【完結】お兄様スレイヤー   作:どぐう

36 / 40
4

ㅤ伝統派の掃除も粗方終わり、僕の仕事はとりあえず終わった。今は古式魔法の名家とコンタクトを幾つか取っている最中である。そのコネを使って、利を得るのが目的だからだ。

 

ㅤ魔法科高校内では新年度に変わり、所謂「三年生の部」も始動した。新入生が入って来たが、あまり僕とは関わりのない人間ばかりだろう。しかし、実は一人だけ気になっている原作キャラがいた。

ㅤその人物の名は、矢車侍郎。三矢家に代々仕えている家の子供だ。彼は、魔法演算領域の一部が直接制御型念動力で占有されている為に、魔法の才能がからきし無い。分かりやすく言えば、達也を大幅にダウングレードした人間ということだ。

ㅤそして、三年生の部で登場する新キャラクターはもう一人いる。三矢家の末娘である、三矢詩奈だ。三矢家が四葉の脅威になるとは思えないが、どこから足を掬われるかは分からない。警戒はしておくべきで、その為には矢車侍郎に接触する必要があった。

ㅤ故に、僕はわざわざ入学式の日に登校し、体育館近くを歩き回っていた。目的の人物はすぐに見つけることが出来た。彼は古式の知覚系魔法「順風耳」を発動しようとしているところだった。

 

「……魔法の不正利用は校則違反だよ。まぁ、未遂だから見なかったことにするけど」

「アンタ、もしかして四葉の……」

「そう。僕は四葉理澄。一高では部活連会頭をしているよ。よろしくお見知りおきを、矢車くん」

「……よろしくすることは無いと思いますが、どうぞよろしく」

 

ㅤ彼は足早に僕の元から去ろうとする。その背中に僕は声を掛ける。

 

「部活連に入る気はないかい?」

 

ㅤすると彼は立ち止まり、首だけをこちらに向けた。

 

「人違いじゃないですか? ホラ、俺は紋無しです」

「いや、君だよ。……矢車くん、君をスカウトしているんだ」

「何故……?」

「君は護衛としての能力を三矢に疑われ、護衛の任を解かれているね?」

「だから何だ――「しかし」

 

ㅤ彼の言葉を、僕は遮る。そして、矢継ぎ早に話を続けた。

 

「君はその現状を受け入れられていない。だから、自分の力をアピール出来る場を僕は君に提供したいと思う」

「それに何の意味が……?」

「メリットもあると思うよ。護衛対象と帰宅時間を合わせられるし、二科生で部活連幹部になれるというのは、君にとっても悪くない筈だ」

「三矢本家に自分の能力が認められるかもしれない……ということか!」

「三矢が正しいのか、君が正しいのか。ここでハッキリさせようじゃないか。――今すぐ、結論を出さなくてもいいけど」

「いや、やらせて下さい!」

 

ㅤ彼が勢いよく頭を下げる。あまりにも上手い話は裏がある、というのが定石。勿論、僕も三矢の内部情報を聞きたいが為の行為だ。だが、人生経験の少ない状況で、それに気づけというのは酷だろう。

 

「部活連は、きっと君を歓迎するよ」

 

ㅤ幹部には何も言ってないので、今から説得して回らなければならない。でも、そんなことはおくびにも出さず、僕は微笑んで手を叩いた。

 

 

 

 

 

 

ㅤ侍郎が部活連に加入するまでに、紆余曲折があるにはあった。しかし、僕の誠意の込めた話し合いで皆分かってくれた。良いことである。ほぼ脅しと同じような意味だったが。

ㅤ意外だったのは、琢磨が彼の部活連入りを支持したこと。僕との模擬戦の後から、雰囲気が変わり出していたのは分かっていたが、ここまで変わるとは予想外。嬉しい誤算だった。

 

ㅤ新学期には新歓に向けての準備が行われる。部活連、生徒会、風紀委員会で連帯しなくてはならず、対策会議が放課後に生徒会室で持たれた。といっても、大したことは話していない。協力してこの期間を乗り越えましょう、みたいな内容だ。話し合いを終えて、部活連本部に戻る途中の廊下で僕は足を止めた。いや、止めざるを得なかったのだ。

ㅤ僕の後頭部に「トライデント」が突きつけられていたからである。それはひんやりとしていて、現実味がなかった。

 

「……なに?」

「師匠から聞いた。お前が深雪を蹴落とそうと企んでいるとな」

「……やっぱ、先を急ぎ過ぎたね。あの御仁に目を付けられて、生き残れる訳なかった。理由は古式魔法師の縄張りを荒らしたから……辺りかな。」

「冷静だな。俺を殺せると思ってるのか?」

「まさか。もう自分が死ぬと分かってるからだよ。今を狙ったのも、僕のガーディアンが居ないからだろ?」

 

ㅤ九重八雲も達也を見事に焚きつけたものだ。僕の狙いが達也であることくらい分かっている筈だろうに、深雪の問題に話をすり替えてある。彼がそうしないと動かないのを、理解しているからだ。

 

「九重八雲に声を掛けられた時点で、いずれはこうなるって分かってたよ。この事態が、そろそろだってこともね。それで――僕が何の対策もしてないと思う?」

 

ㅤ僕の言葉と同時に、達也のCADが弾き飛ばされた。

 

「四葉先輩!」

 

ㅤ侍郎が僕の名を叫ぶ。僕は生徒会室を出た時に、彼に連絡を入れていた。すぐに帰ってこなかったら、探しに来るようにと。彼の才能は念動力だけに限定するなら、原作のパラサイト並の速さ。一度ならば、達也を驚かすことも可能だ。恐らく、侍郎は他の人間を呼びに行くが、それまでに勝負はついてしまうだろう。

 

ㅤ僕は達也に「ワルキューレ」を放つと同時に、彼から距離を取る。どうせ負けるにしても、最後まで抵抗してやろうと思った。死ぬのは怖い。だが、それを隠してでも、悪役らしく死んでやろう。ここまで、直接的には敵対しないようにしていたが、道の途中でバレてしまったのだから。

ㅤこちらに魔法式が飛んでくるのを僕は知覚する。この魔法は達也のものでは無い。深雪の「コキュートス」だった。

ㅤしかし、僕の魔法も深雪の魔法も霧散した。達也の「術式解体(グラム・デモリッション)」による効果だと、すぐに分かった。彼が、自分の右掌を広げていたからだ。

 

「『コキュートス』は無効化しないと思ってた」

「簡単なことだ。深雪に人を殺させたく無かった」

「優しい兄だね」

「お兄様! ご無事ですか!?」

 

ㅤ血相を変えた深雪がこちらに駆けてくる。

 

「理澄君! 貴方はどれだけ私達を愚弄すれば気が済むの!? どうして、お兄様の価値が、能力が、才能が、一つも貴方には分からないの!?」

「分かってるに決まってるだろ! 分からない奴が飛行魔法を使うかよ! 思考操作型CADを買うかよ! 誰よりも僕は達也の力を理解してる!」

 

ㅤ深雪よりももっと前から、それこそ前世から「お兄様はすごい」ということを僕は知っていた。

 

「それはお兄様の力を横取りしてるだけじゃないの! 他のお兄様を見下す人々と、何も変わりはしないわ!」

「達也は神でも、伝説でも無いんだよ! 太陽の代わりに、世界の中心となって回る訳でも無い! コイツはただの人間だ! 罪の産物だとか、超越者だとか、全部馬鹿馬鹿しい!」

 

ㅤ達也はトライデントを拾い直していた。僕はトライデントの銃身を無理やり掴み、自分の胸に押し付けた。

 

「僕を殺してみろよ! 断言するぞ。僕という邪魔者が消えたら、お前を中心に世界はきっと回る。全ての人間がお前を兵器として認め、誰もがその力を褒め称えるんだ。そして、お前は自分を否定する人間を力で捩じ伏せるようになるだろう。それだけの能力があるんだから」

 

ㅤ話している途中で、「分解」される可能性もあった。けれども、彼はそうしなかった。

 

「けど、その代わりに一生を兵器として生きるんだ。魔法の平和利用も、重力制御型熱核融合炉も夢のまた夢。四葉の技術者として生きても、在野での技術者とでは方向が違うに決まってる……。結局は工廠で働くようなものだ」

「……だからと言って、叔母上と無理に敵対しろと言うのか? そうなれば、深雪はどうなる?」

 

ㅤ達也は無表情で、淡々と僕に言葉を返す。

 

「僕が四葉を乗っ取ってみせる。それで、達也と深雪を四葉の一員と認めない。僕はお前を戦力として考えないから。四葉は、『司波達也』という技術者の研究に金を落とす、ただのスポンサーになるだろうさ」

「……」

「世界を滅ぼせるから、すごいんじゃない。魔法の常識を覆せるから、僕の認識でお前は凄いんだ。――どうする? 達也は……魔法師は、兵器か? それとも、人間か? 誰の言葉でも無い! お前が選んでみろよ! 自分の意思で! 『お兄様(しゅじんこう)』の決めたことなら、僕は信じるしかない!」

 

ㅤここまで言って殺されるなら、もうどちらでも良かった。死人に口なし、とも言う。そうなれば、世界が滅んでも知った事では無い。

 

「やれよ!」

 

ㅤ僕の叫びに達也は呼応しなかった。ただ黙って、トライデントを下ろした。

 

「……魔法師は、人間と考えなくてはならない。そうじゃなきゃ、俺は深雪まで否定することになる」

「つまり、僕を殺さないことにするってこと? 珍しく、話し合いに乗ってきたね」

「四葉当主の地位は、そんなに固執するものでも無い。逆に、何でお前はそこまでして四葉を愛せるんだ?」

「僕だってね、魔法師社会を変えたいんだよ。達也とはまた違う方向で。それには当主の座が必要だし、何より僕には天職だ。魔法を使う数よりも、口数の方が多いからね」

 

ㅤ僕は端末を取り出し、ある連絡先を達也に送った。

 

「スポンサー様の一人と連絡が付く。達也達が四葉を離れる時に、使い道が出来る筈だ。僕が向こうに借りを作ることになるけど、まぁ仕方ない」

 

ㅤ僕は四葉と直接戦わず、タイミングを見計らい掠め取るつもりで居た。しかし、この作戦に限っては失敗だ。新しい方法を考えなくてはならないだろう。達也が人間兵器に変わらないよう、僕が一生邪魔し続けることも必要だ。他の国と戦争だって起こしちゃいけない。

 

「……貰って構わないのか」

「いいよ。……深雪はどう? 僕を殺したい?」

「私は理澄君がとても嫌いです。好き勝手引っ掻き回して、自分の得になることだけ手に入れて帰る。それでいて、悪いとは少しも思っていない。でも、お兄様に害が及ばないなら、私にも理由は無いわ。貴方とは価値観が違うけれど、貴方もお兄様を認めていると分かりましたし」

「そっか。……だからさ、達也――」

 

ㅤここで言葉を切る。そして、息を目一杯吸って、こう叫んだ。

 

「――出て行っちまえ! こんな家!」

 

ㅤ僕はこの日、お兄様の全てを否定した。彼が戦略級魔法師であることも、軍人であることも。だけど、彼は僕を殺さなかった。僕も彼を殺さなかった。

ㅤだから、今日も世界は太陽を中心に回っている。

 




ㅤ一応、これで本編完結。いつまで経っても終わらなさそうだから、師匠の力を借りて強引に終わらせた。今年から受験生で、小説を投稿する暇が無さそうなので……。あと、番外編はちょこちょこ足していくかも。リクエストがあるなら、割烹に書いて。今までの活動報告マジで一つもコメントないから、再利用します。全然関係ないやつのコメント欄に、書いてくれたら良いです。

ㅤ最初の一、二話は普通にさすおにしようと思っていた。まだ、深雪とも仲悪くなさそうだったし。「あら、理澄君」という深雪の台詞もなかなか平和的。
ㅤ九校戦編を過ぎた辺りから、お兄様を倒せそうな悪役にしたろ!って思って、どんどんハチャメチャになってきた。平成ライダーで言うと、海東大樹とかが近い。あとは檀正宗かな……。とにかく、迷惑な人。頭脳派というよりは、やっぱり迷惑な人。策略家にしたのは、お兄様と肩を並べさせる為。物理的にお兄様と戦うとなると、戦略級魔法にせねばならず、余計に話が混乱すると思ったのでしなかった。
ㅤ困ったキャラに書いたせいで、結構途中は悩んだ。お兄様ファンは「お兄様可哀想やん!」ってなるだろうし、本来は踏み台転生者であるべき主人公とはいえ弱くすると悪役感が薄れる。何でこんなアイデアにしたんやろ……ってのは何度も思った。
ㅤ主人公は当初惨たらしく死ぬ予定だった。悪役だから。けど、書いてるうちに愛着が湧いてきたので、殺さなかった。もし、死ぬIFが望まれてるなら、書くかもしれない。

ㅤぶっちゃけ「お兄様スレイヤー」は、賛否両論ある内容だったと思う。理澄の人間性もクソだったし。最後には渾身の「さすおに」をしたけど。ここの為に、溜めてたというのもある。
ㅤ転生者としても、割とイレギュラー。他の魔法科SSの主人公は爽やかで、達也の相棒みたいな立ち位置になるキャラクターが多い気もするから。

ㅤただ、ハーメルン内の底辺SS書きだったのに、自分の作品がランキングに載って、沢山の人に評価やお気に入り登録、感想を頂けました。本当に嬉しかったです。厳しいコメントも、温かいコメントも全部、自分に向けてくれたというだけで有り難かった。
ㅤ雲の上の存在と言っても過言ではない、レジェンド作者さんまでもがコメントを書いて下さり、とても感動しました。ありがとうございます。

ㅤ最後に。お兄様と魔法科が好きって気持ちだけで突っ走った、この作品を読んでくれてありがとう! さすおに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。