【完結】お兄様スレイヤー   作:どぐう

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ㅤ会食後、真夜は次期当主となった深雪についての秘密を達也に明かしていた。彼との話を終えた彼女は、ソファに身体を預けていた。その様子を見て、葉山が彼女を労う。

 

「奥様、お疲れさまでございました」

「何だか、予定よりも感情的になってしまったわ」

「あのお話では、それも致し方のないことかと」

 

ㅤ葉山の慰めで余計に恥ずかしくなったのか、真夜は顔を背けた。話を変える為に、その背中に声を再び掛ける。

 

「奥様の暖められていた秘策とは、これだったのですね。今回は私もただただ感服致しました」

「予想していたよりも沢山の横槍が入ったけど、お陰で思ったよりも盛り上がったわ。後は深雪さんがどれだけ素直になってくれるか、ね」

「大丈夫かと存じます――深雪様は達也様よりもしっかり、ご自分の想いと向き合っておられます。向かうところ敵無しの達也様ではございますが、深雪様のまっすぐな想いには敵いますまい」

「恋は素直になった方が負け、というけど」

「この場合は、素直になった方の勝ちでございますな」

 

ㅤニコニコと好々爺の笑みを浮かべる葉山に、真夜はため息を一つついた。何だか、毒気を抜かれてしまったのだ。

 

「まぁ、そのことはいいのよ。――それにしても今回は、まんまとあの子にしてやられたわ」

 

ㅤ背けていた顔を戻し、真夜がぼやくように言う。

 

「しかし、理澄様が四葉を出て行ってしまうことになるとは……。何とも、惜しいですな。もしも、達也様のことが無ければ、深雪様を押しのけて当主になっていたかもしれませんのに」

「貢さん達が、あれだけ推した理由も普通に分かるのよ。理澄さんは四葉の血に愛されている。……おかしいわよね、姉さんの腹から生まれなかった癖に」

「運命とは不思議なものです。生まれるまでは誰にも期待されていなかった理澄様が、分家をまとめ上げるまでに成長されるのですから」

 

ㅤ真夜はその言葉を聞きながら紅茶を飲み、唇を湿らせる。そして、口を開いた。

 

「理澄さんの魔法が分かった時は、本当に想定外だったわ。青天の霹靂、って言葉の意味が良く分かったもの……」

「奥様にとっての理澄様は、達也様の覇道を阻む邪魔者、という訳ですか」

「どうなのかしら……。達也は私の息子。私の復讐心を満たしてくれる、愛しい私の息子なのは確か……。だけど、きっと私の掌の上から逃げられない。それはそれで、何だかつまらないのよ」

 

ㅤ達也は深雪を護り続けるしかない。彼女が死ねば、彼は狂う。そういう風に出来ているからだ。このままでは、あまりにも簡単に復讐は成し遂げられる。それでは、少しも溜飲は下がらないと、真夜自身も分かってはいた。

 

「――だから、私は理澄さんだって愛してる。救いも何もない世界で、運命に抗おうとする姿を散々嗤ってやりたいわ。良いアイデアでしょう?」

「最後には、達也様と理澄様が衝突することになったとしてもですか?」

「そうなったら、とても素敵ね」

 

ㅤ真夜は四葉そのものを憐れみ、蔑んでいる。彼女にとって、第四研は蠱毒なのだ。生まれた者達が淘汰され、強い者だけが残るシステム。最後の生き残りは、「四」の全ての憎悪を背負った最悪の存在となる。そんな風に、彼女は確信していた。

 

 

 

 

 

 

ㅤ早起きが苦手なので、元旦の朝は酷く辛かった。この日ばかりは、使用人達も遠慮をしない。無理やり布団から引き出され、着せ替え人形のようにされてしまう。着物を着付けさせられ、白粉を塗りたくられる。毎年のことだが、始まる前から疲れてしまうのだ。控えの間の椅子で休んでいると、達也と深雪が入ってきた。

 

「あっ、二人ともおはよう。それに、あけましておめでとう」

「……あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとう、理澄も支度が終わったのか」

「うん、慣れてるからね。あれ、達也は化粧されてないの?」

「拒否した。白粉も紅もごめんだからな」

 

ㅤ何だか羨ましい。僕の慶春会の支度は、いつも行事に慣れた年配の女性が担当している。毎回、それがえらく強引だ。何か拒否しようものなら、すごい剣幕で叱られてしまう。それどころか、何も言わなかったとしても「理澄様、じっとしてなさい!」と怒られるのだ。

 

「へぇ……。誰が担当なんだろ。楽そう」

「楽では無かったぞ。一時間以上、いじくり回された」

「それはマシな方だよ。僕なんかもっと長い」

 

ㅤそう話していると、文弥と亜夜子もここに現れた。文弥は僕と同じ羽織り袴で、亜夜子は綺麗な赤色の振袖を着ていた。

 

「理澄兄さん! あけましておめでとう! 達也兄さんと深雪さんも、おめでとうございます」

「理澄さん、達也さん、深雪お姉さま。あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとう。文弥と亜夜子ちゃん、今年もよろしくね」

 

ㅤ僕は文弥と亜夜子に駆け寄る。本当は、一年の一番最初に会いたかったくらいだ。

 

「えぇ、よろしくおねがいします」

「よろしく! ねぇ、今年はどれくらいお年玉貰えると思う? 次期当主も発表されるから、皆の羽振りも良いと思うんだけど」

「去年の倍は、絶対に貰えそうな気がするよ。一緒に挨拶回りしようね」

「うん、勿論姉さんも一緒だよ!」

「あの、ちょっといいかしら? お年玉が貰えるの? 慶春会で?」

 

ㅤ僕と文弥の話が気になったのか、深雪が口を挟む。

 

「深雪さんも、お客様に挨拶したら貰えますよ。最初は袋に入れたものを貰うんです。それで、その人が酔っ払ってきたら、もう一回行く。すると、次は抜き身で貰えますから」

「毎年、濡れ手に粟って感じだよ。だから、かき入れ時なんだ。ね、文弥?」

「うん。あとで数えたら、札束作れちゃうもんね」

「そっ、そうなの……」

 

ㅤ深雪は何処か、引いたような顔をしていた。

 

「文弥も理澄さんも、この時期になるとお金の話ばかりして……。はしたないですわよ。昨日も同じこと話していたでしょう?」

「そういう姉さんも、昨日話に混ざってたじゃないか」

「……どうして、今言うのよ!? あのね、それはそれ! これはこれよ!」

 

ㅤ僕が四葉のイベントにやたらと参加するのは、お小遣いが貰えるからというのも大きい。その中でも、正月は別格。比較的謙虚な文弥や亜夜子ですら、今日だけは目の色を変える。

 

「――そっ、それにしても! 本当に見事な引き振袖ですわね、深雪お姉さま。まるで、花嫁衣装のようですわ」

 

ㅤあからさまに亜夜子は話を逸らしたが、それについて揶揄うような人間はここには居なかった。

 

「わたしも大袈裟だと申し上げたのだけど……。今日はこれを着ることになっている、の一点張りで」

「あらあら」

 

ㅤそこに、これまた振袖を着た夕歌さんがやって来た。彼女は、亜夜子と深雪の間にさりげなく入り込む。

 

「次期当主の指名の席でもあるのだから、最も格式の高い正装を、と白川夫人は考えたのでないかしら。よくお似合いよ、深雪さん」

 

ㅤ夕歌さんの言葉に、深雪は軽く頭を下げた。

ㅤ座っていた僕も立ち上がり、新年の挨拶をする。

 

「あけましておめでとうございます、夕歌さん。先日はどうも」

「あら、理澄くんじゃない。あけましておめでとうございます。今年もまた、お茶を飲みにでもいらっしゃいね」

「はい、ありがとうございます」

 

ㅤとりあえず全員が、控え室の椅子に座り直す。壁掛け時計を見ながら、呼ばれる時間まで待つ。

 

「新発田さんは、こちらにいらっしゃないのでしょうか?」

「あっ、僕知ってるよ。ご両親と会場に入るって言ってた。ここに来るのが、気まずかったのかもね」

「その割に、理澄は平気そうだが。面の皮が厚いのか?」

「負けたか、負けてないかの違いじゃない?」

 

ㅤ襖が急に開く。そこには、控えめな振袖を着た水波が居た。彼女が案内役なのだろう。

 

「失礼致します。皆様のご案内役を仰せつかった桜井水波と申します。至らぬところ多々あろうかと存じますが、精一杯務めますのでよろしくお願い致します。では、まずは文弥様、亜夜子様。ご案内致します」

 

ㅤ文弥と亜夜子が立ち上がり、水波の後に続く。客に見られる訳でもないのに、ペースの遅い歩き方だ。

ㅤ少しして、彼女は戻ってきた。次は僕の番である筈なので、さっさと立ち上がった。そして、水波について、部屋の外へと出る。広間の入り口で、僕達は立ち止まる。

 

「次期当主候補、武倉理澄様、おなーりー」

 

ㅤ相変わらず、面白すぎる口上だ。水波も無表情だが、内心恥ずかしいに違いない。使用人が一斉に平伏すのも、まるで時代劇みたいだと思う。畳に座り、一礼する。「お席に案内します」と小声で囁かれ、僕は顔を上げた。

ㅤ席に移動すると、一座がざわめいた。僕の席は母親の隣だったが、それはいつもの場所とは違う。今まで僕は、御当主様の隣だったからだ。様々な囁き声が聞こえるが、無理もないことである。しかし、それも他の候補者達が案内されたことで静まった。――別の理由での、喧騒はあったが。

 

「皆様。改めて、新年おめでとうございます」

 

ㅤ金糸をふんだんに使った黒留袖に身を包んだ、御当主様の挨拶により参加者全員が一斉に「おめでとうございます」と唱和する。

 

「本日はおめでたい新年に加えて、あと四つ、皆様に良い報せを伝えることができます。私はこれを、心より喜ばしく思います」

 

ㅤ御当主様は勝成さんの方へと目を向ける。

 

「この度、新発田家ご長男の勝成さんが、堤琴鳴さんと婚約されました」

 

ㅤどよめきが広間中に広がる。二人の関係は四葉に出入りする人間なら、大体は知っている。その為か、「やはり」とか「ようやく」とかそんな反応が一番多かった。

 

「これから先、楽しいことばかりではなく色々と苦労もあるでしょうが、今は若い二人の前途に盛大な祝福をお願いします」

 

ㅤ一斉に拍手が沸き起こる。僕も手を叩いた。

 

「そして、武倉家のご長男にも素敵なご縁がありましたことをお伝えします。理澄さんは、九島家次期当主であるアンジェリーナ・クドウ・シールズさんと婚約されました」

 

ㅤ一瞬、場が静まった。少しずつ話し声が聞こえ始めたが、誰もが驚きを隠せない様子だ。

 

「まだ数年あるとはいえ、いずれ理澄さんは四葉を去ることになるでしょう。寂しくもありますし残念ですが、一生の別れという訳ではありません。彼の門出を共に喜んで頂けますと、幸いです」

 

ㅤまばらに起こった拍手が、段々と大きくなる。次期当主の争いで僕が四葉を追い出された、と勘繰っているのかもしれなかった。北斗辺りは今頃、胃を痛めていてもおかしくはない。後で、お酒を注ぎに行ってあげよう。

 

「次に、皆様が最も関心を寄せていらっしゃることを、ここで発表させて頂きます。――ふふっ。皆様、お分かりの様ですね」

 

ㅤ誰も、物音一つ立てない。固唾を飲んで、御当主様の顔を見つめている。

 

「私の次の当主は、ここにいる司波深雪さんにお任せしたいと思います」

 

ㅤわっ、と大きな歓声が上がり、拍手の音も盛大に鳴らされる。僕の時とは、あまりにも大違いではないか。少し不満だ。

 

「ご挨拶などは、また別の機会に。この慶春会は、そういう固いお話をする場ではありませんので。――そして、最後のお知らせです。次期当主の深雪さんは、この度、私の息子、司波達也を婚約者として迎えました」

 

ㅤ場が大きくどよめいた。節度を保ってはいるが、話し声は囁きレベルで無くなっていた。その様子を見て、僕はそっと肩をすくめた。そして、母親と目を合わせる。母は御当主様の方を一度見て、口を開いた。

 

「貴方、こうなることを知っていたの?」

「いえ……。知りませんでしたよ。でも、深雪が次期当主なのだから、それなりの地位を与えられるとは思っていました」

「理さんや貢さん辺りは、これから大変でしょうね」

 

ㅤ御当主様に抗議する他の分家当主達を見ながら、母は呟く。

 

「……理澄、良くやったわ」

「ありがとうございます」

 

ㅤこの先、四葉家内が混乱に陥る中で武倉だけは抜け出すことが出来た。それは、母にとっても幸運だと思えたようである。

ㅤそれぞれの四葉の分家は、能力的に他の十師族に匹敵するのだ。九島家でも、十分にやっていける。何なら、「交渉」には十師族の肩書きがあった方が便利だろう。

ㅤ体調を急に崩した亜夜子が、文弥と水波に付き添われ、宴席から去って行くのが見えた。彼女は大丈夫だろうか。

 

「あの、お母様」

「何かしら?」

「今年、皆さんはお年玉をくれるのでしょうか?」

「こんな時に、くだらないこと考えてるのね。今誰もそんなこと考えてないわよ。きっと、貴方だけだわ」

「所詮、他人事ですし……」

 

ㅤ客の気分が下がってしまったら、僕はとても困る。四葉から去るまでの間に、搾り取れるものはとにかく搾り取りたいのだから。それが、お年玉だったとしても。

 

 





ㅤお年玉に執着するオリ主。あれだけ親戚付き合いが多いと、かなり貰えそう。
ㅤ好きな魔法科ss「四葉の影騎士と呼ばれたい男」にもお年玉を要求しまくるオリ主がいるんですよ。更新再開して欲しいなぁ……。あの作品……。

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