「理澄様、大丈夫なんですか? 流石にまずい気がするのですが」
ㅤ離れに戻ってくると、北斗が心配そうな声で言う。彼には、「深雪を襲う」ということだけしか教えていなかったので、そう言いたくなる気持ちも分かった。
ㅤ原作のガバガバ作戦よりはマシな状態に持っていっていたけれど、世の中そんな容易に事は終わらない。「お兄様」に楽に勝てるとは、僕だって考えてなかった。普通に悔しかったのは、悔しかったけれども。
「勝てる可能性がもっと高ければこれで終われたけど、実際はそうじゃない。どうせ、御当主様が当てにならないのだから、他に話を回してるに決まってるでしょ」
「もしかして、老師でしょうか?」
「違う。……スポンサー様だよ」
ㅤ黒羽の叔父様が訪ねてきた後、僕はある人物にアポイントメントを取った。四葉家のスポンサーの一人、東道青波に話を持ちかける為に。
ㅤ原作でも、彼は達也を高く買っている。だから、勝手に彼を売り込みに行った――とはいえ、別に渡すとは一言も言ってない。ただ、相談しに行ったという体裁を整え、達也に興味を向けさせただけだ。
ㅤそもそも、原作であれだけ「マテリアル・バースト」を撃ちまくった達也を、彼は庇えるのである。四葉の手に余るものは、平気で使える人物に渡した方が有効活用出来るだろう。
ㅤそうなれば、本家と分家の対立は終わる。いずれ四葉の当主になった深雪が、スポンサーと争うのを、僕は高みの見物しておけば良い。達也が暴れても、矢面に立つのはスポンサーなのだから。
ㅤもし四葉がボイコットをした際は、四葉に回していた仕事を僕が請け負うことを、彼と契約している。
「……他に策を用意していたのなら、わざわざ理澄様が深雪様を襲う必要なんて無かったのでは?」
「こんなの奥の手に決まってるでしょ。一身上の都合で使う方法じゃないんだよ、普通は」
ㅤそれでも、何もしない訳にいかないのだ。放置しておいたら、目立ちたがりの彼は絶対に人前で恐ろしいことをしでかす。そのことを、沖縄戦のことで痛感した。誰かが手綱を握らねばならないが、そんな貧乏くじは誰も引きたくない。それなら、物好きにプレゼントするに限る。
「まぁ、今は慶春会のことだけ考えていればいいよ。もっと先のことだから」
「分かりました。……まず、理澄様は冬休みの宿題をした方がいいです。まだ終わってないでしょう?」
「お願い、宿題手伝って……!」
ㅤ無言で僕達は問題集や一般教科のレポートに向き合った。一番近い課題は宿題なのだ。人生とはままならないものである。
ㅤしばらく課題を片付けていると、部屋に菜子が入ってきた。今日の夜に会食があるということを、彼女は伝えにきたのだ。
「僕達にだけ、次期当主を先に教えておくんだろうね。まぁ、皆が分かりきってることだけど……」
ㅤあれだけ妨害しておいて、御当主様の前に平然と現れるのは問題しかない気もする。だが、僕一人じゃなく勝成さんもいるので、一応大丈夫な筈である。道連れの仲間がいるとき程、心強いものは無い。
「時間になりましたら、ご案内しますので」
「ありがとう、菜子。よろしくね」
ㅤ彼女は忙しそうに、部屋を去って行った。明日の用意で大変なのだろう。
「本当に理澄様、問題は無いんですか? 困りますよ、四葉から放逐されたりしたら」
ㅤ北斗が再び同じような質問をしてきた。僕が呼び出されて、御当主様から怒られると思っているに違いない。
「もしそうなったら、暴露本を出して売るしかないね」
「……いつも言ってますよね、それ。本気で言ってたんですか?」
「いや、冗談だけど」
ㅤ彼の心配も尤もなので、スイス銀行辺りに預金を移しておいてもいいかもしれない。最悪、いつでも夜逃げできるようにである。しかし、世界が滅んでしまったら、どこにも逃げ場は無くなってしまうのだが。
◆
ㅤ会食は、前にリーナと一緒に行った時の食堂で行われた。僕が来た頃には、文弥と亜夜子が既に居た。
「理澄さん! 聞きましたわよ、深雪さんと戦ったんですって!?」
「父さんに何か言われたの!?」
「もしそうなら、早く仰って下さい! その時は、私達からも御当主様にお願いしますから! 一体、何があったんです?」
ㅤ会った瞬間に、二人から今日のことについて質問責めに合う。僕は何とか、それを落ち着かせる。
「いや……。叔父様が強要した訳じゃないよ」
「でも、それならどうして……?」
「分家の中心にいるのは僕だから。バラバラに動くより徒党を組んでおいた方が、本家から分家へのペナルティが少なく済む筈だからね。誰かがまとめなきゃいけないなら、僕がやるべきだった」
ㅤこの言葉は全てが嘘という訳では無かった。
ㅤ原作では、夕歌さんが達也を庇うことで、津久葉だけが一人勝ちする。そうなるよりは、分家全体が損害を被った方がマシなのだ。武倉が分家の中で勢力を伸ばすのは構わないが、他の家に美味しい思いはさせない。全員、泥沼に引きずり込んでやる。どうせ、僕は四葉から出て行く予定なのだ。これくらいの置き土産は残してやってもいい。
「そっか……。ごめん、父さん達のせいで……」
「気にしないでよ、文弥」
ㅤそう話しているうちに、他の人達も部屋に入ってきた。すぐに、御当主様以外は全員揃った。一番上座の席の横は深雪だ。座席で大体のことは分かってしまう。マナーというのは、こういう時に不便だと思ってしまった。
「皆さん、お待たせしましたね」
ㅤ最後に、御当主様が現れた。僕達はそれに合わせて、席を立つ。僕の椅子を引いたのは、今回は菜子だった。深雪が水波であることから考えても、それぞれに仕えている使用人が担当しているかもしれない。
「明日の会が和風のおせちですので、この席は洋風のコース料理にしてみました」
ㅤ前菜のテリーヌから始まって、順に食事が運ばれてくる。途中の口直しであるグラニテが出てきた時に、御当主様はさも今思い出しました、という風に微笑んだ。そして、居住まいを正す。空気が変わったのを感じ取り、僕達も背筋を伸ばした。
「さて、そろそろ本題に入らせて貰うわね――勝成さん、夕歌さん、理澄さん、深雪さん、文弥さん。貴方達は最後まで残った次期当主候補の五人。そして、いよいよ明日の慶春会では次期当主を指名します」
ㅤ御当主様の口元に、僕達の視線が集中する。気づけば、使用人達は居なくなっていた。
「ですが、皆さんのいる前でいきなり告げられても、気持ちの整理が付かないかもしれません。そう思いまして、皆さんにだけ予め次期当主に誰が選ばれたのかお伝えしようと思ったのですよ」
「御当主様、発言をお許し頂けますでしょうか?」
「あら、文弥さん。何かしら?」
ㅤ文弥は御当主様の言葉を遮り、立ち上がってこう言った。
「失礼します――お許しにより、申し上げます。黒羽家は私、黒羽文弥の次期当主候補の地位を返上し、司波深雪さんを次期当主に推薦致します」
ㅤ彼は緊張した面持ちのまま言い切り、一礼して席に再び座った。これに便乗して、僕も言ってしまおう。
「御当主様、私も発言をお許し頂いてもよろしいでしょうか?」
「あら、理澄さんも? 言ってみなさいな」
「この度の次期当主決定に先駆け、武倉家は私、武倉理澄の次期当主候補の座を返上させて頂きます。そして、次期当主には司波深雪さんを推薦したく思います」
ㅤ四葉家内で「四葉」の苗字を名乗っていいのは、当主の地位にある者だけだ。外では「四葉」を名乗る僕も、ここでは「武倉」に戻る。とはいえ、こっちの名を使うのは久しぶりだった。
ㅤ僕の言葉に、御当主様は唇を三日月型に歪めた。
「ふーん……。文弥さんに、理澄さんもねぇ。面白いわね」
「御当主様、私にも発言をご許可願えますか」
「夕歌さん、もしかして貴方も?」
「はい――津久葉家も次期当主候補の立場を返上し、尚且つ司波深雪さんを次期当主に推薦します」
ㅤ僕達が揃って似たようなことを言ったことで、御当主様は愉しげな笑い声を上げた。
「貴方達、もしかして『本家の一存で次期当主を決めさせてはならない』とか入れ知恵されて来たの?」
ㅤ笑い過ぎて、御当主様の目には少し涙が出てきていた。文弥が慌てて「そうではない」といったような返事をし、それに亜夜子が補足を入れていた。
ㅤ分家は皆、本家への叛逆的行動をしている。それを誤魔化す為に、揃って返上を言い出したのだ。どうせ、処分なんて出来やしないのだから、とりあえずポーズだけ取っておけば良い。だから、双子達に合わせて僕や夕歌さんもそれらしい言い訳をしておいた。
「さて、勝成さん。私が結論を告げる前に、多数決で決まりのような状況になってしまったけど……。貴方はどう考えているのかしら」
ㅤ勝成さんだけは何も言わなかったからだろう。彼はとても律儀な人だと、僕から見ても思った。
「御当主様。次期当主を抱えていた、黒羽家、武倉家、津久葉家が深雪さんの支持で固まったというのであれば、新発田家としても異存はありません。このことは既に当主、理にも確認を取っております」
「成る程、大勢に従うということね」
「はい」
ㅤそして、彼は琴鳴さんとの結婚についてのお願いをした。「楽師シリーズ」はあまり遺伝子が安定しておらず分家当主の正妻には向かない、と一度は窘めた。しかし、その後にも言葉を続ける。
「そうね……。愛する者同士を引き裂く真似はしたくないし。調整体だからといって、早死にするとは限らないものね……」
ㅤそこで言葉を切り、御当主様は深雪の方をちらりと見た。彼女も調整体だからだろう。
「良いでしょう。本家の当主ともなれば、自分の意思だけで配偶者を決めることはできないけど。分家の当主なら、そこまで深く考えることはないわ。勝成さんが次期当主の座を降りるというのなら、私から理さんに口添えしましょう」
ㅤ勝成さんは深々と頭を下げた。彼が頭を上げた瞬間を見計らい、僕は口を挟む。
「……御当主様。私も一つ、お願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「貴方も恋愛相談かしら? 皆気づけば、ませた年頃になっちゃって。いいわよ、言いなさい」
ㅤ僕は立ち上がり、御当主様の目をしっかりと見る。怖くないといえば嘘になるが、言わねばならなかった。
「私、武倉理澄と九島家次期当主、アンジェリーナ・クドウ・シールズとの結婚のお許しを頂戴したく思っております」
ㅤ僕の言葉に、深雪が咳き込む。相手の予想がついていなかったのかもしれない。
「私も一回だけ会ったことがあるわね……。つまり、貴方は四葉を出て、九島に行きたいということでいいのかしら?」
「そういうことになりますね」
「……自分のことを過小評価しているのかもしれないから、この際ハッキリ言います。貴方は第四研生まれの魔法師でも、五つの指に入るレベルの成功例なのよ。それを簡単に外へ出せると思う?」
ㅤ確かに「ワルキューレ」は「コキュートス」に次ぐ、使い勝手の良い魔法だ。御当主様の言うことも、間違いでは無かった。
「勿論、そのことは承知しております。ですが、私は九島烈殿と、ある約束を交わしておりました。それは、『四葉家の縁者が九島家次期当主の配偶者となった際には、旧第九研の研究データを四葉家に譲渡する』というものです。そして、師族会議において多数決を取る時には、九島家は如何なる場合も四葉家を支持するとも」
ㅤ老師の懸念は、自分の死後に光宣の治療がストップしてしまわないか、ということ。「完全調整体」の研究なんて知ってはいないのだから、不安に思うのも当たり前だ。それ故、彼は末孫の為に四葉と運命を共にする覚悟を固めたのだった。九島と四葉に縁戚関係が出来れば、光宣も無下にはされないと考えたのだろう。最初から彼を見捨てることはしないのだが、無論僕は教えていなかった。
「武倉が無くなる代わりに、九島が実質分家になると言いたいのね……。古式魔法の研究成果も、交換材料としては悪くないか。――良いわ。結婚を認めましょう」
「ありがとうございます」
ㅤ僕は深く一礼して、席に戻る。御当主様は小さくため息をつき、深雪の方へと向き直った。
「何だか、私がこれを言う必要は無くなってしまったようだけど……。深雪さん、貴女を次の当主とします」
「……はい」
「幸い、ここにいる皆さんは快く支持してくださるようだから、それに恥ずかしくないようお励みなさい」
「はい、叔母様。精進致します」
ㅤ深雪は当主となることを受け入れた。最初は御当主様へ、次にテーブルを囲む全員に向けて、丁寧に腰を折る。
「では、お食事を再開しましょうか」
ㅤ葉山さんがその言葉を聞いて、二度手を叩く。すると、メインの肉料理が運ばれてきた。食事をしつつ、他愛もない話が食卓を賑わす。何も事情を知らない他人が見れば、これは素敵な家族の会食に見えたのだろうか?
ㅤオリ主とお兄様の戦いは、エグゼイド終盤のクロノスvsハイパームテキのイメージ。だから、オリ主は絶版おじさん並みに転んでもただでは起きない。