【完結】お兄様スレイヤー   作:どぐう

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ㅤ黒羽兄妹回。ノリにノリ過ぎて、思ったより長くなった。



亜夜子、助けに来たぞ!

ㅤ子供の頃の僕は、武倉の本拠地である旧静岡県に住んでいた。しかし、小中学校は旧愛知県にあるエスカレーター式の名門校出身で、文弥も同じ学校の卒業生だ。亜夜子も同じ系列の女子校に通っていた。

ㅤそのような学校の内部進学者は、外部から入学する人間に酷く厳しいことで知られるが、外に出て行く人間に対してもとても冷淡だ。つまり、僕や双子達が他の学校に進学しても、誰も無関心だということ。もちろん高校は、魔法科高校に通うことになっている。誰の記憶にも残らないでフェードアウトするには、都合の良い学校であった。

 

「魔女狩り、ってご存知?」

 

ㅤある日、僕は黒羽の家に遊びに行っていた。三人でおやつを食べながらお喋りをしていた時、亜夜子がそう話を切り出す。

 

「中世ヨーロッパの話? 中には本物も居たらしいけど、殆どは占い師や薬師の女性だったんだよね」

 

ㅤ文弥が亜夜子の質問に、すぐさま答えを返す。クイズの早押しと見まごう早さだった。

 

「そうなの。それがね、私の学校でも残念ながら起こっているのよ」

 

ㅤ彼女は黒羽らしく学校一の情報通なのだ。

 

「魔法師の生徒をターゲットにした、いじめ……ってこと?」

「校風を考えれば、魔法師排斥という理論に繋がってもおかしくはないか……」

「えぇ。私の学校、遠方からの生徒は寮生活が必須でしょう?」

「でも、普通は高校生になったら出て行くでしょ? そこまでして、排除する必要があるの?」

「確かに……」

 

ㅤ動機が何とも曖昧だ。どちらも良くはないが、外に出る人間よりは、中に残る人間の方が口止めするのは楽だろう。それでは、魔法師を人間と思っていないだけなのか。

ㅤだが、閉鎖空間という環境は偏った思想を凝り固まらせる場合もある。遠い昔の人間は、魔法師が生まれることを予期してはいなかった。だから、どこの教義には当てはまらない筈だが、世の中そう簡単に行かないようだ。

 

「寮内では明確なヒエラルキーがあるの。一番上位の人間の集団は『紅梅会』と呼ばれているわ」

「ネーミングの由来は?」

「学校の校章が牡丹なこと。そして、寮の建物の外壁が白いことよ。襲の色目は、表の白に裏の紅梅で『牡丹』になるでしょ?」

「上手いこと考える人が居るものだね」

 

ㅤ白壁が表の白で、中にいる生徒が裏の紅梅。

ㅤ腐っても名門校という訳だ。卑劣な行いをしていても、教養だけはあるらしい。

 

「紅梅会のメンバーはね、男子禁制の筈の寮に男性を連れ込んでいるわ。教員や寮監を丸め込んでいるのね。大体は、成績上位者で構成されているからでしょう」

 

ㅤ亜夜子の言葉に、文弥が顔を赤くする。中学二年生には、刺激の強い内容だろう。亜夜子が図太過ぎるのだ。

 

「それなら、その男達に裏があるってこと?」

「調べた所、大部分は反魔法団体の人間でしたの。寮生は規律正しい生活を徹底されてるでしょうから、それへの不満に漬け込んだのだと思うのですが」

「なるほど……。気をつけてね、姉さん!」

「えぇ。まだ寮だけに留まっているけれど、同じ学校だものね」

「僕のCADは、目立たない端末型だけど……。文弥と亜夜子ちゃんは腕輪型を持ってたんじゃなかったっけ?」

「そうですわよね……。うまく隠せるのにしないと。当分は端末型にしようかしら」

 

ㅤ不穏な空気が学校に漂っても、卒業までは通わなくてはならない。亜夜子のことは心配だが、黒羽の叔父様もその辺りはしっかり考えてそうだ。何かあれば、僕だってすぐ動くつもりだが。

 

 

ㅤしばらくの間は普通に学校生活を送っていたのだが、ある時急に僕と文弥は御当主様に呼び出された。

 

「亜夜子さんの学校で、不穏な動きがあるそうね。反魔法団体なんて、本当に迷惑……」

 

ㅤ御当主様は吐き捨てるようにそう言い、皿の上のクッキーを摘む。僕達は何だか怖くて、黙って下を向いていた。とても機嫌が悪そうなので、突然「流星群(ミーティア・ライン)」などを自分達に当てられたらどうしようか。そんなことは今まで無かったが、警戒しておくに越したことは無い。僕は干渉力が高いので、光の分布に干渉すれば何とかなる可能性もある。生きるか死ぬかは、どちらも50%。人生よりマシだ。

 

「あぁ、美味しい……。二人も遠慮しないで、食べて良いのよ」

「お言葉に甘えさせて頂きます」

「ありがとうございます。では、頂きます」

 

ㅤおずおずとクッキーに手を伸ばす。味なんか分からなかったが、「美味しいですね」と言った。

 

「そうでしょう? 最近、よく届けさせているの」

 

ㅤ御当主様は口元を緩ませ、華麗な仕草で紅茶を飲んだ。そして、思い出したようにCADを操作した。途端に、部屋の中が「夜」へと変わる。全ての光が、この場所では自由に存在することを許されない。

ㅤ室内の明るさが元に戻った。床には割れたティーカップが転がり、紅茶の染みが絨毯を汚していた。一瞬の間に、投げられたティーカップが「流星群(ミーティア・ライン)」によって貫かれたのだ。

 

「早く片付けて頂戴」

 

ㅤ様子を伺いにきたメイドに、御当主様はそう言いつける。そのまま僕達の方へ顔を戻し、優しい微笑みを向けた。

 

「理澄さん、文弥さん。早急にしてもらいたい仕事があります。――例の反魔法団体をすぐに片付けて。そうはいっても、二人も学校があるでしょうからね。自分でプランを考えて、人を上手く使ってごらんなさい。それは、貴方達の将来にも役に立つ筈だわ」

「はい、御当主様。お任せ下さい」

 

ㅤ僕達は揃って同じ言葉を言い、丁寧に頭を下げる。元よりそれは、懸念すべき事項だったのだ。正式な仕事になったことは、こちらにも都合の良いことであった。

ㅤ御当主様との謁見を終え、葉山さんから今回のターゲットのデータを受け取った。どうも、かの団体は芸能事務所を隠れ蓑としているらしい。僕も名前を聞いたことがあった。以前、深雪がスカウトされたらしい。前に達也から、そのことを聞いた覚えがある。

 

ㅤ僕は本家から車を出して貰って帰ろうと思っていた。しかし、文弥が僕の家に寄っていくと言ったので、一緒に帰ることにした。帰りの車内では、作戦を練る為の話し合いをする。とはいえ、殆どは不可解な命令内容についての話だったが。

 

「どうする? 僕が学校を休んで、本丸に突入する訳にもいかないし……。『ワルキューレ』を使えば一発なのに。どうして、御当主様はあんなことを言ったんだろう?」

「理澄兄さんありきの作戦ばかりでは、駄目だからじゃないのかな? 部下を育てるのも上に立つ者の役目、っていうことを学ぶ目的なのかも」

「暗殺は文弥の方に任せるしかないか……。ウチの魔法師は、洗脳とか意識誘導に向いてるのが多いし。僕の直属部隊は、それこそ僕ありきの編成だからね」

 

ㅤ僕の部隊は、武倉では珍しい制圧用の部隊だ。「ワルキューレ」の魔法特性を生かす為に急遽作られたもので、メンバーはほぼ10代から20代。彼らはガーディアン候補でもあるので、僕と年が近い方が良いという理由もあった。

 

「まぁ、派手に殺した方が良いから、作戦上も仕方ないし。その代わり、後始末は一手に引き受けるよ」

「任せといて。僕、今回は亜貿社を使おうと思ってたし」

「あそこ、黒羽傘下になったんだって? 良いなぁ、景気が良くて。僕のとこは精々、資金プール用の会社ぐらいだよ」

「黒羽と武倉じゃあ、方向性が違うから。まぁ、それで僕が直接命令出来る暗殺者がね、そこには居るんだ」

 

ㅤ文弥が言っているのは、榛有希のことだろう。身体強化の異能を持った優秀な暗殺者だが、達也と遭遇してしまったせいで、とてつもない不幸に見舞われた人だ。

 

「あぁ、それ聞いたよ。黒羽に仕えるのは癪だが、自分と対等に戦った文弥には仕えても良いって……。変わった人だよね。何、武士か何か?」

「さぁ……? 先祖が忍者らしいけど。多分、彼女にやらせておいたら大丈夫な筈。ただ、捕まらなくても、彼女の素性がバレると困る」

「心配しなくていいよ。そこら辺は普通に誤魔化せる」

「了解。じゃあ、後で連絡しとくよ」

 

 

 

 

 

 

ㅤ榛有希は達也が絡まなければ、問題無く任務をこなせるらしい。数日後には、彼女は仕事を完遂していた。

ㅤ白昼堂々、芸能事務所(裏は反魔法団体)のトップが目出し帽を被った小柄な女性に殺されるショッキングな映像は、テレビでも何度か報道されていた。しかし、そのままでは見た人がPTSDになるかもしれないという理由付けで、魔法の言葉「映像は一部加工しております」というテロップを入れて適当に加工してある。元映像は握り潰したので、ネットにも殆ど上がっていない。アップロードされても、すぐに削除している。

ㅤそれと同時に、他にも裏工作をいくつか行ってる。反魔法団体だったから殺された、だと体裁が悪いので、それを搔き消すスキャンダルを大量放出したのだ。「あんな奴なら殺されても仕方ない」という世論を作らなければならなかった。

 

 

ㅤ一週間後の昼休み、僕は端末でSNSを確認していた。今でも、風向きは悪くない。誘導した方向に話は進んでいる。上手くいった喜びで、思わず笑みが零れた。

ㅤそんな時、教室の扉が勢いよく開いた。目を向けると、血相を変えた文弥が肩で息をしながら立っていた。

 

「理澄兄さん! ちょっと来て!」

 

ㅤ彼はそう叫び、すぐに踵を返す。僕は端末をポケットにしまい、慌てて彼を追った。人気の少ない屋上に近い階段の踊り場で、漸く文弥は足を止める。

 

「これ見て!」

 

ㅤ文弥は端末の画面を僕に向ける。顔に近過ぎて何も見えなかったが、文句を言う前に彼は内容を詳しく説明し始めた。

 

「姉さんのCADは指紋認証機能付きなんだ。違う人間の指紋を検知すると、登録しておいた人間に連絡が飛ぶようになってる。どうしよう! 姉さんが危ない!」

「つまり、亜夜子ちゃんのCADは今は敵の手に落ちてる訳か……」

「そうなんだ! いくら元を絶ってても、下っ端はそのまま残ってるんだから。紅梅会と繋がってる奴らもそうだ! だから、魔法師ってバレて危害を加えられてるのかも……。助けなきゃ!」

 

ㅤもうすぐ授業が始まる時間だが、そんなことは言ってられない。僕も文弥同様、一刻も早く亜夜子の元に駆けつけたかった。だから、結論はすぐに出た。

 

「CADは持ってるな?」

「うん!」

「じゃ、決まりだ。ウチの運転手は今も待ってる。それで行こう」

「サボったら怒られない?」

「眠らせる。代わりに僕が運転するから」

「えっ、出来るの!?」

「任せな。F1レーサー並みの運転を見せてやるよ」

 

ㅤ運転は前世のゴーカート以来だが、何とかなるだろう。危なかったら、硬化魔法と移動魔法で無理に動かすつもりだ。

ㅤとにかく、亜夜子を助けなければならない。「跳躍」の術式を使って、学校を囲む塀を乗り越える。近くには、待機している武倉の車があった。運転手はまだ僕らに気づいてはいない。

 

「よろしく」

「良心が痛むなぁ……」

 

ㅤそう言いつつ、彼は「ダイレクト・ペイン」を運転手に向けて放った。

 

「よし、行くぞ!」

 

ㅤ伸びてしまった運転手をトランクに放り込み、僕達は車に乗った。80年後の車は運転操作も容易になって、意外とフィーリングでも行けるものだった。内心、僕はホッとする。

ㅤ僕の中学と亜夜子の中学はそう距離がある訳でもない。20分程度で目的地に到着した。

 

「理澄兄さん……。ほんとに運転したことあった?」

「あるよ」

 

ㅤゴーカートしか経験は無いのだが、一応これも立派な経歴である。

 

「それなら酷すぎ! 死の覚悟を何度か決めたよ!」

「文弥は大袈裟だなぁ。――突入するよ、いつでも良いから」

「OK! 行くよ!」

 

ㅤ文弥が「擬似瞬間移動」を発動。僕達は数秒で校門付近から、亜夜子の教室がある校舎近くに移動した。ここからは、僕の出番だ。CADを操作し、重力操作の魔法を使う。原作の飛行魔法程の自由度は無いが、空中で体勢を保持するくらいは可能だ。ラッキーなことに、亜夜子のクラスの窓は少し開いていた。なので、窓から僕と文弥は堂々と侵入した。

ㅤ教室内では、学級会のようなものが開かれていた。亜夜子は教卓の横に立たされて居る。彼女は毅然とした態度で、劣勢に立たされているとは微塵も感じさせない。教卓では、きつい顔立ちをした心なし爬虫類似の少女が亜夜子のCADを持って立っていた。学級委員長辺りだろうか。

 

「姉さん!」

「亜夜子ちゃん!」

「文弥!? それに、理澄さんも!」

 

ㅤ亜夜子が元々大きな目を、更に大きく見開いた。文弥は彼女に笑顔を向けたが、すぐに顔を引き締める。そして、彼は教卓の少女を睨みつけた。

 

「CAD、返して貰えますか」

「なんでよ! そもそも、アンタは何なのよ!」

「そうですか。残念です」

 

ㅤ悲しそうに目を伏せた文弥は、「ダイレクト・ペイン」を少女に掛けた。手加減はしていたみたいだが、それでも精神に直接痛みを与えるのだ。彼女は呻き声を上げ、手にしていたCADを取り落す。僕はそれを拾い上げた。

ㅤ座っていた人間達が一斉に立ち上がり、蜘蛛の子を散らすように教室から逃げていく。一人残される形になった少女が可哀想だったので、僕は重力制御魔法で教室の外に出してあげた。

 

「大丈夫、姉さん? 何も酷い目には合ってない?」

「そうだよ。心配になって、学校抜け出して来たんだから」

 

ㅤ亜夜子は僕達の顔を交互に見遣り、大きな声で笑い始めた。

 

「ふふふっ。おかしいわ……。私、囮役だったのよ。普通にしてて、魔法師ってバレるようなヘマをすると思う? ここの周りにはね、部下達が潜んでいたの。頭に血が上ってて、気づかなかったのね」

 

ㅤ僕と文弥は顔を見合わせた。確かに、今なら潜んでいる人間の気配が微かに感じられる。

 

「まだ学級会は、始められたばかりだったのよ。ヒートアップすれば、私に暴力を振るう生徒も出て来たでしょう。そうしたら、そこを抑えるつもりだったのよ」

「そこから校内に監査を入れる予定だった、って訳か……」

「えぇ。お父様は、今頃頭を抱えている筈よ」

「そもそも、何で教えてくれなかったのさ!」

「二人は別の仕事で忙しそうだったじゃない。それに学校がある日なんだから、知らなくても問題無かったんだもの。まさか、抜け出すとは思わなかったけれど……」

 

ㅤ僕達は項垂れることしか出来なかった。勢いだけの行動をしたことが、無性に恥ずかしく感じる。

 

「CADもね、取られた方はダミーなの。……ほら」

 

ㅤ彼女はしゃがみ込んで、自分の靴下を捲る。白いレースのフワフワした靴下の下に現れたのは、薄型の腕輪型CADが巻かれた足首だった。僕の手にあるCADと見比べてみれば、亜夜子が普段使っているのはどちらかは一目瞭然だ。

 

「だから、本当に……二人とも本当に馬鹿だわ。――だけど、嬉しかった。助けに来てくれて、ありがとう」

 

ㅤそう言って、亜夜子はにっこりと笑った。それは今まで見た中で一番、素敵な表情だった。

 

 

ㅤ今回のことは叔父様には勿論、お母様にもこっ酷く叱られてしまった。作戦の妨害という形になったというのも大きな理由だったが、運転手を気絶させて勝手に運転したことに対してが主だった。

ㅤその際に、僕にマトモな運転経験が全く無かったことが文弥にバレた。流石に彼も怒るかもしれないと思ったが、「まぁ、そうだろうね」とため息交じりに言うだけだった。つまり、余程下手な運転だったのだろう。

ㅤだが、亜夜子を助けようと動いた点については、誰からも褒められた。一人の少女の為に一国を滅ぼす四葉には、それくらいの苛烈さとセンチメンタルな感情は必要なのかもしれない。

ㅤ亜夜子は結局、僕達と同じ学校に転校した。通っていた女子校が廃校予定になったからだ。風紀の乱れが世間の知るところとなり、正常な学校運営が不可能になったのである。それは、勿論四葉の手によるもの。紅梅会の人間や交際相手がどうなったのかについては、僕も良く知らない。きっと、碌な人生は送れていないだろう。

ㅤ正義は悪に勝てるか分からないが、悪はより大きな悪に塗りつぶされる。世界はそんな理不尽な回り方しか出来ないのだ。

 




ㅤ主人公が中3、文弥と亜夜子が中2の時のエピソード。亜夜子危うし!みたいな話。全然危うく無かったけど。

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