ㅤ亜夜子は何とか持ち直したようで、文弥と共に広間に戻ってきた。無理をしているのではないか、と心配だったが、彼女は気丈に振る舞おうとしているらしく「お年玉を貰いにいきましょう」と言った。
ㅤなので、三人で連れ立って挨拶回りに出る。参加者は、「達也は御当主様の息子」と発表されるアクシデントによって動揺はしていた。しかし、逆に吹っ切れたらしく、開き直って楽しく過ごそうと思ったようだ。その為、かなり気前が良い。亜夜子への体調不良に対する心配もあったのかもしれなかった。
ㅤとにかく、去年の倍どころの話ではなさそうである。僕らは顔を見合わせ、ほくそ笑んだ。
「色々あったけど、今年はかなり良かったわね。最高記録、更新したんじゃない?」
「流石に来年は超えなさそうだけど……。でも、真柴の叔父様なんかすごいよ。あの人、十五万もくれた」
「それは理澄兄さんが三回も、行こうって言ったからじゃん。酔ってて誰か分かってないからって、やり過ぎだったんじゃない?」
ㅤ慶春会も無事に終わり、僕達はお年玉を部屋で数えていた。達也に対して怒ってそうな分家当主達を狙って、僕は何度もせびりに行った。怒りを酒で誤魔化しているので、渡したことをすぐに忘れてくれそうだからだ。
「大丈夫だって。毎年やってるんだし、どうせ皆気づいてるよ。それでも、怒られないんだから」
「そんな心配しなくても良いわ、文弥。叔父様方はあげるのが楽しみで仕方ないんだから。こういうのは、持ちつ持たれつなのよ」
「それもそっか。じゃあいいや」
ㅤ文弥はそう言って、万札を数えることを再開した。
「父さんも結構くれたね。静や椎葉も良かった。うーん……。達也兄さんを見下してる家の方が、沢山くれるっていうのも複雑だね」
「使えるものは使わないと。達也を見下してようが、僕達には親切なんだ。そこは割り切らないと」
「うん。だけどさ、こういう風に差があるってのもね……」
「文弥の言う通りね。同じ親戚なのに……と思ってしまいますわ」
ㅤ文弥と亜夜子が引け目を感じてしまう気持ちも分かる。達也は誰からもお年玉を貰えていないからだ。とはいえ、FLTでの稼ぎがあるので、彼は別に欲しく無いとは思うが。
「親戚といえば、理澄兄さんはこの先、本当に四葉を出て行っちゃうんだね……。御当主様の言葉で、ようやく理解できたというか……。でも、行かないで欲しいよ。このまま、四葉に居てよ!」
「私も同じ気持ちです! ずっと一緒だったのに……。置いて行っちゃうなんて、ずるい!」
ㅤ双子達と僕は、昔から何をする時も三人一緒だった。遊ぶ時も、訓練の時も。勿論、大喧嘩をしたこともある。怒った文弥に「ダイレクト・ペイン」を掛けられて、昏倒したことだってあった。
ㅤ最初、僕の彼らに対する認識は、「原作のキャラクター」でしかなかった。けれども、辛いことも嬉しいことも共有して、いつしか大切な家族へと変わっていったのだ。
ㅤこの世界に生きる人間が血の通った生身なのだということは、彼らが教えてくれた。転生者だということで悩まなくて済んだのは、そのお陰かもしれない。
「……引き止めないでよ。決心が揺らいじゃうから。僕はリーナが好きだし、この決断は最善だと思ってる。だけど、二人と別れちゃうのは寂しい」
「本当に……?」
「うん。僕が四葉じゃなくなっても、文弥と亜夜子ちゃんはずっと家族だ。約束するよ。……ほら」
ㅤ僕は小指を差し出した。文弥と亜夜子もそれに指を絡める。おまじないのような、効力も何も無い約束。でも、僕はこの約束だけは絶対に破りたくなかった。
「……けどさ、まだ数年はあるよ。ちょっと気が早かったんじゃない」
「それもそうね……。文弥があまりにも悲痛な顔で言うものだから、つい流されちゃったわ」
「べっ、別にいいじゃないか!」
ㅤ文弥が顔を赤くする。亜夜子は、そんな彼の姿を見て微笑む。僕も照れ隠しに、文弥の髪を思いっきりかき回す。そのせいで、久しぶりに「ダイレクト・ペイン」を食らってしまった。
◆
ㅤ元旦の夜には魔法協会を通じて、数字付きを始めとする有力魔法師達に、四葉家は通達を出した。
ㅤ⚫︎四葉理澄が九島家次期当主、アンジェリーナ・クドウ・シールズと婚約をしたこと。
ㅤ⚫︎司波深雪が四葉家次期当主に決定したこと。
ㅤ⚫︎司波深雪の婚約者は、「従兄弟」の司波達也であること。
ㅤこの三つの決定に対して、その日のうちに各家から祝言が四葉に送られた。しかし、全ての家が手放しで祝福をすることは無かった。
ㅤ三つ目の、深雪の婚約者決定に対し異議申し立てが起こされた。それは十師族、一条家当主の一条剛毅からのもの。彼は倫理的観点から、二人の婚約解消を要求。そして、新たな婚約者候補として自身の息子である一条将輝を提案した。
ㅤそれは波乱の幕開けであったのだろうが、僕には一切関係無いことだ。自分の用事で精一杯だし、今は兄妹に構っている暇は無かった。
ㅤ武倉の人間達は、なし崩しに九島家へ行くことが決定してしまった訳だが、本家に残留すると言った使用人は居なかった。
ㅤ僕は、それをとても嬉しく思った。彼らが四葉では無く、武倉に従ってくれていたと分かったからだ。忠誠心を確かめる機会なんて、中々無い。調べようと思えば、精神的に追い詰めるくらいしか出来ないからである。
ㅤ慶春会から、数日経った日のこと。僕は北斗を部屋に呼び出して、二人で話していた。彼には他にも言っておきたいことがあったからだ。
「慶春会での発表には驚かされましたよ。先に言っておいてくれても、いいじゃないですか。四葉を放逐されたら……って言う話が現実になったのかと、目を剥きました」
「会食での内容は一応秘密だからね。ごめんごめん、そんなに驚くと思わなくって」
「ですが、一番の驚きは達也様のことでしたから……。理澄様は二番目ですね」
「そこは一番驚いてよ……」
ㅤあの発表は使用人達も半分パニックだっただろうから、仕方がないのかもしれない。深雪が次期当主となった為に喜んでいた本家の使用人など、あれのせいで魂が抜けたようになっていた。
「それでさ、もう四葉じゃなくなる訳。もしお前が望むなら、ガーディアンを解任してやってもいい。転職したいなら、何処か職場を斡旋しよう。どうする?」
「……理澄様を放っておくと心配ですからねぇ。宿題は一人で終わらせられないし、深雪様に決闘は持ちかけるし。部下の人生を振り回して、平気な顔ですし」
「……言いたい放題だね」
「ちゃんと見張っておかないと、駄目だと言うことです! めちゃくちゃなんですから、理澄様は。一昨年の中華街のようなことがあっても、困りますし……」
ㅤそういえば、僕は一度死にかけているのだった。前のことで、すっかり忘れていたが。
「……ありがとう。じゃあ、早速仕事の話でもしようか。九島の掃除をしてしまわないと。伝統派の掃除も兼ねられるから」
「あぁ……。あっちの九島は、伝統派と組むかもしれないんでしたっけ。なんか、落ちぶれましたね」
ㅤ敵の敵は味方という言葉がある。九島真言はどうやら、とうとう伝統派と手を組もうとしているらしい。九島の秘術を向こうに提供したとしても、四葉と組んだ老師を倒さねばならない、と思ったのだろう。その考えは間違っていない。ただ、簡単に倒される気は毛頭なかった。
「伝統派と正面切って戦うのは、えらく馬鹿らしい。古式魔法師を引っ張り出して、代理戦争をさせよう。きっと、昔のSF映画みたいなのが観れるよ」
「本当に、前世紀カルチャーが好きですよね……」
「もっと前のも好きだよ。150年前の文書データとか読むし」
ㅤ原作は1995年から分岐した世界線という設定なので、割とその辺は前世と変化が無い。魔法が台頭してくるにつれて、文化に変動が生じてきたのである。
「しかし、都合良く古式魔法師が転がっていますかね?」
「一人良いのを知ってる。吉田幹比古――吉田家の次男なんだ」
「確か、理澄様とモノリス・コードでチームを組んでいましたよね? 名前に聞き覚えがあります」
「正解。今回の作戦に、彼はとても使えそうだからね」
ㅤ古式魔法師の争いになるとはいえ、一帯の地域の責任者は九島。その九島の現当主が伝統派と組んでいたとなれば、それは大問題である。だから、彼には責任を全部背負いこんで退場して貰う。その焼け跡には、僕達が乗り込むと言う訳だ。
「まず、伝統派の一掃という名目を立てるんだ。僕は九島に婿入りするんだから、違和感は無いだろう。それで、僕が幹比古個人に協闘を持ち掛ける。見た目の割に好戦的だから、きっと乗ってくれるよ」
「では、あとは伝統派と九島真言が動くのを待つだけですか」
「そうなるね」
ㅤタイミングを見計らって、幹比古には声を掛けよう。友達でも何でも、使えるものは使わなければ。
◆
ㅤ伝統派の片付けについて北斗に話した後、僕は九島邸に赴いていた。リーナと光宣に会いに行ったのだ。それと、老師に新年の挨拶をするという用事もあった。
ㅤ九島の家は以前に訪問した時よりも、がらんとしていた。使用人の三分の二が去ったらしいから、広々としているのも当たり前だ。だからなのか、老師自ら案内をしてくれた。前にも訪れた書斎で挨拶を交わす。
「新年あけましておめでとうございます、老師。昨年は色々とご迷惑をお掛けしましたが、今年も良い関係を保てることを切に願っております」
ㅤ僕の白々しい物言いに、老師は哄笑した。
「ははは、確かにそうだ。とはいえ、理澄君は九島の人間になる訳だしな。光宣はアンジェリーナの他にも、家族が増えることを喜んでいる。私も勿論、君を歓迎するよ。去年のことなどは、水に流してしまおう」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしく頼む」
ㅤ僕と老師はがっちりと握手をする。和解の印である。四葉と九島は、運命共同体になる以外に道はない。これぞ、平和的解決というものだ。
「――あぁ、そういえば。二人は食堂にいる筈だ。君も会っていくだろう?」
「はい。それを楽しみにしていましたから。リーナもそうですし、光宣だって友達ですから」
「それは嬉しいことだ。……理澄君。光宣と友人になってくれて、本当にありがとう」
「そのような事を仰らないで下さい。頼まれたから、友達になった訳ではないのです」
ㅤ老師に一礼し、書斎を去る。食堂では、光宣とリーナが何か話していた。再従兄弟同士だが、意外とウマが合うのかもしれない。
ㅤ部屋に足を踏み入れると、リーナが嬉しそうな顔でこちらに大きく手を振った。光宣も小さく手を振っている。
「リズム! 久しぶりね!」
「理澄、久しぶりだね」
ㅤ表現に差はあれど、僕が来たことを喜んでくれているのは分かる。
「直接会ったのは、久々だもんね。元気だった? あっ、そうそう。遅くなっちゃったけど、論文コンペの優勝おめでとう、光宣」
「ありがとう。でも、あれは理澄が助言をくれたのもあるよ。良かったの? 敵に塩を送る形になっちゃったけど」
「いいよ。僕は警備スタッフだっただけだし」
ㅤ以前に、二高の研究発表が精神干渉魔法についてなのだ、と光宣から聞いた。その為、僕は彼を家に呼んで精神干渉魔法の話を少ししたのだ。
「……リズムが『ルーナ・マジック』を使えるってことを、あの時初めて知ったわ。もっと早くに、教えてくれても良かったんじゃないの?」
ㅤリーナが僕をじろりと見る。未だに彼女は、そのことを根に持っているようだった。
「だって、言い出しにくかったから……。あんまり、喧伝することでもないし……。精神干渉魔法を使える人間は、魔法師コミュニティでも危険人物扱いされるんだから」
「外で言え、って言ってるんじゃないのよ。私に教えて欲しかったの」
「まっ、まぁ! リーナも落ち着いて!」
ㅤ光宣が慌てたように、僕らの間に割って入る。失言だった、と思ったのだろう。
「……そうだ! 聞いてよ、リーナは三学期から二高に編入するんだ。ね、そうでしょ?」
「えぇ。日本の高校と大学は出ておいた方が良い、ってお祖父様がね。リズムの居る一高じゃないのが残念だけど……」
ㅤ老師へのリーナの呼び方は、「九島将軍」から「お祖父様」に変わったらしい。前の呼び方はおかしいだろうから、無難な変化だろう。
「僕もリーナは一高に来て欲しかったけど、ここからじゃ遠いもんね……。だけど、それなら今年の九校戦は楽しくなりそう。リーナは深雪と戦うだろうし、光宣も本戦に出れるし。絶対、僕と戦おうね」
「でも、代表になれるかな……」
ㅤ光宣は不安そうに俯いた。治療はまだ不完全な段階であり、まだ体調を崩す時があるのだ。それでも、体調不良の回数は今までよりもずっと減ったらしい。
「うちの研究員には発破をかけておくよ。必ず、光宣が選手として出られるようにしてみせる。だから、本番のことだけ考えていれば良い」
ㅤ基本的に九校戦では、一高と三高以外は蚊帳の外だ。四高に文弥と亜夜子はいるが、二人は本気を出せない。そうなると、もう一校くらいライバルが欲しくなる。
「そうだね。その時はよろしくね、理澄!」
ㅤそう言って、彼は笑った。それは顔がくしゃっとなるような、作り物めいていない、人間らしい笑い方だった。
ㅤこれで四葉継承編は終了。次は、師族会議編……になるのかなぁ。