、と説得したのだ。
「元よりそのつもりでしたので。他の分家の後押しがあるなら、心強い限りです」
「良いのかい? 理澄も達也くんには懐いているみたいだったから、断られると思っていたよ」
「友情があるから殺せない、はフィクションの中でしか存在しない綺麗事です。――第一次世界大戦の頃、クリスマスの日に塹壕で睨み合っていた敵同士が酒を酌み交わし、友となったといいます。しかし、次の日になれば、互いに殺し合いました。世の中はそういうものでしょう」
ㅤその言葉に叔父様は苦笑した。
「文弥と亜夜子も、君くらい割り切ってくれたら良いんだけどねぇ……」
「僕は二人の優しいところがとても好きです。それは、変わらなくていいものだと思います」
「ありがとう。……そういうこともあって、黒羽家は残念ながら中立だ。けれど、君個人には出来るだけ協力するよ」
「では、もし津久葉が動いた際に抑えるのをお願いしたいのですが。中立なのであれば、彼に肩入れする行動を諌めることできます」
「それなら、君達を抑えないのが変に思われないかい?」
「今更でしょう。とりあえず建前があるのなら、理由はどうとでもなります」
ㅤ黒羽が津久葉を止めてくれるなら、もう少し勝算は上がりそうだ。母親にも、津久葉の叔母様を説得して貰うように頼んでいる。僕の口がよく回ることは前世からではあるが、母親も結構口が上手いのだ。津久葉に翻意を促すことも、もしかしたら出来る可能性もある。
ㅤ少しも遺伝ではない筈なのに、僕の性格は母譲りと色々な人に言われていた。「交渉」の武倉に生まれたことは、決まるべくして決まっていたのかもしれない。
「分かった。津久葉については任せなさい」
「ありがとうございます」
「私は今からFLTに行ってくるよ。あっちは言って分かってくれるような男でないが、一応話だけはしておかないとね」
ㅤ困ったものだよ、と叔父様は笑う。彼は立ち上がり、洒落たソフト帽をひょいと被る。僕は一つ言い忘れたことを思い出し、彼を引き留めた。
「あの、待って下さい!」
「ん? どうしたんだい?」
「言質だけは取られないようにお気をつけて。我々が達也を世界から抹消せねばならない理由を、彼自身に言うことは許されます。しかし、彼を通して、深雪に伝わることは避けねばなりません」
「そうだな。聞かれても、上手く誤魔化しておくよ」
「お願いします」
ㅤ彼は軽く手を挙げ、僕の家を去っていった。普段の叔父様は聡い方だ。達也を目の前にして頭に血が上っても、事前に釘を刺しておけば失敗はしないだろう。
◆
ㅤ慶春会の為に、僕は今年も本家に行った。菜子と北斗を連れて、29日の早朝には家を出ている。深雪への妨害工作に自分が巻き込まれていたら、世話は無いからだ。
ㅤ本当はリーナとも一緒に行きたかったのだが、こんなゴタゴタした所はちょっと見せられない。光宣や老師と共に正月を過ごして貰うことになるだろう。
ㅤ魔法協会には既に九島烈の名で、次期当主の声明は出している。挨拶に来る人間もいるだろうし、そっちの方が都合は良いのか。
ㅤ彼女は結構、九島家に馴染めているようだった。光宣と模擬戦をしたという話を前に聞いた。経験の差で何とかリーナが勝ったが、そうでなければ危なかったらしい。老師にも魔法の手ほどきを受けているというから、次に会ったときには驚く程強くなっているかもしれなかった。
ㅤ今のところ、僕に仕事は無い。暴動を誘発したり、警察を回して検問を行わせたりするのは、他の分家がやっている。気がかりなのは夕歌さんの動きだったが、彼女は既に津久葉の離れに来ている。原作と行動がまるで違うのが気になったので、会いに行ってみることにした。
ㅤ津久葉とは、黒羽や新発田程に近い関係という訳ではない。とはいえ、僕と夕歌さんは普通に仲は良いのだ。突然の来訪に居留守を使われることもなく、お茶の席に招かれた。
「去年に会って以来だったわね。理澄くん」
「えぇ、お久しぶりです。夕歌さん」
ㅤお茶を飲みつつ、僕は津久葉家が達也達を支援しなかった訳を尋ねた。
「あぁ、それはね。貴方のお母様に説得されたからよ。理澄くんも知ってるんじゃないの?」
「お母様に頼んだのは僕ですし、それは分かります。分からないのは、叔母様がその説得に応じたことです。正直、話が平行線を辿って終わると思っていました」
ㅤ母親の能力は信用しているが、身内相手に仕事並みのクオリティが出せるかは別問題。それに夕歌さんの母親は、達也と深雪に「
「最初は渋っていたわよ。でも、『どうせ恨まれてるんだから、今から取り繕っても無駄よ』っていう言葉が決定打になって。まぁ、完全には居直れなかったみたいだけど。だから、うちは中立なのよ」
「それで十分です。津久葉が手助けしなくても、どうせアイツはここに来ますよ。確か、自動運転車を持ってた筈なので、最後はそれを使うでしょう」
「あれって、私道は走れなかったんじゃないの?」
「緊急時対応モードにすれば、運転操作は可能です。無免許運転でしょうけど、法律なんて破りまくってる訳ですし……」
「私達にとっては今更よねぇ」
ㅤ僕らはつい、声を上げて笑ってしまった。こういうところが、四葉の人間らしさなのかもしれない。
「でも、どうするの? 話が通じる相手でも無いでしょ。敵対していれば、尚更に」
「本家がどうであれ、分家は達也を排除したがっているということだけアピールするのが目的ですから。これに嫌気が差して、深雪のガーディアンを辞めて貰えるのが、最良のルートなんですけどね。穏便な終わり方ですから」
「問題は、深雪さんがそうするかよね……。何てったって、『お兄様』だもの。そうでしょ?」
「彼を人間兵器にしない為には、前線から遠ざけるのが一番だというのに……」
ㅤ全てが矛盾している。何かを犠牲にしなければ、大切なものは手に入らないというのに。どうして、彼女は気づいてくれないのだろうか?
ㅤでも、その実思うのだ。物理法則を捻じ曲げる魔法が存在する世界に、正しい理屈は存在するのかということを。
◆
ㅤ31日の朝、達也は自動運転車に深雪と水波を乗せて、四葉本家へと続く道を走ってきた。彼らはもう既に、勝成さん達との戦闘を終えた後だろう。疲労困憊しているかもしれないが、気を遣ってやる必要は無い。
ㅤ僕は北斗と一緒に彼らを待ち伏せしていた。雪道でかなり寒かったが、文句は言ってられない。
「理澄様、来ましたよ」
「北斗が見えてたらね、僕にだって見えてるよ」
ㅤそう返しつつ、道路に向けて「破城槌」を放つ。道に大穴が空き、車はその先を進めなくなった。「再成」で戻される前に、僕達は彼らの前に向かった。
「やっぱり、貴方だったのね」
ㅤ深雪が冷え切った声で僕に言う。機嫌は最悪なようで、周囲の気温が恐ろしく低下していた。
「僕が出てこなくて、誰が出てくるのさ。分家全体が敵に回ったら、そりゃあ僕も居るよ」
「理澄。俺達は叔母上の命を受けて、本家に向かっているんだ。その行動は、武倉家が本家に反抗していると認識して良いんだな?」
ㅤ勝成さんにも同じ脅しをしたのだろう。けれども、僕がそんなちゃちな脅しに屈する訳が無い。
「そういうことになるね。全体主義なんて、今時流行らないよ。革命だよ、革命。時代を変えなくちゃ」
「洗脳されている……という訳では無さそうだな」
「正気だよ。ここから先を進むなら、僕は達也をここで殺す」
「お前が負ける確率の方が高いんだぞ!?」
ㅤ僕だって、本気でこれを言ってる訳では無い。こう言えば、深雪が出てくるのは確実だからだ。
「待って下さい、お兄様! 私が理澄君と戦います。お兄様には傷一つ付けさせません!」
ㅤボディーガードの意味はあるのかと問い詰めたいが、今は予想通りの展開に内心小躍りする。もしも、達也と戦うことになっていたら、恥ずかしい終わり方になってしまうからだ。
「僕は、深雪が相手でも全然構わないよ」
「やらせて下さい! お兄様!」
ㅤ深雪の願いに、達也は少し悩んでから答えた。
「……分かった。深雪が勝てば、俺達は先へ進む。理澄が勝てば、俺達は帰ろう。だけど、条件がある。模擬戦形式で、命に関わるような攻撃はナシ。理澄もそれで良いか?」
「いいよ。深雪一人くらい、捻り潰してやるよ」
「後で恥をかくのは、貴方の方よ!」
ㅤそう叫んで、深雪はCADを操作する。発動した魔法は「ニブルヘイム」。ダイヤモンドダストにドライアイス粒子、液体窒素の霧を含んだ、大規模冷却塊がこちらに襲い掛かる。
ㅤだが、僕はこの魔法を予測していた。彼女と同じタイミングで使った「下降旋風」は、思考操作型のアドバンテージもあり、「ニブルヘイム」の効果が現れる前に発動した。
ㅤ大きめの範囲を指定している「下降旋風」は、一瞬で周りの空気を散らす。冷却された領域の空気が、そのまま深雪の方へと戻っていく。
ㅤ彼女は咄嗟に半球シールドを張る。対物反射と、真空被膜の二重構造のシールドだ。かなり丈夫に張ってあり、簡単には破れないだろう――正攻法では。しかし、僕は「重力操作」が得意な魔法師なのだ。
「深雪! 下だっ!」
ㅤ達也が叫ぶが、もう遅い。その時には、立っていた筈の深雪の身体がひっくり返っていた。彼女の足元の重力が遮断されたからだ。勿論、僕の魔法によるものである。
ㅤところが、僕は自分の体温が急激に低下していることを知覚した。体内に干渉し、体温を下げる魔法を使われたのだ。情報強化と領域干渉をきつく掛けて、何とか耐え切る。それと同時に、僕は魔法を放つ。
ㅤ重力操作によって、体内の血液のみを下に集中させる魔法。その魔法は、ブラックアウト現象と同様の効果を現す。僕の方が、深雪よりも干渉力は強い。得意魔法であれば、彼女の強固な情報強化を破り、体内へと干渉することも可能だ。
ㅤ半秒のうちに、深雪の身体は地面に崩れ落ちる。誰が見ても、僕の勝ちだった。
「残念、深雪の負けだよ。……って、聞こえてないか」
ㅤ達也が深雪に駆け寄り、手を翳す。恐らく、「再成」を使ったのだ。その証拠に、すぐに彼女は目を覚ました。
「で、達也は帰ってくれるの?」
「何の話だったかな。口約束なんで、忘れてしまったよ」
ㅤ舌先三寸で、達也は約束を反故にした。不安要素はこれだったのだ。勝つとか、勝てないという次元の問題では無い。人間性に問題があるのか、彼は碌に話し合いをしようとはしないのだ。せめて、交渉のテーブルについてくれれば、まだ勝てる方法はあるというのに。まともに意思疎通が出来るなら、僕達だってここまで苦労はしなかった。
ㅤ食い下がることも出来るが、そうしてしまうと、達也は飛行魔法で飛んで行き、結界を「分解」してしまう筈。そうなれば、御当主様は流石にお怒りになる。そろそろ、引き際なのは確かだ。戦いをしただけ、大損という訳である。気分が悪い。
「じゃあさ、僕達も車に乗せてってよ。歩いて帰るのは嫌だし」
「襲いに来たのに、図々しい奴だな……」
「深雪に勝ったんだよ? それくらい良いでしょ」
ㅤ試合に勝って勝負に負けるというのは、こういう意味なのだろう。僕は表面上は笑顔を作っていたが、噛み締めた唇からは血が滲んでいた。