ㅤそうだ 京都、行こう。
ㅤ80年後の時間軸では、もうこんなキャッチコピーは存在しない。それでも京都に行けば、つい思い出してしまうものだ。
「いやぁ。やっぱりいい感じだね、京都は」
「まだ駅だけど……?」
ㅤ僕は幹比古と春休みに京都へとやってきていた。背後には僕のガーディアンや護衛を引き連れているが、一応友人同士の旅行と言っていい。
ㅤ今回の用事は伝統派に喧嘩を売りに行くことだ。向こうも僕のことを知っている筈だし、京都にノコノコと僕が現れたなら襲ってくるだろう。その時に、「偶然」同行していた幹比古が巻き込まれたら。それはもう、吉田家と伝統派の喧嘩だ。
「僕、京都って好きなんだよね。雰囲気が良い。魔法師嫌いが多いのが残念だけど」
「昔から『一見さんお断り』とか、排他的な街ではあるからね。それが文化を形成してもいるんだけど。理澄は京都、初めてなんだっけ?」
「まぁね。知識はあるけど」
ㅤ前世では、高校時代に京都へよく遊びに行っていた。多くの同級生は大阪の方に行っていたが、僕は古都の街並みの方が好きだったのだ。寺にも行ったし、神社にも行った。
「……で、どうなんだい? 伝統派はすぐに襲ってくる感じかな」
「すぐってことは無い。向こうが痺れを切らすまでが勝負。だから、当分は遊んでいられるんじゃない?」
「探査用の式を打てたら楽なんだけど……。大義名分が無いからなぁ。こればかりは、仕方ないか」
「観光と称して伝統派の拠点を見て回るだけで、十分向こうを逆撫で出来るよ」
ㅤ大体は名所、と呼ばれる場所の近くに拠点がある。少々無理がある気もするが、一応観光で誤魔化しきれる筈だ。
「まぁ、そうだろうね。もし、戦闘になったら任せて。古式魔法師には古式魔法師だからね」
「頼むよ。勿論、僕も援護するからさ」
ㅤこの日は八坂神社周辺を見回ったが、特に何も起こらなかった。その為、最後には四条河原町に戻って遊んでいた。高校生らしいっちゃ、らしいかもしれない。二日目は伏見稲荷に行ったが、そこでも問題は無かった。
ㅤ変化があったのは、三日目の清水寺でのことだった。有名な清水の舞台に訪れた時、僕の方へ男が近づいて来た。冴えない中年の男だった。
ㅤそして、男は僕を舞台の外へ突き飛ばそうとした。しかし、咄嗟に僕と男の間に北斗が入り込む。その為に、彼が突き飛ばされてしまった。僕は重力制御魔法を使用して、すぐに彼を引き上げる。
「大丈夫?」
「えぇ……。ありがとうございます、理澄様」
ㅤ付いて来ていた護衛が男を取り押さえている。周りの観光客達も事態に気づき、ざわめき始めた。カメラを構え始めた人間も現れ、僕と幹比古を隠すように部下達が手を広げて立つ。北斗に精神干渉魔法を使わせているので、大袈裟な対応もそこまで違和感を持たせない筈。カメラを気にしておけば、恐らく大丈夫だ。
「あの男、非魔法師じゃないかな」
ㅤ幹比古が小さな声で僕に言う。
「そうだろうね。向こうも考えて来たってことだ」
「もう少し粘らなくちゃいけない……って感じかな。警察の事情聴取が終わったら、別の拠点も探ってみよう」
「何処が良いかな?」
「教王護国寺が良いと思うよ。密教系の道場の権威を勝手に借りてそうだからね」
ㅤ事情聴取はすぐに解放された。古式系で十師族嫌いに見えたが、流石に「四葉」は怖かったのかもしれない。
ㅤそして、捕まった男は金を握らされて、仕事を請け負っただけらしい。雇い主の身元は、多分分からないままだろう。伝統派であることだけは、間違いない。
「伝統派は場所の権威を利用して、協力者を得ている。だからこそ、本物の伝統とはかなり仲が悪い。ほんとは排除したいんだろうけど……。流石に、宗教施設だからね。こっちから手は出せないんだろう」
「その為の囮が僕だよ。幹比古も巻き込んじゃうけど」
「分かった上で来てるから。気にしなくても良いよ」
ㅤ参拝を終え、適当に境内を僕達は歩き回る。御影供でも無いからか、今日は敷地内に居る人の数が疎らだった。諦めて外に出たところで、幹比古が急に足を止めた。
「術の気配がする。これ、人避けの結界だよ。だから、人がやけに少なかったんだな。……多分、来るね」
ㅤそう彼が言った途端、矢のようなものがこちらへ飛んで来た。障壁を張り、それを下に落とす。
「今のは破魔矢だね。呪文を書いた紙を丸めたものを使って、貫通力を高めているんだ」
ㅤ破魔矢を拾って見ていると、急に妙な格好の人物が現れた。笠を被り、袈裟を付けている。宝具も手にしていた。多分金剛杵だが、本物の行者ではなさそうだ。
ㅤ相手がアクションを起こす前に、幹比古が手にしていた呪符に想子を流す。古式魔法「雷童子」だった。雷鳴が轟くと同時に、電撃が男へと降り注いだ。
「宗派が混ぜこぜだ。伝統派の特徴で間違いないね。どうする、理澄? これは持って帰る?」
「……待って。何か、水の音がしない?」
ㅤ僕と幹比古は同時に、側溝の近くから飛び退いた。すると、金網をすり抜けて水が吹き出す。それは、水を素体にしたゴーレムであった。
「金網が溶けてる。腐食の術が掛けられてるのか……。厄介だな」
「破壊したら、術は解ける感じ?」
「恐らく、そうだと思う」
「了解。じゃあ、任せといて」
ㅤ振動減速魔法を発動する。気体分子の減速はそこまで上手くないが、液体の水くらいなら瞬時に凍らせられる。それに加えて「破城槌」。すぐさま氷の彫像は砕け散った。
「こういう術を使う人間は、死のリスクがあるんだっけ、幹比古?」
「……知ってるんだ。どう、見に行ってみる?」
「やめておこう。放っておいても、変死体扱いで処理されるから――……待てよ、今から魔法協会の方に向かうぞ!」
「えっ、何で!?」
「説明は後だ! ――北斗! 10分で車を用意しろ! 今すぐだ!」
ㅤ伝統派というより九島真言が、狙っているのは九島家内での復権だ。それなら、マッチポンプくらい仕掛けてもおかしくはない。呑気に僕を狙っている場合ではないのだ。つまり、これは陽動なのだ。伝統派の一部を暴れさせ、現当主派の九島家がそれを鎮圧する。それにより、一般人――非魔法師の世論で、事態を一変させたいのだ。
ㅤ魔法協会がある地域一帯は強力な宗派の施設が存在しない。他の場所とは違い、名刹の介入は完全に防げるだろう。
ㅤこちらの手勢は僕と幹比古、そして武倉の人員10名。戦力としては、伝統派を上回っている筈だ。しかし、少々心許ないのも確か。僕は端末を取り出し、とりあえず電話を掛けてみた。
◆
ㅤ戦力調達として呼んだのは、リーナと光宣。突然の誘いだったが、彼らのスケジュールは空いていたようだ。
「リズム! 急に呼び出すなんて! びっくりだわ! 身だしなみの時間も無かったのよ!?」
ㅤ車に乗るやいなや、彼女は僕に文句を言った。
「ごめんね、リーナ。――光宣も来てくれてありがとう」
「構わないよ。こういう場に呼び出されるのが、一番嬉しいんだ。それで、そちらの方は?」
ㅤ光宣は幹比古とは面識が無い。気になるのも、当たり前だった。
「彼は吉田幹比古。吉田家の次男だよ」
「よろしく。えっと……」
「光宣で良いですよ。そちらはどうお呼びすれば?」
「ミキ、って呼んであげればいいわよ、ミノル。ね、そうでしょ?」
ㅤ幹比古は、助けを求める顔を僕にした。仕方なく、僕はフォローを入れる。
「普通に幹比古って呼んであげたらいいんじゃない?」
「それが良いね。今日はよろしくお願いします、幹比古さん」
「うっ、うん。よろしくね」
ㅤ魔法協会近くには僕ら以外に人は見えなかった。近くで伝統派連中は気配を殺しているのかもしれないが、何とか先に来ることが出来たようだ。
「これ、本当に来るのかしら?」
「来なかったら、僕の空回りってことだね。その時は、二人で出掛けようか。振り回したお詫びを兼ねて」
「お詫びじゃなくても、連れて行ってくれる? 簪が欲しいのよ」
「いいよ。買ってあげる」
ㅤそんなことを話していると、僕らの足元の土が急に盛り上がり始める。土が波打っている、というのが正しい表現だろう。跳躍の術式を使い、全員が地面から足を放す。そして、幹比古がこう呟いた。
「随分、前から準備していたみたいだね……。これだと、ひと月前くらいかな?」
「そんなに期間が必要なものですか?」
「隠密の方向へ完全に振り切ればね。時間が掛かる分、魔法の兆候は殆ど分からない」
「確かに……。九島にも古式由来の術式は多いですが、それでも現代魔法用に作られていますから。スピード重視とはまた、違う視点ですね」
ㅤ光宣と幹比古は初対面の割に、普通に会話が出来ているようだった。
「皆、ここは僕に任せて。土の精霊にアクセスして、止めてしまうから」
ㅤ幹比古が呪符を取り出しつつ、そう言った。僕達も異存は無かったので、その言葉に頷いた。
ㅤ土の精霊――想子情報体が地面のエイドスを改変する。うねる地面が、それによって停止した。地面の異変が収まり、僕達も下に降りる。すると、こちらへ化成体の大群が飛んで来た。それと共に、一斉に式神も飛来する。
「分担した方がいいね。一塊だと、不利そうだから。幹比古、こういう時の対処法はある?」
「じゃあ、僕はここに結界を張って、式神や化成体の排除をするよ。他は三手に分かれて、術者を潰してきて貰えると助かる」
「分かった!」
ㅤ僕は雑木林に足を踏み入れた。リーナと光宣も何処かへ向かったようだ。
ㅤ半球の質量フィルターを自身の周りに張り、僕は適当なエリアに「破城槌」を仕掛けた。完全な自然破壊だが、視界が悪かったので仕方ない。敵を視界に捉え、「インビジブル・ブリット」を放つ。術者の頭が潰れて、血が飛び散る。殺した後に死体が燃えたりしないか心配だったが、そんなことにはならなかった。
ㅤ式神が再び飛んできたが、領域干渉で全て無効化する。だが、これを飛ばしてきた術者の場所が分からない。なので、やむなく「ノックス・アウト」を発動した。窒素と酸素を強制的に結合させ、窒素酸化物を生成する吸収系魔法だ。「ノックアウト」とのダブルミーニングで名付けられたらしい。
ㅤリーナや光宣もこの雑木林の中に居るだろうが、二人なら自分の身は守れる筈だ。他力本願も良いところだが、早めに伝統派を片付けねばならないのも確か。自分の周りのセーフゾーンだけ設定し、最大出力で一酸化窒素を合成した。
ㅤしばらくすると、リーナと光宣が僕の方へとやってきた。二人とも、自分の周りに質量フィルターを張っていた。
「まさか、味方の攻撃とは思わなかったわ」
「これが一番早いと思って」
「まぁ、気持ちは分かるけどね。視界は悪いし、魔法を辿っても使用者が分からないし」
「全員倒し切ったと思う? 今見つけたので二十五人目だけど、元の人数が分からないからさ……」
ㅤ死体を確認しながら戻る道中、僕は二人にそう尋ねた。
「それは分からないけど、残ったのも逃げてる筈よ。統制はそれなりに取れていた集団だろうけど、流石に一酸化窒素を撒き散らされたら勝手に退却もするわよ」
「でも、これで父さんが戦力を出す理由も無くなったから。早く片付かなかったら、あっちとも争う羽目になって面倒だったかも」
「通りすがりの僕達が倒しちゃったから。十師族として魔法の不正利用は見逃せない……という訳だ」
ㅤ本当は狙って来たのだが、そこはどっちでも良いのだ。世間の人は細かい事情を知らない。普段の戦闘は揉み消して終わるが、今回は臨時師族会議を通して世の中に大々的なアピールをする。魔法師の力は人々を守る力。そう人々に認識させることは、今後を見据えても悪くないことだ。
ㅤ雑木林から、元居た私道へと出る。野次馬が少しずつ現れ始め、視線に晒される形となった幹比古は小さくなっていた。
「あっ、どうだった? 大丈夫だった?」
ㅤ彼は僕達に気づき、ホッとした顔で大きく手を振る。
「幹比古こそ。あれだけの式を全部返したの? 結構あったよ?」
「あれ以上増えなかったからね。何とかなったよ――それにしても、また警察呼ばなきゃいけないなぁ……」
「そうなんだよね……」
「あれ? リズム、朝にも何かあったの?」
ㅤリーナが不思議そうな顔をする。僕は清水寺の一件を簡単に説明した。
「……大変だったのね。朝から」
ㅤ彼女の後ろでは、端末で警察に連絡する光宣の姿があった。仕事が早くて、とても有り難い。後で礼を言っておこう。
ㅤこれだけ、大騒ぎになったのだから様子を窺って居た筈の古式系の名家も動き始める。伝統派の拠点にガサ入れもするだろう。ドタバタはしてしまったが、最終的には上手く望む方向へ転がった。今回ばかりは、自分の幸運に感謝するしかない。
ㅤ師族会議というより、古都内乱みが強くなった。