【完結】お兄様スレイヤー   作:どぐう

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ㅤ九島烈が代わりに出席しようが、師族会議は恙無く進む。九島家内の問題は誰もが知るところになっているのに誰も気にしない辺り、十師族というのは誰も皆なかなかの狸である。

ㅤメインの議題である達也と深雪の婚約事情は、多分膠着している筈だ。御当主様しか、二人を結婚させる意味が理解出来ない。それに「完全調整体」の件をバラせないのだから、遺伝的な問題を盾にされれば、どうしようもないのだ。

ㅤここは原作通り、一条が深雪にアプローチを掛けることを認めざるを得ないだろう。しかし、それに託けてきっと七草も娘を達也に近づける。

ㅤ別に僕だって、恋愛模様に口を挟みたくはない。四葉崩しに余念のない七草なんぞを、四葉の親戚にはしたくなかった。舌戦で僕が七草弘一に負けるつもりはないが、喧嘩を買うのは面倒なのだ。

 

「一条は置いておいても、七草が嫌だよねぇ。四葉のことなんか放ってくれたらいいのに。どう思う?」

「四葉を出て行く筈の理澄くんが一番、四葉の未来について憂いているというのも面白いね」

 

ㅤ光宣と共に九島真言を襲った後、僕は勝成さんと合流して遊んでいた。正確には、師族会議を狙うかもしれない伝統派に備えて、箱根で待機をしているのである。しかし、その為に僕はまた女装をせねばならなかった。一緒に居る勝成さんが四葉の人間だと、バレてはいけないからである。

ㅤとにかく、待機ついでにホテル近くの喫茶店で僕達はお喋りをしていた。その店には、個室があるのだ。話題は師族会議について。殆どは、七草の悪口で盛り上がった。

 

「九島に行くからといって、四葉が他人になる訳じゃないからね。それに、僕は四葉がとても好きだよ」

「そうだな。一族で誰よりも四葉らしいのが、理澄くんだ。ところで、本当に伝統派は来るのかい?」

「絶対に来るよ。僕と光宣で、さっき九島の現当主をボコってきたから、会議を台無しにする以外にもう後は無い筈だ」

「追い込み方がえげつないな……」

 

ㅤ勝成さんが顔をひくつかせた。僕はその言葉には何も返さなかった。この世の中、甘さを見せては命取りだ。清濁合わせ飲まないと、ここでは生きていけない。

 

「――まぁ、誘き寄せるにはこれが早いからね。とはいえ、厳戒態勢のここ一帯に入ってこれるのは少数。僕と勝成さんで片付けられる筈だ」

「警備を押し切る数の伝統派が来る……ということはないのかい?」

「それは無い。後が無いのは、九島真言だけだから。伝統派にしてみれば、こんなところで手駒を全部削る訳にはいかないからね」

 

ㅤ僕は勝成さんの懸念を軽く弾き飛ばす。

 

「まぁ、待ってたら大丈夫なんじゃない? 狙うなら夜だろう。侵入しやすいからね」

「そうか。それなら理澄くん、まずは食事でもしないか? 戦いには身体が資本。しっかり食べておこう」

「いいね。奢ってくれる?」

「構わない。何が食べたい?」

「鉄板焼きがいいな。ホテルの最上階にあったよ」

 

ㅤホテルに戻り、鉄板焼きの店へと行く。官僚の初任給では打撃が来そうな値段だった。とはいえ、彼はかなり金を持っている筈。僕は遠慮せず、一番高いコースを頼んだ。

ㅤ料理は値段に見合う味だった。その中でも、伊勢海老が一番美味しかった。十師族が滞在するに相応しいホテルといえば、それ相応のレベルが求められるのかもしれない。

 

「ご馳走さまでした、勝成さん。――さて、食べた分働くとしましょう!」

 

ㅤ勝成さんを引き連れ、僕はホテル近くの雑木林の中をザクザク進む。すると、途中で十数人の人間が飛び出してきた。柿渋色のジャージに身を包んだ、現代版忍者のような代物だ。

 

「箱根特有のエンタメ……なんてことは無いか。手裏剣とか要素としては最高なのになぁ」

 

ㅤ飛んできた手裏剣をベクトル反転で返しながら、僕は呟く。

 

「今そんな呑気なことを言えるのは、君くらいだよ」

「いや、焦る必要がないからね。……ほら」

 

ㅤ僕は忍者もどきに向けて「ワルキューレ」を放つ。彼らに精神防御の能力は無かったようで、あっけなく死んでいった。

 

「なるほど。後は片付けか……って、理澄くん!!」

 

ㅤ勝成さんが僕を押し退け、遺体を蹴り飛ばす。地面に転がされた僕は文句を言いつつ、もぞもぞと起き上がる。

 

「いたた……。一体、何するのさ……」

「あれを見ろ!」

 

ㅤ彼の指差す先では、殺した筈の死体が燃え上がっていた。ジャージは可燃性の素材なのか、すぐに燃え広がり、揺らめく炎は人の形を取る。

 

「そういう術を用意してたのか……」

「自爆作戦だな。本当はホテルに侵入する気だったんだろう」

「客を装えばいいだけだからね。侵入して殺されたら、燃え始める……。すごい作戦だ」

 

ㅤ原作の人間爆弾よりは賢い作戦かもしれない。好き好んで特攻するとも思えないので、恐らく彼らは騙されていたのだ。死してなお、道具として使われるとも知らずに。

 

「燃え広がる前に消してしまおう。大火事になったら、話がややこしくなる」

 

ㅤ勝成さんが燃える人間の周りの酸素を操作して、火を消し止める。後に残ったのは、黒焦げの死体だけだ。

 

「これなら、片付けなくても良さそうだね。帰ろうか」

「あぁ。後で報告をしないと。葉山さんに言ったら良いらしいから」

「僕、帰ってもいい?」

「ダメに決まってるだろう。まぁ、着替えてきたらどうだ? 御当主様に直接会う訳では無いし」

「やっさしい! ほんと、人間が出来てるよ。ご飯も奢ってくれたし!」

「まぁ、喜んでくれてるなら嬉しいが……」

 

ㅤ確か、一人四万のコースだった筈である。まぁ、ホテルのレストランならそんなものだろう。これで不味かったら最悪だが、味は良かったのだ。

 

「ほら、あれだよ。琴鳴さんをエスコートする練習だと思ってさ。これからは多くなるでしょ、デートも」

「間違っちゃない……。でも、君も練習をすべきだろうね。琴鳴が前に言っていたぞ。理澄くんはサイコパスっぽくて心配だ、って」

「えぇー!? それもう悪口じゃん!」

「愛情だけで突っ走れる間は良い。けど、それが終わった時にモノを言うのは、互いに敬意を持てているかどうかだ。それを忘れないようにね。策略だけじゃあ、愛は手に入らないかもしれない」

 

ㅤその言葉に、僕は結構感動してしまった。本当に勝成さんは立派な人だ。原作でも噛ませながらに、唯一愛に生きた人間なだけある。

ㅤ何だか、リーナに会いたくなってしまった。後で電話をしてみよう。全ての電話に用事が必要な訳じゃない。「声が聞きたかった」という理由が最適解の電話だって、きっとあるのだ。

 

 

 

 

 

 

ㅤ師族会議が終了して一週間後、僕は幹比古を部活連本部に呼び出していた。彼はまだ達也に隔意があるようだが、僕への対応はごく普通だ。しかし、呼ばれるような心当たりは無かったようで、彼は戸惑った表情をしていた。

 

「実は幹比古に頼みがあって。吉田家で神童と呼ばれていた君の力を借りたいんだ」

「よしてくれよ。僕は神童でも何でもない。しがない古式魔法師だよ」

「でも、古式魔法には詳しいだろ? ……実は伝統派の件で相談があって」

「伝統派?」

 

ㅤ僕は伝統派の事情を簡単に話した。幹比古は腕を組み、目を瞑って考え始める。

 

「つまり、理澄は僕に伝統派潰しに協力して欲しいと」

「古式魔法師との戦闘には、かなり不安が残るんだ。幹比古が居たら、僕も安心出来るから」

 

ㅤその道に詳しい人材が欲しいのは、嘘では無かった。最近はフリーの古式魔法師にも幾つか声を掛けている。だが、名家の人間の視点からも情報を得たいのだ。

 

「……吉田家として協力できるかは確約出来ない。だけど、僕個人としてなら協力するよ。折角の頼みを無下にしたくないし」

「ありがとう。本当に助かるよ」

 

ㅤとりあえず、第一段階はクリア。このまま上手くやれば、かなりの古式魔法師を引き出せる筈だ。目論見通りに話が進み、気分は爽快だった。

 

 

 

ㅤ幹比古が本部を去ったあと、僕は各部活の予算案に目を通していた。活躍に即して予算を確保してやらないといけないので、調整はかなり困難だ。四苦八苦してデータを纏めていると、急に背後から声がした。

 

「いやぁ、君も大変そうだね」

「九重八雲殿……!」

 

ㅤ藍の作務衣を着た僧形がそこには立っていた。古拙の笑みとも言うべき表情は、真意をこちらに掴ませない。僕は固まることしか出来なかった。

 

「はじめまして……だったね? いやはや、達也くんから何度か話を聞いたから、初対面の気がしなくてね」

「何度かお調べになった……の間違いでは?」

「ははは。痛いところを突くねぇ……!」

 

ㅤカラッとした笑い声を上げる彼だが、僕は全く笑えない。何が狙われているのだ。

 

「ここで、吉田の次男坊との話を聴かせて貰ったよ。最近、君は古式魔法師と良く接触しているね? 伝統派の掃除の為だとか」

「よくご存知ですね。九島への婿入り前に、一つ手柄を立てようと思いまして」

「……単純な功名心であれば、与し易かっただろうね。でも、君の本当の狙いは違う筈。古式魔法師達に大きな借りを作ってまで、君は何がしたいんだい?」

 

ㅤそこまで見抜かれているとは思わなかった。自分の心臓の拍動が速くなっているのも感じられる。

 

「……伝統派の掃討は『あの方』の願いです。手段なんか選んでいる場合では無かった。この答えでは満足出来ないでしょうか?」

 

ㅤ九重氏は顎を撫で、何度か首肯した。

 

「いやぁ……。なるほどねぇ。君も繋がっているとは知らなんだ。個人的な取引かな?」

「えぇ。何度か人を通しての交流がありまして。その際に、仕事の紹介を」

「そりゃあ、すごい。そんな簡単に話が進むなんて珍しいからね。しかも、17とかそこらでとは」

「『四葉』だからでしょう。僕個人の価値というよりは、バックボーンに価値があります」

「過ぎた謙遜は醜いよ。四葉本家にではなく、一個人に仕事を回したという意味は、君にもよく分かっている筈だからね」

 

ㅤ僕は何も言わなかった。沈黙は肯定と捉えられただろうか。

 

「まぁ、いいや。聞きたいことは聞けたし。変に探って悪かったね。世捨て人なのに、どうも『忍び』であろうとしてしまう。これはいけないね」

「お気持ちは良く分かります。どうか、お気になさらず」

 

ㅤそう言って、一礼する。すると、彼は再び表情を隠した笑みを浮かべる。そして、部屋から消えていった。ぐるりと見渡し、気配が無くなったことを確認する。

 

「はぁ……」

 

ㅤ思わずため息をついてしまう。まさか、あんなのに目を付けられているとは。

ㅤ今回の一件は、スポンサー様が僕だけに回してきた依頼だった。はっきり言ってしまえば、これは四葉の仕事を潰す行為。

ㅤわざわざ、そんな仕事を受けた意味とは何か。それは、僕が分家の立場に甘んじる気は無いということ。九島を使って、四葉以上の立ち位置になってみせる。このことが、今の僕の目標だった。

ㅤいずれ、達也を巡ってスポンサーと深雪は争う。その隙に四葉を蹴落とし、最後には四葉そのものを吸収するのだ。そうすれば、必然的に僕の四葉だけが残る。四葉家の当主にならなかったとはいえ、ずっと当主にならないつもりでは無かった。深雪を当主の座から引き摺り下ろし、達也の地位を剥奪する。そうしないと、この世界に安寧は訪れないのだから。

 

 

 





ㅤ師族会議編、結構短くなりがち。難しいんだよなぁ……。毎回ずっと唸ってキーボードを叩いてる。

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