ㅤ大学の昼休み。学校近くの店で、僕とリーナはランチをしていた。ちょっと洒落た感じのイタリアンの店で、味の方も悪くない。今度は夜に行こうか、と約束した。
ㅤ帰り道に、よく見知った相手とすれ違う。一条と吉祥寺、そして森崎だった。僕は彼らと友人だし、リーナも知らない相手ではない。
「あぁ、四葉。探してたんだ。今時間あるか?」
「えっ? 午後はまぁ、空いてるけど……」
ㅤ僕はリーナの方をちらりと見た。すると、彼女は僕の背中をぐいと押す。そして、後ろから少し顔を出して話し始める。
「リズムに用があるの? それなら、お貸しするわ。ワタシ、午後には授業が入ってるのよ」
「ありがとう。悪いが、借りてくぞ」
「気にしないで」
ㅤ本人の同意無しに、会話が進む。これは少しおかしいのではないか。文句を言う間もなく、リーナはヒラヒラと手を振って、僕達の元をさっさと去る。ノートくらい幾らでも書くから、僕も連れて行って欲しかった。嫌な予感しかしない。
ㅤ彼らに連行された先は、これまた大学近くのカラオケボックス。歌いたかったのかと思いきや、一条が神妙な顔で話を切り出した。
「お前達に集まって貰ったのは、他でもない。司波さんに関することなんだ」
「はぁ……?」
「第73回、一条将輝の人生について考える会の会合なんだ……。これは」
ㅤ吉祥寺が非常に不本意そうな表情で言う。
「何なのさ。そのラジオタイトルみたいなの」
「50回目までは、俺の脳内会議。72回までは俺とジョージの間で。今回からは、森崎と四葉もレギュラーだ! 喜べ!」
「喜べるかよ……」
ㅤ森崎がげんなりとした顔をした。そもそも、こんな会議を開かなくても、一条は口を開けば恋愛相談なのだから。嫌にもなる。
「ていうかさ、一条は深雪に嫌われてても文句言えないでしょ。完全に寝取る宣言だったよ、あの一条家の抗議は。そりゃあ、嫌がられるよ」
「ぐっ……。それを言われると、どうしようもない……。だが! 可能性が少しでもある限り、俺は諦めない!」
「無理だと思うけどなぁ……」
ㅤ拳を握りしめる一条に、彼以外の面々がため息をつく。深雪の前では「ヘタレ」としか言いようがないのに、こういう所では強気なのだ。
「俺と四葉を呼んだのは、高校時代の司波さんを知ってるからか? それなら、四葉の方がよく知ってるだろう。親戚なんだから」
「まぁ、昔から顔見知りだけどさ……」
ㅤ一条が「幼馴染……!」と叫んで、ソファの上に転がる。別に僕は深雪との間に、幼馴染と呼ぶほどの関係性はない。僕の幼馴染は、文弥と亜夜子だ。
「僕は将輝の恋を応援したいけど、負け戦が確定してるでしょ……。二人とも、頼むから何とかしてあげて。新しい女子を紹介するとかさ……」
「いや、無理。もし俺に出会いが会っても、絶対に一条には紹介しないぞ。根こそぎ奪われるに決まってるのに。四葉が誰か紹介してやれ」
ㅤ一条将輝という男は、とにかく顔だけは良いのである。あと、家柄も素晴らしく良い。付き合いたがっている女子は選り取りみどりにも関わらず、理想だけは矢鱈と高いのだ。このままだと、独身貴族になってもおかしくなかった。
「やだよ。他の女子は殆ど近づいてこないしさ……。まず、めちゃくちゃ怖がられてるから。それにさ、僕は婚約してるから、変に誤解を招きそうな行動をしたくないんだけど」
「大体、女に避けられてる四葉に彼女がいて、一条にいないのがおかしいんだよな……。あんなにキャーキャー言われてて」
「選り好みしてるからだよ。流石に深雪は難攻不落過ぎるでしょ。『お兄様』が居るのに」
「俺は司波さんの幼馴染になりたかった……。気安く『深雪』と呼んでも許される……!」
「言ってる事が支離滅裂だよ、将輝……?」
ㅤ全くといって、会話が成り立っていない。今のコイツは「司波さん大好きbot」でしかなかった。
「……とはいえ、このままもマズいだろ。今の一条は犯罪者予備軍だ」
「そうだよね。どうすんの、吉祥寺? お前、参謀でしょ」
「こんなくだらないことに、策を練りたく無いんだけどなぁ……」
ㅤ頭を抱える僕らを他所に、マイクを握った一条が熱い恋の歌を歌い始める。それが、また上手いのだ。ある意味、司波深雪を好き過ぎることが、「愛すべき欠点」なのかもしれない。
ㅤちなみに、この後10回も同じ曲を聞かされた。
◆
「――っていうことがあったんだよね」
「どうして、男の子ってそんなに馬鹿なのかしら?」
ㅤ僕は家で、今日のことをリーナに話していた。それに対して、彼女は呆れ顔だ。
「一条の気持ちが、分からない訳じゃないんだけど。魔法師は早婚を推奨されてる。次世代に子を残し、魔法師の数を増やす為にね。どうせ結婚するなら、好きな人との方が良い。でも、深雪の好きな人は違うんだよ」
「彼女の幸せを願って、身を引くのが紳士ではないかしら?」
「そんな簡単に諦めが付かないのかも。それか、諦めてる為に変になってるのか……?」
ㅤ原作の一条も日記では年相応な一面を出していたが、あそこまででは無かった。今の彼の行動は、まるでアイドルオタクのよう。しかも、古き良きという接頭語が付きそうだ。「純潔を守る会」とかそんな感じの勢いを感じる。
「それで、結局どうなったの?」
「カラオケ大会かな。その後も遊びまくったけど」
「残念過ぎるわね……。ねぇ、リズム。貴方はもし、ワタシが居なかったらどうしていたの?」
「誰と結婚していたかってこと? どうだろ……。十師族、それも四葉である時点で、まともな恋愛は無理だっただろうね。適当に見合いをさせられて、結婚していたんじゃないかな」
ㅤ急にリーナが僕に抱きついてきた。僕は恐る恐る彼女の身体に腕を回した。
「……あの時の貴方が、100%の善意でワタシを呼んだ訳じゃないことは分かってるわ」
「ごめん……、打算的な行動だったよ」
「いいの。許してあげる。――でも、リズム! その髪型はどうしたの!? そもそも、それが一番聞きたかったのよ! 話を逸らして良い雰囲気にしても、ワタシは誤魔化されませんからね!」
ㅤ彼女は僕の身体に回していた腕を外し、人差し指を僕の鼻先に突きつけた。
ㅤ今の僕の髪型は、どちらかといえば奇抜な部類に入る。どこから見ても、完全な青髪。
「一条がさ、『イメチェンしたら、司波さんに話しかけられるかもしれない! 俺は髪の毛を赤く染める! クリムゾンだ!』って言い出して。面白いから僕達も便乗して、美容院に行った」
「馬鹿なの? 誰も止めなかったの?」
「吉祥寺は止めてたよ? でも、燃えてるアイツは突っ走っていった。だけどさ、一番かっこ悪いのは森崎。美容院までの道では『俺は紫にするぞ!』って言ってたのに、ブリーチで日和って茶髪で終わったからね。全然、変化なし」
「変な色に染めたのが、リズムとマサキだけで良かったわね……。まだ、顔で何とかなるから」
「これ色落ちしたら、ミントグリーンになるんだって。楽しみにしてるんだ」
ㅤ僕は髪の毛を摘み上げ、呑気にそう返す。リーナは掌で頭を抑え、深々とため息をついた。
「大学生になってハジけすぎじゃないかしら……? 付き合う友達が悪いのかしらね?」
「そう? 一条、マジで面白いよ。吉祥寺曰く『将輝は大学生になって、確実におかしくなったよ。付き合う友達のせいかな……』らしいけど」
「お互いに悪影響を及ぼしてるのね」
ㅤ彼女はにべもない。だが、高校時代には校則があったのだ。それから解放されたのだから、少々好きな格好をしても許されると思う。何なら、僕は卒業式の後、すぐにピアス穴を開けている。帰りの車の中だったので、運転中だった北斗が目を剥いてしまった。あの時は悪いことをした。
「じゃあ、今の僕は嫌い?」
「……ずるいわ」
「そんな生き方しか、してこなかったんだ」
ㅤリーナが僕の唇に人差し指の先を押し付けた。
「そうじゃないでしょ。そんな貴方だから、好きなのよ」
「……ね、リーナ。お願いがあるんだけど――」
ㅤ僕の提案を聞いたリーナは、困った顔をする。しかし、最後には承諾してくれた。
ㅤ次の日、僕の家で簡単なホームパーティーを開いた。メンバーはいつもの3人と、僕とリーナ。流石に女子が混ざってる時に、深雪への想いを一条も語らなかった。故に、穏やかな雰囲気で会話が弾む。しかし、僕はそんな平和な終わり方をさせる予定は無い。
ㅤ僕とリーナは、吉祥寺を隣の部屋へそっと呼び出した。事前に告げておいたのである。
「これ、本当にやるのかい?」
「ガス抜きをさせないと、ホントに一条はやばいよ。彼を助けると思って。参謀だろ?」
「まぁ、そうだけどさ……」
ㅤ僕は彼にカンニングペーパーを渡す。今日、一条達をこの家に呼んだのには理由があった。リーナの「パレード」を吉祥寺に掛け、彼を深雪に変化させるという目論見だ。それに一条が反応すれば、とても面白い。主に僕が。
「それじゃあ、いくわよ? 3、2、1!」
ㅤリーナがCADを操作した。すると、みるみるうちに吉祥寺の姿が変化する。
ㅤ烏の濡れ羽色のロングヘアに、吸い込まれるような藍色の目。陶器のように滑らかな肌に、形の良い鼻や唇。紛れもなく、司波深雪がそこに存在していた。
ㅤ完全に姿を変えた吉祥寺を連れて、部屋へと戻った。深雪(吉祥寺)の姿を見た一条は、手にしていたグラスを落としそうになる。
「しっ、司波さん!?」
ㅤ吉祥寺はちらりと僕を見て、アイコンタクトを取ろうとする。僕は軽く頷き、一条に見えないように親指を立てた。
『お久しぶりです、一条さん。その……。髪型をお変えになったのですね。とてもお似合いでいらっしゃいますわ』
「えっ、あっ、はいっ! 光栄ですぅっ!」
ㅤ鯱鉾張った返事をする一条。この時点でめちゃくちゃ面白いのだが、一応笑うのはまだ我慢する。ちなみに、僕は午前中の授業で深雪に「その髪型は、一体どうしたのかしら?」と尋ねられた。逆に、一条は何も話しかけられていなかった。とても可哀想だ。
ㅤ吉祥寺はカンニングペーパーを盗み見て、言葉を続ける。そもそも、この目的は愛に生きる一条の憑き物を落とさせること。深雪のガワを借りて、彼の恋を終わらせるのだ。
『……それで、実はお話したいことがあって。その、一条さんのお気持ちは嬉しいのですが、私には心に決めた人がいます。ですから、婚約の申し出を取り下げては貰えませんか』
ㅤこれは、僕の用意した言葉じゃない。吉祥寺の奴、アドリブを入れている。僕は「お願いです。私の為に達也様と争わないで下さい! 私は(お兄様の手を煩わせるのは嫌なので)一条さんが傷つくところを見たくは無いのです!」と書いていた筈。こんなの、解釈違いだぞ!
「あれ……? あの、本当に司波さんですか?」
ㅤやはり、怪しまれている。深雪は友人以外の人間には、回りくどい言い方でしか物を言わない。大抵、代わりに周りの人間が代弁してくれるので、自分で言う必要が無いのだ。「迷惑なのでやめてほしい」と思っていても、直接は告げないだろう。その分、顔には出ているが。
『えっ、えっと……。その……』
ㅤあからさまに慌て出す深雪――もとい、吉祥寺。見兼ねた僕はタブレット端末に大きく文字を書いて、一条の頭の後ろから画面を出す。「抱きついて誤魔化せ!」である。
「しっ、司波さん!?」
『そんな他人行儀な呼び方はやめて下さい。みっ……深雪って呼んで頂けませんか……?』
ㅤこれは僕の考えたセリフだ。確か、追憶編とかで見た。達也に言うような言葉を用意しておけば、一条への特攻には十分使える。
ㅤ二人の様子を見て、僕はとにかくゲラゲラ笑っていた。予想の百倍くらい面白い。個人的な興味からだったが、やって良かった。笑い転げていると、状況をようやく呑み込んだ森崎が僕の方へやってくる。
「見事な偽装魔法だな。吉祥寺だと分かってても、司波さんにしか見えないぞ」
「そうだろ? リーナはこの魔法が得意なんだよ」
「ワタシの『パレード』を、こんなにくだらないことに使うのは初めてよ」
ㅤリーナは冷ややかな声で、僕にそう言う。彼女は魔法の息継ぎが滑らかで、「パレード」の効果は一度も断絶しない。光宣も非常にこれが上手いが、違和感を魔法的知覚力の高い人間に殆ど感じさせない点はリーナに軍配が上がりそうだ。
「でも、良いのか? 最終的にはバレるだろ、こんな作戦」
「しばらくしたら、催眠ガスで眠らせるから。今日のことは、全部夢になるよ」
「悪辣な男だな……」
「四葉だからね」
ㅤしかし、この時の僕は知らなかった。
ㅤ一条将輝という男は、僕の想定を上回るレベルで根性があった。彼は夢を現実にしようと、余計に空回りし始める。それらに、僕達はいつも振り回されてしまうようになるのだった。
ㅤ追跡編読んで書く話じゃないよな、とは読み直してると思う。カラオケのシーンで、クリプリが歌ってた歌は「女々しくて」で考えてた。80年後に歌われてるとは思えないけど、主人公が教えたんでしょう(雑設定)